0-7:Look up to meー尊敬のまなざしー

 転移魔法の起動を手伝えとの報せで予想は付いていたが、魔法院から伝えられたのは人員と物資の補給だった。

 久し振りの良い報せに俺とイガーサは少しだけホッとして顔を見合わせた。

 もう既にルクオーネ王国の方には話が通っているようで、街の広場へ向かうと番兵たちが俺とイガーサを魔法陣まで先導する。


「どうした?」


「転移魔法の手伝いだ。追加の人員と物資をくれるらしい」


 番兵に連れられて歩いている俺たちを見かけたホグームが、こちらへ駆け寄ってきた。


「は? 明日は天変地異でも起きそうだな」


 一瞬驚いたように目を見開いて俺たちを見たホグームだったが、少し皮肉をいいながら豪快に笑う。


「では、こちらへどうぞ。人除けはしておきました」


 番兵はそう言って俺たちを砂色の煉瓦で囲まれた広場の中央へ案内する。

 周囲の人払いをしているようで、兵士以外の人間は目に見える場所にはいない。

 少し遅れて、気だるげな表情を浮かべたアルコが、別の兵に連れられて広場へ姿を現した。


「路銀も尽きかけてた。もらえるものはもらうネ」


 アルコとホグームは、転移魔法の邪魔にならないように番兵たちと共に壁際からこちらを見ている。

 番兵たちからの好奇心に満ちた視線を背中に受けながら、俺たちは広場の中央に向かった。

 そして二人で横並びになると、目を閉じて右手を前へ伸ばした。


「魔素が濃い上に、ここは領地の真ん中で襲撃もされにくい。運がよかったな」


「んん。何回やっても緊張するねこれ……」


 リラックスさせてやろうと思ったが、どうやらイガーサは相当緊張しているようだった。仕方なく、俺は目を開いて、隣を見る。

 それから息を深く吸い込んで、胸に手を当てているイガーサの右手にそっと手を伸ばした。


「大丈夫。あんたは、俺よりよっぽど魔法の才能がある」


「ふふ……ありがとう」


 丸い太陽みたいな瞳を細めて微笑みを向けてくれたイガーサの表情を見て、なんだから急に耳が熱くなった。

 照れくさくなってパッと離した手を前に翳して、俺は自分の感情から逃げるようにキツく目を閉じた。


 意識を集中する。足下から徐々に体が熱を帯びていく。

 指先が焚き火に当たっている時のように、熱くなってきたところで目を開いた。目の前には大きな転移用の魔法陣が赤い光を放ちながら現れる。


 転移魔法は、魔力の負担が大きい。体が呪いに侵されていない時でも、転移魔法への協力は片手が一本獣の呪いに侵されるような負担が生じる。

 魔法の発動に、耳長族の魔法使いが二十人以上携わっている場合で……だ。イガーサが手伝ってくれるとは言え、送られてきた素材ルトゥム一体では割に合わない気がするが。

 魔法陣から発している赤い光が、四角い形になり始める。

 船や荷馬車では時間もかかるし、最近はアルパガス兵による物資の襲撃も増えている。

 この魔法も、アルパガスが元いた世界から伝わってきたものらしいと以前聞いたな……と思いながら、徐々に露わになっていく荷物を見る。


「転移魔法、そんなに大変カ? アルパガスいる場所、軍隊送ればいいヨ」


「今見ている通り、これは目立つ。それに魔力の動きも大きい。すぐに勘付かれて待ち伏せされて終わりさ」


 煌々と光る魔法陣からゆっくりと出てくる軍なんて、それこそ数万の大軍勢でもない限りは取り囲まれて終わりだ。

 ちょっとした荷物を送るだけでも大変な魔法だ。兵士を送るとしてもせいぜい千ちょっとが限度だろう。


デコイとして使うならいいと思うんだが……」


「負担が大きすぎる。何度も使える手じゃ無いさ」


 溜息を吐いて、手を下ろした。魔法陣はもう閉じたようで、ゆっくりと赤い光が消えていく。


「あら……女の子だったのね」

 

 額に浮かんだ汗を腕で拭ったイガーサは、魔法陣の中にある小さな人影を見て、驚いたような声を出した。

 頭を左右に大きく振りながら、光の中から姿を現したのは、イガーサが言った通りの小柄な少女だ。彼女は大きな革のカバンを背負って、魔法院の学生だという証の黒いローブを身につけている。


「おどろいたネ。ホグーム、怖がられるヨ」


「どういうことだよ」


 魔法陣に近付いて良いのかわからない様子の番兵たちよりも先に、ホグームとアルコがいち早く俺たちの後ろへ近付いて来て、そういった。

 背も高く、がっしりとした体つきで厳めしい顔をしているホグームは、確かに年若い少女には怖く見えるだろうな……と納得しながら、俺は目の前の少女に目を向ける。


「あ……あの」


 その少女の髪は、夜の月に照らされている雪原のような白銀色をしていた。髪から僅かに覗くとがった耳の先端、それに肌は白く滑らかで白磁のようだ。

 まるで蒔種の月の空みたいに綺麗な青い瞳は、まん丸で小動物を思わせる。


「あ……! よ、よろし……」


 光の強さによって奪われた視界が戻ったのか、彼女は俺たちに気が付くと慌てたように小さな声を上げた。

 体を折りたたむように深くお辞儀をしようとした彼女を見て嫌な予感がする。「頭をさげると……」そう俺たちが声をかける前に、彼女は頭を深く下げた。


「きゃ……わ……!  え? どうしよう」


 案の定、背負っていた鞄の蓋がぺろりと彼女の頭に載って、中身を地面にぶちまける。

 顔を真っ赤に染めながらしゃがみこんだ少女は、泣きそうな顔で落ちた物へ手を伸ばす。


「がははは! お嬢ちゃん、気にすんなよ」


 即座に駆け寄っていったのはイガーサとホグームだ。二人は笑いながら零れ落ちた小瓶や、いくつかの魔力が込められた宝石を拾い集めて彼女へ手渡した。


「耳長の仔、ほら、ワタシ、落とし物ひろったヨ」


「ほ、本当にすみません……。大切な任務を背負っている精鋭のみなさんの足を……せめてひっぱらないようにと思っていたのに……」


 こちらに転がってきた物資を放置するわけにもいかず、俺とアルコも足下にあるものを拾って、少女の元へ持って行く。

 今にも泣き出しそうな表情をしながら、俺たちを見た彼女は小さく震える手で落ちた物を受け取ると、何度も謝罪を繰り返した。


「で、あんたの名前は?」


「わ、わたし……ヘニオといいましゅ……いいます! あの……その……ご活躍の数々は聞いてます! 耳長族とヒトの混血で……若輩者ですがよりょ……よろしくお願いいたします」


 緊張しすぎて口の回らないヘニオの頭に手を置いた。

 俺は背が高い方では無いが、そんな俺でもうつむいた彼女のつむじが見える。本当にとても小さな少女だった。

 目を丸くしたヘニオを怖がらせないように、俺はなるべく優しく見えるようにゆっくりを笑いかける。何度も練習した。今は疲れも少ない。ちゃんと出来るはずだと言い聞かせながら。


「そんなに畏まらなくて良い。俺はカティーア、あっちのデカい奴がホグームで……」


 集まりはじめていた番兵に、ホグームは両手で木箱を担いで、手渡している。

 大きな声でホグームが「よろしくな」と言うと、ヘニオの体がビクッと竦む。

 

「見た目はあんなだが、あんたを取って食ったりはしない。それで……」


「ワタシ、キヤ族のアルコいうヨ」


 スッとアルコが横から入ってきて、ヘニオの青い瞳を見つめる。耳をピンと立てて、ニッと牙を見せるアルコを見て、彼女はふたたび目を大きく見開いた。


「あの……獣人の方を初めて見て……その、ごめんなさい」


「馴れてる。気にすることないネ」


 アルコが、小さな包みを持って中身を改める。近くに来た番兵に「これは落とすと危険。気をつけるヨ」と言いながら荷物を手渡している。

 目を泳がせながら、口ごもっているヘニオの肩に、見慣れている細くてしなやかな腕がそっと触れる。


「あたしは、イガーサ。あたしは風の魔法しか使えないんだけど……よろしくね」


「あ、わ、よ、よろしくお願いします」


 肩を抱き寄せられて、頬をくっつけられたヘニオは慌てふためきながらイガーサを見た。

 体を離して、俺たちと向き合うように立った彼女は、腰にぶら下げていた杖を両手で持つ。先端と飾り部分に銀が遇われたシンプルな杖を両手で持ちながら、ヘニオは俺とイガーサを見て、再びお辞儀をした。


「私が得意なのは軽い傷を止血する魔法や、相手の魔素の吸収を妨害する魔法です。攻撃魔法も……カティーアさんほどではないですが、一応……使うことが……できます」


「俺のことを知っているのか?」


「私、学院カレッジにいて、先生方からカティーアさんのすごさはずっと聞かされていたんです」


 ぺこりと頭を下げたその少女の手には、銀があしらわれたシンプルな杖が握られている。

 黒いローブの胸元に、金糸で刺繍された一角馬ユニコーンは、学院カレッジの学業や魔法で最良の成績を収めた者の印だった。


「お役に立てるように、がんばります」


 無垢な目で見られることに、少しの気まずさと、くすぐったさを感じながら、俺は彼女が差し出した手をそっと握り返した。

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