第86話・言なき盾に守られて その5
「……と、事ほど左様に美しい街でしてな。是非一度、針の聖女殿には見て頂きたいものです」
「はあ」
「そして…針の聖女殿もお若いことですのでなかなか、食にも興味はおありかと思いますが、これがまた名物と呼べるものに事欠かなくですな」
「そーなんですかーすごいですねー」
出発して二日目。
…わたし、一行の一番後ろから前を歩く四人を睨み付けます。よくもこんな面倒なおじさんわたしに押しつけてくれたなっ!……気分としてはこんなところです。
一番前のゴゥリンさんはそろそろ出現の頃合いの魔獣の穴を警戒しているので仕方ありませんが、アプロの方はというと…なんか眠たそうにぼんやり歩いてます。あの子にしては珍しいこともあるものですね。同じ天幕で寝てましたが、昨晩はけっこーぐっすりだったと思うんですけど。
ですので、そちらはまだいいんです。腹の立つのはその後ろ、わたしの前を歩いている二人組。
マリスは着ぐるみの頭だけを脱いでいるので、どんな顔をしているのかはよく分かります…隣を歩くマイネルから片時たりとも視線を外さず、またしやわせそうにしております。
それで危なくないのかってーと、マイネルとずぅっと手を繋いでいりゃ、そら危なくはないでしょーねえ。
…ていうか、あの二人これがデートだと勘違いしてやいませんか?こっちは聞いても面白くもない話を延々々々々々々々聞かされてるだけだっつーのに。
そもそもこのおじさんも、わたしがまっっったく話聞いてないことくらい分かるでしょーに。あーもー、帰りたーい。言い出しっぺは確かにわたしですけどー、もう帰りたーい。
「……あー、針の聖女殿?先程から上の空のようですが、何か気に病むことでもおありですかな?」
おありですかって?おーありですよー、なんでこんなめんどいことになってんですか、もう。
「世俗の悩みを解決するのも我々の務めにあります。針の聖女と称せられる
原因が何をほざくかー…と思うんですが、考えようによっては、自覚があるかどうかはともかく、その原因に解決方法を聞くというのも面白いですね。
…というのは半分ほどヤケ気味の感想ですが、このおじさんが来てからの言動見てると、我ながら「それはないんじゃないかなあ」とツッコミたくなることもあるので、聞いておきたいとは思うのです。
「…それじゃ遠慮無く。ええとその、初対面の時から『針の聖女』呼ばわりされてますけど、わたしそんな大層な者じゃなくて、ただの小娘に過ぎないのに、いー歳した教会だかのえらそーな人がそれでいいのかと。ええまあわたしもいろんな二つ名頂戴してきましたけどね、英雄飛び越えてもう聖女ですか。わたしどこまで行くんですか。行く末は針の神ですか。あ、それはそれでお針子さんたちから大事にされそーで悪くはないですけど。でも聖女とかいうのはマリスにお任せしてますので、出来れば二度とそう呼ばないで頂けると。はい」
「………」
うわー、わたしやっぱり鬱憤溜まってるんですかね。口を開いたら反論の隙も許さず一息ですよ。
言われた方もわたしのマシンガントークにただただぽかん、です。はっはっは、論破してやりましたよ。
「……なるほど」
そしてわたしの剣幕に、こちらも何やら感銘を受けた模様です。ふふふ、これで少しは大人しくなってくれることでしょ…
「まだ何をも成していない身で『聖女』などとあり得ない話だ、これから見せる奇蹟を以て世にその名を知らしめ、その時にこそ歴史に名を残す資格を有するのだと…そのように仰りたいわけですな。いや、不肖マギナ・ラギ、感服致しました」
「そーじゃねーって言ってんでしょーがっ!わたしは目立つのがイヤだからそーいう迷惑な呼び方止めろって言ってんです!ひとの話聞かない人ですねあなたはほんとーっ、に!!」
だめでした。話の通じないひとには何言っても無駄のよーです。
「ていうかですね、あなた方のところにはわたしの話ってどーいう風に伝わっているんですか。それによってはこれからの身の振り方を考えないといけないので、嘘偽り誇張無しにお願いします。はいどーぞ」
「はいどうぞ、などと…なんと気易いお方か。ますます敬愛の精神が興隆するのを覚えますぞ」
「そーいうのいいですから。で、どうなんです?」
そういえばアプロのお屋敷で会った時もまともに会話してませんでしたね。その後もなんだかんだとわたしの方から避けてましたし。結局話の通じないことに違いはないので、どっちでも同じことですけど。
「どう?と言われましてもな。そうですな…聖遺物の針を駆使し、どのような屈強な戦士でもなし得ぬような
………尾ひれどころかロケットブースター装着して空の彼方までぶっちぎってくれてやがりました。どこの誰ですかその完璧超人。
「しかし残念ながらその偉業にしては慎ましい姿態により、彼の地においては微笑ましい同情を併せて受くる身でもある、とも言われてますが」
「それ広めたひと誰ですかここに連れてきてくださいそのふざけた口を縫い止めてやります」
「わ、私ではありませんぞ?!…いや、聖業において民草の誰もがひれ伏すような名声を得ながら、親しみやすい英雄だという評判と思いますが」
きっといつぞやのチラシが流れていったんだろーなー…あの時の関係者、もう一回並べて問い詰めてやる、と固く決心するわたしを、マギナ・ラギさんは生温かく見つめてました。
「…なんですか」
そんな視線に気付いてわたしは半眼のやぶにらみで睨むと、意外に人好きのしそーな笑顔で、どことなくホッとしたように言うのです。
「いや、私も評判でしか針の聖女のことを知りませんでしたのでな。実際にお会いしてみると…また気の良い娘さんだ、とやや安堵していたところで」
気の良い、ねー…表面だけ良くて実は臆病なだけの引っ込み思案の根暗な娘、って自分では思ってたんですけど、いい加減外面を取り繕うのも止めた身で数日前に会ったばかりのひとにこー言われると…。
「…どうも。あなた自身の見方だと思って、素直に受け取っておきます」
「それは重畳」
ま、あんまり悪い気はしないものですね。
で、話は大体こんな感じで済みました。
ぶっちゃけ、これ以上細かい話したってわたしの血圧が上がるだけですし、喚いてたわたしに気付いてマリスが話し相手代わってくれましたし。
「…お疲れさま、アコ」
そしてわたしはマイネルの隣を、歩いてます。
「…なんかもー、アプロの予言が当たりつつあるみたいで、わたし何者になるのかもう自分でも分かんねーですよ」
「予言?…ああ、そういえばそんなこと言ってたね。王都でアコが着飾ってた時。ええと、大陸に名を轟かせることになるだろう、って」
「アプロを差し置いて広まりすぎですっての…あ、そういえば、マイネルってアプロのお姉さん…じゃなくて、ヴルルスカさんのお姉さん?つまり王女さまのことって知ってたんですか?」
「ミァマルツェ姫殿下のことかい?直接お会いしたのは…マリスとの婚約を報告に行った時に散々冷やかされた覚えしかないけど」
「…なんか親近感覚えるひとですねえ…どんなひとだったか分かりますか?」
「アコがどうして姫殿下のことを気にするか分からないけど…そうだね、アプロに聞いた話と王都での評判くらいしか知らないけど、それでも僕には好ましく思える人だったとは思うよ」
そうしてマイネルは、一度か二度しか会ったことが無い、という割には随分懐かしそうに、ミァマルツェさん、といったアプロの義理のお姉さんの話をしてくれました。
その話はどれもアプロに関係するもので、ですが話だけでもアプロのことを大事にしてくれていたのだと強く思えるものばかりなのでした。
「あの時アコが着た青い衣装も、姫殿下のものだったらしいからね。ゴゥリンに聞いたんだけど」
「ゴゥリンさんもお知り合いみたいでしたしね。そっちの話もそのうち聞いてみたいです」
「ゴゥリンから話を聞き出すのは大変だと思うんだけどなあ」
最近はそーでもないですよ?表情とか仕草で、けっこー何を考えているのか分かるようになりましたから。
そう言ってやったら、マイネルは随分驚いたようです。ふふふ、一杯食わせてやりました。
「…アコはさ、最近ずいぶんいい感じになったよね」
「おい、唐突にわたしを口説くのはやめてもらいましょうか」
「僕はそこまで趣味は悪くないよ。そうじゃなくてさ、自分の身の回りが見えてきたっていうか…まあマギナ・ラギ師が来てからの態度はどうかと思うけど、それもさっき大分発散したみたいだしね」
「マイネルにえらそうに言われるとは、わたしも落ちぶれたものですねー」
僕は最初からこんな感じだったけど?と、とぼけるわたしに向かって酷いことを言うマイネルです。
でも、そうですね。変わってきたという自覚は…ま、ちょっとはありますし、そう指摘されて反発するほど捻くれることもなくなってきたような気はします。
きっとそれは、アプロやベル、仲間のみんなや街のひとたちがわたしを変えてくれたのだと思います。ありがたいことです。
「…ですから!解放派とひとまとめにして一緒に扱うのは止めてくださいと申し上げたじゃないですか!」
「それを言うのであれば、権奥の方々に我らも東方三派などと言われている理不尽も認めていただきたいものですな」
「あなた方の方でも自称しているものを訂正する必要などないではありませんか!」
…と、しんみりしてたら後ろの方からきゃいのきゃいのと言い争う声。
マリスがムキになってる姿というのも珍しいのですが、その分マギナ・ラギさんが大真面目に、真剣に怒っているのが大人げなく見えてしまいます。
「…やれやれ。ちょっと止めてくるよ」
わたしと同じような感想でも持ったのか、マイネルは軽く肩をすくめるとそちらの方に向かおうとしたのですが…。
「マイネル、ひとつだけ教えて欲しいんですけど」
「え?いいけど」
…これ聞いちゃっていいのかなー、と思いつつ、わたしは彼を呼び止め、聞きます。
「あの、アプロのお姉さんの遺言って…知ってますか?」
「姫殿下の?いや、知らないよ。アプロが知ってるんじゃないかな。ヴルルスカ殿下と二人で、姫殿下の手をとって看取っていたらしいから…」
そうですか、となんとなくわたしはほっとして、踵を返したマイネルの背中を見送りました。
そしてわたしは前を向きます。アプロとゴゥリンさんとの距離が大分離れてしまってましたけど……。
「………」
「………」
鼻を、魔獣が顕れる時によくするように、ゴゥリンさんはひくつかせてました。
アプロはその様子を見て、見るからに緊張の度合いを高めると、荷物を下ろしてこちらに振り返り、こう叫びました。
「アコ!そろそろ来るぞ!」
あー、やってきてしまいましたか。
なかなか落ち着いて考え事をする時間って、与えられないものですねー。まったく。
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