第59話・わたしが居たい場所 その5
その場所には見覚えがありました。
見覚えっていうか…何も見えない場所で見覚えもなにもないんですけど。
ベルは確か…未世の間、とか言ってましたっけ。
まあそれは今はいいです。
「それでー……ベル!出てきなさーい!こんなところにわたしを連れ込んでどーしよーっていうんですか?!」
わたしをここに連れ込んだ張本人を呼ぶわたしの声が、闇の中にこだま…はしませんでしたが、ちゃんと怒鳴り声にはなっていました。我ながら余裕のないことおびただしいんですが、そりゃ焦りもしますって。ここの外にアプロを置いてきてしまってるんですから。
「…そんなに怒らなくても、ちゃんと、いる」
「声だけじゃなくて、姿を見せて」
「うん」
わたしの要請に素直に応じて、これも前に見たような白い装いでベルが姿をあらわしました。
そして、やっぱり、と思ったのですけど。。
「…また目がその色になってるんですね。それ、どうしたんです?」
「分からないけど…でも、ちゃんと見えるし私も私でいるから。問題無い」
いつぞやのように、真っ赤な瞳になっているベルです。
やりとりは普通に出来ますし、見たところそれ以外におかしなところはありません。何より本人が大丈夫、って言うんですから心配することはないのかもしれませんけど、やっぱり見た感じが痛々しくて、気にもなりますよ。
「ごめん、アコ。あまりゆっくりしていられない」
「…どういうことです?」
そしてその表情にはどこか余裕が無さそうです。ゆっくりしていられない?どういうことなんでしょうか。
「…父が、アコに会いたがってる。来て欲しい」
「またそれですか。別にお父さんにお礼を言われるほどのこと、別にしてな……はい?」
ベルのお父さんて…いわゆるひとつの魔王…さん、ですよね?どーいうことです?ていうか以前その父親に紹介するとかなんとか言ってましたけど、もしかしてまたもやそーいうノリ?
「そうじゃない。今度は父が、アコを呼んでる。連れて来い、って言ってる」
ゴクリンコ。
思わず息を呑むわたしです。
だって、魔王ですよ?人類の敵…なのかどーかは分かりませんけど、勇者とその仲間が討伐すべき存在であるところの魔王ですよ?アプロを呼んでるとかゆーなら物語の中盤の盛り上がり的に妥当でしょうけど、なんでわたし?わたし裁縫しか能の無いただの小娘ですよ?
「…あのー、拒否ったらどーなります?」
「ここから出られない」
予想通りの返事ありがとーございます。予想通り過ぎて驚きもしませんて。
「危なくないんでしょーね…?」
「分からない。けど、アコのことは私が守る。信じて欲しい」
「そりゃベルの言うことなら信じますけど…せめてどーいう用件かくらいは教えてもらえません?」
心の準備とか要るんですよ。小心者的に。
「私にも教えられてない。だから、分からない」
まあこれも予想通りというかお約束的に納得です。
つまり、わたし打つ手無し。
「………ええい、分かりました。女は度胸です!こーなったらどこへだって行ってやろーじゃありませんか!」
「…うん。アコは土壇場に強い」
当然です。わたしは腹を括ることにかけては定評あるんです……最近自信無くなってきてますけど。
「あ、ところで外のアプロ大丈夫なんですか?」
「…アコは往生際が悪い」
そんなこと言われましても。
「でも、アプロが心配なら急いだ方がいい。きっとアコを探してる」
そりゃそうでしょうけど有無を言わさずわたしを連れて込んだベルの言うこっちゃないですよね、それ。
「せめて外の様子を見るくらい…」
「だめ。アコが…とにかく、だめ」
「…アプロ、危ないことになってないでしょうね?もしこれでアプロがひどいケガしたりしたら、怒るだけじゃ済まさないですからね」
「今は言えないし、見せることもできない。とにかく言うことを聞いて欲しい」
そこそこ本気で凄んでみせたのですけど、ベルも結構頑固です。
…いえ、事態が割と逼迫してるんでしょーね。わたしの知らないところで。
仕方ないかー。腹は括ったんですから、大人しくご対面といきましょうか。
「分かりました。連れてってください」
「うん」
「いや、その必要は無いよ」
…意外に渋い声です。
この場の三人目の人物の、登場でした。
・・・・・
「ようこそ、人の世で『英雄』と称せられる少女よ」
娘とゆーベルがそうでありましたからある程度は想像ついてましたけど、魔王は、普通の人間に見えました。
それこそ耳まで口が裂けてるとか、ヤギの角みたいのが頭に生えてるとか、そーいうことはありませんでした。
おじさん…といえばおじさんのよーですけど、むしろ大学教授みたいな、妙な説得力のある風貌です。
髪はベルと同じよーな金髪で着てるものも似たようなものですし、他には例えば髪が特に長かったり禿げてたりもせず、顔やその他の格好も特徴と呼べるよーな特徴はありません。体のサイズも魁偉な体躯、ってほどでもなく、そこそこ体は大っきいでしたけど、常識を疑うレベルってわけでもなかったのです。
「…どうした?何か気落ちしているようだが」
「いえその、ちょっと期待外れ…あわわ、そのー、魔王と呼ばれる存在にしては威圧的でもないなー、と…あ、申し遅れました。神梛吾子と申します。アウロ・ペルニカでお針子やってます」
なんでか知りませんが、フツーに名乗ってしまいました。
「呼びつけておいて言うのもなんだが、妙な娘だな、ベルニーザ。これがお前の思い人なのか?」
「………」
ベルが、わたしの腕をとって身を固くします。
…なんかこんなところを見ると、見た目通りの存在じゃないのかもしれませんね。
「えーと、魔王…さん?その、わたしを呼びつけたって、どーいうことなんです?」
まあここで怖じ気づいても仕方ありません。会話が成立するのであれば、聞きたいことは聞いておかなければなりません。勇者の仲間的に。
「魔王、か。その名はお前たちが勝手に付けたものだが…まあよい。我はガルベルグ。遍く人の世に名を知らしめるべく在る存在だ」
割と普通の名前ですね。マイネルやマリスみたいにお経みたいな名前を名乗られるかと思ってました。
ガルベルグのおじさん…なんかしっくり来ないので魔王さんにしておきますか。
「立ち話というのも味気なかろう。あちらで座って話をしようか」
その魔王さんが首を巡らすと、その先にテーブルと三脚の椅子がありました。現れた、というよりは最初からそこにあったかのようです。テーブルの上には英国風のティーセットがあります。ご丁寧にアフタヌーンティーの用意までされてました。
「娘、お前の故郷のものだろう。寛げ」
英国はわたしの故郷とは違うんですけどね。まあこっちのひとにしてみりゃ同じことでしょーから、構わずさっさと席に着きます。ていうか微妙にお腹が空いてましたので、プレーンなスコーンを見て思わず喉を鳴らすわたしなのでした。
「アコ、がっつきすぎ」
「あなたに言われるのもちょっと不本意なんですけどー」
普段アウロ・ペルニカで何やってるのか、お父さんの前で暴露してやりましょーか、と思いましたがそんなことに頓着するとも思えませんし、ま、頂けるものなら素直にご馳走になることにします。
今のところ、なんでばっちり英国風のもてなしが出来るのか、とか余計なことは考えません。
「さて、話というのは他でも無い」
「…せめてスコーンの一つくらい食べ終えてから話しません?」
「なんとも度胸のあることだな。ベルニーザが気に入るのもよく分かる」
だってクロテッドクリームとブルーベリーのジャムが完璧なんですもの。こちらの世界に来てから忘れてた味ですしね。
作り方を知らないので再現は出来ませんでしたけど、完成品の味を知ってるんですから研究する価値はあるかもですね。帰ったら試してみましょうか。
「……もぐもぐ。はい、いつでもいいですよ。あ、お茶も頂いていーですかね?」
「好きにしろ。食べながらでいいから話を聞け」
「聞いてますよ。こちらにも事情があるので手短にお願いしますね」
あのベルが、目の前の甘味を手に取りもしないでわたしと魔王さんのやりとりをハラハラして見ています。もしかしてわたし、結構危なっかしい真似してるのでしょうか…?
ちょっと不安になってティーカップを置き、魔王さんに向き直ります。
「アコ、顔についてる」
「あら、これは失礼」
いつもと逆に、ベルに指摘されて口の端についてたクリームを指で拭ってそのまま舐めました。
うーん、わたし無礼しまくりんぐです。
「…さて、話というのは他でもない」
魔王さん、流石にちょっと苛立たしげでした。自重、自重。
「お前たちが魔獣の穴、と呼ぶものを手際良く塞いでいるという話だが…」
「え、わたし自主的にやってるわけじゃないですよ?それしないと仕事なくって。生きるためにやむを得ずやってるんですから、お目こぼし願えません?」
どうもわたし、魔王に目を付けられてしまったようです。えらいこっちゃ。
「いや、むしろもっとやれ、と言いたいのだ。ただし、これからはそう簡単にやらせるつもりはないが」
「………どーいうことです?」
「それを明かす必要は無い。だが、勇者に付き従って世界を救うという役割は、大いに果たせ。我はお前たちの前により一層の困難を置き、その成長を見届けよう」
……えーと、意味が分かりません。
なんていうか、魔王が勇者に試練を与えるとかいうやつですか?
魔王さんはそれきり黙ってしまったので、わたしは今まで読んだものの中からあてはまりそーなパターンを探してみます。
そのいち。
魔王は実は滅ぼされたがっていて、勇者が力をつけて自分を倒しに来るのを待ってる。
…なんかこのおじさんの物腰とか物言い見聞きしてると、あんまそーいう破滅的な姿が似合わないんですけど。
そのに。
実は勇者は魔王の子で、その成長を促すために艱難辛苦を与えてる。
…アプロのご両親は亡くなってるって話ですし、あり得ないんでないでしょうか。ていうかそれだとわたしに注目する理由が無いよーに思いますけど。
そのさん。
魔獣の穴の存在に手を焼いていて、わたしたちにその始末を効率よくさせようとしている。
…なんか先の二つに比べてありそうな気もしますけど。わたしの発想がひねくれてるだけかもしれませんが。
「こちらの話はそれだけだ」
そのよん…と考えたところで、妄想タイム終了。
ていうか、わたしをこんなところに連れ込む理由としてはどうなんですか。どうせなら勇者本人を連れ込んで焚きつけた方が効率いいように思うんですが。
「それはお前とこの未世の間の縁によるところだな」
「は?えーと、もしかしてわたししかこの場所に来られない、とかです?」
「当たらずといえども遠からず、といったところか」
んなアホなー。大体、以前アプロは力尽くでここに乗り込んできてますし。
「石の剣を持つ勇者なれば、
「まあそんなとこでしょうけど。でも…」
「話はこれで終わりだ。意に反して招いた詫びである。せめてゆっくり食していくがいい」
…ふと気付いたんですが。
魔王、っていうだけあるのか、他の理由があるのか分かりませんけど、このおじさんには表情と呼べそうなものが一切ありません。いえ、感情がない、ってわけじゃないんですよ。実際さっき、ちょっとイライラしてたみたいですし。
仮面、ですかね。何か表に出ない、出せない、出したくないものの上に無表情を貼り付けてるような印象です。
けど、人類世界で魔王と呼び慣わされるよーな存在ですし、それくらいの秘密はあるんでしょう。面白くはないですけど。
「…あの、こちらからも聞いていいですかね?」
「答えたくないことには答えんぞ」
あら。やっぱりそーいうのはあるんですね。けどそういう反応だって考える材料にはなりますから、構わず続けます。
「それでいいですよ。雑談っていうか、不思議に思ってることを知りたいだけですし」
「ふむ」
「…えとですね、あなたは人類世界で『魔王』と呼ばれる、言わば人類の敵です。すくなくともこっちはそう思ってます。ですけど、その割には…大分迷惑な真似をする以外に、大げさな真似はしてませんよね?そこんとこ、どーいう理由なのかなー、って」
大体おかしいんですよね。
さっきのミミズにしたって、あれだけ遠くまで行かせることが出来るなら、もっと街の近くとか、街の中にまで押し寄せさせたっておかしかないでしょーし。
いえ、それ以前に、魔獣の穴を街中にぽこぽこ出現させる方がよっぽど効率的でしょう?マイネルやゴゥリンさんが散々苦戦する筋肉カンガルーに至っては、街の中にいきなり現れたりしたら…地獄絵図ですよね。まさか街でアプロのアレぶっ放すわけにもいかないのですし。
世界を滅ぼす、とかそーいう大それた真似をしそうには見えないんですよ。少なくともわたしには。
「…娘。それを他の誰かに説いたか?」
「あー、まあわたしの仲間と呼べるひとたちには。けど、理由の推測すら出来ませんでしたね。他のひとに至っては、魔王は人類の敵だ、討伐しなければならない、って見方で凝り固まってますし」
実のところアプロもそういう傾向がある、っていうかむしろアプロが一番拘ってますからね。まあ王都に行って生い立ちを聞いて、納得するところは多かったのですけど。
「その問いについては…最初の名乗りが答えになっている。我は、遍く人の世に存在を知らしめるために在る、とな」
「えーとつまり、嫌がらせとかそんなんでもいいから、魔王の存在を世界中の人に認識させたろやー、ってことですか?」
魔王さん、肯定も否定もしません。答えたくないことなのか、わたしの言い方に気を悪くしたのかも、ですし。
ただまあ、だとしたら、えらく迷惑な構ってちゃんだなー、と思わずにはおれなくて。
ていうか、もっと効率のいいやり方あるでしょーに。人の手に余らない程度の物騒なものを押しつけて黒幕ぶるとか。いっそ凶悪な姿を現して「我は魔王なり。人類を滅ぼすぞー」ってやった方が簡単じゃないですか。
「…話はそれだけか?」
「いえ…あ、いやそーですね。そろそろお
「外の勇者のことかね。それならば問題は無かろう。苦戦はするが、返り討ちに遭う程の穴ではないのだからな」
…わたし、軽くイラッ。
アプロが舐められてるみたいで、腹が立ちます。
「…それはどーも。じゃあわたしはこれで」
「ベルニーザ。連れて行ってやれ」
「はい」
会話の最中、じっと聞いているだけだったベルが立ち上がり、「アコ、行こう」と手を差しのべてくれます。
その手をとると同時に、今まで座っていた椅子やティーセットの乗っていたテーブルが消えます。魔王さんに至っては、消えた、という認識を持つ間も無く存在が消えてました。
「…ベルのお父さん、なんか難しいですね」
「………」
他に言いようもないので、無難な感想を述べましたが、ベルは時に反論も賛意も無さそうにわたしの手を握ったまま闇の中を先導します。
言わない方が良かったのかな、と思ったのでわたしもそれ以上は口を開かず、ベルに手を引かれるがままにしていましたが。
「……アコ」
ベルは立ち止まると振り返り、なんだか苦しそうな顔でわたしにこんなことを言いました。
「…元いた世界に、帰りたくないか?」
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