第168話・魔王と勇者と英雄と その1
「はい、分かりました」
予想はしてましたけど、マリスの返事はあっさりしたものでした。
隣にいたマイネルが理解するよりも早かったと思いますので、ホントこの子頭の回転速いというかいざという時思い切りがいいというか。
「アコとアプロニアさまが見て、聞いて、やってきたことの末に出した結論ですから。二人を信じるわたくしの判断を疑う理由はありません」
「…またマリスも思い切ったことを言うよね」
何が不満なのかマイネルは微妙な表情でわたしとアプロを交互に見てました。
例によって聖王堂教会の一室。
昨晩、アプロとゴゥリンさんと話し合った内容をマリスたちに伝えて、これからのことを話し合っています。グレンスさん、ゴゥリンさんも一緒でした。
「それで、これからどうされるおつもりですかな」
「えーと、まずはフィルクァベロさんの伝手で権奥のそれなりに影響力を持つひとに今の話を伝えてもらえますか?わたしたちは貴族の方々に話をしてきます」
「それは構わないのですけれど、アコの思う通りに動いてもらえるとは限らないのですよ?」
言わずもがななことをマリスが言います。
そりゃまー、わたしだって今の話で事態が全て好転するなんてことは考えてませんよ。これから長い時間かけて、何もかもを変えていかないといけないんですから。聖精石に頼って世界をいいように扱うことも、ガルベルグの思惑通りに動かされてきた教会や教義のありかたも。
「でも、マリス。変えないといけない時は必ずやってくるんです。それが危機によってもたらされるのは厄介なことですけど、だからこそ自分たちの決めたことで変化を始めることは必要なんです」
追い込まれてどうしようもなくなって、選択肢を全部奪われてから変えるのではなく、変わるか変わらないかを選べる今から始めることに意味がある。
わたしは、そう思います。
そうして変わっていくことを選んだ世界で生きていきたい。アプロと、わたしの大切な人たちと一緒に。
ガルベルグの思惑によって生み出されたわたしですけれど、わたしが選んだことでガルベルグの思惑が乱されて、それでひととひとの住まう世界がより良く変わっていけるのなら、そう生まれたわたしという存在の意義を、自分で見つけられたことになるんじゃないかな、って。
「…ま、アコがいろいろむつかしいこと考えてるみたいだけどさ」
「あなたはあなたでもー少し考えなさいってば。わたしより背が高くなったくせに、そういうところは昔から…変わらないんですから、まったく」
「うるさいな、アコはもー。とにかくさ、正解だとは言い切れないとしてもいろいろスッキリしたとは思う。正直言えば、まだ分かんないこともあるよ。でも、事態に追いまくられてばたばたしてるよりは、ずっといいと思う」
わたしとアプロの関係に、「昔」が出来ていることを少し喜びながら、相変わらずのアプロをたしなめましたが、アプロはアプロでまた格好いいことを言ってくれます。ぶっちゃけ惚れ直します。何度目のことかもう数えきれないわたしなのです。
「アコがまた恋する顔になってますわね。ともかく、各々がすべきことを始めるとしましょう。グレンス、中央教会に向かいますので、供をしてください」
「かしこまりました」
「お兄さまはアプロニアさまと共に王城の方々を説いてまわってください」
「そうだね。僕向きの仕事だ」
「腹黒さを隠して外面と人当たりだけはいいとこなんか特になー」
「ほっといてくれよ。けどそれが役に立つというのなら、何だってやるさ。僕だってね」
そう請け合うマイネルの顔には、確かに悪党の笑みが浮かんでいました。本領発揮、ってやつでしょう。
「それとゴゥリンさまは…」
「………アプロが出張れないのだろう。しばらく外を手伝っている」
「だな。わりーけど頼む」
「………うむ」
アプロの剣が力を取り戻すまでは、ですね。
そしてその剣のことですけど。
「それで、アコ?アプロニアさまの剣については何か手立てはあるのですか?」
「まー、元の姿に戻ってもらうだけならなんとでもなりますけど…この際だから、思いっきりケレンに走ってみよーかと」
また悪いこと考えてんなー、とアプロには大変好評な悪ぶった笑みで見やると、マリスも負けず劣らず腹に一物ありそーなニヤリとした笑い顔で応じてきました。なんていうかこの子も初めて会った頃からすると、けっこー捻くれ…じゃなくて悪賢い…でもなくて、えーと、成長したものですよね。身も心も。
「…なんで僕の方を見るんだい」
「いえ、別に。マリスってオトナになったなー、って思って」
「まだなにもしてないからねっ?!」
あらま。ちょっと意外です。というか、そっち方面に発想が飛ぶってことはマイネルも満更でもないようで。近いうちにお赤飯が必要になりそーですね。
「ははは、花を手折るも花次第、というわけですかな。マイネル殿も最近とみに空回りが増えているようで」
グレンスさんが聞き捨てならないことを言ってます。とても面白そうな話が聞けそうですが、今はガマン。全部終わってから聞かせてもらって、みんなでマイネルをからかってやりましょう。
約一名ほど納得のいかない顔をしてましたけれど、なにはともあれわたしたちは行動を開始します。
・・・・・
まずはマウリッツァ陛下とヴルルスカ殿下へ。
それから、お二人と相談の上で旧来のと中興のと、両方の貴族の方々に。もちろん、どの貴族のひとに話をつけるかは陛下たちのご助言に従いました。
ただ、思っていたよりも話はしやすかったように思います。以前アプロが中興の貴族のひとたちの前で呪言を使って見せたことで、アプロの存在を軽く見られることが減っていたことと、あとはまあ…わたしにとっては少し不本意ですけどヴィヴットルーシア家と繋がりが出来ていた、からでしょうね、きっと。
そして、一日の終わりにマリスたちの教会への工作の進展と付き合わせてみて、動き始めてから数日でしたけど悪い流れではないみたいです。
ただ、ゴゥリンさんから話を聞く、王都の周囲での魔獣の跋扈はどうにも思わしくなりつつあり、時間が無いことも認めざるを得ないのです。
「………ベルニーザにも会ったぞ。こちらの顔を見たらすぐに逃げ出したが」
ちなみに、わたしやアプロに代わって魔獣に対処してくれてるゴゥリンさんがそんなことを言ってました。まったく、ベルも何をやっているんだか。
そんな感じで、急ぎに急いで五日が経ち、わたしたちは「ケレンに走った」真似をするために王城の一番広い議場にいます。
議場といっても議会とかがあるわけでなく、けれど貴族たちの意向を無視出来ないこの国らしく、そういう人たちを集めて王様がなんやかんやと演説を聴かせるための、広間です。
飾りっ気には乏しく、上方向にはおっきくないこの王城にしては珍しく天井が高くてしかもだだっ広い…えー、例えて言えば大学の教室みたいな階段状の席にぐるりと囲まれた、部屋の中央の舞台にわたしとアプロは並んで立ってます。普段はここで王様が話をするそうですが、なんかえらい歴史を感じさせる部屋な上に話したこともないえら~い貴族さんが何十人というかぜってぇ百人超えてますよね?軽く。そんな人数かける2の本数の視線がこちらにしゅーちゅー…なもので、緊張しっぱなしのわたしです。うう、なんかぽんぽん痛い…。
「大丈夫だって、アコ。ほら、そこんとこにみんないるだろー?」
「え?」
アプロはわたしの背後に立ち、わたしの両肩を手をたたくと、耳のそばでそんなことを言いました。
前を見ると、席の一番手前の方にマリスやマイネルの顔が見えました。ゴゥリンさんは今日も王都の外でしたが、代わりにフィルクァベロさんにマクロットさん、それからここしばらくの間で好意的にお話を聞いてくれた権奥の方々や貴族のひとたちがいます。
みんな、わたしとアプロを見てました。いえ、見てただけでなく、マリスはなんだかハラハラした顔をして、マイネルは心配そーなのは一緒ですけどマリスよりも余裕はあります。
フィルクァベロさん、マクロットさんはニコニコ…とゆーよりニヤニヤとわたしの焦る様を楽しんでいるようです。
ヴィヴットルーシアのご当主、ミルクァルテさんの顔も見えました。なんともアレな顔合わせではありましたけど、今となっては、ま、珍しい経験ができました、くらいのものです。子どもとはいえ、大貴族のご令息から求婚されるなんて、もう無いでしょうしね。
他にも、前にこのお城でアプロと一緒に着飾ってパーティに出た時にお話した、おっとりした貴族の方々も、何が始まるのかと固唾を呑んでおりました。ふふん、生涯語り草になる程の見世物、楽しみにしててくださいね。
…そうしていたら、わたしはアプロがこんなことを言ってたっけ、と懐かしく思い出します。
『私と一緒に、国中の…ああうん、下手したら大陸中の注目を浴びることになるかもしんないぞー?』
そうですね。大陸中にはまだおよびませんけれど、この国でアプロと一緒に、こうなっちゃいました。
けれど、悪い気分じゃありません。
みんなにわたしを見て、考えてもらい、それからわたしたちと一緒に世界をより良く変えていこうって。
そのためならもう、なんだってやってやるつもりなんです。
…そんなことを考えていたら、賑やかだった会場が次第に静まりかえっていきます。
隣のひととおしゃべりに興じていた観衆は、舞台の始まりを察していました。
「アコ」
「はい」
わたしの背後から隣へ。
並んだアプロはわたしの手を握り、わたしたちは顔を見合わせ頷きます。
さーて、やってやりますか。
「…此処に集った諸卿にまずは感謝を述べる!」
アプロの凜とした声が高く遠く響きました。
そしてまた、わたしたちの戦いが始まります。
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