第130話・街が言祝ぐ日々 その1
流石に多忙のヴルルスカ殿下のことですから、いつまでもアウロ・ペルニカに貼りついていられるわけもありません。部下の衛兵さんたちの半分ほどと、それを指揮するひとを街の再建の手伝いに残して、ご自身は王都に帰還されていきました。
わたしも、アプロやゴゥリンさんと一緒に途中までお見送りについて行きまして、別れ際には割と真剣な顔で、「アプロニアのことを頼む」などと言われたものですけど…どーもですね、ゴゥリンさんが殿下と妙に親しげとゆーか、結構話が通じてる感があったのが、いろいろ謎でして。
そーいえば、殿下のお姉さんとも面識あったみたいなことをマイネルも言ってましたし。なんか不思議なコネありますよね、ゴゥリンさんも。
でまあ、それはそれとして。
魔獣の群れを退けてからもう二十日ほど経ってます。
壊された街の内部や城壁の修復もすすみ、ケガをしてたひとたちも復帰してます。
街の外に避難していたひとたちも戻って、大体暮らしは元通りになりつつあるということで、わたしも自分の本職に戻ることにしていました。
「じゃあお願いしますね」
「いえ、こちらこそ。よい取り引きが出来そうで何よりです」
立ち上がり、契約書を間に挟んだわたしとペンネットさんが握手を交わして正式なお仕事の開始となりました。
王都の大学に依頼していた綿花の育成が、目処がつきそうということでそこから先の研究への投資と、製品への展開を改めてペンネットさんの商会にお任せするという内容の、契約でした。
ちなみにわたしと丁々発止のやりとりをしたお婆さんも一枚噛む契約内容です。約束してた、ということもありますけど、なんだか憎めないんですよね、あのお婆さん。またそのうち会いたいものです。
「…しかし、本当によかったのですか?発効してから申すのもどうかとは思いますが、針の英雄どのにあまりうま味のある内容ではないと思うのですが」
「あはは…わたしが見つけてきたわけじゃないですし。それに、損して得取れ、って言葉がわたしの故郷にありまして。最終的な大きな利益のためには、目先の利益にこだわらない方がいい、ってものですよ」
「ほほう、世界は異なれど同じような言い回しはあるものですね。当商会の創業者も似た言葉を残しておりますよ」
世界は異なれど、ですかー…。
なんかいつの間にかわたし、異世界からきたってことが当たり前になってしまってますけど。
まあそれで街のひとの接し方が違ってきてるわけじゃないので、別に構わないとゆーか、この街の懐のおっきさに感謝、ですね。
「では私は早速手配にかかりますので。契約書の写しはあとで届けさせますが…アプロニア様のもとにお預けすればよろしいですかな?」
「はい、それで構いません。フェネルさん、受け取りお願いしますね」
「承りました」
わたしだと契約の細かいところまで分からないので、オブザーバーをお願いしたフェネルさんにもそのように伝えておきます。
というか、この事業ってこの街への利益も少なくないんですから、もーすこしアプロが乗り気になると助かるんですけどねー。その辺り、アプロの綱取りお願いしますね、フェネルさん。
「承りました、と軽く請け合うことが出来ないのがなんとも…カナギ様からそのようにお伝え頂くのが一番確実ではありますが」
「あんまりアプロとお金とかの話したくないんですけどねー。まあいいです、今日は夜一緒にする予定なので、その時話してみますね」
夜を一緒、というところでフェネルさん、少し微妙な表情になってましたけど、今日はそんなつもりありませんてば。普通にご飯食べるだけです。
「…ええと、ではペンネットさん。今後ともよろしくお願いしますね」
「いえこちらこそ。ごひいきに願います。それとアコ様のお仕事についても私どもに専らお任せ願いたいところですが…それは叶いませんかな」
「あー、まあ、わたしの作るものはなるべくいっぱいのひとに使ってもらいたいので…その趣旨に賛同して頂けるならいずれお手伝いをお願いしますね」
「商人ではなく趣味人としてなら一緒にやろう、ということですかな。ははは、でしたら近いうちに女房と娘を紹介させて頂きましょう。二人とも裁縫が趣味でして」
そーいうことともちょっと違うんですけど、訂正する気にもならなかったのと、奥さん娘さんはぜひ紹介して欲しかったところなので、ニッコリと微笑むわたしなのでした。
そしてペンネットさんとこを辞去して、わたしは次のお仕事先に向かいます。
フェネルさんとはここで別れることになりますけど…。
「じゃああとで伺いますね。アプロにはそれまでに仕事終わらせておくよーに、言っておいてください」
「いえ、その前にカナギ様。お話がございまして」
「お話?フェネルさんが、わたしにですか?」
はて、珍しいこともあるもので。
「ただ、主に関わることでは無く私の個人的な要望ですので、お急ぎのようでしたらまた今度で」
「いえ、お急ぎってこともないですし、他でも無いフェネルさんのお願いなら全然構いませんよ。どこか落ち着くとこに行きます?」
「歩きながらで構いません。そうお時間をとらせるわけにもまいりませんし」
「…まあ、そうしてもらうと助かるのは事実ですし。じゃあ、飲み物でも買ってぶらぶら行きましょう」
約束の時間にはまだ余裕がありましたからね。
「わたし、このサボテンを絞った飲み物、結構好きなんですよね」
厳密にはサボテンとは違うんでしょうけど、汁気の多い葉肉を絞ったジュースはさわやかな苦みがあり、それに蜜をうまく配合して嫌味の無い上品な甘さに仕上げています。少なくとも日本には無かった飲み物で、もし行くことがあれば地球のサボテン…ええと、アロエとかでも作れないか試してみたいですね。
「いつぞやカナギ様に差し入れをして頂いたのでしょう、主も話題にしておりました、そういえば」
「ああ、去年の雨期前のお祭りの時ですね。あの屋台祭りって今年もやるんですか?」
「少なくともアプロニア様がこの街におられる限りは行われるでしょう。楽しみですか?」
「実行委員長とかをさせられなければ、ですけどね」
昨年、苦労を共にしたフェネルさんとはその辺の機微に相通じるものもあるので、立ち止まって顔を見合わせ、苦笑と微笑を交わすわたしたちです。もちろん苦笑は、わたしの方でした。
今年の雨期にはまだもう少し間があります。ベクテくんのお好み焼き屋台をプロデュースした実績に鑑み、今年はわたしも出店する側に回りたいですねー。アプロにメイド服着せて看板娘とかにしたら一等賞間違い無しですよ、うんうん。あ、その衣装ならわたしの全力と全財力を投入して最高のものを作っちゃる……。
「カナギ様」
「ははははいっ!いえあの、別におかしなことなんか企んでませんからねっ?!」
…とかいう妄想が洩れたのでしょうか。なんだか厳しめなフェネルさんの呼び声に、なんとも頓狂な声をあげてしまうわたしでした。
が。
「真面目な話なのですが、構いませんか」
「はあ。歩きながら出来る話でしたら、一向に。あの、アプロに…なにか?」
わたしのギャグマンガみたいな受け答えに対する反応としては、えらく固いものだったりします。
「そうですね…アプロニア様のご様子もあるのですが……カナギ様の最近の働き様も、何か思い詰めたところがあるように思えまして。主もいくらか気にかけてはおりますし」
「…アプロからはその理由を、聞いていますか?」
「いえ、何もお話にはなられませんでした」
「じゃあ、そういうことです。アプロが話さないのでしたら、わたしがフェネルさんに話せることはないですよ。ごめんなさい」
「…左様ですか。ただ、思うところだけを述べさせて頂くことは、可能でしょうか」
少し突き放した言い方だったかなー、と思った割には、フェネルさんもなかなか食い下がるものです。
でも、アプロのことと関わりなくわたしに心を砕いてくれてるな、ってのは感じましたから、そこはありがたく気持ちを受け取っておくつもりです。
「はい。でもわたし、聞きたくない話になったら耳塞ぎますからね?」
「ええ、承知しました」
そんな言い方には、どこか穏やかな笑みを浮かべるフェネルさんです。
なんだかなー、後ろめたいってほどじゃないにしても、こーして全部明かせないひとが増えてくっていうのも、心楽しまない話ではありますよねー。
「で、なんでしょうか?」
そんな内心を押し隠し、わたしは精々愛想良く振る舞いつつ、何を言われるのかとジュースの残ってるカップを空にしました。
木彫りのカップはこの街では貴重品です。ジュースの屋台のおじさんに、ごちそうさまでした、と言って返し、先に飲み終えていたフェネルさんと並んで歩き出します。
「…今ほどの契約の話もそうでしたが、カナギ様がひどく急いでいるといいますか、焦っているようにも見受けられましたもので…」
そんなものですかね。
言われたこと自体にはそれほど核心を突くとか痛いところを突かれるとか、そーいうことはなくって、わたしはごく自然に答えを考えて、思ったままを口にします。
「焦ってる…ですかあ。そんなつもりはないんですけど……そう見えます?」
「失礼を申し上げたようでしたらお許し下さい。ただ、主の願いでもありますし、カナギ様にはどうか御身大事にと申し上げたく…」
「いえいえ。やっぱり病気はしないほーがいいですよね、はい。まあ分かりました。体は大事ですから。アプロも、あんまり無理しないよーにフェネルさんも見てあげてくださいね」
「………」
だからなんでそんなに気の毒そーに見るんですか。別にわたし病気でもなんでもないのに。
「いえ、なんでもありません。そういえば最近は寝込まれることもないようですね」
「ええ。いろいろ折り合い付いたみたいなので。あ、わたしこっち行きますから。またあとで」
「お気をつけて」
…別にこの角曲がる必要は無かったんですけど、なんだかこれ以上一緒にいるといろいろ洩れてしまいそーで、少し強引に別れてしまいました。
なんですかねー。フェネルさんもアプロの補佐長いことやってるだけに、いろいろ察するところが多くて、気が抜けませんてば。
背中に覚えるフェネルさんの視線が途切れた頃、わたしは短いため息をついて、狭い路地の真ん中で立ち止まっていました。
あんまり入ったことのない場所でしたけど、約束してる時間にはまだ間があるみたいですし、この辺は子供も多くてあまり危なっかしい感じはしないので、少しゆっくり歩いてみようかな、と思ったときでした。
「あ、針のえいゆうさまだっ!」
「アコさまだー!」
…ええと。
その、路地裏で遊んでいると思しき子どもたちが何人か。わたしを見つけて駆け寄ってきたのです。
あのー、わたし子どもに「アコさま」とか呼ばれるほど大層な存在でもないんですけど……と戸惑うわたしにお構いなしで、なんだか嬉しそうにわたしを見上げてくる姿には、流石に口元がほころばないでもないです。
そして口々にわたしにあれこれ尋ねてくるのでしたが。
「アコさま、今日は領主さまとごいっしょではないのですか?」
いえその、別にいつも一緒にいるというわけでわ…、とわたしが答えづらいことでも平気で聞いてくるのには、いくらなんでも勘弁してくださいと泣き言をあげたくもなる、わたし。
「あ、あのですね、みなさん。わたしちょっと仕事がありまして、ここを通りたいのでまた今度ですね…」
「おしごとですかっ?!まじゅうをたいじしたときのお話をきかせてくださいっ」
「だからその、ちょっ、ちょっと待って待って!えと、何か子どもにあげられるよーなもの持ってなかったですかね…」
と、肩から提げてる鞄の中を探ってみますが、わたしには外でお菓子食べるような習慣もなく、当然そんな都合の良い展開にはならないのでした。
でも子どもたちは何が楽しいのか、そんなわたしにまとわりついて離れようとせず、特に女の子なんかは、「アコさまとってもかわいいです!」とか思わずにへら~としそうなお世辞を言ってくれるのです。うう、やべぇ…子どもが好きになってしまいそう……って、その、わたしそれほど子どもが好きでもなかったので、なんかこう新たななる何かに目覚めてしまいそうになったときでした。
「針のえいゆうさま、いかいのおはなしをきかせてくださいませんか?」
「えっ?」
わたしの正面にいた、ひときわ背の低い、多分一番年下なんじゃないかな、って感じの頬を赤くした男の子が、そんなことを聞いてきました。
「あのー…いかい、っていうと異界…異世界のこと、ですか?」
「はいっ!針のえいゆうさまはいかいからやってきたとききました。どんなせかいなのか、おはなししてください」
「えーとー………あー、そうそう。きみの名前はなんていうの?」
なんと答えたらいいのか分からず、全然関係の無いことを聞いてしまったわたしなのでしたが、子どもたちはそれでも、何が楽しいのやら口々に自己紹介を始め、基本人見知りするわたしでは全員の名前を覚えることは、当然無理ではありましたけど、カペロ、という、わたしに異世界の話を最初にねだった男の子の名前と顔だけは、辛うじて覚えられました。
わたしはしゃがんでカペロくんと目線の高さを揃え、ふと気になったことを尋ねます。ぶっちゃけイヤな予感がしたからでした。
「ええと、カペロ…くん?その、わたしが異世界から来たってお話は、誰に聞いたんですか?」
「はい。まいにち、おうとから来たえらいお坊さまが、ひろばでアコさまをいっぱいほめてます。いかいのえいゆうが、ぼくたちをすくってくれましたって」
王都から来たエラいお坊様………ま、まさか…。
心当たりのある顔が脳裏に浮かび上がり、わたしはやや青ざめた顔で立ち上がると、いつの間にか背中に飛び乗った子がずり落ちていくのにも構わず。
「…あ、あのあの……その、ですね?まっ、また来ますからお話はそのときにっ!」
子どもたちを置いて慌てて来た道を引き返し、事態を把握しているだろう人物のもとへ駆け出したのでした。
「…っとと、その前に今日の教室は……あーもー、誰か遣わして今日は中止にするって伝えないとっ!!」
くっそぅ…わたしの最近一番の楽しみを奪いおってからに、もうっ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます