第120話・アウロ・ペルニカの攻防 その18
わたしがそう告げたときの、ええと…ふぁうんナントカって魔獣の反応は意表を突かれて驚いたというよりは、呆れと憐憫を足した感じのもののようにも見えました。
「…針の英雄なる大層な異名の割には、随分と諦めのいいことですね。ガルベルグに聞いていた為人とは大分かけ離れているようですが」
うっせーわ!こっちだって自分らしくねーって思いますよっ!
…でもですね。
「だって、あなた油断なんかしてくれそーに見えませんし。わたしは狡っ辛く相手の隙を突くしか出来ないので。それが無理だとなるとお手上げなんですよ」
我ながらなさけねーとは思いますけど。
でも、巻き込んでしまったかたちの二人だけでも無事に帰さないと、わたし街のひとに合わせる顔がないんですよ、って…。
「…なにしてるんです?」
その二人は、グランデアがわたしと人型魔獣の間に。マイネルがわたしと背中合わせに後背の狼と向き合っていました。
「なにしてる、じゃねえだろうが、ドアホ。おめえを護衛するのがオレたちの仕事だ。仕事をしてるだけだろ」
「だね。いいかい、アコ。君を盾にして僕たちが街に戻ったらどうなると思う?冗談抜きで、アプロに殺されるんだよ。それが想像できない君だとも思えないけど…疲れてるにしても、もう少し正確に、冷静に物事を判断して欲しいよね」
…こっのひとたちは、ほんとにもー。わたしが身を挺して守ろうとしてるのを無駄にしてどーするんですか、全く。
そんな抗議の念はありましたけど、嬉しくないわけでもないのです。そしてアプロがどう思うか、と言われると返す言葉がないのも事実なのでした。
でもですね、こう言ったらなんですけど、別にわたしに奥の手…は無いにしても、ひとりでこの場に残ってすぐに命が危険にさらされる、ってこともないよーな気はするんです。だからこその申し出だったんですが…。
「おい、マイネル。オレがヤツに突っ掛かって隙を作るから、アコが手出し出来るまで狼どもから守れるか?」
「難しい話だけど、出来ないと言える状況でもなさそうだね。分かった、任せる…いや、任せてもらおうか」
「上等」
なーんか、聞く耳持ちそうにないですね。
しゃーない、少しばかり足掻いて、みましょうか。
「…ごめんなさい、今のは無しで。連れがなんかやる気になってますので、少し付き合ってもらえますか?」
見通しだとか勝算だとかがあるわけじゃあないですけど。
「ふん、オレたちの姫様がこう宣ってるんだ。覚悟決めてけよ、マイネル」
「僕のお姫様は教会でそろそろ目を覚まして気を揉んでると思うけどね。まあそれはそれとして」
「…おい、アコ。おめえが合図しろ。それに合わせて…動く」
…それはとりもなおさず、二人の行動にわたしがある程度責任を持つ、ということです。
いいでしょう。それくらいのこと背負えずに、針の英雄だの聖女だの呼ばれる資格なんかねーんです。
それは望んだわけじゃないですけど、この際街のためになるのなら。
わたしは、右手に持った針に糸を繰り出します。
「…っ?!」
…正直、糸を繰り出すとこうして針を持つ手と反対の腕に、激痛が走るようになっています。二つ前ほどの穴の時からです。
それから、足取りが覚束無くなってきてるのも、疲れの影響だけじゃないことも分かります。
それでもやらないといけないんですよね。わたしがやろうと思って始めたこと。終えないと…アプロのもとに、帰れないんですから。
「…よしっ。じゃあマイネル、後ろよろしくお願いします」
「任されたよ」
「それでグランデア。準備出来ましたので…気をつけて、行ってらっしゃい」
「おうよ!」
ポン、と背中を叩くと、その背中越しに不敵に笑ったことを確かに思わせて、グランデはは槍を構えて人狼の魔獣に、ステップを踏み飛びかかっていきました。
人狼の魔獣はそんなわたしたちの覚悟を、意外なことに嗤いも嘲りもせず、そして正面からグランデアの槍を待ち構えています。
(ちぇっ、バギスカリみたいにちょーしこいてくれた方がやりやすいんですけどねー…)
無いものねだりしてもしゃーないです。わたしは目を細めて【チキッ】、ええとファウンビィリットーマ、でしたっけ?彼女の身の周囲に第三魔獣の穴がないかどうか、見極【パチッ】めます。
「オラァァァ!覚悟しろやこの犬っころがッ!!」
犬と狼は全然違うんですけど…あのひ【チッ】とアホですか。
けどまあ言うだけのことはありますし、腕が立つのはアプロの保証とわたしの経験からも請け合いますので、もー少し頑張ってくださいよー…【パチッ】。
「鋲牙閃!」
一方、わたしの後ろの…というか、後ろだけじゃなくて左【チキッ】右にも、そして前方にも狼の魔獣が展開してるんですから、マイネルの方は大忙しです。
わたしが前方に完全に集中しているので、間合いをとりつつ隙をうかがう魔獣の相手をするのは大変だ【パチッ】とは思いますが、もー活躍するのは今しかない、って感じで頑張ってくださいね。終わったらマリスが惚れ直す勢いで褒めてあげますから。
「アコ!」
時折マイネルがわたしの名前を呼びます。
彼が捌ききれなかった狼の攻撃への注意をわたしに促すためなんでしょうけど、正直言ってマイネ【チッ】ルがどうにも出来なかったものをわたしにどーせえと。
半ばやけっぱちで体だけ動かすんですが、火事場のクソ力…失礼、下品でした。ええと、窮鼠猫を【パチッ】噛むっていうんですか、とにかく動かしただけでも辛うじて躱せてるみたいで、わたしもしかしてこの土壇場で秘めた力に目覚めたり?……【チィン!】いやいやそんな都合のいい展開あるわけが、ってさっきからこの音うるさいですねっ!一体誰が鳴らしてるんですかぁっ!!
頭の中でずぅっと鳴り続けた何かが軋むような、弾けるような音に耐えきれず、わたしはずっと低く屈めていた身を思わず伸ばしてその原因を探そうとしたところに。
「バカヤロウ頭下げろッ!!」
「え?」
…間の悪い時はほんとーに悪いものです。
その瞬間、グランデアの槍を弾いた人狼の爪が、わたしの目の前にあって。
それを見て、
あ、これ死んだなー。
と思えるまでにえらく時間がかかったような気がして。
それでもわたしには、マイネルの姿を探すくらいの余裕はあって。
こちらを見ていたマイネルの顔が驚き、必死にわたしを救おうと手を伸ばしていたのに気がつくと…うん、彼には悪いんですが、わたしはようやく見つけました。
ファウンビイリットーマを留めている、穴を。それを宿した狼が、マイネルの背中の向こうを駆けていくのを。
【ギシィィィッ!】
…また一際音高く、耳障りな軋みが耳を襲います。
けど、痛みがわたしに伝わるよりも先に繰り出された糸は、形式的に針の先端を辿って突き刺さるようにその狼を追い。
「…恐ろしい女ですね」
人狼の魔獣の呆れたような呟きと供に、あえなく空振りに終わってしまいました。
ただ、その甲斐あってかわたしの首から上をかっ攫おうとしてた爪は引っ込められ、全ての動きが元に戻った時には弾かれた槍を元の構えに戻したグランデアと、何が起こったのか理解出来ていなさそうなマイネルと。
「あああああああああああああアアアアあああッッッッッッ!!」
………代償に、左腕がもがれたかたと思うほどの激痛に襲われたわたしが。
「アコっっ?!」
「おいどうしたッ!……テメエ、アコに何しやがった?!」
いたい、いたい、いたい、いたい………っ?!
涙と涎をこぼしながら左腕を押さえて転げ回るわたしのあたまのなかにはギシギシキチキチキキキキィキィときしむおとがつぎからつぎへといやだいたいこわいたすけてだめわたしこわれるこわれる
・・・・・
「あれ?」
気がつくと、未世の間におりました。
えーと、わたし確か、繰り出した糸が人狼の魔獣の穴を外してそしたら…。
「っ?!……あ、ありました…ぁ」
左腕はちゃんと体にくっついて、痛くもないしちゃんと思った通りにも動きます。もげたと思ったのは勘違いだったみたいですね。
それにしても、と…あ。
「?!マイネル、グランデア!!どこにいますか?!誰か、誰か聞こえてますか?!ベル、ベルーっ!お願い誰か、ここから出して、誰かいないんですかぁっ!!」
そうです、こんなことをしてる場合じゃないんです。すぐに戻って穴塞ぎを再開しないと…ああいえそうでもなくってファウンビイリットーマとかいったあの人狼の魔獣とグランデアはどうし…。
【きこえる?】
と、慌てふためいていたわたしの頭に、また響く音。
音というよりは、ここに来るまでの間さんざん悩まされた不愉快な音じゃなくって、ちゃんとした声に聞こえます。
ええと、聞こえるか聞こえないかで言えばちゃんと聞こえますけど…どこの、誰?ベル?それとも…あんまり考えたくはないですけど、ガルベルグ?
【ちがう。アコがむきあうべきそんざい】
…あー、そーいう。
なんとなく、理解しました。そーいえばわたしにもありますものね。まさか自分で対面出来るとは思ってませんでしたけど。
…あれ?じゃあ、ということは、ここって未世の間じゃない…?
やっぱりわたし、死んでしまってここは未世の間じゃなくて死後の世界とかゆー…。
【ミヨノマはひとのせかいにあるものが根源と対話するばしょ。あたりまえのこと】
おー、そうだったんですか。わたしてっきりガルベルグが引きこもってる場所かと思ってました…って、あのその。その解釈であるとすると、もしかしてガルベルグもそのー、根源とやら…なんです?
【かれはせかいに相対する根源。だから意味としてはおなじ】
うーん。さすがわたしのなれの果て…じゃなくて、対になる存在。ひねくれた物言いをするものですね。
まあそんなことは後回しでいーです。
「マイネルとグランデア…ええと、わたしの仲間が今きっとピンチなんです。助けに行かないといけないんですけど…どうしたらいいですか?」
【………】
返事なしかい。役にたたねー。
「じゃあせめてわたしをここから出してもらえません?手遅れになってないことを祈りますけど、手遅れになったとしても手をこまねいていた、だなんて二人の遺族に顔向け出来ませんし」
【………】
ちょっとー。偽悪的に言えばノってくるかと思えばそうでもなしかーい。
しょうがないですねー…。
「えっとですね。多分わたし、あなたに迷惑かけたので怒ってるんだと思いますけど、あと少しでいーですから、力貸してもらえません?アウロ・ペルニカを守れれば、多分もーすこし穏やかに暮らせる生活が続くと思うんですよ。どうです?」
【……うそは、よくない】
…う。
あっさり見抜かれてしまいました。
いえまあ、今回のことだけで終わるはずがない、なんて子供が見たって分かるでしょうし。
【アコ、正直にいって。きみは、なにがしたい?】
そしたら、向こうの方から聞いてきてくれました。うん、そういうことなら交渉も進むってものです。わたしのやりたいことなんて、とっくに決まってますからね。
「わたしは、わたしを好きでいてくれる皆と、わたしの好きな皆。それから、わたしが好きになれた自分を、ずぅっと好きでいたい。そのためにやってきたことを無駄にしたくないんです。そして最後にアプロと一緒に生きていければいいって思ってますけど…」
…それは、きっと叶わない願いでしょうね。
最近、だんだんと理解が進みます。
わたしは生まれて、役目を負わされて、それにちょっと…けっこう派手に逆らって、欲しいものとかいっぱい出来て、そのうちいくつかを得られて、それでまあ、満足していくんだろーな、って。
こんなこと、わたしの愛しいアプロに言えるわけありません。先に謝れればいーんですけど、今のところいい考えもありませんしねえー…。何か良いアイデアないですか?
【ひととひとの間のことは、わからない】
あら。割と寛大なご意見なのでした。ありがとうございますね。
【…わからないけど、きみにちからを貸すことに、なっとくはした。いくらでもつかうといい】
………。
【だけど、ぼくのちからにも限界はある。使いはたしたときにどうなるかは…】
おーけー、それだけ分かれば充分です。
持てる力の全てを、とまではいいませんけど、なるべくいー感じに頑張ってみますから。
【そう。なら、きみとはなしができるのはこれで最後に、なるのかな】
どうでしょうかねえ。こういうのって、またどっかの伏線になるような気がするんですけど…確か、フラグって言うんでしたっけ?
【…はやくいったら?】
呆れられてしまいました。
でも早く行動した方がいいのは間違いないですね。
わたしはいつの間にか座り込んでいたことに気がつき、よいしょと立ち上がってお尻のホコリをたたいて落とします。いえ、そーいう気分なだけで、別に汚れてるってわけじゃないんですが。
さて、と気を取り直し、未世の間を出る意志を抱きます。これだけで出入り出来るようになるのに、わたしどれだけ苦労したんですか。
ともかく。
さあ、待ってて下さい、二人とも。
わたしの根源から許可が出たので、思いっきりやれそうです。
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