第91話・ふたりの払暁 その1

 雨期でもないのに雨が降り続いてます。もう三日目です。その間…


 「買い物にも行けなくて困ってるんですよ」

 「それ、僕に言う必要あるわけ?」


 話があるので来てみれば、一体何が起こっているんだよ、といつものよーにいつものマイネルがぼやくのです。いえ、別に何が起こっているとかそーいうことは特になにも。へーわなものですよ。全て世はことも無し。良い言葉です。


 「…なんだか後ろめたいことがあるときのアコなんけど」

 「まあわたしだって人間ですから?隠し事の五つや六つくらいありますけどー?」

 「五つや六つって…なんかいかにもありそうな数字でむしろ信憑性が増すよね」

 「そうでしょう、そうでしょう。ですからマイネルもこの際吐いたらどーです?悩みならおねーさんが聞いてあげますから」

 「悩みって、ね…立場的には僕がアコの悩みを聞いてあげないといけないところなんけど」

 「いえいえ。マイネルこそ普段ひとの悩みばかり聞いてたまには俺の悩みを聞け!…ってな気分になってもおかしくはないでしょう?ですからお話ししてみなさい。具体的にはマリスとは…どうでした?」

 「そんな好奇心以外何も無い顔して聞かれても何もないよ。確かに一晩一緒に寝てあげたけど、ずっと手を握ってただけで何も無かったよ」

 「それはそれで面白くない」

 「あのね」


 …と言ってますけど、マイネルだって若い男の子なんです。マリスみたいに可愛い女の子と一晩中同じ布団に寝てたら、いろいろ持て余すものがあったっておかしくはないんじゃ、ないでしょうか。


 「仮にアコの想像するようなことがあったらどうするつもりなんだい」

 「…そうですねえ、人知れず始末する、ってところでしょうか。あるいは社会的に抹殺するとか」

 「真面目な顔してそういうこと言わない。本気でやりそうで怖いから」

 「でもホントのところ、全く何もなかったというわけでもないんでしょう?こう、滾る何かを一晩中耐えてた、みたいな」

 「…やけに食いつくね、今日のアコは。似た経験でもした?」

 「べべべべつにー?!一晩中、なんか悶々として寝られなかったとかそんなことありませんしぃー?!」

 「……あ、そ」


 ………ふぅー、助かった。逆にわざとらしかったせいで本気にはされなかったみたいです。こー見えてもわたしは演技力にも定評があるのです。


 まあ、わたしはここ数日、雨を理由に外出してません。

 その間お裁縫が進んでいたかというと…これがまた、なんだか集中も出来ず、本を読んでも頭に入らず、辛うじて日課の字の勉強だけはしていたんですが、まーそれとて首尾良く進んでいたかというと、そうでもなく。

 つまるところ、無為に過ごしていた、というわけです。我ながら不甲斐ない。


 「…で、マイネルの方は何か用があるみたいですけど」


 「あれ」の翌日から雨が降り出し、今日の今までずっと降りっぱなしです。いえ、夕方から夜にかけては雨が上がったりしましたし、ザーザーというよりはしとしと、という雨なので、うまいことお湿りにはなってるんですが。

 そしていい加減退屈で死にそうになった頃、このよーにマイネルが来客としてやってきていたのでした。


 「そりゃ用がなければ来たりはしないよ。アコ、ちょっと大変なことになってる」

 「たいへんなこと?」


 …まさかまーたモトレ・モルトさん辺りがマリスにちょっかいかけて今度こそ半殺しにされたとか、ゴゥリンさんに愛人が発覚したとか、マリスのかぼちゃぱんつが盗まれたとか、そんなしょーもないことじゃないでしょうね。


 「……あのね…まあいいか。ええとさ、アコに、見合いの話。しかも正式なやつ。教会を通じて、だから僕が話しに来た」

 「…はあ」


 …意外にわたし、冷静でした。

 ていうかですね、なんで教会が見合いの斡旋とかするんですか、としょーもないことばかり頭に浮かんでました。


 「ええと、断るための手続きとか、どうするんですか?直接出向かないといけないなら流石にそーしますけど」

 「…うーん、取り乱したりしないところは頼もしいんだけどさ。ちょっと微妙な話だから、来てくれるかな」

 「いいですよ。マリス、どんな顔してますかね」


 あまりにもわたしが素直だったためか、マイネルも意表を突かれてポカンとしてるのです。それはそれで痛快とゆーものですが。



   ・・・・・



 「ではみなさん、対策会議をはじめましょう!」


 それ、気に入ったんですか?

 と突っこみたくなるようなマリスの宣言は、いつもの教会の、マリスの執務室でした。

 なお参加者は、当事者たるわたし、傍観者たるマイネル、扇動者たるマリス。以上三人です…あれ?


 「アコ?どうしましたか?」

 「え、あの。こーいう場合には必ずいると思われる約一名の姿が見えないもので、どーしたのかな、と…」

 「ああ、ゴゥリンならこないだから里帰りしてるらしいよ。一年に一度は帰ることで話つけたらしくて」

 「そーじゃないでしょ」

 「アコ、グレンスでしたら決算報告にアレニア・ポルトマに行っておりますわ。いわゆる出張というものですわね」

 「そーでもないでしょ。まあいいです。どーせ二人とも分かっててとぼけてるんでしょうし」

 「ふふ、ごめんなさい。そうヘソを曲げないでください。アプロニア様でしたら、お声はかけましたがどうにもフェネルが手放してくれない、とのことでしたから」

 「…そうですか」


 …なぜかホッとしているわたしが、いました。


 そうなんですよね…あの日、なんだか頭がいい具合にとっちらかって我ながら「それはどーよ?」な思考に陥ったわたしは、いつの間にかアプロの消えた自分の部屋で正気に戻ると、アプロのこんな置き手紙を発見したのでした。

 曰く、


 『お互いちょっと頭冷やしてから話し合お?』


 …だそーです。

 それ見てわたし、軽く混乱しました。コンフュージョンです。アプロが何を考えてるのかよく分かりません。

 別に会いたくないわけじゃないのですが、かといってこちらから会いに行こう!…と強く思うかといえば実はアプロのお屋敷まで行こうかと思って着替えるとこまではしたんですが、部屋から足が一歩出なかったということが。いえもちろん、雨が降っていたから気が変わっただけのことでして。


 まあそんな感じなので、アプロが顔を見せないということが分かってホッとしてても別に不思議はないのでしたー…って、ダメだわたし。やっぱり混乱してる。

 けどこれはきっと見合いがどーのこーのって言ってたことが原因だとも言えるわけでー…。


 「アコ、聞いてる?」

 「聞いてません。てゆーか、わたしの知りたいことなんて、お見合い話の断り方なんですから、他の話なんかどーでもいいです」

 「………」

 「…うーん」

 「…あの、二人ともどーしたんですか?」


 若干沈痛な面持ちのマリスと、眉間にしわ寄せて眉根を指でつまんでるマイネルです。

 なんともわたしに不穏な空気なのでした。




 「ええと、つまり?この見合い話をぶち上げたのは?いわゆる王家と対立的な立ち位置にいる、中興の貴族…ってこと、なんですね?」

 「そういうことですわ。ですので、アコの意志としてただ断れればいい、という話にも収まらなくて…」

 「しかも話をもちかけた先が王家じゃなくて教会、ってのもやり口がいやらしいよ。針の所有がいまだに教会にあるということを逆手にとっててさ、道具の側から見れば確かにアコは王家寄りじゃなくて教会寄りではあるしね」


 意味はよく分かりませんが、アプロというかマウリッツァ陛下と折り合いの悪い貴族が、何故かわたしにちょっかいかけてきたと。そーいうわけでよろしいか。


 「…まあおおざっぱにはそういう解釈で構わないよ。で、それをどうするか、って話なんだけど…」

 「あの、それこそアプロがいないと進められない話なんじゃないですか?コレ」


 グレンスさんがいませんので、お茶に関してはマイネルが取ってきてます。マリスのお世話係のレナさん、ってわけにもきませんからね、仕事の場なので。


 「わたくしもそうは申し上げたのですが…」


 と、そのマイネルが持ってきた冷めたお茶を、愁眉をたたえたマリスが口にします。

 最近この子、こーいうちょっと大人っぽい仕草が増えてきましたよね…って、冷めたお茶が不味くて顔をしかめただけだったりして。


 「…アプロニア様が仰るには、『アコが決めたことならそれでいーよ』だそうです。といって、アコの気持ちとしてはお断りの方向なので、出来れば解決のためにはアプロニア様にもお力添えを頂かないといけないのですけどね…」

 「僕も、それはどういうことなのか聞いてみたけどさ、ただ一言、『あんまり言いたくない』って。話にならなかったよ」


 うーん…。

 わたしなら分かるだろう、って目を二人とも向けてきますけど、実はさっぱりわかりません。困った風に首を傾げてみたならば、じゃあしょうがない、と諦めの顔です。

 アプロのことで二人にこんな態度とられるのは、正直言って楽しくはないですが、分からないものは分かりません。


 「…とりあえず方針だけ決めてしまいませんか?最後にやっぱりアプロに話しに行かないといけないなら、わたしが行きますから」

 「そうだね…それが一番妥当か」

 「ですわね…」


 そういうことに、なりました。




 話を整理しますと。

 わたしにお見合いの話を持ち込んできたのは、ヴィヴットルーシア家とゆー、この国が一時没落しかけた時に聖精石の利用を持ち込んで力を取り戻させて地位を得た、いわゆる中興の貴族のうちかなり大きな家だそうです。

 もちろん今のマウリッツァ陛下とは距離を置き、わたしも面識はありませんしアプロの個人的なコネというか交友関係もほぼありません。

 それがなんでまたアプロのところにいるわたしに?って話ですけれど、


 「アコの力と名声が高まるにつれて、王家との繋がりが強いことも知られてきてますから…恐らく、アコを王家の側から引き剥がしてしまおう、って意図ではないかと思いますが」


 だそうです。

 わたしの名声て言われても、アウロ・ペルニカにいる限りそんなん意識する場面は無いと思うんですが、つい最近にそうでもないって思い知らされたところですしねえ…。


 「フィルスリエナと何か連携してる…ってことは無いんですかね」


 マギナ・ラギさん個人には最終的にそこまで悪い印象を抱くことも無かったですけど、あのおじさんの思惑と組織の思惑が一致するとは限りませんしね。


 「まあそれは無いと思うよ、時期的に。ただ、競争みたいにはなってるかもしれないけど。どっちが先にアコの身柄を確保するか、みたいな」

 「勘弁して欲しい話ですねー…」

 「でもそう悪い話ではありませんわ。互いに牽制し合っていれば、どちらもアコに直接手出しはしづらくなりますし」


 わたしは静かに暮らせればそれでいいんですが、わたしの意志を無視ってのがムカつきます。

 あと、気になるのはですね。


 「はい、なんでしょう?」

 「マリスたち…っていうか、教会ってわたしのことをどう見てるんですかね。こんな話に関わっている以上、わたし的にはあんまり好意的には見られないんですけど…」

 「…込み入った話をすれば、ですね。権奥の中でも比較的中興の貴族に近い立場の派閥があるんです。主に利益的な繋がりなのですが、そこを通した話でしたから、思惑としてはヴィヴットルーシア家の意向が先に立っていると見て間違い無いと思いますわね」

 「教会全体としてはアコの立場に積極的に介入しようって考えは今のところ無いと思うよ。もちろん考え方はいろいろあるから、目障りに思う連中だっているけどさ」


 怖いこと言わないでください。


 「ふふ、マウリッツァ陛下が保護を明言してくださってますから、表立ってアコに何か手を出そうという者はいませんよ。安心してください」

 「…あ、でもそーなると、わたしが王都に呼ばれたのって」

 「わたくしが親しくしている権奥の方々の思惑から、ですわ。アコの存在が自然に知られるようになるまえに、王家の保護下においてしまえばいい、と」


 なるほど、そーいう事情もあったんですね。てっきり嫌がらせかと思いました。


 「ただ、一部の中興の貴族の先走りでかえってアコの名が広まってしまったのは予想外でしたわ。彼らの間でも、比較的アプロニア様に同情的な派閥の間では、その…いろいろ噂が飛び交っておりますし」

 「なんかそれは想像つきます。あの、王都での穴塞ぎに同行したひとたちのことですよね」

 「そうだね。ヴィヴットルーシア家に連なる者はその場にはいなかったけれど、顔ぶれを見ると比較的近しい家々の貴族だったから、基本的にはアコに悪意を抱いて話を持ってきたわけじゃないとは思うよ」

 「だからといってわたしも『お受けしますわ』とは言えないんですけどね…」


 ため息をついて頬杖をつくと、対面に座る二人がわたしのことをじっと見ていました。


 「なんです?」

 「…いえ、アコはこの先の身の振り方について、どう思っているのでしょう、と思いまして」

 「だね…アコが異世界から来た、って話は僕らの他には陛下とごく一部にしか知られてなかったことだけど、こないだの件で他にも広まるだろうし。そうなると教会も態度を変える可能性もあるからね」

 「その話なら問題はないと思いますよ。マギナ・ラギさんに問い質したら、『こんな話は我が派で独占するに限りますな。はっはっは』と言ってましたし」

 「信じるわけ?」

 「別にマギナ・ラギさんを信用してるわけじゃないですよ。でもあのひとの利益は信用してもいいかな、と。だってそんな話広めたって、あのひとの派閥に得は無いでしょう?」

 「アコもなかなか人の悪い発想をしますわね…」


 マリスとマイネルに影響受けてますから、と言うと二人とも苦笑いしてました。自覚のあるのはけっこーなことですね。


 「あとわたしの身の振り方と言いましてもねー…正直に言えば、このままこの街でお針子して一生過ごせれば充分って気もしますし。それに加えて、アプロと一緒にいて、あの子の役に立てればもう言うこと無いです、わたしは」


 素直なわたしの述懐に対し、アコも随分と一途なことですわね、とマリスは呆れたように言うのでした。一途、ってのとはちょっと違う気がするんですけど。わたし、ただアプロのことが好きなだけですから。


 「……アコ?急に顔を赤くしてどうしたのさ」

 「ええっ?!…あ、あのわたしそんな顔してました?」

 「ええ。とても、愛しげなお顔でしたわ。思わず抱きしめたくなるくらいです」


 いやいやいや。ないない、それはない。わたし、そんな可愛い女じゃないですから。

 と、ほっぺたを摘まんでむにむに揉みながら、わたしは二人の生温かい視線に半目で睨み返すのでした。




 ともかく、方針は定まった、というか最初から決まってはいるわけですけど、それぞれ伝手を頼ってお断りの意思を伝えるということで。

 撤回してくれればそれで良し、そうでなければ直接会いに行って「申し訳ありませんがこのお話しは無かったことに…」とやりに行く、ってことで。


 「そういうわけで、アコはアプロニア様とお話ししておいてくださいね」


 と、マリスににこにこと送り出されたわたしの妙な葛藤を除けば、ごくごく真っ当に対策会議とやらは終結したわけです。


 「と、言いましてもねー…」


 そしてわたしは、アプロの屋敷の前に立っています。

 ほんと、困った。

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