第161話・魔王、出来 その4
アウロ・ペルニカでは雨期の真っ只中だったというのに、王都はいー天気ですねー…聞けばこちらも雨期だということですが、となると梅雨の中休み…いえ、この国の雨期は冬に相当することを考えると、小春日和?
「いい感じに浸ってるとこ悪いんだけどアコ、終わったぞー。あとコハルビヨリってなに?」
「憂鬱な天気がまだまだこれから続くって時期に、ぱあっと晴れて爽快になる日のことですよ。じゃっ、わたしも始めますかっ!」
アプロの呪言で魔獣は一掃され、やれやれと一仕事終えた風のマイネルにゴゥリンさんのいるところへ、わたしも針を携えて向かいます。
穴の布はもう姿を現していて、大きさも初めて穴塞ぎをした頃に見たらおったまげただろうサイズではありますけど、今のわたしにはどーってことはありません。
まち針も取り出しましたが、念のため、です。
「アコ、あとは頼んだよ」
「………任せたぞ」
「がってんです」
結局、まち針を使う必要はありませんでした。針に蓄えた糸も最小限の消費で済ませ、わたしは落ち着いてただ自分に出来ることをしっかりとやる、というだけのことを油断なく、思ったままに、そしてその通りにこなしたのでした。
「おしまいっ…と。アプロー、もう一つくらいやりませんか?」
「もちろんそのつもり。マイネル、ゴゥリン。いけるか?」
「二人とも僕らに比べればそれほど体力は使わないからいいだろうけどさ…」
「………可愛い婚約者のところに帰りたいのは分かるがな」
「ぷっ!……あはは、ゴゥリンさんもけっこー言うじゃないですか」
「…ああもういいよわかったよ、こうなったらいくらでも付き合おうじゃないかっ!!」
早速7個目の穴に向かおうというわたしの提案にマイネルは流石に疲れた顔をしていましたが、マリスのことでからかわれては引っ込みもつかない、ってものです。
でもアウロ・ペルニカで32個の穴を一晩で塞いだ時に比べればどーってことないんじゃないですか?
「それを言われると弱音を吐くわけにもいかないよね…アプロ、今日の予定全部いけるかな?」
「お、やる気出てきたじゃねーか。それじゃ明日の分も前倒しでいってみっかあ」
「勘弁してよっ?!」
・・・・・
けれどまあ、流石に補給というものは必要なのでして。
やる気と体力はあっても、9個目を塞いだところで針に蓄えた糸が尽きたので今日はお終いです。もちろん、針の糸が無くなってもわたしの体から糸は生み出せますけれど、アプロがそうはさせてくれませんし、わたしも無理はしたくありません。
そういった事情を勘案の上、今日はアレニア・ポルトマに引き返してきました。
「おにいさまっ!お怪我ありませんでしたかっ?!………アプロニアさま、ご無事で何よりでした」
あー、はいはい。もう取り繕う必要とかないですよ、と滞在先の聖王堂教会に戻ってきたわたしたち…じゃなくてマイネルを出迎えたマリスに言います。
つか、マイネルも頬を染めて「ありがとう、マリス」とかうれしそーに言うんじゃねーですよ、もう。いーとしした男が実にうっとうしい。
「………」
「な、なんですゴゥリンさん」
「………いや、別にな」
くっ、言いたいことがあればいーじゃないですかっ。わたしには後ろ暗いところなんか一つもありませんからねっ!…と言ったらすげー深刻な表情で、「………いいのか?」と言われてしまったので、わたしはソッコーでごめんなさいしておきました。いえもう、因果応報ってやつですよね、これ。
「冗談はともかくとしてだなー、マリス、何か分かったか?」
「わたくしとおにいさまの間の愛を冗談扱いはないんじゃないですか…?」
「そういうのいいから。メシ食いながら話聞かせてくれるか?あとばばぁに連絡を…」
「フィルカなら今日は戻ってこんぞ。代わりにわしが来たが」
「げ、じじい?!」
あらま。まさかのマクロットさんの登場です。久しぶりですね。
というか、国の重鎮たるクローネル伯爵がみえられる、ということは何か重大な出来事でも…?
「いや、単にメイルンの顔を見に来ただけだ」
「なんですかそれは…」
意外に暇してるんでしょうかね、このご老人。
「それと針の嬢ちゃん、お前さんの顔もだな」
「え、わたしの?お安くはないですよ?」
「ほお、なかなか言うようになったな。あとゴゥリン、逃げるな」
巨体を縮こまらせて逃げだそうとしていた獅子身族の巨漢を、さっくりと捕まえて片腕でチョークスリーパーにするマクロットさんでした。なんというかまあ、年甲斐もないことです…意味が逆ですけど。
わたしたちが聖王堂教会を拠点にしているのは、貴族の方々からの干渉を避けるため、というのが主な理由なので、報告だけは綿密にしておかないと名目が立ちません。ですのでその連絡役がいるということで、マクロットさんが買って出た……という建前のようです。
「殿下も心配しておられるしな。メイルンどうだ、メシが済んだら久々に立ち会わんか?」
「なんで兄上が心配してる、って話からその流れになんだよ。疲れてんだから勘弁してくれよじじい……お、アコ?それ見たことねーけど、美味いか?」
「教会で出される食事にしては上等ですよ。早く食べないと横取りしますからね?」
「アコも意地汚い真似をなさらないでください。おかわりが必要でしたら取り寄せますから…」
まー、そうは言っても気心の知れたひとが来たわけですから、堅い話になんかなりようがないわけで。
それから、わたしたちの方の話なんかいつも通りのことをいつも通りにやりました、ってだけでしたから食事が終わればマリスの話に聞き入ることになります。
「アコさあ、アプロときみの『いつも通り』はかなり常識から外れてることをいい加減認識してよ」
うっさいですね。この場にいるひとたちが分かってることをいちいち確認する必要なんか何処にも無いでしょーが。
「ふん、嬢ちゃんも仕事の順番を理解しておるようで結構だ。で、だな。中興の連中の横槍は陛下が抑えておられる。今日のお前たちの活躍もあれば時間は稼げような」
「やはりかなりうるさく言われているのでしょうか?クローネル伯」
「あれはもう、かつてない事態に恐慌を起こしかけておるな。そも、王都に直接的な侵攻が認められていない時点で慌てる性根が理解出来んわい」
備えが要るのは別として、だがな。
マクロットさんはそう付け加えて食後のお茶をひとすすり。
ちなみに全員同じお茶を、というわけではなく結構各々好き勝手なものを頼んでいました。
マリスは蜂蜜のお湯割り、マイネルはそれにすんげー酸っぱい果物の汁を混ぜたもの。ゴゥリンさんはコーヒーみたいな煎った豆を砕いた煮汁。わたしとアプロはお揃いでミルクなんですが、最初お酒を頼んだ時に「当教会にそんなものはございません」と給仕のひとに冷たく言われた時の凹み具合はなかなか見物だったりしました。
もちろん、姫殿下がこんな場合にお酒を嗜むのをよしとしない、教会側の心配りからでしたけど。
「それで、神託と予言の内容を付き合わせたところ、おかしなことが分かったのです」
「おかしなこと?」
おっとっと。しょーもないことを考えていたら話が核心に入ってました。
アプロが真剣に聞き入っているのに気がついて、わたしも姿勢を改めて話に入ります。
「アプロニアさま。ここに最初に訪れた時にわたくしが申し上げたことを覚えておいでですか?」
「ベルのことか?周辺で姿が目撃されている、とかいう」
「ですわ。おかしなこと、と申しますのは予言の方に、ベルニーザの身姿を表したものと思われる指摘がいくつも見られるのですが」
「…え、あのちょっと待ってください、ベルがなんで予言に出て……」
「アコ、ちょっと待って話を聞こうよ。マリス、続けて」
「はい、おにいさま」
ベルの名前が出て腰を浮かせかけたわたしを、マイネルが遮って先を促します。
…心配。
「おかしなこと、と申しますのは二つの点。予言では魔王の出現が謳われるものがあり、それがどうもベルニーザのことを示しているのではないかと思われるのです。これがまず一つ」
顔の前に掲げた拳の、人差し指をマリスは立ててそう言います。
「もう一つは、こちらは神託の、それもかなり遠い昔の記述にあったのですが、魔王の外見に関する既述です。それによれば壮年の男性の姿をしていたというのですけど…」
マリスは今度は中指を追加で立てて二つ目を示す…ことなく、手を下ろして嘆息します。
「神託は権奥から外に知られることはほとんどありません。そうすべし、という内容を含んでおりますしね。そして権奥も教会の権威の維持のためにこれ幸いと乗じているのは否定出来ません。一方、予言は市井の執言者に降されるものですから、自然と民の耳にも届きます。ですので、魔王の正体はベルニーザ…の姿をとっている、と思われているようなのです」
……ベル。
わたしは口を結び、ひざの上に乗せた両手をぎゅっと握ります。
そんなわたしの様子に気付いてか、握った拳の上にアプロが手をポンと乗せ、それから自然な仕草でわたしの肩に自分の肩をぶつけてきました。
分かってますって。ベルの意志かどーかだってまだ分かりませんしね。ここで焦ったら負けです。
「そのベルニーザ、という存在についてはフィルカに聞いておるがの。で、神託と予言の間にある差違というのがベルニーザとどう関わるのか?」
「クローネル伯、ベルニーザという名前がアコとアプロの気がかりになっていることをまず心の留め置きください。今はそれで充分ですわ」
「ふむ」
ここで長々と説明するわけにもいきませんしね。
「神託は古から永く伝えられたもの。対して予言はここ最近に降されたもの。クローネル伯、これはアコの身の真実に関わるので疎かに扱える話ではないのですが…どこまでご存じですか?」
「嬢ちゃんの身が厄介な魔獣と同じくするもの、とまでは聞いておる。流石に驚いたがな」
「分かりました。であれば明かしても問題はありませんわね。アコのもたらした話によれば……神託も予言も、魔王たるガルベルグの意図によって顕されたもの、のようなのです」
「…………」
流石にマクロットさんも、黙り込んでしまいました。身動ぎひとつしないところを見ると、それなりに衝撃の事実、ってやつだったのでしょう。
「つまりだな、教会も私らも、ずぅっと昔から魔王にいいように操られてた、ってわけだ。ありがたーいご神託、ってやつを通じてさ」
「…アプロ、教会の関係者としてはその言い方は…」
「わりー、マイネル。たださ、影から何もかもを操ってる気になって調子こいてる、ガルベルグ、ってえ存在のことを頭に置いておかねーと、ここから先うまいこと立ち回れねーってことが言いたいんだよ、私は。教会も、教会の権威に乗じて物事を成してきた王家も、この際いつまでもアテにしていいわけじゃない。このことに限ればさ、私は陛下や兄上のことも信用の対象から外すことさえ厭わない。そういうつもりでいるよ」
「アプロ…」
あれだけ、マウリッツァ陛下やヴルルスカ殿下への信頼を口にしてたアプロが、なんてことを…。
「気にすんなって。私はもうアコのことが第一だって腹括ったんだからさ。そんなこたーないとは思うけど、もし兄上がアコやベルを処断するようなことになったら、私は王家を飛び出してアコと駆け落ちでもするよ」
「……その、ごめんなさい、わたしのためにそこまで思い詰めさせてしまって」
「そーじゃないだろ、アコ。ごめんなさい、じゃなくって…」
「…ええ、そーですね。ありがとうございますね、アプロ。わたしはそこまで愛してもらえて幸せですよ」
「ん。私も、アコが私のこと大好きになってくれてすげー幸せだよ」
「アプロ…」
「……ご覧になりました?クローネル伯。これが『元祖』の威力ですわよ」
「…だよね。マリスと僕なんかこの二人の足下にも及ばないよ」
「…話には聞いていたが、聞きしに勝るなこれは…もうメイルンなどと幼名で呼ぶのも申し訳なくなるわい」
「………人目と場所を憚らないことにかけてはテラリア・アムソニアでも一番…いや、大陸一だな」
はいそこー、勝手なこと言わなーい。らぶらぶっぷりならわたしとアプロは全世界一なんですからっ……などとまあ、冗談はともかくとして。
「ま、一つ確かに言えることがあるとすれば、ベルとは近いうちに再会することになるだろーな、ってことだな」
ですよね。
わたしたちの前に現れ、一方的に別れを告げて去って行ったベルと今度会うとしたら、どんな場面でどんな顔をして、なのか。
不安がないわけじゃないですけど、あの子とわたしたちの間に…えーと、縁みたいなものがあるなら、そう遠いことじゃないような気がします。わたしも。
そんな風にうまいこと話がまとまって、じゃあ明日のために休もうかと腰を浮かせかけたときでした。
「…あの、一つ言い忘れてたのですけど……明日は第三魔獣の出現が予言にありますので、アプロニアさまとアコにはそちらに当たって頂きたいのです」
「………うげー、面倒だなー…」
…人生ってやつは結構ままならねーもののようです。
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