第197話・そしてわたしの旅路の果てに その16
「顕現せよ───ッ!!」
アプロの裂帛の気合い一閃。群がる幻想種は…ただの一匹も倒れることはありませんでした。
「くそっ、なんでこいつらには効かねーんだ!」
「アプロ!こっちに気付いた…あわわ、空飛びますよあれっ?!」
「また羽の生えた馬とかなんつーゲテモノを…アコ、逃げるぞ!」
「なさけねーっ!わたしたち情けなさ過ぎますってばっ!!」
「言うなどちくしょー!……こんなことならマリスの言う通りにしときゃよかったっ!!」
わたしを引っさらって空に逃げたアプロですが、向こうも空は飛べるのです。今までの魔獣相手のように、空を飛んでいれば安全、なんてことはありません。
「…なんとか振り切れるな」
「ですね…こっちの方が早くて助かりましたよ」
「つってもなー…あの辺なんとかしねーと、近づけやしねーし」
忌々しそうに、バカみたいな高さの柱状の虹を睨むアプロ。早く塞いでしまわなければならない、異界と繋がる穴は…そのバカみたいなデカさのせいで近くに見えますけれど、まだ大分遠いところにあるのでした。
・・・・・
今をさかのぼる六日ほど前。
わたしたちは、ガルベルグ討伐から戻ってすぐに立ち寄った聖王堂教会の一室で、意見を対立させていました。
「私とアコだけでも行く」
「ですが、アプロニアさま…今の状態もわからないのに危険ですわ…せめて現地の詳しい情報がもっと手に入ってからでも……」
「そんなもん実際に向こうにいけばいくらでも分かるだろ。いいかマリス?あと少し。あと少しで全部終わって、それでようやく私たちの世界が変わり始めるんだ。そんな時にぼやぼやしてるわけにいかねーだろ」
「それは…そうかもしれませんけれど…」
チラリとマイネルの方を見るマリス。いざというとき、押しの強さではアプロに叶うはずもないのです。
「…おめーはどうなんだ、マイネル…ってもどーせマリスと同じ意見なんだろうけどな」
「そういう言い方は無いと思うんだけどね。でもまあ、確かに僕もマリスと同感ではあるよ。っていうか、アプロは何を焦ってるんだい?」
「焦って当然だろうが。アウロ・ペルニカはミウ・ミレマから歩きでも五日とかからねー場所だ。幻想種ってのにどんなヤツがいるのかは知らねーけど、ほっとけねーよ」
「そりゃそうだけど、僕もマリスもアウロ・ペルニカが大事なのは一緒なんだ。僕らだけじゃない。ゴゥリンだってそうだろう?」
「………(コクリ)」
「そのゴゥリンだって自重しろ、って言ってるんだ。アウロ・ペルニカだけを理由にする必要は無いんだよ、アプロ」
「おめーらと私たちを一緒にすんな。あの街に住んでる連中は私とアコにとっては家族だ。家族が危険にさらされるかもしれねーって時にノンビリ駆け付けよう、なんて選択は出来ねーんだよ」
「あの、アプロ?気持ちが一緒なのは嬉しいですけどそんな言い方は…」
「アコ、頼む。穴を塞ぐのにはアコの力が要るんだろ?」
「……たぶん」
同じものかどうかは分かりませんが、魔獣の穴も異界を繋ぐ穴も、未世の間に由来するという意味では同じものです。わたしの針があれば同じことが出来るはず…だとは思います。
「…アコ、焦らないで」
そして、そんなわたしの迷いを嗅ぎ取ったようにベルが口を挟みます。
「聖精石の針と糸で穴を塞ぐことは可能だと私も思う。けれど、あの大きさの穴を塞ぐに充分だと思う?途中で塞ぐのに失敗したら、またやり直しになるのは魔獣の穴と同じこと」
「!…それは……そうかもしれませんけど…」
けれど、途中で糸が尽きても、と思ったところで隣に座っていたアプロが、ひざの上のわたしの手に自分の手を重ねてきました。
そのぬくもりにハッとしてアプロの顔を見ると、間近に愛しい双眸の光があります。わたしの抱えた不安を、一緒に背負ってくれようとしている、力強い光でした。
「……でも、アプロが往くと言うのなら、わたしは全力でついていくだけです。わたしにだけ背負わせることはしない、自分も背負ってくれるとアプロは言いました。だから、わたしはその言葉を信じて…いえ、違いますね。アプロの言葉と共にどこへでも行きたいんです。いくらベルでも、言われたからってこの気持ちから逃げたり約束を違えたりはしたくありません」
「……そう。なら、仕方ない。でも私は反対だから、一緒には行かない」
ベルは小さくため息をついて矛を収めました。別にわたしとアプロに矛を突き付けてたわけじゃないんですけど、一緒に来てはくれない、との一言はいくぶんわたしにはショックです。わたしたち三人は一緒だったんじゃないですか、という文句…いえ、駄々ですね。それを辛うじて呑み込むわたしでした。
「…じゃあ決まりだな。私とアコが行って、ミウ・ミレマの救援…じゃねーな。全部片付けてくる。もともとそのための勇者と針の英雄だ。だから別に恨みはしねーよ」
旅装も解かないまま話し込んでいたので、立ち上がってこの部屋を出ればすぐに出発出来ます。
そして、アプロが行くというのであれば否も応も無いわたしも同じく立ち上がった時でした。
「…アプロニア。別にお前達が責任を感じる必要はないのだ」
わたしたちがそれぞれに思うことを述べていた間、じっと黙って話を聞いていた殿下が、ようやく、という感じで口を開きました。
流石に去りかけていたアプロも、殿下を無視するわけにはいかないと思ったのか、腰をおろして耳を傾けます。
「確かに今の有り様はガルベルグ討滅のあおりではあろう。だが、そもそも、だ。ガルベルグを倒してしまわねば物事が進展を見せない、というのも事実なのだろう?であれば現状とて乗り越えねばならぬ次の障害というだけのことだ。ガルベルグを追い詰めるにひとの英智と努力が必要と唱えたお前達の言葉、今も同じ事と思うのだがな」
「…兄上の仰ることが分かりません。私は別に、此度の幻想種への対処に皆の力は不要、と申しているのではなく、ただ、急ぐ必要があるのなら急げる者が急げば良いと申しているだけで…」
「では、つい先ほどに勇者と針の英雄二人で片付けてくる、と高言したのはどういう意味だ。ただの増長ではないのか」
「……っ」
殿下の仰り様は、捉え方によっては挙げ足とりとも思えるような、アプロにとっては酷な言い方です。でも、それだかこそ、かもしれません。アプロには確かに殿下の指摘した通り、焦りと贖罪の意識に似たなにかがある、って。
ですけど。
「お前達に背負わせるつもりはない。いや、背負わせてはならない。ガルベルグの消失とそこから先に起こる事態は、人々全体で負い、そして変えていかねばならないことだと。それが、お前達の出した結論だったのだろう?」
「……!…はい」
「なれば忘れるな。先行するのは構わん。だが、突出してはならぬ。いいか、アプロニア。必ず我らも駆けつける。それまでの間、お前達は被害が増えるのを抑えよ。後続の我らに生じるかもしれぬ損害を考えて無理をするな。それだけ覚えておくのであれば、好きなようにせよ。いいな?」
「………はい、兄上」
マリスもマイネルも、それからベルも。
殿下の言葉に力強く頷いたアプロに、もう何も言うことはなかっただろうと、思います。
・・・・・
「姫殿下、ご無事で!」
「…あー、わり。面目ねーけど失敗した。被害はあったか?」
「いえこちらには何も。しかし不思議なものですね。あれほどの大群が、ただそこにいるだけで街を襲おうという気配が何も無いというのも」
「魔獣と一緒には考えられねー、ってことかな。休むから何かあったら知らせてくれ」
「承りました」
ミウ・ミレマはアウロ・ペルニカから王都に行くときに何度か立ち寄りましたけれど、基本的には商隊が補給や休息をするための街という色合いが強く、どちらかといえば人の生活する場というよりは、基地みたいな存在です。
もっともそんな場であっても、行き交う商隊の間で取り引きはありますし、取り引きがあれば税金を取り立てるお役人もおりますし、商売がされるのであれば当然それを目当てに人も集まり…と、なんとなくなし崩し的に規模を拡大してきた、という感じの場所です。といって、本格的に交易の場になってるアウロ・ペルニカとは違って、それほど生活臭のするところでもないのですが。
「…っかれたー……」
「ですねー…」
そんな中でも、王女さまでもあるアプロが滞在するということでしたから、寝泊まりする場所に関しては、一番大きな商館の一室を提供してもらってます。少なくとも食べて呑んで寝る分には不自由しません。
「アコもそれ脱いで、ちょっとお湯でも被ってこよ?」
「ですね、って相変わらず鎧脱ぐの早いですね…」
部屋に入って荷物を置き、大きく伸びをして振り返っていたら、もうアプロは鎧の下の革ベスト姿になってました。こっちゃまだ外套を脱いだばかりだとゆーのに。
あ、ちなみにこのコート、ガルベルグに旅装一式台無しにされたわたしに殿下からいただいたものです。といって新品ではなく、ミァマルテェ姫殿下の遺品なのだそうです。お姫さまの着用されたコート、という割には旅に適した実用的なデザインが、とても気に入ってます。
これはほとんど飛び出すような勢いでこちらに向けて出発した際の、ちょっとした時間で贈られたものでしたが、敬愛していたお姉さんの遺品ということでアプロがえらく羨ましそーな顔をしていたものです。言うて、アプロでは背丈が高すぎて似合わないのですけどね。
それにしても、王都で貸して頂いたドレスといい、なんともわたしにとっては着衣を介して縁のあることです。衣服を作るのが趣味にして本業なわたしにとっては、ある意味一番嬉しい贈り物ですよね。
「…アコー、それいらないなら…」
「あげませんて。わたしだって気に入ってるんですから」
「ちぇー」
まだ言うか、と口を尖らせると、冗談だよとでも言うようにニカッと笑い、用意されていた着替えを抱えて湯浴み場へと先に立ってゆくアプロなのでした。
「明日はどのように?」
「どのように、つってもな。アコ、どーする?」
「どうもこうもないですよ。とにかく近付かないとこっちは何も出来ないんですから」
サッパリして身支度を調えると、ミウ・ミレナの衛兵隊隊長であるブロウザさんに簡単な夕食に誘われて、お腹を満たしながらの会議です。
まあ会議といいましても、ミウ・ミレナにいる衛兵さんたちは合わせても三十人ほどですし、幻想種相手に出張ってもらうわけにもいかないので、わたしとアプロでなんとかするしか無いんですが。
「いえ、ヴルルスカ殿下からの早馬が到着しました。多くはないものの、援軍も駆けつけてくれますので、お二人の背中を守るくらいはさせて頂きたい」
「無茶すんなよ。街を空けておいたら幻想種が押し寄せてきた、なんて冗談にもなんねーんだし」
ブロウザさんは五十近い歴戦の戦士とのことですが、お歳に似合わない血気盛んなことを言ってアプロにたしなめられてます。
気持ちは嬉しいんですけど、アプロの言う通りでもありますし、正直言って三十人くらいの応援ではけが人増やすだけだと思うんですけどね、とアウロ・ペルニカでの戦いに参加した身としては、そう思わざるを得ません。
「とにかく、空を飛んでっても迎撃される、歩いていくなんて話にもなんねー、呪言は効かねーしその上数だけはべらぼーなんだ。この際向こうから迫ってくることもない、ってだけが救いの状況って有様じゃあ、下手につつかない方がいいんだ。わりーけど、通常の魔獣の相手もあんだし、お互い今はガマンの時、ってわけさ」
「左様ですか…一隊をあずかっておきながら不甲斐ないことで申し訳ない…」
「…そんな責任感じることでもねーと思うんだけどな」
ここに来てあいさつをした時、アウロ・ペルニカが襲われた折りに援軍に来られなかったことを恐縮がっていたブロウザさん、義理堅くもなかなかに難儀なお人のようです。あの時はアプロも最初から援軍の要請出してなかったんですけどね。近すぎて巻き込まれる恐れがあるから自衛に専念してもらったほうがいい、って。
「まー、な?アレに関しては私たちの専権事項なわけだから、あまり気にすんな。力を借りる必要が出てきたらそん時は頼む。だから今は街の防備に専念してくれ」
「……分かりました。姫殿下がそう仰るのでしたら是非もありません」
「ホント、頼むぞ…?」
あまり納得した様子でもないですが、今はこう言っておくしかありませんしね。
わたしはこの件にはわざわざ口を出すこともなく、王都での世間話みたいなものに花を咲かせるだけで、会食は終わりました。
あ、でも一つだけ気になる話はしてましたけど。
「しかし姫殿下。ご領地へは本当にお知らせにならなくとも良いのですか?」
アウロ・ペルニカのことです。
今わたしたちが活動してしている場からはすぐ近くなのですし、知らせるくらいはしても良さそうだと思ったんですけど、アプロは頑なにそれを拒み、結局今のところわたしたちは単独での行動を続けているのですけど。
「知らせたってどうにかなるわけでもねーしな。余計な心配させる必要もねーだろ。だからその話はもうすんなって」
そういうことのようです。ただ、わたしとしては無事を知らせるくらいはしてもいいんじゃないかな、って思ってそうアプロにも言ったのですけど、そしたら、「知っただけで黙ってるような連中じゃねーもん。ぜってー駆けつけてくるだろうからさ。あいつらにはもう危なっかしい真似させたくねーんだよ」って。
アウロ・ペルニカのひとたちだって、アプロだけに危ない真似させたくはないだろうと思うんですけどね、とグランデアやブラッガさんの顔を思い浮かべながらわたしは曖昧に同意する他なかったわけで。
「…よし、じゃあ今日はここまで。ブロウザ、ごちそーさん。キッツイ中でうまい飯ありがとな」
「いえ、お心を慰めるお役に立てたのでしたら幸いです。明日は出発のお見送りだけでもさせて頂ければと」
「あいよ」
一瞬、困ったなあ、って顔をしたアプロでしたけど、そこはわたしにしか分からない程度のものですから、ブロウザさんも特に察した様子もなく、その場はおひらきとなりました。
「…本当にいいんですか?」
そして、あてがわれた自室(ブロウザさん、知ってか知らずか、わたしとアプロを同じ部屋に放りこんでくれてます)に入るなり、わたしはアプロにそう訊きました。
「アウロ・ペルニカのことか?仕方ねーって。それともアコには別の考えでもある?」
「んー…」
…正直なところ、出立の時の経緯を思うとちょっと顔向け出来ないところとかありまして、ね。シャキュヤのこととか、他にもなんだか心残りみたいなものを無理矢理捨ててきたみたいな真似してきましたし、
ですので、わたしとしては結果としてのアプロの方針に反対する理由はないのでして。
「いえ。アプロのしたいよーにしてもらって構いませんよ」
「そか」
特に感情も込めずにそう言うと、アプロは部屋の真ん中にあるテーブルの席に腰かける…こともなく、後ろにいたわたしの手をとって、割と強引に引っ張ってゆき、部屋の隅にあるベッドにわたしを押し倒すと上から覆いかぶさってこんなことを言います。
「…なー、アコ?一回だけ…しよ?」
「あのですね」
そりゃまーそういうことをするのに吝かな空気でも気分でもないんですけど。
「…いくらなんでも貸していただいているお部屋でそーいうことするのはどうなんです?明日の朝、ブロウザさんから気まずそうに目を逸らされたらどーいう顔すりゃいいんですかわたし。それに明日だって朝から大忙しでしょうに」
「だってしたいんだもん」
アプロはストレートでした。
それだけでなく、わたしの髪に顔を埋めてくんくん匂いを嗅いでました。まあ湯浴みした後なので、臭くはないんでしょうけど。
「……しゃーないですね。一回だけにしときますからね」
「わーいアコ大好きー………どーせアコの方からもっともっとって言ってくるしな」
「何か言いましか?」
「いや別にー。んじゃっ」
「わぷっ」
そしてその体勢のまま、互いの唇と舌をむさぼるよーなキスから、始まったのでした。
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