第179話・反撃開始!! その1

 「おら戻ってきたぞガルベルグ!」

 「し、死ぬかとおぼったぁぁぁぁぁぁ……っっ!」

 「アコ、だらしない」


 んなこと言われましても。

 こちとら、意気軒昂としたアプロほどには体力に自信が無いのです。

 野次馬やらマスコミやらけーさつやらと追いかけっこして、方々の態でどうにか逃げてこられた身としては真っ当な感想だと思うのですけど。平気な顔してるあなたたちがおかしいんですよぅ。

 まー、日本で何があったかは深くは語りますまい。もう二度と行くことはないでしょうし、とりあえず無事に帰ってはこられたんですから、わたしは忘れることにします。

 …って、ここどこです?


 「ガルベルグ出てきゃーがれ!今ここで決着つけてやる!」

 「はあ…ちょっとは落ち着きなさいって。そんな雰囲気どこにも無いじゃないですか。そもそもわたしたちが消えた場所と違うとこに戻ってきてますってば」

 「え?…あれ?どゆこと?」


 アプロの様子からすると、今は夜で周囲は灯り一つ無く、今何処にいるのかも分からないことにさえ気付いていなさそーです。

 頭上に星明かりはまだらに見えるので、どこかの森とか林で今は夜だということくらいは見当つきますけど。


 「ベル、あの穴は出て来た先には何か縁があるとか必要なものがあるとか、そんな感じのこと言ってましたよね?」


 なんか急に慌てだしたアプロをかわいー、とか思いながらベルに聞いてみます。

 なんにしても朝になれば多少はマシな状況になるでしょうけど、こうも暗いと魔獣とか危険な野生動物とかいたらヤベーですから、少しでも状況を好転させる材料が欲しいとこなのです。


 「うん。それに時間の流れも同調していないから、何日経ったのかそれとも何年も経ったのか…」

 「怖いこと言わないでくださいってば。で、今ガルベルグが周囲にいないようであれば、逆に今のわたしたちには縁が無いと言ってもいいんじゃないですかね」


 少し乱暴な理屈ですけどね、と付け加えると、木々の合間から差し込む微かな星明かりに照らされたベルの顔が、ほんのりと和らいだように見えます。


 「…まー、それならそれでいいんだけどさ。とにかくどっかで休める場所でもねーかな。空から探してみるか?」

 「森の中を空から見ても分からないとは思いますけど…それに、どうもココは道みたいですし、歩いてみた方がいいんじゃないですか」

 「アコ、疲れてない?」

 「正直言って少し疲れはありますけど…ここで野宿するわけにもいかないですし」

 「…だなー。歩くしかねーか。アコ、疲れたら言ってくれよ」

 「うん。おぶってあげる」

 「させるかこのやろー。油断も隙もねーなーったく…」


 何の隙なんですか何の。

 日本で大逃走劇繰り広げてたのも実は二時間くらいでしたから、一歩も歩けないというほどでもなく、ともかくわたしたちは方角も定かならぬ道を歩き始めたのでした。




 で、ほどなく。

 ほんとーに、程なく。少しは覚悟を決めて歩き出したのが黒歴史になりかねないくらいあっさりと、ソレは見つかりました。


 「…こーまで都合がいいと何かの罠じゃねーのか、って気はするけどな」

 「ですねえ…」


 少し考え込むよーに立ち尽くすわたしとアプロの前には、なんとも小綺麗な小屋。

 打ち捨てられたのではなく、現に今ひとが住んでるように思える、手入れのされた一画にそれはありました。というか、小屋というよりこれは立派な住居なのでは。


 「…中には誰もいない。どこかの貴族かお金持ちの別宅かもしれない」


 先に近付いて中の様子を探っていたベルが戻ってきて報告してくれました。


 「入れそうか?」

 「このとおり」


 と、外した錠前を掲げて得意そうなベル。前もありましたけど、なんか簡単には入れなそうな場所に侵入するの得意ですよねこのコ…。


 「…よし。メシはねーけど休むくらいなら出来るだろ。とりあえずここで朝になるの待とーぜ」

 「賛成。休息は頭のご飯」


 ベルがわけの分かんないことを言いますが、休みが必要なのには同意します。

 広さからすると三人が横になるくらい充分出来るでしょう、とベルの後に続いて中に入ったわたしは、絶句しました。


 「…なんで入っていきなり寝台があるんですか。しかもお布団まで用意されて」


 ココ、もしかして貴族さまが愛人連れ込む宿なんじゃ、と穿った見方をしたくなるくらいに整った内装を見て、思わずわたしドン引きです。

 というのも、きっと昼間でも道からは見えなかっただろう場所にあって、ベルが謎の野生の勘を働かせて見つけ出したものだからです。

 森の道を手入れするひとが寝泊まりするよーな場所にしては若干へんぴですし、ただまあ助かったのだからこれ以上文句言うつもりもないのですけど…。


 「…あった。二人とも」

 「さすがそーいうトコは鼻が利くなおめーは」


 中に入るなり奥へ向かったベルが、保存用の干し肉だか乾パンだかを取ってきました。なんでそんなものまで…って、それほど古いものには見えないので、割と最近使ったんでしょうかね、この部屋。

 ちなみに灯りについては、アプロが携帯してたそれ用の聖精石使ってます。懐中電灯みたいなものですね、こうなると。


 「酒もあればいーんだけどなー…何にしても水が飲みたい。アコ、夜露収集する聖精石出して水集めといて」

 「あー、はいはい」


 雨期ですから貯まるまでそんなに時間はかからないでしょうしね、と手近な器を拝借して聖精石をセットしました。

 ほんと、水の心配しなくていいのはサバイバル的におーだすかりで……。


 「……あの、二人とも?どしました?」


 荷物を置いて旅装を解き、落ち着いた空気になったと思ったらなんだか二人とも落ち着きなさそーに、こちらを見て…というか、なんか下世話に思えてきた寝台とわたしの間で視線を往復……すげー身の危険を覚える空気なんですがコレ。


 「……アコ。早速だけど私たちの絆を確かめあいたい」

 「……だな。なんかベルと意見が合うのは悪い気分じゃねー、って思えてきた」


 にじり。

 わかり合ってますー、みたいに目配せをした二人が、少し間隔を広げつつわたしとの距離を縮めます。その様は手慣れた狼の狩りのようです…ってこれわたしが狩られる流れじゃないですかっ?!


 「……ほら、おあつらえ向きにいーものあるし」

 「……まさに天の配剤。私たちに必要なものの側に、穴は導いてくれた」

 「ちょっ、ちょっと待ちなさいってば二人ともっ!いくらなんでも落ち着いたらすぐにってがっつきすぎてませんっ?!」

 「……一度アコのからだを思う存分にまさぐってみたかった」

 「……それだけでいーのか?欲のねーこったなあ。いいか?アコの体のいーとここれから一晩かけて、たっぷり教えてやるからな?」

 「うん。アプロはアコの体にかけてはわたしの先生。手本を見せて欲しい。それでいっぱい、いっぱい、二人でかわいがってあげよう?」

 「おお。さーてアコ、二人がかりで悦ばせてやるからなー。もちろん私たちも悦ばせてもらうけど。そりゃ」

 「ひぃやぁっ?!」


 巧みに寝台の前に誘導されてたわたしは、舌なめずりするよーな顔のアプロに有無を言わさず押し倒されてしまいました。


 「ちょちょちょっとっ!わたしまだ心の準備とゆーか既にすっぽんぽんっ?!いくらなんでも手際良すぎませんかっ?!」


 アプロになら無理矢理されちゃうのも悪くはないといーますか時々そーいうやり方する時も無くはないですけどベルも一緒にとか想像もしてませんでしたしあちょっとベルも見てないで助けふぐむぅっ?!


 「……うん、んー……ふン……ん、アコの唇ひさしぶり…とても、佳い」


 流石にそれはどーなの、と暴れまわるわたしを抑え込んだベルは、有無を言わさずわたしの口を塞いできました。くっそぅ、舌も入れられてけっこー気持ち良かった自分がくやしー…。


 「アプロ。私はしばらく上のお口と胸を楽しむから、下の方はお願い」

 「まかせとけー。ふふん、こっち弄ってやると上の口の反応も良くなるから、よーく楽しめよー?」

 「あのその、ふたりともー?イヤがってる女の子に力尽くでするとか余所でやったらダメですからねー?…じゃなくてこっ、これは流石にわたしも困るんですけどっ!!」

 「んふふふ、こんなことすんのアコにだけだって。それにさー、すぐに善がって『もっと、もっと…』ってせがむよーになるからなっ。アコのおねだり聞くと…すんげぇ色っぽくてゾクゾクすっからな?」

 「御託はいい。はやく始めて、アプロ」

 「言葉でなぶって焦らすのも楽しみのうちなんだけどなー。そいじゃアコ、いくぞー?…ンっ」

 「ひきゃぁっ?!」


 あ、あかん……なんかいつもより興奮してますわたし…具体的には二倍くらい…きっちりベルが増えた分余計になんかその……。


 …などと言い訳してるうちに、上になったり下になったり横になったり縦になったり……。


 ああ…わたしぃ……しんじゃうぅ……。



   ・・・・・・



 …で、翌朝。

 叫んだり啼いたり悦んだりした夜を過ごし、三人川の字で目覚めて横になったまま協議した結果、わたしとアプロの意見は一致しました。


 「ベルの声がいちばんおっきかったと思います」

 「異議なーし」

 「………」


 意外にも一番昂ぶってたのはベルだったよーです。


 「…だって、想いがかなって嬉しかったから…」


 真ん中にいたベルは恥ずかしそうに顔を赤く染めてお布団の中に顔を隠してしまいました。ベルかわいー…。


 「実際、わたしとアプロでベルを苛んだときが一番盛り上がりましたからねー。ベルって結構…被虐趣味があるのでは?」


 まあ一番興奮したのが、わたしが疲れてイチ抜けした後でアプロとベルがまだしたりなくて体を絡ませてた時だったりしますが。だって、たゆんたゆんとばいんばいんがこう、あんなんなってたらたまらないじゃないですか、ってわたしは変態かっ。


 「…いわれなき中傷には厳に抗議する」

 「一番でかい声出しといて言うこっちゃないなー。ま、それはともかくとしてさ」


 アプロが、ふにゃけた女の子の顔から表情を一変させ、勇者アプロニアの顔に戻って言います。切り替え早いですね。


 「腹ごしらえしたらここ出発するとして…ここは結局どこの辺なんだ?」

 「それこそ明るいんですから、空から見れば多少は見当つくのでは?」

 「だったらいいんだけどなあ…」


 うつぶせで顔を寝具に埋めて、アプロはぼやきます。

 それはまあ、調べてみたら大陸の反対側でしたー、なんてことになってたら洒落になりませんし。

 アプロが言い訳がましく続けた内容によれば、王都の周りだとしてもあまり地理には詳しくないから…とのことですけど、アプロが分かんないのにわたしに分かるわけもなく、ベルに至ってはそもそも街道を歩いたりしないので、わたし以下なのです。


 「それに、この家って結局誰のものなんだ?なんか手がかりがあればここが何処なのか判断することも出来るかもしれねーんだけど。ベル、昨晩何か見つけた?」

 「そういうものは何も。食べ物ならあったけど」

 「…その食い気は頼もしくないこともねーけど、この場合は呆れる他ねーよ」

 「まあまあ。ベルなりに頑張ったんですから。とりあえず着替えて家捜しでもしましょう?」

 「…アコの言う通り。ぼやいていても始まらないから、とにかく起きて何か食べ………アプロ」

 「ああ」


 ピロートークにしては色気のない、埒の明かない会話を中断したのはベルの固い声でした。

 応じたアプロも同じような声色で、それにはわたしでも分かる、何か警戒を要する事態がわたしたちを襲いつつあることを知らせます。


 (しー…)


 口の前に人差し指をかざし、わたしとベルに黙ってるように指示してから自分は毛布を身にまとって剣を抜き、忍び足で扉の方に向かいます。

 ベルの方はさり気なくベッドの上でわたしをかばうように位置を変え、たかと思ったら。


 「…ところでアコはアプロと私とどっちの方が好かった?」


 あなたこんな時に何ゆーてんですか、とツッコもうとして気付きました。外に誰かいて、こちらの方をうかがっているのでしょう。こちらが気付いたことを悟られないように会話を続けようということのようですが…もー少し話題のチョイスなんとかならないんですか?


 「うーん…ベルはもちろん初めてでしたから新鮮でしたけど、ベルが加わってアプロの反応が変わったのも初々しかったですよ。だからどっちが、ってことはないです。でも昨夜のベルはとっても…かわいかったですねー…」

 「………っ?!」


 いや、演技ですってば。マジに受け取って今さら照れないでくださいってば。そんなことしてる場合と違うでしょーに、っていえまあ、マジメに答えてしまったわたしにも責任はあるんですけど。

 でまあ、そんなアホな会話をしてる最中にもアプロは猫のように扉に忍び寄り、ドアノブに手をかけると一気に…。


 「動くな!……って…………」


 …開いて突き付けた剣の先にいたのは。こともあろうに。


 「あ…あ、あ……あに…うえ……?」


 こんな場面を見られたくないひとわたし的にナンバー3には確実に入る…。


 「……なんて格好をしているのだ、アプロニア」

 「………あ、あー……あの、その……」


 近年無いくらいに狼狽しまくってるアプロを見下ろしていたのは。


 「一緒にいるだろうとは思っていたが…邪魔だったか?」


 その。

 ヴルルスカ殿下、そのひとだったり…したのです…。

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