第70話・魔王さまの影 その2

 「来たか」


 アプロの顔を見るなりホッとするヴルルスカ殿下、という図は、かわいい妹がやって来て相好を崩すシスコン兄の図として見ればかーいいものですけど、実際は戦況の芳しくないところに強力な助っ人がやってきて安堵した、というところなのでしょうけど。



   ・・・・・



 わたしが散々駄々こねたわりに予定通りだった、とゆーのがいささか面白くないのですけど(だって、わたしがそうするのを織り込み済みだった、ってことじゃないですか)、それを除けば概ね道中はいつぞやと同じように、何ごともない道程でありました。

 もっとも、聞かされていた戦況を思うと馬車の中で宴会しながら…ってわけにもいきませんね。

 仕方なくわたしは、ベクテくんのお店が順調に回り始めたお祝いで作ってたエプロンを持ち込み、ガタガタぴしぴしと揺れる馬車の中で縫い物をしています。ま、エプロンくらいで何日もかかるわけないので、明日からはまた別のやること探さないといけないんですけど。


 「…で、マイネル。何か分かったか?」

 「いや、さっぱり。ただ、アプロを呼びつけた連中の意図は掴めたよ。多分、殿下や陛下に仇なす気配はない。普通にアプロとアコの力を認めて問題を収束させたいだけだろうね」


 わたしの隣のアプロと、その向かいのマイネルがなんかややこしい話をしてます。ぶっちゃけわたしにはどーでもいいことですね。

 ゴゥリンさんは、と言えば、天気もいいので馬車の外で馬に乗ってました。この馬車、前回よりもちっさいのでゴゥリンさんが乗るとわたしたち以上に本人がきゅうくつみたいでして。


 「ふーん。戦況の方は?」

 「よく言えば拮抗。まあ公平に見ればなんとか踏みとどまっている、って感じかな。殿下からの手紙には誇張も虚勢も無いだろうね」

 「お兄さ…兄上が私たちに嘘言う理由は無いしな。となると、ここのとこがよく分からないんだけど」

 「ここ、というと?」

 「ほら、これさ。魔王の尖兵としては従来のものとは明らかに異なる、かねてからの話通り注意せよ、って」

 「ああ、これか。例の件じゃないか?」

 「例の…?」


 …手元の布・針・糸に集中しているわたしをよそに、なんとも熱心なことです。

 ていうかアプロはそろそろヴルルスカさんのことは素直に「おにーさま」って言ってしまってもいいんじゃないですかね。いー加減本心が隠しきれてませんよ?

 何せはにかみつつ「おにーさま」って言うアプロはめっちゃかーいいですからねー…そう言われて照れるヴルルスカさんも含めて…って、ああいやいや。そんな妙な空気になられるとわたしがちょっと困ります。具体的に何が困るか追求されるとそれも困るのでこれ以上深くは考えませんけど…って。


 「アコ?」

 「はひっ?!」


 …なんかいつの間にか、隣の席のアプロがわたしの顔を下から覗いていました。ちょっと上目遣いの、わたしがドキリとする表情です。


 「話聞いてたかー?」

 「いえ、ぜんぜん。わたしが聞いても分かりませんし」

 「いやそうじゃなくて。アコがさ、いろいろ聞き込んできた話のことだよ」

 「わたしが?」


 はて。

 わたしの話なんてこーいう局面を左右するほどのこっちゃないと思うんですけど。


 「アコのする話なんかこの際どうでもよくて、アコが聞いてきた話のこと。ほら、穴から出てくる魔獣の性質が変わってきてる、ってアレ。あと魔王やその娘から聞かされた話とかさ」

 「…あー、あれですか。あれって今回の話に何か関係あるんですか?」


 あとさらっとわたしをディスってくれたマイネルは後で覚えてなさい。自分で謙遜する分にはへーきですけど、ひとに言われるとムカつくんです。


 「また面倒な性格してるよね、アコも…まあとにかくさ、殿下からの手紙の内容に引っかかる部分があってさ。無視も出来ないってこと」

 「こないだ私の屋敷でアコは手紙読んでなかったから分かんないだろうけど、これから向かう穴からさ、そういう厄介なのが出てきてるっぽいんだよー」


 はあ…ってーと、あの林だか森だかで遭った時のみたいな?


 「そこまでは書かれてないけど。とにかく、注意が必要なことに違いは無いみたいだからさ、気をつけていこ?」

 「それは否も応も無いですけど。まーヴルルスカさんが援軍を求めるってことが深刻なことなのかどーか、その変どうなんです?」


 手を休めたわたしの疑問に、アプロとマイネルは腕組みをして「うーん」と唸って黙りこくります。

 あのー、そこまで深刻な雰囲気醸し出されると、わたしとしてもこの場で回れ右したくなるんですけどー。


 「ああいやごめん、そうじゃなくてさ。殿下から直接お呼びがかかったというよりは、楽をしたがる連中から呼びつけられたみたいな感じだったからね。僕もアプロも、どれほどの危機感覚なのかよく分からないんだ」

 「たださ、これまでとはちょっと感じが違うことは間違いないだろうし、どの程度の覚悟を決めればいいのかってのがさ…」

 「ふぅん…まあ心配しても無意味ってことだけは分かりました」

 「あのさ、アコ…それはその通りかもしれないけど、僕たちの動きって影響が大きいんだから、もう少し慎重さというか周到な用意というか…」


 黙らっしゃい。

 大体ですね、マイネルはまだ起こっても居ないことを事前にあーだこーだ言う割に、言ったことってあんまり役に立ってないじゃないですか。そーいうのを無駄な心配って言うんです。

 悪いこたー言いません。そのうち禿げますから止めておいたほうがいーですよ。顔だけはいい人が年とった時に禿げると、その落差ですんごいガッカリされますよ?誰に、とは言いませんけど。


 「…なんか意味は分かんないけど、すごく罵倒された気がする」

 「むしろアコがマイネルを褒めたことってあったっけ?」


 む、アプロも心外なことを言うものです。わたしは感謝することにかけても定評のある女ですよ?


 「また妙な評判もあったもんだなー。まあいーや、確かにアコの言う通り今考えても仕方ないし、取りあえず寝てることにするよ。遠出するなら先に仕事済ませとけ、って昨夜遅くまで働かされてさ。おやすみー」

 「ええっ…?!アプロまでアコが感染したようなことを…ちょっとアコ、責任とってくれないかい?」

 「あなたこそひとのことを病原菌みたいに言わないでください。失礼極まりますね。大体アプロとはあなたのほーが付き合い長いでしょうに」

 「びょうげん…きん?なんだい、それ」


 あら、意味が通じませんでしたか。まあわたしだって詳しく話し出来るわけじゃないですし、無視です、無視。


 本格的に居眠りを決め込んだアプロと、それを起こすのを諦めて地図を眺め始めたマイネル。その二人と同じ空間でわたしは、手慰み代わりの裁縫を、急いでやってしまうと勿体ないのでいつもよりも殊更に丁寧に進めるのでした。



   ・・・・・



 「それで道中大過無かったか、アコ・カナギ」


 そしてわたしを見てそう声をかけてくれる辺り、初対面の時のびみょーな顔合わせに比べると、えらく友好的になったものです。

 わたしも思ったことをそのまんま口にするだけでなく、すこしは遠慮のない返事なんかも出来るようになってますよね。


 「それはもう、退屈極まり無く。アプロなんか体が鈍って仕方ないって言ってましたし、鍛え直してもらえません?」

 「ちょ、アコ!……あ、あのあの兄上…?私はけしてそーいうことは…」

 「…まあ、いいさ。お前が普段研鑽を怠っていないのは、あの時見せられたもので充分に理解している」

 「は、はあ…ありがとう、ございます…」


 にこやかなヴルルスカさんに頭を撫でられると、なんだかとても大人しくなるアプロなのでした。




 馬車に乗せられて十日ほど。

 マイネルに地図を見ながら教えてもらいましたけど、今回は王都よりも大分アウロ・ペルニカ寄りの街道の分岐から、また少し入ったところにヴルルスカさんが率いる穴塞ぎの一団が集結しているところに合流する、という流れのようでした。

 が。


 「…それにしてもなんだかえらく仰々しいですね。そんなに穴の数が多かったりとか、とんでもなく強い魔獣だったりするんですか?」


 …とにかく、ひとが多いのです。

 ゴゥリンさんのよーな肉弾戦担当のひと、マイネルみたく聖精石を使った術者のひと、そんな感じの割と屈強な男の人…あ、聖精石を使うひとの中には女の人もいるんですね。後でお近づきになっておきましょう…って、そうじゃなくて、とにかくそういう人たちが数十人はいたのです。


 「いや、規模としてはいつもこれくらいだ。というかだな、針の娘。アプロニアやお前が非常識過ぎるのだ。たった四人で穴を塞いでまわるなど、大陸中を探しても他におらんのだぞ」

 「え、マジですか?」


 思わず殿下にぶっちゃけた口を利いてしまうくらいには驚きました。

 というか、そんな話聞きたくなかった…なるほどー、これくらいの人たちを動かさないといけない仕事をわたしたち四人でやってたというのなら、あれだけの報酬が支払われるのも無理のない話なんですねー…。

 と、最近ベクテくんの屋台の手伝いをして、今更ながらこの国の金銭感覚を実感してアプロやマリスにもらっている金額にドン引きしたわたしは、そう思うのです。


 「だからアコはもーちょっと自覚持とーな?…あああ、兄上そうではありませんアコが失礼しまし……あう」


 ヴルルスカさんに一瞥をくれられてアプロが恐縮してますけど、多分そうじゃないんだと思います。


 …こんな殺伐とした場所で思うこっちゃないと思うんですけどね。

 ヴルルスカさん、アプロにはもっとくだけて欲しいと思ってるんじゃないかな、って。

 だから、兄師なんて堅っ苦しい呼び方をされたり、兄上、って呼ばれるよりも、お兄さまとかお兄ちゃん、って呼ばれる方がいろいろ嬉しいんだろーなー、と。

 …思う次第ではあるんですが、そーしてなんだか二人が仲良くなったところを想像するとなんだかモヤッとする今日この頃のわたしですから、余計なことは言わないのです。

 いやほんと、何なんでしょうねー、これ。


 「…それで殿下。懸念とされている点になるのですが…」


 まあこーいう時に滞る話を進めるのはマイネルのお仕事です。

 街道沿いの林の中に設営された兵営…というかキャンプ地みたいなものですか?…で忙しくたくさんの人が歩き回る中、わたしたち四人とヴルルスカさんは作戦会議のよーなものを始めるのでした。


 「いようメイルン!ちゃんとメシは食っておったか?」

 「じじい?!なんであんたがいるんだよ!」


 …訂正。なんとも賑やかなおじーさまも一緒のようでした。

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