0-12:Break into the dark-お前が来てくれたんだ-
あれからどれくらい経ったのかは覚えていない。
ただもう数えるのも馬鹿らしいくらいに生きたってことだけはわかっていた。
イガーサを失った直後の記憶は酷く曖昧で、ぼうっと気の抜けた人形のようになっていた。なんとなく記憶をしているのは、ホグームたちと一緒に英雄として祭り上げられて魔法院に帰還したこと。そして、言葉を交わすこともままならないまま俺たちはバラバラになった。
ヘニオはというと、命令違反をしたものの邪悪な異界からの侵略者を倒したという功績が認められ、次期院長になることが決まった。それと同時に、彼女の栄光を永遠に忘れないように……という主旨の基、代々魔法院の長を務めるものはヘニオという名を襲名していくという論旨が大々的に報じられた。
世界を魔の手から救った英雄カティーアという存在も、永遠に語り継がれるべきだという世間の声を受けて魔法院は同じように優秀な魔法使いにその名を与えると喧伝した。
そして、魔法院には選ばれし英雄という虚像が生まれた。
英雄カティーアは、神獣の毛で織られ、神獣の血で染められた糸で刺繍を施された聖なるローブを身に纏い、左腕には悪しき呪いを受け止めて世界を救った証だという漆黒のガントレットを身につける。
過去を捨て、世界と魔法院に全てを捧げる英雄の名を継ぐ者の出来上がりというわけだ。
バカらしいと思うしかなかった。
これまでも、そして世界を救った後これからも、不死の俺はずっと英雄を演じ続けることが決まっただけだ。
真相に気付く事なんて無理に決まっているのに、俺は馬鹿な民衆共を恨んだし、俺から首輪を外すどころか、より強固な檻に入れるための仕組みを作った魔法院を憎んだ。
それでも、俺は、反抗することも呪いを解こうとすることも、逃げることも出来なかった。
変わることなんて出来ず、愛した人すらも使って生き延びてしまった。そんな事実に打ちのめされた俺に出来たことは、ただ憎しみと懺悔を虚空へ向かってすることだった。
別れ際に見たヘニオが、悲しそうな顔をしていたということだけをやけに覚えている。今でも最初のヘニオの顔なんて思い出せないのに。
魔法院は、更に悪趣味なことを重ねてきた。
名誉ある死を遂げたイガーサの功績だと言う建前で、人為的に交配を重ねて作られた
しかし、実態は自由とはほど遠い者だった。魔物や悪霊に狙われやすい
表では「非人道的な行いを戦争のために仕方なくしていたが、平和を取り戻した魔法院はそういう役割の人を解放した」ということになっているが、そうではない。
危険な場所へ羊を放ち、離れたらどうなるのかということをわからせて、自ら檻へ入るように洗脳し直しただけだ。
自分から保護をされに来た
その後、俺の知っているヘニオと会うことはなかったと思っていた。
俺は生きる英雄として、アルパガスの死後に爆発的に増えた悪霊や魔物の類の殲滅、幻獣や魔獣の捕獲と討伐、魔法研究への協力や、領地整理のための治安維持任務などの仕事に忙殺されていた。
その間にも俺達の物語は時に美化され、時には架空の仲間を加えられ、英雄詩となったり戯曲となったり、本にされたらしいと耳にした。が、あまり興味は持てなかった。
魔王を仲間と倒した英雄カティーアは俺にとっては他人でしかなかったからだ。
ヘニオを務めたのはヒトだったり、純血の耳長族だったり、ある時は耳長族との混血だった。
最初の数代のうちは関心を持っていなかったし、まさかそんな技術があるとは思わなかったので「俺という兵器の持ち主」としてしか認識していなかった。
真相は、唐突に告げられた。
「食い殺した女をいつまで引きずるつもりなの?」
そう言われた時、頭の中が沸騰しそうになって、俺は目の前に佇んでいる赤い髪の女を睨みつけて胸ぐらをつかむ。
半笑いのその赤い髪の女は、微笑を顔に張り付けたまま言葉を続けた。
「落ち込んでいた私に、他人を犠牲にしてもなんとも思わないただの醜い化け物なんだって、あなたが自分で言ってたじゃない」
その言葉で、俺は胸ぐらをつかんでいた手を離し、彼女の顔をまじまじと見つめる。
その言葉は、俺とあいつしか知らないはずだ。
見た目は違うが、この赤髪の女の中に入っているこいつは、俺のことを知っていて、俺と旅をしたヘニオらしいのだと明かされた瞬間だった。
何百年かぶりにまともに対峙したヘニオには、かつての初々しさはなく、あの時一緒に旅をしたことすら忌々しい記憶とでも言いたげな様子だった。
「人は変わる……なるほどねぇ……」
ヘラヘラと笑う俺を、ヘニオは涼しい顔で見つめていた。
それからまた何回かの英雄カティーアの死を演じて、新しいカティーアとして就任して、ヘニオも俺も見せかけだけの代替わりを何度も続けていた。
世界は、ヒト同士で争ったり、魔法院が仕組んだ実験に利用されたりで少しずつ停滞していった。
角有りの耳長族がいなくなって、もうずいぶん経つ。アルパガスが異界からの侵略者だということも、文明も魔法も進んだ異界があるということも、妖精族を除けば知っているのは俺とヘニオくらいだと思う。
いつのまにか魔法の研究や技術の継承方法は魔法院にほぼ独占され、魔法使いは名前を登録することを義務付けられた。それに、異界の技術や文明のほとんどは失われ、ホムンクルスの大量生産と
大量生産可能なホムンクルスは実験や労働力として使われ、
民衆は魔物と悪霊を恐れながら、脅威から守ってくれる英雄を派遣する魔法院に感謝をしているはずだ。
魔物から取れる材料を加工した武器や宝石を献上してくる上に、足りない戦力を格安で派遣してくる魔法院に権力者たちは甘くなる。
俺たちがした旅はどんどん忘れられていく。
作られた物語を民衆は愛したし、噂話や昔話は神話になっていった。
英雄カティーアという存在も、世界を回す魔法院の便利な道具の一つ。
俺は、その役割を演じていれば金も得られる上に、正体さえ隠せば自由も多少あった。だから、何の問題も不満もない。イガーサといつか会って話す方法を探すための財力と権力があれば……と割り切ったつもりだった。
それは、俺が使うための
前回の
彼らが魔物や悪霊を誘き出すための囮としてどのくらい使えるのかを見るのも兼ねたこの選定では
そのはずだが、魔物の数が多過ぎて魔法使いは殺され、そいつらが護りきれずにズタズタに食いちぎられた
その時、魔物に頭から丸呑みされそうになっている少女を目にして、思わずイガーサの名を呼びそうになった。それくらい、その少女はイガーサに似ているように見えた。思い出したあとから考えると、そこまで似ていなかったけれど。
彼女のはずはないと気持ちを切り替え、報告書に書いてあった
おそらく、こいつがこの場で唯一生き残った
自分で行くよりもセルセラの方が早いと判断した俺は、セルセラに頼んでその少女を襲う小さな魔物を処分した。
無事に少女を助けて、命の恩人ぶった会話をしながらも、結局
気が逸れた間に、
でも、目の前にいる少女が、あまりにも無垢だったから……それが気まぐれの後押しをしたんだと思う。
その
だから、俺は彼女に手を差し出した。
握り返された手は温かくて、それに琥珀色の瞳は本当に綺麗で……良い機会だと思ったんだ。死ぬ直前まで、せめて英雄らしい態度で接してやろうって。
苦しまないように、せめて最後まで夢を見せてやろうと気を使っていた矢先、その
イガーサが俺の目の前へ飛び出してきた時と重なった。咄嗟に手が出て、そして、俺の腕が、そいつの目の前で引きちぎれた。
ああ、今度は守れた……と思って、それから慌てて「こいつは
助けたのは、イガーサでは無い。でも、こいつはお気に入りだ。聞き分けも良い。
しかし、残念だな。この子の短い生涯の最期はいい思いで飾ってやりたかったのにな……と思いながら、溜息を吐く。
前の
体の再生をしたといっても呪いの浸食は浅い。今使うには早い……と思案する。
(この子を、本当に使って良いの?)
セルセラの言葉が、やけにひっっかる。そうだ、別に今使う必要はない。
だから、俺はセルセラの言葉に応えない。答えを保留するために、目の前にいる
「俺の秘密を知りたいか? 知りたいよな?」
イガーサと同じ目をしたその少女は、満月を背にした俺を怯えた瞳で見つめていた。
「いい子のお前には、特別に教えてあげよう……」
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