第101話・わたしの戦い 中編

 こーなったらなんだってやってやろう。


 朝目が覚めた時のわたしのテンションはこんな感じなのでした。

 昨夜、フルザンテさんから頂いたたっぷりの食べ物でお腹がふくれ、体と心両方に気合いが入りました。

 まずはベルを探すことから始めます。




 「…ああ、昨日久しぶりに顔を見せてくれましたよ。少し元気無かったですけど」

 「そうですか。ありがとうございますね」


 毎度おなじみベクテくんの屋台で目撃情報ゲット。元気が無い、というのが気にはなりますが、顔は見せてるみたいですね。

 じゃああとはベルの行きそうな場所を探せば、とわたしはフードを目深に被ります。…まーその、なんだかんだ言って気後れはするのでして。

 フルザンテさんやファルルスおばさんを始めとしたご近所の心証は悪くなってないというか、むしろ気を遣わせてしまうくらいなんですけど、わたしの知らないひとにどー思われてるかは別の話ですしねー…。

 なのでなるべく早いところ見つけたところなんですが。うーん。

 そしてそれ以外にわたしの方からベルを見つけたい理由というのが、今回はわたしの方でベルに聞きたいことがハッキリしている、ということです。見つけてもらう、のではなくわたしが見つけることで、なんだか聞けない、聞きづらいことでも聞けてしまうんじゃないかと。まあこれはわたしの意地みたいなものなので、会ってしまえば同じことなんでしょうが。


 「…とはいいましてもねー。ベルみたいに鼻が利くんなら簡単なんでしょうけど。どれ…」


 と、ものは試しというか、験担ぎみたいなつもりで鼻を突き出してクンクンしてみます。

 うむ、今日もお肉の焼ける匂いとお菓子の甘い匂い。街は平和でいいことです。

 ってまあそりゃそーだろ、と自分にツッコミを入れてみました。アホみたいです、わたし。


 「………あれ?」


 …と、思ったのですが。

 気がついたのは確かにベルの匂いというか、気配。

 鼻で嗅ぎ取るとゆーのとはちょっと違うのですけど、それでもクンクンと鼻を鳴らしてる時だけに感じ取れる感触です。なんでしょ、これ。


 「…とはいっても他に手がかりもないわけですし」


 そういうことですので、まあ別に見つからなくてもいーか、くらいの感じで一先ず、その感触が強まる方向に足を運んでみるわたしでした。




 「…まさか本当に見つかるとは思いませんでした」

 「アコ…?」


 いやまあ、見つかったのだから文句は無いんですけど、こーも都合良く見つかると誰かの意図みたいなものを覚えて気持ち悪いですね、と、ベルを見つけた屋台の前で勝手なことを思います。


 「久しぶりですね、ベル。どこで何をしてたのか早速吐いてもらいましょーか」

 「…あの、その…これは、別に悪いことをしてたわけじゃなくて…」

 「そんなこと聞いてませんて。ただ、大規模な魔獣の出現についていろいろ聞きたいことがあったので捜してただけです」

 「アコは、わたしがそのことに関わってると思うの…?」

 「無関係ってわけじゃないとは思いますけど。でもベルが悪いとも思ってはいませんから、そんなに警戒しなくても大丈夫ですってば」

 「………」


 うーん。先に見つけることで精神的優位に立つ、って目論見は上手くいったみたいですけど、気持ちの良い会話は出来そうもないですね…わたし、そんなつもり無かったんですが。


 「…とりあえず、落ち着いて話せる場所に行きませんか?なんでしたらわたしの部屋でもいいですし」

 「ん……そうする」

 「ふふ、ベルは素直でいー子ですよね。相変わらず」

 「そういう言い方は、ずるい」


 ふくれっ面でわたしをにらむベルでした。こういうトコ、いつも通りでホッとします。

 わたしは屋台で買い込んだと思しき揚げ物を抱えたベルを伴って、部屋に戻る道を先に立って歩き出しました。


 「…アコはずっとアプロのところにいたの?」

 「ですね。まあちょっと体調悪くしてしまって、やるべきこと出来なくなったせいで街に居づらくなってましたし」

 「それは別にアコのせいじゃない」

 「分かってますって。もう変な負い目抱えてたりしませんよ。信用無くしたなら取り戻せばいいだけです」

 「…そういうことじゃない」

 「え?」

 「……ん、なんでもない」


 …やっぱり何か知ってますよね、この子。そこんとこ、いー加減はっきりさせたいものです。

 と、内心で切歯扼腕してるうちに、わたしの部屋に着きました。

 朝出てきた時のまんまです。そりゃそーですけど。


 「…きれいになってる」

 「え?ああ、わたしの留守の間に来てたんですね。ええ、ご近所さんがすっかりきれいにしてくれました」

 「アコの人徳」

 「そー願いたいものです。じゃあ、どうぞ」


 わたしは鍵に触れて、いつものように解錠の呪言を唱えます。


 「あれ?」


 …開きませんね。なんで?

 この聖精石の鍵は、わたしが触って本人確認をし、呪言で解錠の指示を出すのですけど、呪言間違えましたっけ…?


 「ええと、ちょっと待ってください。もっかいやりますから……『護り手の労を我ねぎらわん』……あれ、なんで…?あ、いやいや何かの間違い。うん、もう一回………」

 「アコ、ちょっとかして」

 「えー…?」


 焦るわたしを遮って…いやそりゃ自分の家の鍵が開かなかったらそりゃ焦るでしょうが。いえその、そうじゃなくてベルがわたしの手を遮って自分で鍵に触れ、わたしに聞こえない程度の声で何かを唱えます。


 「…はい、もう一回触って」

 「え、ええ…」


 言われた通りに、ベルが指を離した鍵に触れます。


 「解錠の呪言」

 「はい…『護り手の労を我ねぎらわん』………開きました。なんで?」

 「…アコをちゃんと認識してなかったからだと思う。登録し直したから、今度は大丈夫」

 「よく分かりませんけど…ありがとうございますね、ベル」

 「どうしたしまして」


 相変わらずの無表情でしたけど、少しベルも焦ってたような…?

 まあいいです。ベルがいないときにこんなことになったら、と思うと少し冷や汗が出ます。自分の部屋に閉め出されるとか冗談にもなりませんて。


 「じゃあ、改めて。どうぞー」

 「うん。お邪魔します」


 そして入った部屋の中は…まあ特に問題はありませんでした。ていうか、中に入るのに手間取って、いざ入ったら別の問題があったりしたら疲れることこの上無いです。何ごとも当たり前が一番なのです。


 「…ベル、何か飲み物要りますか?」

 「うん、アコと同じものでいい」

 「そうですか。じゃあ…」


 と、いつものお茶ではなく、たまにはジュースでも、とアプロのお屋敷からもらってきたパイナップル…みたいな果物のジュースを取り出します。聖精石の冷蔵庫が無事に動いていたので、いー感じに冷えてます。ベルの持ち込みが揚げ物なので、そちらとも合いそうですね。


 「お待たせ、ベル。ジュースだけれど、構いませんか?」

 「うん。アコの選んだものならなんでもいい」

 「うれしーこと言ってくれるじゃありませんか。はい、どうぞ」

 「ありがとう」


 ベルはカップを受け取ると、早速一口含み、「おいしい…」とようやく顔がほころびます。

 わたしも同じく席についてカップをあおりました。うん、いい感じですね。


 「じゃ、早速。話、いいですか?」

 「構わない。今なら」

 「構わない時があるみたいな言い方ですね…まあいいです。単刀直入に聞きますけど、ミアマ・ポルテを襲った魔獣の件は、知ってますよね?ベルはそれに関わっていますか?」

 「私は無関係。それはアコにもらった下着に誓って、嘘じゃない」

 「…微妙に信じていいのか分かんないものに誓われましてもね…まあでも、ベルがそれだけキッパリ言うなら嘘じゃないんでしょうけど。で、話せる範囲で…なんて甘っちょろいことは今回言ってられないんです。こうなったら無理矢理にでも吐かすつもりですが…あの件はガルベルグの仕業なんですか?」

 「………」

 「話せないよーなら体に聞いてもいいんですよ?」

 「私の体が目当てだなんて、アコもとんだ遊び人…でも私はアコには逆らえない体。どうぞ、好きにして」

 「冗談で済ますつもりは今回はないんです。わたしがベルを力尽くでどーのこーの出来るとはもちろん思ってませんけど、わたしのこの世界での存在意義にかけて、真剣に訊きます。ガルベルグの仕業、なんですよね?」


 …まー、こんな問い詰め方、自分でヤにはなるんです。

 基本、ベルはわたしに偽りを言えないことを知って言ってるんですから、泣き出しても無理もないところなんです。

 でもね、ベル。

 わたしは自分の居たい場所のため、わたしが好きなひとを守るため。それがわたしを好きでいるために必要だから、訊くんです。

 自分勝手なのは分かっています。ベルを利用するような真似をしてるのも、自覚してます。でも、代償に自分の体を差し出しても構わないくらいのつもりでいるのも確かなんです。

 もし、それを明かしてくれるというのなら……えーと、一晩くらいその……まあアプロも許してくれるんじゃないかなー…と思ったり思わなかったり…あー、うん。それはない。きっとアプロ怒る。怒って泣く。で、ベルと絶交するくらいのケンカになる。それは、マズい。わたしの本意じゃないです。困った。わたし、ベルに対してなーんにも切り札無いです。だから、その、困った顔のベルも可愛いですけど、今のうちに素直に白状してください。割と真面目に、わたしのお願いです。ベル。


 「…アコ」

 「はい、なんでしょう」

 「………その問いに私が答えることは、許されていない。だから直接アコから訊いて欲しい」

 「つまり、直接ガルベルグに会って訊けと」


 こくん。


 散々考えて逡巡してから、ベルはそう答えました。

 …さあどうするか、わたし。

 実のところ願ったり叶ったりではありますけれど…いきなりラスボスと対峙して全てを引き出そう、なんて流石にそう上手くいくはずもないし。


 けど、ですね。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言いますし、仮にガルベルグがこの世界でわたしに何かをさせたいというのであれば、少なくとも身の安全くらいは心配しなくてもいーんじゃないかと。

 ちょっと事態を甘く見すぎかもしれません。けど、わたしはちゃんとわたしの戦いをするって決めた以上、どこかで危ない橋を渡る必要はあるわけで。


 「分かりました。ガルベルグに、魔王に、会わせてください」


 結局最初に決めた通りのことをするしか、ないのです。

 覚悟した通りのことをするしか、ないのです。

 ま、もともとそのつもりでしたし、今さら迷ってもいられませんね。

 あ、でも一つだけやっておかないと。


 「ベル、ちょっと準備してきますので待っててください。未世の間へはここからでも行けるんですか?」

 「街の外の方がいい。けど…本当に行くつもり?」

 「女に二言はないのです。一度行くと決めたら躊躇しないのです。わたしはこれでも…」

 「いざとなったら度胸が据わってることでも定評のある女?」

 「…ま、そんなとこですね」


 そうありたいものです。まったく。


 わたしは立ち上がり、ちょっと考えてから手紙代わりに型紙に使った布の切れ端に言づてを書き込むと、出かける仕度を調えてベルに言いました。


 「ちょっと寄り道してからでいいですか?」

 「寄り道?どこへ?」

 「衛兵さんの詰め所…はまだ近寄りがたいなー…フルザンテさんのところにしときますか。アプロに手紙を、ですね」

 「手紙?」

 「ええ。明日の夜になっても帰ってこなかったら、なんとかして迎えにきてください、って」

 「………」


 少し表情の揺れたベルの本心はちょっと分かりませんでした。呆れたのか驚いたのか。どちらにしても、わたしの本気度くらいは伝わったことでしょう。


 「さて、行きましょうか、未世の間へ。三度目ともなれば別に尻込みする理由もありませんしね」


 そして願わくば、これで最後にしたいものです。あそこ、なんだか死んだことに気がつかないで生きてるみたいな気分になるんですよね。長く居て気分のいい場所じゃねーです。



   ・・・・・



 やってきました。

 今度は特にケレン味のある招待のされ方でもなく、気がついたらいました、ってな具合でした。

 でも最初からベルが一緒だったのは、これまでも違うところ。

 加えて、わたしが自分から求めてやってきたのも…初めてのことなのです。


 「……招いた覚えはないのだがな」


 そして、聞き覚えのある、意外に理知的な声色の主が、顕れたのでした。

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