第69話・魔王さまの影 その1
「だから行きたくないって言ってるじゃないですか」
「だからワガママ言わないでくれるかな、って言ってるじゃないか…このやりとり前にもやった覚えがあるんだけど…」
そうは言いましてもね、なんでわざわざ管轄外のとこまで穴塞ぎに行かないといけないんですかっ!
「あのさー、アコ。こないだ説明した時一応納得してたじゃんか」
「あの時はあまりの突発的事態にぼーぜんとしてただけです。今改めて異議を申し立てることに何の問題もありませんっ!」
「出発直前になって言われてもなあ…」
ハイ、ここから回想シーンに入ります。
・・・・・
「…というわけ。分かった?アコ」
「はあ」
ベクテくんの屋台が軌道に乗ったのを見届けたあと、マイネルにアプロの屋敷に連行されたときのことです。
ゴゥリンさんともども呼ばれてたという時点で予想すべきでしたけど、仕事部屋で妙に真面目ぶってアプロがわたしたちに告げたのは、アレニア・ポルトマにほど近い街道沿いに出現した魔獣の穴を、わたしたち四人が出張って塞ぎに行く、という縁起でもない話なのでした。
「まあアプロとアコがわざわざ呼ばれるほどの大物、ってことに間違いは無いんだろうけどさ、政治的な意図も疑わしくないかい?」
「まああるだろーな。お兄…じゃないや、兄上の手紙を読んだ限りではけっこー苦々しい顔で書いてただろーなー、って想像できるし」
と、羊皮紙にしたためられた手紙をマイネルに渡しながら、アプロは割にのほほんとした顔でいます。あんまり困った風でもないのは、ヴルルスカ殿下に頼りにされたことが嬉しくなくもないせいなのでしょうか。
「ふぅん、どれ………あー、これは面倒な事態にはなっていそうだね。はい」
マイネルは手紙をざっと眺め、ゴゥリンさんに渡します。
執務室の応接セットにわたしたち四人で腰掛けているのですから、アプロとわたしが隣り合い、対面にマイネルとゴゥリンさんの並びです。
そのゴゥリンさんは隣のマイネルから回ってきた手紙を同じよーにざっくりと読み、向かいのわたしの前に置こうとして…。
「………」
アプロの前のテーブルに戻したのでした。あのー、一応わたし字は読めるよーにはなったんですが。やっぱり貴族のひとの書く手紙っていろいろややこしいんでしょうかね?
「教会の方ではなんか動きあるか?」
「マリスの耳に入るようなことは特には。だから純粋に陛下の周囲の動きだと思うけどね。それにしても雨期が明ける時期に合わせてだからなあ…穴は雨期の中頃から活動してたってことだから、手を焼いてアプロを呼んだ、ってのも理由としては真っ当なんだろうけどさ」
「私は別にどーでもいいぞ。兄上の役に立てるならどっちでもいい」
「ま、アプロはそれくらいでいいよ。厄介ごとかどうかはこっちで調べておくからさ。いつ出発する?」
「明後日かな。だからアコー?ちゃんと仕度はしておこうなー」
「はあ」
ちょうどお茶を運んできたフェネルさんの手並みをぼーっと眺めながら、わたしはそう返事をしました。
・・・・・
「ほら」
「ほら、じゃないよ…ちゃんとアプロは仕度しといて、って言ってたじゃないか」
「わたしはちゃんと話を聞いてなかったことが証明されました。今初めて聞いた話ですので、これから意思表明をします。行きたくねーです」
大体ですね。アプロとマイネルでわたしの寝込みを襲ってなんなんですか。無礼極まります。
毛布を頭から被ってわたしは横になりました。こーなったらテコでも動いてやるもんですか。旅支度だってしてないんですから、こーしてりゃ二人とも諦めるでしょう。わたしは策謀の確かなことにおいても定評が…。
「カナギ様。旅の仕度が終わりました。いつでも出立出来ますが」
「なんであなたはわたしの着替えとか漁ってるんですかっ?!」
…わたしの知る限り最も有能なひとの存在を、きれーさっぱり忘れていました。それがわたしの敗因です。
「おつかれー。やっぱフェネル連れてきといて良かったな。マイネルにアコの仕度させたら途中で見つかってボコられてるだろーし」
「…僕を連れて来た理由がよく分かったよ。アプロだけだとアコに甘いだろうしね」
「フェネルさんを連れてくる時点でわたしに対する甘さなんか微塵も感じないんですけど」
「そこはそれ、愛?」
「自分でも信じてないことを言われましても」
まー仕方が無いです。別に月に行ってこいとか言われてるわけじゃないんですから、駄々をこねるのも大概にしておきましょう。
わたしはざーとらしく一際大きなため息をつくと、毛布からもぞもぞと…。
「…とりあえず男子二人は立ち退いてくれますかね?わたしこれから着替えますから」
這い出る前に、乙女らしく寝間着姿を晒すことなく、イヤイヤ仕度を始めるのでした。
「アコの寝間着姿なんか今更って気もするけどなー」
うるさいですね。元気な時と病気の時では事情が違うんですよ。まったく。
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