第128話・言語道断のトライアングル その6
「よ、よう」
「迎えってあなたのことですか。なんでまた」
「んなもん、オレが聞きてえよ…」
次の日の朝、マリスの言葉に従って部屋で待っていたわたしを迎えに来たのは、昨日えらくアレな別れ方をしたグランデアでした。
格好は衛兵さんたちの正装の、いろいろ細部を着飾った鎧。この街ではあんまり見る機会無かったですけど、アレニア・ポルトマのお城でそれっぽいのを見た覚えがあったりします。
「というかよ、昨日あれから考えて、なんでおめえが怒ったか気がついた。言い方が悪かったっつうか、まあその、なんだ。とにかく悪かった」
「いえ、わたしの方こそなんだか頭に血が上って失礼なこと言いまくりましたし。ごめんなさい」
ぺこり。
ちゃんと頭を下げて起き直ると、意外にもグランデアはホッとしたような苦笑になっていました。むしろ彼の方が怒る理由多いと思ったんですけどね。
「あ、でも勘違いしないでくださいね。あーいうこと言われて怒ったのは、その、昔似たようなこと言われて傷ついたことがあったからなので。別にあなたに何かあるわけじゃないですからね」
ええ。告られて付き合い始めた次の日に、ほぼほぼ同じよーなこと言われたんです。流石にあれはわたしでも数日落ち込みましたもの。
「少しくらい期待持たせてくれてもいいと思うんだがなあ。で、戦勝報告会の方なんだけどよ。まだ少し早いんだが、もう行くか?」
「よくいいますね。どうせわたしがこう言うと思って早めに来たんじゃないですか。はい、まだ早いし上がっていきますか?」
こちらが少し後ろめたい思いしてるだろーって計算してたんでしょうね。まあ少しお詫びは要るだろうと思ってましたので、素直に思惑通りに動いてやることにしたのですけど…。
「いや、それはいい。後が怖いからな」
「それどういう意味ですか」
「だってな。来た時からえれえ素直で、逆に何か企んでいるんじゃねえかと思うじゃねえか」
「それどういう意味ですかっ?!」
わたしどんな見方されてるんですか。
でもまあ、互いにしおしおになってるってのも、グランデアとわたしらしくないよーな気もします。
でしたら…うん、きっちり期待に応えてあげるというのが友だちというものでしょう。
「おい。なんだか不穏な気配がするんだが」
「気のせいじゃないですか?」
せっかくお望みの通り振る舞ってあげようというのに、不穏だなんてとんでもないことです。うんうん。
とはいえですね。
「…こんな状況でわたしと並んで歩いてていいんですか」
結局余計なことして時間を潰すでもなく、まっすぐに会場である広場に向かうわたしたちでしたが、道すがらチラチラとこちらをうかがう視線に、今わたしがどーいう噂になってるか思い出して、同じように噂になってる同行者に尋ねてみました。
「つってもなあ、おめえを呼んでこいって命令だったんだしよ」
「もしかして教会からですか?」
「いや、アプロニア様」
「……あてつけにしても悪質だと思うんですが」
「だよなあ」
二人そろって深いため息をついたのでした。
まあこの場合、わたしに対するものなのか、グランデアに対するものなのか。
わたしに対してなら、アプロにしてはえらくいじけた真似だと思いますし、グランデアに対してならパワハラもいーとこですし。
どちらにしてもアプロらしくないなあ、とは思うので、はやいとここの仲直りしないと、とは思うのです。
まあそのように互いに引っかかるものもありましたので、なるべく人目の少ない場所を選びつつ、若干遠回りしています。
会話も途切れ途切れというか、ああ、とか、うん、で簡単に終わってしまう程度のものばかりの中、グランデアはどうにか踏ん切りが付いたという様子で、こんなことを言いました。
「あのよ、もしまだ気にしてたら、ああいやとっくに気にしてねえんだったら蒸し返すようで悪いんだが」
「はい?なんです」
「その、だな。昨日、冷めた、とか言ったのは、だな」
ああ。
そういえばそれでわたし怒ったんでしたっけ。
でも。
「別に気にしてはいませんよ。昔そんなこと言われたことを思い出しただけで、今も引きずってるほど子供じゃありませんて。それよりこちらこそみっともないとこ見せたんですから、おあいこでいーですよ」
「そう言われると男としても立つ瀬が無い」
「面倒なひとですねえ…」
でも、なんだかアプロと反応とか表情が結構違くて、こーいうところを見ると男のひとなんだなあ、って妙な感心の仕方をするわたしです。
やっぱりアプロも女の子、なんですよね。
「その、だな。冷めたというのは、あー、まあ、少し冷静になったというか。オレの事情だけ押しつけるのも悪いというか、だな…ああクソ、女相手にこんなに真面目になったことねえからどう説明していいか分からねえや」
「むしろ今まではどーだったのかが、わたしとしては気になりますよね。わたしに対してそれだったら、今までどんだけひどかったんですか」
「そんなにイジメんなっての。分かった、分かった。もう振られたってことでいい思い出と教訓にしとくわ」
「諦めがいいですね…と、言いたいところですけど、まあわたしもいい経験出来たので感謝してます。気持ち自体は嬉し…いってほどじゃないですけど、悪い気分じゃないです。なかなかわたしも捨てたもんじゃないですね、ふふふ」
含み笑いのわたしと、いつの間にか見慣れてしまった苦笑顔のグランデア。
そーですね。わたしが応じることは出来ませんけど、いー男だと思いますから、そのうち素敵な奥さんでも見つかりますよ。きっと。
「そう願いてえもんだ。ま、スッキリしたとこでよ、朝飯食ったか?」
「あー、そういえば何も食べてませんでしたね。屋台でも開いてれば食べていきませんか?奢りますよ」
「気前いいな」
「ええと、まあお詫びと報酬の前払いということで」
「前払いぃ?おい、オレに何をさせる気だ」
「細かいこたーいいんですよ。とりあえず黙って奢られておきなさいって」
こんなことを言われて大人しく奢られる神経はどーかと思いましたが、本当に細かいことを気にしないひとですね。
結局わたしたちは、戦勝という雰囲気にいくらか浮かれてか、朝から営業していた屋台を三つほどハシゴしてお腹を膨らせたのでした。
「遅かったですね」
会場である街の中央広場に到着すると、呆れた顔のフェネルさんに出迎えられました。
「ごめんなさい。お迎えが食い意地張って止められませんでした」
「二軒目行こう、つったのはおめえだろうがよ」
「三軒目見つけたのはあなたの方だったでしょーに」
「その割にその三軒目もしっかり食ってたよな」
「美味しかったんだからいいじゃないですか」
互いに責任をなすりつけあうわたしたちでした。
「……仲のよろしいのは結構なのですが、カナギ様。アプロニア様とのことは如何なさるおつもりなので?」
何か誤解されたみたいで、フェネルさんが少し凄味を利かせて言ってきます。うう、ご心配かけてすみませんねぇ…。
「ええと、そちらはなんとかしますから。ただ、わたしのやることには口出し無用で、お願いしますね」
「…どういうことです?」
「ふふ、ちょっとばかりアプロに意趣返ししようと思いまして。コレは小道具なので、お構いなく」
「小道具ぅ?だからさっきからおめえはオレに何をさせようと…」
「あ、なんか賑やかになってきましたね。さ、行きましょ?」
「お、おい、本当に無事に済むんだろうな、オレは」
「…カナギ様、主のことをよろしくお願いします」
もう諦めてしまったのか、力なくわたしを見送るフェネルさんに、我ながらひとの悪い笑顔を向けてわたしは広場中央の演台に向かいます。右手にグランデアの手を握って、でした。
焦るグランデアを引っ張り向かった広場の中央には、既にアプロが登壇していました。
鎧姿ではありましたが、いつもの鎧ではなく、グランデアのように飾りの多い、割と軽装のものです。初めて見るものですけれど、もしかして儀礼用の鎧とかも持ってるんですかね。どちらにしても凜々しくて、アプロにはよく似合っていました。
わたしはそんなアプロに見とれていましたが、マイネルに声をかけられて我に返ります。
「アコ、遅かったね。もう始まるよ。早く上がって」
「ええ。ちょうどいいところでした。じゃあグランデア。行きましょうか?」
「あ?なんでオレまで」
「だってあなた最後のとこで活躍した功労者でしょうが。マイネルも。ほら、早く」
「ちょ、ちょっと待って!そんなの予定に入ってないってば。アコだけが…」
「往生際の悪い男ですね。いいから覚悟決めて。ほらほら」
「ええっ?!」
「おいっ!だからなんでオレまで」
嫌がる男ふたりを両手に引きずり、わたしは演台の後ろの階段から台上に上がります。
アプロがその騒ぎに気付いてこちらを見ましたが、なんだかくやしそうに口元を曲げただけで何も言いませんでした。
「………では、始める。アウロ・ペルニカに住まう我が民よ!」
そうして、後ろに控えるわたしたちを無視して、アプロの演説は始まりました。
「まず、此度の危難に際し、奮戦の末命を落とした我らが同胞に、深く哀悼の意を示したい」
戦士した十五人の衛兵のひとたちに対する黙祷で始まった演説は、短いものではありましたけれど心のこもった弔意を示すもので、戦いに勝ったということでどこかざわめきの収まらなかった広場の空気をシンと静まりかえらせています。泣き声も聞こえていましたから、親しいひとたちが思いを致していたのでしょう。
「この勝利を得た理由、それは彼らの奮戦に因るだけではない!エススカレア、プレナ・ポルテから駆けつけてくれた援軍に、我々は大いに力付けられたのだ!」
それから、二つの街から応援に来てくれてこの集いにも参加していたひとたちを讃えました。
みんな、少し気まずい様子ではありましたけれど、群衆の中から沸いていた感謝の言葉の数々には流石に誇らしい顔をしていて、わたしは心の中で「ありがとうございました」と呟いたものです。
アプロの演説は続きます。
街の防戦の準備にはしり、また時には戦う衛兵の皆の支援にまわり、そして苦難に耐えた住民の苦労に礼を述べ、開戦前に避難していたひとたちの帰還の予定を告げ、戦いには間に合いませんでしたが復興に力を貸してくれるヴルルスカ殿下と麾下の衛兵のひとたちにも感謝を示し、そうして最後に。
「……最後に、この戦いを終わらせた勇士を紹介しよう!カナギ・アコ、ミアル・ネレクレティルス、グランデア・ルゥエンデ。前へ!」
後ろにいたわたしたちに、声をかけたのでした。
「…僕、帰ってもいいかな?」
「うるせえ。オレだってガマンしてんだから最後まで付き合え」
まだごちゃごちゃ言ってる男どもを引っ張り、わたしはアプロの隣に立ちました。
「………うう…。こっ、こにょ戦いにぃ…」
噛んでる噛んでる。アプロ、めっちゃ噛んでます。そんなにわたしとグランデアが一緒にいるのが、面白くないんですか?
「この戦いにぃっ!終止符を打ったのがぁっ!こっ、この三人……ううっ、アコぉっ?!なんでそいつ連れてきたんだよっ?!」
そうして、とうとうガマン出来なくなったのか、わたしに向かって食ってかかるのでした。
「え、だって功労者には違い無いじゃないですか。この二人がいなかったらわたしの命どころかヘタしたら街全滅してましたよ?」
「そりゃそうだけどっ!だからって一緒に上がってくることないだろおっ?!」
…うん。アプロの気持ちが、とても刺さるのです。
きっと本心では、わたしがアプロを嫌ってグランデアに乗り換えましたー、なんて話、信じてはいないと思うんです。
でも、アプロは理由があってわたしを叩いてしまった。彼女にはわたしを許せない事情があった。
わたしがそれを分からずに、こうやってのほほんと…でもないですけど、とにかく他のひとと親しげに、それも何か自分を悩ましくさせる噂のある相手と、です。気になって気になって、心配になってしまっても仕方ないんです。流石に斬りかかってくるのはどーかと思いましたが。
だから、ですね。
アプロはもっと素直に、自分を出してもいいんじゃないかな、って。
わたしに、こうして欲しいってことをぶつけてもいいんじゃないかな、って。
魔王討伐の尖兵たる勇者として、その最前線の街を治める領主さまとして、いろいろややこしい関係もある王家のお姫さまとして。
いろんな立場がアプロにはあって、でもそのどれもわたしにとっては一番じゃなくて。
わたしにとってのアプロは、わたしという曖昧な存在に、自分を好きになることを許してくれたひとで。
なので、もう少し、こお、ね?
「お、おいっ?!この状況でそんな真似したらヤバくねえか?」
さっきけりを付けて誤解される心配もなくなったので、遠慮無く、グランデアの腕をとって寄り添うよーな格好をしてみます。
焦るグランデアと慌てるマイネルの気配がなんとも面白おかしいわたしです。ふふ、悪女の気持ち。
「う、うう、うううー…」
そしてアプロは俯いて唸ってました。なんだかいじめてるみたいな気分で後ろめたさを覚えないでもないですけど。
「ちょっ、離せコラ!オレの命に関わるだろうがっ!」
「そんな心配ありませんて。それよりお詫びは前払いしてあるんですから、少し大人しくしててください」
「あれはそういう意味かよっ!!」
割に合わねえっ!とか喚いてますが知ったことかとわたしはまたギュッとうるさい男に身を寄せます。
「……っ?!」
それが、トドメでした。
「それ以上くっつくんじゃねぇぇぇぇぇっ!!」
礼装ということで剣も持っていなかったアプロは、とうとうガマンも出来なくなったのか、今がどーいう場なのかもきっと忘れて飛びかかってきて、繋がっていた腕を解いてわたしを引き剥がしました。
もちろんわたしはされるがまま。グランデアは解放されてむしろホッとしたかのよう。
「アコぉっ!」
「はい」
そして、わたしの両腕をつかんで真正面に据え、これ以上ないくらいに真剣な顔で見つめます。
…今気付いたんですが、アプロ、わたしと目の高さが同じ…うん、少し、ほんの少し高いくらいになってます。初めて会った頃からすると随分背がのびましたよね。
そんなことが無性にうれしくて、わたしはつい頬がほころんでしまったのですけど、アプロにはそれが面白くないよーで、目力がひときわ強くなって、わたしを睨むような感じになります。
「なにがおかしいんだよっ!」
ていうか、怒ってました。
でもわたしは、そのアプロの怒りですら愛おしくなってしまい、こう答えます。
「だって、アプロが妬いてくれたのが嬉しくて」
「…私は、うそつきのアコは好きじゃない」
「そう、それですよ。いろいろ考えたんですけどね。やっぱりわたし、アプロにうそついた覚えなんかないんですよ。わたしは、この街を守りたくってやったことなのに」
「アコはっ!私と一緒に!この街を守ろうって約束したじゃないかっ!!なんで私に黙ってひとりでやっちゃったんだよっ!!」
あ……。
わたしから一瞬たりとも目そそらさず、そう叫んだアプロの声に、わたしは心の奥底に押し込んでいたはずの罪悪感…ううん、ちょっと違いますね。申し訳なさ、って言うんでしょうか。
そんな、後悔にも似た感情の源泉はきっと、アプロに背負わせてしまいたくない、って独りよがりなのかもしれません。
わたしはきっとこれから、選ばなくてはいけない。その選択の重みをアプロに遺したくない。
もしかして無意識に、そんなことを考えていたのでしょう。
「私はアコと一緒にいたい。例えアコが、あいつみてーな男に言い寄られたって、絶対に許さない。アコは、私のもんだ。誰にも譲れない、私のもんだ」
「アプロ…」
その覚悟はあるのかと、問いたくなりました。
でも多分、わたしとアプロの結末がどうなろうと、きっと後悔なんかしないんでしょうね。
アプロがわたしを自分のものだと強く言葉にするほど、わたしはアプロを自分だけのものには出来ません。アプロはきっと、みんなのためにもいなければならない。わたしが願えばそう在ってくれるのかもしれませんけれど、わたしが好きなひととことのためには、アプロはわたしだけのものではいられない。
それが、わたしとアプロの間にある違いだと思います。
でも、ね。
「そうですね。わたしもアプロと一緒にいたいです。その、いろいろヤキモキさせてしまったことはごめんなさいって思いますけど、わたしはそのアプロの言葉を聞きたくて、ひとりで突っ走っちゃったんです。街を守ることはわたしにとってとても大事なことです。でも、アプロに叱られたんじゃ、ちょっと困ります」
「…うー」
まだ半分涙目のまま、アプロはわたしをぎゅっと抱きしめます。演台の下から冷やかすよーな声が聞こえましたが、知ったこっちゃありません。
「まあ、わたしたちはまだお互いに言わないといけないことがありますし。ゆるゆるやっていきません?時間の許す限り」
「…そんな良い風な話でまとめようとしたって、私にヤキモチ妬かせたことは許さない」
「その怒りはまあ、アプロとわたしの関係を知っていながらわたしを口説いた誰かさんにぶつけてくださいね」
「おい待てオレは結局当て馬だったってわけかよっ!」
えーと、ごめんなさい。まあそういうわけですけど、全部丸く収まったんだからいいじゃないですか。
「…アコは勝手だ」
そうですね。わたし、結構これでもワガママなんです。
「…アコはうそつきだ」
自覚なしにやってしまったことですけど、それは悪いと思ってます。
「…もうこれからは、私に黙ってひとりでやってしまったりしないか?」
はい。けど、その代わりアプロが背負うものも重く大きくなってしまいますよ?
「……なら、いい。アコ」
「はい」
「………おかえり。よくやってくれた。私と、私たちの街を守ってくれて、ありがとう」
わたしから体を離し、それでも肩の下の両腕を掴んだままで、アプロはわたしの顔をまっすぐ見つめながら、そう言ってくれます。
わたしが聞きたくて頑張った言葉は、期待にそぐわず…いいえ、願っていた以上に、わたしに染み入るものなのでした。
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