4ー2:Be thrilledーワクワクするー

「その剣の話もすごいけど、改めて聞くと、本当にすごいよなあんた」


「オレたちの村でも伝説になってたといえばなってたしな」


 切れ長の目が少し丸みを帯びるくらい目を見開いたカティーアは、ふっと薄い唇の片側をつりあげるように笑った。

 そのまま、カティーアは頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれに体重をあずけるように寄りかかって大きな伸びをする。


「生きた年月分、大きな尾ひれと背びれがついてるだけさ」


 んーっと思い切り伸びをしながら、少し遠い目をしたカティーアの表情が少し悲しげに見えた……けど気のせいかもしれない。

 そういえば、この人は親を殺されたんだっけ? とここに来るまでに軽く話されたことを思い出す。


 おれは、記憶がある頃にはもうジェムの生まれ育った村……雪と氷に包まれた封じられた炎ケトム・ショーラというところにいた。

 両親はいなかったけど、ジェムとその家族はおれや、おれと同じように理由わけあって身寄りがない子供を引き取っていた。

 特に身分の差とかを感じさせないように家族と同じように接してくれたし、村のみんなも優しかった。まあ、おれとジェムは血がつながってることは村を出る直前にわかったんだけど。


 おれの親は、夏になると森に訪れていた精霊で、おれはその精霊の特別な力を使うことが出来ることをジェムから教えてもらった。

 なんとかそれを隠しながら生きてきたけれど、今目の前にいる二人の人間……金髪の不老不死だっていう魔法使いであるカティーアと、その弟子? のジュジと出会っておれの日常は終わりを告げた。


 生まれ故郷の四方を囲っていた雪山から飛び出たら、外界はこんなに暑くて、彩りに満ちていて、そして色々な生き物も人間もたくさんいるじゃねーかって驚いてばかりの毎日が続いてる。

 カティーアはおれとジェムに色々外のことを教えてくれたし、強いし、信頼できるって思ってる。でもまだ、カティーアがおれたちの村で祀っていた神様がいた時代から生きてるってことだけは半信半疑だ。ジェムは不思議と信じてるみたいだけど、なんでなのかは詳しく教えてくれなかった。


「長く生きてるねぇ……ってことは、ジュジも長生きとか?」


「ううん、私は見た目の通りの年齢だよ」


「じゃあ……おれと同じくらいか、少し上ってことか」


 同じくらいかって言っても、おれも自分の年齢は正確にはわかってないけど、一応十六になるってずっと言っていたので自分的には十六歳だ。たぶん。


「ジェムは……おれの十くらい上だっけ?」


「おう。もう嫁を決めて落ち着く年なんだが……実感が全くない。気持ちはシャーティーシャンテと同じ年なんだけどなぁ」


 パン粥と塩漬けにされた肉のグリルを頬張っていたジェムに話を振ると、もぐもぐと動かしていた口を止めて一気に食べ物を飲み込み、豪快にガハハと笑った。


「見た目だけなら、この中で一番年上に見えるんじゃないか?」


 話を聞いていたカティーアは、果実酒を飲み干したゴブレットを傾けながら片方の眉を持ち上げてそう言った。


「あー……いや、オレとお前はどう見ても同年代だろ」


「そうか? そこまでの貫禄はないと思うんだがなぁ」


 そんな感じでちょっとした小競り合いをしながら夜は更けていく。

 明日は、いよいよ目的地の一つである港町ススルプキオにやっと到着する。今度の町はなにがあるのだろう。熱い地域らしいし、またあのやけに甘い黄色い果実があるのだろうか。それに、外界の海際は魚介類が豊富だ。

 今から港に到着してからの探索が楽しみで仕方ない。


「あ、そうそう。あんたたち、明日はもう港町ススルプキオに向かうんだろう?野盗だけじゃなくて大きな蛇が出るって噂も聞いたから気をつけるんだよ」


「蛇……か」


 食べ終えた皿を下げに来たおばさんがふと口にしたその単語で、みんなの顔が魚の肝でも噛み潰したときのように苦々しい顔に変わる。

 

「なんでも馬車を引く馬なんて呑み込めちまうくらいの大きい蛇だとか。っていってもねぇ……暗い中でなにかと見間違えたんだろうよ。ははは……怖がらせて悪かったねぇ」


 おばさんが笑いながら店の奥へと姿を消したのを確認しておれたちは顔を見合わせた。


「さすがにあの黒騎士セーロスみたいなドデカイ蛇はいないと思うけど……なぁ」


「正直しばらく聞きたくなかった言葉だな……出ないことを祈ろう」


 カティーアとジェムは、声を潜めてそう話すと、お互い手に持っていた酒を煽るようにして飲み干し、同時にゴブレットとジョッキをテーブルの上にゴトンと少し乱暴に置いた。


「明日は一気に街道を抜けて港町ススルプキオまで行くからな」


 夜も更けてきて、机の上に灯っていた蝋燭も短くなってきた。

 さっきまでにぎやかだった宿の広間はもうしずかになっていて、今はもうおれたちと宿屋の主人である屈強そうな壮年の男以外は起きていないようだった。


 カティーアが席を立って髭を蓄えた壮年の男に金貨を一枚手渡すと、先程まで仏頂面だったその男は満面の笑みを浮かべて頭をうやうやしく下げた。


「あいわかりました。ご丁寧に御厚意までいただいてしまって……ありがとうございますだ。さあさあ、こちらの用心棒さんたちを二等室へ案内して差し上げろ」


 宿屋の主人は地べたで寝こけている下働きの男を叩き起こして、おれたちを部屋へ案内するように指示をすると、再び目尻を下げた媚びるような笑みを浮かべてカティーアの方を見た。

 ギィと踏みしめると音がなる階段を踏みしめてあがる店主の後をついていくカティーアはコホンと咳払いをしてこちらをみた。


「では、明日も頼む」


 少し演技がかった言い回しをするカティーアと、それに耐え切れずに肩を揺らしたジュジは二人そろって鮮やかな赤で染められた布の向こう側へと消えていく。


「へい。……ではこちらでございやす」


 目をこすっていた下働きの男は、あくびを噛み締めながらのろのろと歩いていくと、若草色に染められた簡素な扉のついた部屋の前で立ち止まった。

 どうやらここがおれとジェムの部屋らしい。

 小さな部屋にはジェムの体がぎりぎり収まりそうな大きさのベッドが2つ並んでいるだけだったが、さっき酒場で騒いでいたやつれた男が入った時に覗いた布だけで仕切られた空間にベッドが幾つも敷き詰められた部屋よりはまともそうで少しホッとする。


「助かるよ」


 ジェムが下働きの男に銅貨を何枚か渡すと、男は頭を下げてどすどすと眠そうに立ち去った。

 ここに来るまでにいくつかの宿に止まったけど、ここは他の村よりも大きいだけあって比較的きれいなほうみたいだ。


「な、な、ジェム、噂の野盗、会えると思うか?」


「もう蛇はしばらく見たくないし、かといってなにもないってのも暇だからな。野盗の二人や三人くらいは出てくれるとおもしれーんだが……倒せば故郷に送る分の路銀も稼げるし」


「あー……もう本当におれたちがこんな大陸のはじっこにいるなんて嘘みたいだな。雪も氷もなくて、変な動物もたくさんいて、夏もこんなに暑くて……」


 窓に嵌められている木で編まれた網から心地よい風が流れ込んでくる。

 おれはワクワクが止まらなくて、ベッドに寝転んだ後もジェムに話しかけていたが、返事がない。

 隣から規則正しい呼吸が聞こえてきて、ジェムがおれより一足先に眠りに落ちたことにやっと気づく。


 明日も早いことだし、おれもしっかり眠ろう。

 少しゴワゴワする毛織物を肩の上まで手繰り寄せて目を閉じた。

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