第178話・魔王と勇者と英雄と その11
いえまあ、ほら、わたしだって初心なネンネさまじゃないんですから、今さらキスの一つや二つくらいでぎゃーぎゃー騒いだりはしませんよ?
ですけどねー、いくらなんでも、です。
「わたしの目の前でベルにあっついのお見舞いするとかどーいう神経してんですかってばあなたはもー…」
愚痴の一つも出ようってもんじゃねーですか。そのまま引き続いて物理的に口塞がれたくらいで勘弁出来るわけがないのです。
「でもアコだって私の前でベルに許してたじゃんか」
「許した覚えはありませんて。あれは不意打ち。数に入りませんっ!」
というかそもそもアプロに見せつけたわけではないですし、と、なんだか懐かしいことを思い出していましたら、ベルが戦慄くように我が身を掻き抱き、わたしを睨んでいます。
「そんな…ひどい……アコは私の初めてを奪っておいて、知らない顔をするの…?」
「奪われたのはわたしの方じゃないですか!なに被害者ぶってんですかこのコはっ!」
つーか、アプロにベロチューされて(たようにわたしには見えたのですっ)目を白黒させてたのに、復活早いですね…。
で、冗談はともかくとして、わたしも立ち上がって、立ちくらみをする体を支えられながら二人の側に立ち、話を再開します。とんでもねー展開にアレですが、まだアプロの所信ってやつを全部聞いてはいませんでしたからね。
「で、どういうことなんです?ベルがアプロに勝ったとか勝ってないとか」
「ん?あー、まあどうでもいいことっちゃーどーでもいいことなんだけど。別にさ、今さらアコがベルに初めてを奪われたー、とかどうでもよくて。けどそれでベルがいい気になってるのは面白くねーから、私ので上書きしてやろーって。どうせベルもアコとした時が最初で最後だろ?もうこの際だから、ベルも一緒にやっちゃえばみんな幸せになれると思うんだ」
…マジメな話になるかと思ったらアプロが無茶苦茶言ってました。いえその、ベルも一緒、という提案にはいささか心惹かれるものはありますけど、っていうかわたしも混乱してなんかアレな発想になっていませんか?ああっ、めくるめくさんぴぃの世界よウエルカムっ!です……何言ってんの、わたし。
「………」
そして、わたしが混乱するくらいですから、ベルだってアプロが何言ってるのか分かんない、って顔になってても不思議じゃありません。
難しい顔になったと思ったら赤くなったり、かと思ったらなんか葛藤するように首を振ったり、そうかと思えばまた照れたよーに「いやんいやん」とツイストしてみたり。こんなポンコツなベルを見るのは初めてでしたので、アプロともどもにやにやと見守ってみたりして。
「………なにかおかしい?」
そんなわたしたちの生温かい視線に気がつき機嫌の悪くなるベルは、なんかもーこれまでにないくらい可愛かったり。
「べーつーにー?」
「ですよねー」
煽るよーに、「ねー」と声を合わせるわたしとアプロの様子で更にぶんむくれするベルの姿は、魔王と勇者と、世界の運命を握る英雄とか呼ばれる三者のやりとりとしては、ひどくほのぼのとしたものなのです。
「…もういい」
「拗ねるなって。でも私の言いたいことは分かっただろ?おめーが魔王だのなんだのと言ったって、私たちの関係はこれでいいんだよ。おめーがアコにちょっかいだして私が怒って、でももう面倒だからおめーもまとめて愛してやるって気になった。ベルは私と一緒のアコがいい、と言ってたからな、私もアコと一緒におめーを愛してやる。これでもう、勝ちだとか負けとか関係無い。魔王も勇者もない。アコだって私たちを愛して愛されて、それでいいんだ」
いいのかしら、倫理とかなんとかそーいうもの的に、と思わないでもないのですけど、もうわたしは女の身でアプロニアという素敵な女の子と愛し愛される立場になってしまってるんです。こうなったら一人でも二人でも一緒ですよね。
「…ベル。何度も言いますけれど、わたしはあなたのことが大事で、しかも大好きなんです。アプロと比べてどーのこーのなんて話じゃなくって、敵になったり、ベルがこのあいだ言ったように道を違えることもしたくないし、こんな場所に連れ込まれて何か隠された意図があるって聞かされた時は不信感抱いたりもしましたけど…それでも、わけを聞かせてもらえれば、ベルの言い分を理解して一番いいやり方を見つけ出せる自信があるんです。だから、もう、これくらいにして、一緒に……行こう?」
手を伸ばし、びくっと身を固くすることにも構わず、ベルの頬を両手でつつみます。
ふわっとその表情が和らぎます。わたしの大好きな、無表情に見えるけどその奥にたくさんの感情を湛える、ベルの笑顔。
わたしは迷わず躊躇わず、その顔と距離を縮めて、これから何が起こるのか知って迷っているベルの、その唇に。
「んっ」
さっきアプロがしたときもこんなんだったのかなー、などと益体もないことを考えながら、自分のものをそっと触れさせたのでした。
「あ─────っっっ!!」
アプロ、うるさい。
「うるさい、じゃねーだろばかアコっ!アコがしたらダメなんだよっ!アコの唇は…あーもう、唇だけじゃなくって髪の毛からつま先までアコの体は丸ごと私のものなんだからなっ!!」
「あなたさっきベルにしたじゃないですか。わたしにだって味合わせなさいよ、もう」
「浮気する気なのかっ?!」
「最早わたしたち三人の間でその概念は通用しませーん。他のひとに色目使ったら浮気になりますけど、わたしがベルに何したっていいんですからっ」
「そうか。じゃあ私がベルに、アコにするみたいにしてもいいんだなっ?!」
「…え、ええ。別にいーですよ?だったらわたしだってベルにあんなことやこんなこととかしたって文句言われる筋合い…」
「それ以上言わせるかっ!」
「なんですかもうっ!折角良いこと言ったのに全部台無しですよアプロのばかっ!」
「ばかはアコの方だろっ!」
「ばかって言う方がばかなんですぅ!」
「だったら先に言ったアコの方がばかなんだろっ!」
「記憶のねつ造も甚だしいですねこのコはっ!先に言ったのアプロの方じゃないですかっ!!」
「んなことねーよ!私がアコのことバカとか言うわけねーだろ!」
「ついさっき言ったばかりじゃないですかっ!あなたボケるの早すぎませんか?!」
「なんだとこのバカ!」
「なんですかこのバカ!」
「ぐぬぬぬ…っ!」
「ぎぎぎぎ…っ!」
「はい、そこまで」
鼻もくっつくような距離で睨み合ってたわたしとアプロの間に、ベルの両手が差し込まれてわたしたちを引き離すように開かれていきました。
「どうしてアプロとアコがけんかすることになる。私のために争わないで」
「別におめーのため、ってわけじゃねーんだけどな…」
なんだかどこかで聞いたようなフレーズを口にしながら呆れるベルです。
「とにかく、解決するのなら方法はひとつ、だな」
「アプロが変にヤキモチ妬いたりしなければいーんです」
「混ぜっ返すなよ、アコのばか」
「また言ったっ!」
「待って、二人がけんかするのなら……仲直りする時に私も混ぜて欲しい。二人だけじゃなくて三人なら全て解決。何の問題も無い」
おーありです、あなた何考えてんですか。いえ別にベルとイチャイチャするのがイヤってわけじゃないですけどアプロと三人で、とかになったら話が変わってきますよ、それ高い確率でわたしがおもちゃにされる展開じゃないですか。されるのはイヤじゃないですけどね、一方的に二人がかりでされっぱなしってのは面白くないですええもうこうなったらわたしの方からベルにごにょごにょ…とか文句を言う準備をしていましたら、アプロが何だか大笑いしていたのです。どうしました?
「あはははー…あー、どうしたもこーしたもんさ、アコ。結局最初の目論見通りになったんだからこれでいいんじゃない?ってことだよ」
「目論見通り?誰の?」
「誰の、ってアコの、に決まってるだろー。自分で言ったこと思い出してみなって」
はて?わたしの言ったことといいますとー…。
『ベルが今までのベルのまんまなら、わたしとアプロが人目も憚らずイチャこいてたら、どうすると思います?』
『アホを見る目になると思う』
『わたしは真面目な話をしてるんですってば。きっとこう言うんじゃないかな、って。『わたしも混ぜて』と』
「おお」
思わず手を打って納得。
なるほど確かに言った通り、というかそのまんまですね。わたし見事な予言者っぷり。
…あれ?と、なると……。
「やっぱりアプロが先にわたしのことアホだのバカだの言ったんじゃないですかっ!わたし実はえらい傷ついてたんですけど」
「それはもういいって。でも、アコの言った通りになったんだからいーだろ?」
「なんの話?」
記憶が一致して盛り上がるわたしとアプロが面白くないのか、ベルがなんだかふくれっ面してました。
「んー、アコはやっぱりすげーなー、ベルのことを一番分かってるのはアコだよなー、って話だよ」
「…そうなの?」
あのー、そんな風にうっすらと嬉しそうな顔してこっち見ないでください。照れるじゃないですか。
「でもアプロとしては本当にそれでいいんですか?面白くない、って言ってたのも事実でしょうに」
「んー、もうこうなったらさ。ベルが私とアコまとめて好きー、って言った気持ちも分からないでもないからさ…独り占めは出来ないだろうけど、ベルがどっか行くのも面白くはねーし。だから、おめーも私たちと一緒にいろ。それだけだ」
「……アプロ」
ふむん。アプロがこう言って、ベルも感極まったように泣きそうな顔をしているのであれば…わたしとしてはもう言うことはありません。
ベル、これから三人で仲良くやっていきましょう?
「だな。魔王とか勇者とか…まあそういうのは置いといて」
魔王と勇者が恋人になる、って話は神梛吾子の読んでた本にあったよーな気もしますが、それが同性で更に一人追加して三人仲良く、って話は聞いたことないですねぇ…。
そんなことをぼんやりと考えてたら、両手が持ち上げられる感触。
見ると、右の手をアプロが、左の手をベルが、それぞれに握って両側からわたしを見つめています。
「アコ。私はもう決めた。父の願いを捨てることは出来ないけど、そのためにアコとアプロと別れるようなことは、もうしない」
「正直言ってこんなことになるとは思ってもなかったけどさ。それでもアコが結んでくれたものだと思うから、私は大事にする」
「アコ、愛してる」
「ずっと、一緒だぞ」
わたしは幸せものだと思います。
なんかもー、わけの分かんないところでわたしは生まれて、他人の記憶だけを持ってポンと知らないところに送り出されました。
迎えに来てくれた女の子は勇敢でとても可愛らしく、わたしはそんな彼女にすぐとりこになりました。
唐突に現れたクールな少女は、わけも分からない好意を一方的に示してくれました。それを切っ掛けにしてわたしはひとに対する愛情、というものを考えるようになり、やがてそれはアプロに対して実を結びました。
結実したものはまた種となり、新しい芽吹きをもたらします。今、それは正しくわたしに種を与えた黒金の少女に向かって育ちました。
「だから、いいんです。ベルとアプロがわたしを好きになってくれて。わたしは二人のおかげで自分を好きになれて、そして二人が大好きだって、心から言えるんですから」
握られた手の力強さに応えるように、わたしも両手に力を込めました。
手に入れたものの重さと大切さをわたしに教えてくれるように、二人も微笑みながら握り返してくれました。
うん。やっぱりわたしは幸せものなんですね。
「さて、話もまとまったことなんで帰るぞ。ベル、帰り道開いて」
それぞれに満足を抱くと、わたしたちは繋いだ手を解いて現実的な心配をしないといけなくなります。
「わかった。少し移動するけど、いい?」
「歩かされるのか?…アコ、飛んでいってもいい?」
「目立つからそれは止めた方がいいと思いますけど…せめて夜になるまで待ちませんか?」
それはまあ急く気持ちは分かりますけど、危険を冒すわけにはいかないのです。ただでさえ昨晩の出来事(事件と言ってもいいでしょう)の原因、あるいは犯人捜しに多分躍起になっている中、目立つ真似をするわけにはいかないんですけどねー…。
「そうは言ってもな…向こうが今どうなってるのか心配だし。ゴゥリンとマイネルのことだから上手いことやってはいるだろうけど、結局ガルベルグを押しつけてしまったようなもんだしな」
「実際、どんな感じだったんですか?」
「さー?アコが連れ去られたらすぐに穴は塞がってしまったし、そのまましばらくの間は三人でやりあってたけど、埒が明かなくったから、二人に牽制だけ頼んで押し通って、私はあの穴切り開いてきただけ。あいつらあれからどうなったかなあ…ちゃんと逃げてればいいんだけど」
…それにしては、向こうの時間とこっちの時間の流れに差があるよーな。こちらの体感ではそこそこ時間経ってましたしね。その辺どうなんですか、ベル。
「そもそも繋がってはいない二つの世界を無理矢理繋いだのだから、時間の流れにズレがあっても不思議は無い。時間と空間の相関は不変でも一定でもないから」
なるほど、わからん。
と、説明の追加を求めようとしたら。
「…つまり、こっちで一日経ったからといって向こうで一日経ってるとは限らないし、それは長くなったり短くもなったりする、ってことか。なら長居しないで早いとこ帰った方が良さそうだな」
「そういうこと」
と、何故か、なーぜーかー、アプロに先に納得されてしまいました。ううっ、頭を使うことでアプロに先を越されるとは不覚もいーとこです…ッ!
「アコ、どしたー?」
「なんでもありません。ちょっとアプロに失礼なことを考えてただけですから気にしないでください」
「それ私は気にするとこなんだけど」
うるせーです。神梛吾子にもう少し物理の授業とかマジメに受けといて欲しかっただけです。
「…ま、そういうことらしーんで、とにかく多少無茶をしてもいいから、早く帰ろ。ベル、どこに向かえばいい?」
「あっち……あ、そういえばアコ?」
「なんです?」
先に立って、日差しと反対の方角に指をさしていたベルでしたが、何か気付いたことでもあったかのようにわたしに顔を寄せて、こんなことを言いました。
「さっきぶつぶつ言ってたから気になった。『さんぴぃ』って、なに?」
「……………」
………わたしのアホ─────っ!
思ってたことが口に出るのはわたしの悪いクセかもですけどなんで選りに選ってそこんとこに注目するんですかもうっ!
「あ、それは気になったな。なんかすんごく楽しそうな響きなんだけど。アコ、それなに?」
「……そのうち分かりますよ。そーのーうーちー。ほら、長居は無用なんでしょう?早いとこ帰りますよ」
困ったことにアプロまで興味を持ったよーで、なになに?とでも言うように側に寄って聞いてきました。うう、要らんこと言ってしまった…。
「アコがこーやって誤魔化す時は大抵面白いことあるんだよなー。ベル、そっち」
「わかった」
「…って、あなたたち何おっ始めようってんですかっ?!ちょ、ちょっと…あのその、なんか不穏な手付きと顔やめてもらえませ…きゃー!」
顔を引きつらせつつ逃れようとしたわたしの背後にベルがいました。なんなんですかあなたたちはっ!和解するなりいきなり見事なコンビネーション見せつけんじゃねーですってば!
「んふふふ。アコをこーしていぢめられるのは悪くねーな。今までだったら大概邪魔が入ったもんな」
「同感。こうして協力出来るようになっただけでも、アプロと仲直りした甲斐がある」
は、早まったかもしれない…。
早くも後悔し始めたわたしの情けない叫び声を聞きつけた人の声が聞こえてくるまで、わたしは『さんぴぃ』の意味を我が身を以て説く羽目に…いや屋外の、それも真っ昼間からそれは流石に、ない。
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