0‐8:Disparity of talentー本物との格差ー

「絡み取り奪え 蜘蛛の糸 毒蛾の粉 贄として」


 薄い紫色の靄が蜘蛛の巣状に広がって、風上へ次々と落ちていく。

 胸元を押さえて苦しみはじめた黒い鎧を身に付けたアルパガス兵たちの喉元を、音も無く射出されたアルコの木矢が次々と射貫いていく。


 ヘニオの魔法は、奇襲や暗殺の補助に特化したものだった。


「火の礫 我が敵を穿て 疾風の如く」


 それに、ヒト族との混血とはいえ、耳長族の血が流れているだけのことはある。拳大の炎球を素早く掌から放出する魔法も編み出したらしい。

 俺の攻撃魔法は高火力で広範囲に作用するものがほとんどだ。彼女の魔法よりも起動も遅いため、実戦では使いにくい。


「……すごいな」


 戦闘を手早く終わらせたヘニオを労いながら、俺は試しに彼女が呟いた火球の呪文を唱えてみた。


「か、カティーアさん……?」


「うおお! 火事でも起きたのかと思ったぜ」


 掌の上に浮かんだ人の頭部くらいある火球を見て、ホグームとヘニオが目を丸くしたのを見て、慌てて魔法をかき消した。


「悪い。俺もヘニオみたいに出来たらいいと思ったんだが……」


「私は……少ない魔力で効率よく魔法を使いたいだけで、カティーアさんみたいな魔力に恵まれた天才が使う用には整えてないんですよ」


 俺は自力で魔法を作ったことも、効率よく使うことも考えたことがなかった。

 魔法院で覚えた呪文を唱えて、少しの魔力を妖精たちに渡してやれば、あとは勝手にあいつらが魔法を作り出す。威力を大きくしたいなら、多く魔力を渡せばいいだけだ。


「無詠唱魔法はどうでしょう? 妖精たちや魔素に働きかける精度が弱いので威力が下がるはずです」


 ヘニオの提案を聞き入れてみる。セルセラが首を傾げているのを視界の隅で捉えながらも、頭の中で念じて手を前に翳した。

 ゴウという音と共に熱風が頬を撫でる。俺の手から出た火球は真っ直ぐに進んだ後、木に当たるとそこから左右に広がって広い範囲の木々を焼き払った。


「見晴らし、よくなったネ」


 アルコがからかうように笑ってくれたお陰で少しだけ気が楽になる。

 言葉を失ったままのヘニオに「憧れの天才じゃなくて悪かったな」と言うと「その逆です! 無詠唱でこんな威力が出るなんて」と慌てて気を使って俺の顔を見つめてきた。


「私なんて……魔素の吸収を阻害する魔法や、補助魔法が少し得意なだけで……お二人のような強力な魔法は使えないんです」


 俺とイガーサへ向けてヘニオは申し訳なさそうに笑う。どう答えて良いのかわからずに、隣に立っているイガーサを見た。

 彼女はニコニコと笑みを浮かべて、両手をヘニオに向けて伸ばす。


「もう~! あたしなんかよりもヘニオの方がずっとすごいのにー!」


 やわらかそうな白いヘニオの頬に、ヘニオが小麦色をした自分の頬を押し当てる。彼女に、抱きすくめられたヘニオは耳まで真っ赤にしながらイガーサにごにょごにょと何かを伝えているが、何を言ってるのか俺には聞き取れなかった。

 とにかく、雰囲気が悪くならなくてよかった……と胸をなで下ろしながら、野営の準備をしているアルコとホグームを手伝うために彼女たちから少し離れる。


「なあ、オレたちもアルパガスを倒せば英雄ってやつになれるのかねえ」


「……ワタシたち、せいぜい脇役ヨ」


 ぽつりとそう漏らしたホグームに対して、冷めた様子でそう言いながらアルコが拾い集めた薪に灯を灯す。


「……俺たちは脇役だとしてヘニオはきっと戦争が終わったら詩や絵巻に残されるようになるんじゃないか?」


「オレたちが全員が英雄として讃えられたらいいな! ははは、無事に帰らねえとな」


 俺のホグームは大きな声で笑いながらそう答える。ヘニオだけは、なんだか居心地が悪そうに顔をうつむけているが、イガーサも、アルコもそれに同意をしながら夕食の準備に取りかかっていた。


「ふふ……恥ずかしがらないで。あなたが来てから本当に色々と楽になったのよ」


 まだ成人をしていない銀髪の少女を、イガーサだけではなく俺たち全員が出来の良い妹のように扱った。

 彼女の華奢な体と、どことなく不安げな表情は、小動物を思わせて、庇護欲をかき立てられたというのもある。

 しかし、どんなに俺たちから褒められても、他人の得意なことと自分の不得意なことを比較して、萎縮をしたり落ち込みことが多かった。

 褒められる度に、抱えている杖を両手でギュッと握りしめ、眉尻を下げながら不安そうに微笑むヘニオの癖を今でも覚えている。

 彼女は、いつも困ったように笑った後に、下唇を噛みしめてそっと俯いていた。今思えば、一人だけ魔法院の汚い仕事を知っていたのだから、そうもなるだろうと納得は出来るのだが。


 ヘニオが同行するようになってからも、魔法院からの物資補給は頻度が高くなるわけではなかった。

 それでも、俺が獣の呪いに飲み込まれることだけは阻止したいらしく、ホムンクルスを直接歩いて俺たちのいるらしい方向に放つこともあった。

 傷だらけになってこちらへふらふらと近寄ってきた人間を調べて見たら、手の甲に魔法院の紋章を刻まれたホムンクルスだったこともあるし、港町や川沿いの街で荷下ろしされていた箱を受け取ったら、中に仮死状態になった素材ルトゥムが詰められていたなんてこともあった。

 転移魔法が使えない中で魔力の温存も考えなくは無かったが、戦いはどんどん苛烈になっていく中で、未熟な俺はそんなことを器用にできるわけではなかった。

 両腕の指の先から肩の付け根まで金色の毛皮に包まれた俺は、野営で眠るみんなから離れた岩陰で最後のホムンクルスを使った。

 呪いに蝕まれた毛皮をなんとか後退させようとしたが、ホムンクルスを二十体使っても、素材ルトゥム一人を殺した時ほどの効果は得られない。まさに怒れる竜に魚の肉焼け石に水という言葉のようだ。

 ホムンクルスが目の前で体を捻らせ、毛むくじゃらになって壊れたが、俺の両腕の毛皮は少しも減ってくれなかった。

 溜息と共に悪態を吐こうとしたが、人の気配を感じた。

 敵ではないだろうが……あまり見られて得をするものでも無い。一応、誰に見られているのか確認するために視線だけを気配がした方向へ向ける。


「あの……」


 物陰からちょこちょこと小動物のような動きで近付いてきたのは、ヘニオだった。

 俺の目付きが鋭すぎたからか、彼女は一瞬だけこちらへ来る足を止めたが、俺が手招きをすると再び歩き出す。

 俺が腰を下ろして隣を手で示すと、彼女は無言のままそこへ座った。それから、普段はよく見ようとしない手袋を外している俺の両腕をじっと見つめる。


「どうした? 気になるか?」


 少し間を置いて、ヘニオが微かに頷いた。

 恐る恐る手を伸ばしてきた彼女の白くて柔らかそうな指が、俺の毛皮を毛並みに沿ってそうっと触れる。


「あの……カティーアさんの呪いを、アルパガス兵に転移させてみてはどうでしょう? 試したことがあるのなら……余計なお世話だと思うのですが」


「敵兵に……呪いを?」


「そうです。相手が耳長族ならば、素材ルトゥム以下ではありますが、ホムンクルス以上の効果は得られるはずです」


 人間を呪い殺してしまえという発想は、少しだけ俺の中にもあった。

 どこかで「用意された以外に呪いは移せない」と思っていたかった自分もいるし、おそらく、考えないように思考を誘導されていたのだと今なら思う。

 魔法院にいるころにそんなことを教えたら、魔法を学ぶことや素材ルトゥムを使いたくないと怒った俺が、魔法院のやつらに呪いを移して殺しかねないとあいつらは思っていたのだろう。

 だから、あの頃の俺は、ヘニオに無邪気な笑顔を向けた。


「……天才ってのは、お前のことを言うんだろうな」


 気まずそうな表情を浮かべているヘニオの頭に手を置いて、そっと撫でる。

 悍ましいことを口にさせてしまったヘニオに、申し訳なく思いながら、俺はやましいなんて思っていないかのように演技をする。


「試してみることにする」


 俺の些細な拘りや罪悪感で、仲間を失うなんて馬鹿らしい。

 俺を失うことと、今後のリスクを天秤にかけた結果、魔法院では俺を失うことの方が損失が大きいと考えたのだろう。

 それを、ヘニオの口を通して伝えさせたのかと考えると胸糞は悪いが……こいつが悪いわけではない。

 だから、彼女の震えている手を、俺はそっと両手で包んで自分の額に持って行く。


「いえ……そんな……。私は、カティーアさんにきっと酷い提案を……」


「大丈夫だ。俺は、そういうだから、他人を使うことをなんとも思わない。たくさんの素材ルトゥムをこの手で使きた」


 手に力を込めて、顔を上げる。俺はうまく笑えているだろうか。

 ヘニオの眉尻が下がって、少しだけ間を置いて彼女は困ったように笑う。


「お前が背中を押したわけじゃ無い。気にするな。大丈夫だ」


 彼女の細くて冷たい手を引きながら、俺たちは焚き火の前まで戻ってきた。

 それから、何度も頭を下げながらヘニオが簡易式のテントの中へ入っていくのを見届けて、焚き火の前に腰を下ろす。

 ホグームのいびきは少し遠くから聞こえてくるし、アルコは見回りにいったのか姿が近くには見えない。

 イガーサは、ヘニオが戻っていったテントの中にいた。

 周りに人が居ないことを確認してから、誰にも聞こえないように自分自身に大丈夫だと言い聞かせた。そして、深く息を吸い込む。

 俺の影にずっとひそんでいたセルセラが、まるでなぐさめるかのようにそっと俺の鼻にキスをしてから、肩の上に座った。

 彼女に人差し指を差し出すと、彼女は無言のままそっと頬をすりよせた。

 俺の使い魔セルセラだけが、俺の不安と罪悪感を知っている。

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