0-6:I can change who I am.ー彼女の言葉ー

 俺達は東の大陸に渡り、そこから北上した。

 その道中では魔法院に助けを求めてきた国もあった。魔法院からの指令で、助けを求めてきた国がアルパガス軍から領地を取り戻すための戦に手を貸すことも少なくなかった。

 魔法を使うアルパガス軍への対抗策がなかったから諸国だったが、俺たち精鋭部隊の力や、魔法院から派遣されてきた魔法使いたちの助けを借りて順調に領地を取り戻していった。

 

 しかし、決して順調なわけではなかった。俺たちの功績を手放しで褒め称えられたり、歓迎されたりすることも多くない。

 それに、敵襲にあってから移設した魔法院だったが、近くにアルパガス軍の兵や魔物が攻めてきたと度々いう噂が旅先で耳に入ることがあった。

 時には、アルパガス軍が魔法院の印が付いた荷馬車を狙っているらしいだという噂も。

 最初はそんなことはないだろうと気にしていなかったが、徐々にこちらへの援助が減ったり、物資の補給を頼んでも断られることが増えてきたこともあり、噂は信憑性を帯びるものになってきた。


「今日も野宿か」


「仕方ないネ。ワタシたちいると危険」


 俺たちは、一度助けた同盟国や村からも冷たくあしらわれたり、滞在することすら断られることが増えていた。

 本来ならば、物資補給のために転移魔法を使える安全地帯を確保してくれるはずの同盟国だが、アルパガスを恐れて魔法院からの申し入れを断っているのだという。

 転送魔法が使えないため、時折馬車で素材フムスやホムンクルスが届けられた。

 それに野盗から助けた村のやつらから、石を投げられることも少なくなかった。誰のために戦ったんだと憤る俺を、ホグームやアルコが慰めてくれる日もあった。


 東の大陸では戦場で馬よりも頑健で、口から炎を吐く小型の竜が使われていたことも、俺たちの気持ちや体力を削る原因の一つだ。

 魔法院や西の大陸で使役されていた飛龍と違って、東の大陸にいる黒い竜は鱗が硬い。剣や弓による攻撃では深手を負わせられない上に、魔法にもある程度耐性を持っている。

 月牙という変わった武器を握った拳に、風を纏わせて戦っていたイガーサは、飛龍の鱗程度なら軽々と切り裂いていた。しかし、彼女の武器でも、黒竜に深手を負わせられない。だが、俺が放つ魔法なら黒竜に致命的な攻撃を与えられた。


 届かない物資、続く野営、俺の体を蝕んでいく獣の呪い。

 積み重なる疲労と、不注意や不運が重なった結果、三人には一応隠していた秘密が不意にバレた。

 後悔はしていないし、遅かれ早かれバレることだったんだ。だけど怖くなかったと言えば嘘になる。

 本当に些細な、くだらない事故みたいなもんだった。

 ホグームとイガーサを護ろうとして、俺はアルパガス兵が振り下ろす剣の前に躍り出たんだ。

 それで、腕がスパッと切れて、飛んでいった。

 片腕を失った俺を見たイガーサの顔から血の気がなくなり、歯を鳴らすほど震えているのを見て、もう隠しきれないなと判断した。それで、俺は三人に切断された腕を元に戻す様子を見せたんだ。

 

「とりあえず頭さえ残っていれば、俺は死なないらしい」


 拒絶されるかもしれない……と不安を押さえ込みながら、表情を取り繕う。

 魔法院のやつらの中でも、俺が不死だと知っている者は少ないし、なるべく内密にしろと言われていた。それに、不死だとはいえ体を再生させると魔力をそれなりに大きく消耗する。


素材ルトゥムを満足に使えない場所でする大怪我は、それなりにキツいってことだ」

 

 左手に付けている手袋を外して、三人に、獣の呪いに蝕まれていく自分の腕を見せながら、そう付け加えた。

 ホグームは、獣の呪いを見てもたじろがない。それどころか、さっきくっつけたばかりの腕の表面をしげしげと見つめている。

 面白そうに「コレで食料にも困らなくなるネ」と冗談を言ったアルコは、イガーサに少しキツい口調で注意をされてしょげている。拒絶されなかったことが、少しだけ嬉しかった。

 つい「これで困ったときは、俺の腕を食えるな」と冗談を言いそうになっていたので、気を引き締めた。少なくともイガーサのいるところでは、そういった冗談は言わない方がいいようだ……と俺とホグームは、顔を見合わせてうなずき合った。


 俺たちは、それからなんとか北上を続けていた。

 ルクオーネという大きな国から助けてくれるという要請が魔法院に入ったので、俺たちは魔法院の者だとバレないように彼らの兵と合流をした。

 黒竜に乗った竜騎兵が駆けてくる。魔法も使えない、竜への知識も無いままなら一方的な蹂躙をされるだけだが、俺たちが竜騎兵たちを切り崩すと兵士達も奮起してくれた。

 圧倒的不利な状態から、敵兵を退けたことを感謝され、俺たちは久し振りにまともな街で歓迎を受けた。


 久し振りに屋根のある場所で眠り、素材ルトゥムで両腕を蝕みはじめた呪いを左腕の手首辺りまで後退させた。

 それで、気が少しだけ緩んでいたのかも知れない。

 朝起きて、用意された客室から出歩いていると中庭で運動をしているイガーサが目に入った。

 赤銅色の肌に、真珠のような汗が浮かんでいる。すらっとした手足がしなやかに動き、一つに括られた長い黒髪が、体の動きに合わせて揺れる。

 見とれていたんだ。気が付いたら、彼女の隣に足を運んでいた。

 ……この話はやめておくか? ああ、聞きたいなら、続けるよ。わかった。

 イガーサは、俺を見ると動きを止めてこちらへ目を向けた。


「ねぇ、カティーアも詠唱魔法だけじゃなくて、あたしみたいに体に魔法を纏えば魔力消費も少ないまま素早く攻撃が出来るんじゃない?」


 そんなことを言いながら、彼女は柔らかく微笑んだ。同胞ルトゥムを使っている俺といるのは不快だろうと、近付かないようにしていたのに……と戸惑った。

 だけど、イガーサは、そんな俺のことをまるで気にしていないように笑ったままだ。

 俺はなんとか返事をしたけれど、どう答えたかまでは覚えていない。多分、魔法を教えてくれと素直に言ったのだと思う。


「えーっとね……こう……ぶわーってして、カチってはめる……みたいな」


 いつも穏やかで、料理も簡単な縫い物も出来るイガーサにこんな欠点があるのだなと知ったのはこのときだった。

 彼女の説明は、今まで聞いた中でもトップクラスにわかりにくい。詠唱をしたことがないイガーサと、当時は詠唱をする魔法を主に使っていた俺とでは、魔法に対する感覚が違っていたので仕方ないと思うが……。

 見よう見まねではダメだと気が付いてから、魔法のイメージを練り直す。セルセラが俺の魔力や考えを読み取って周りの妖精達に働きかける。


「なるほど……。イメージをして近くにある魔素を燃やす感じだな。イガ-サみたく風を纏わせるのは無理だが……炎ならなんとかなりそうだ」

 

「すごい……。あたしでも時間がかかったのにこんなすぐに形になるなんて。天才ってこういうことを言うのね」


 呪いのせいで魔力が人よりもあるだけで、俺に特別な才能なんてないと思い込んでいた俺は、その言葉に胸を痛めながらも、なんとか表情を取り繕って笑う。

 そんなに親切にするなよ。俺はあんたの弟を殺すかもしれないんだぞ……と言おうとして、首を横に振る。今、そんなことを言って何になるんだ……。

 言葉が浮かばなくて、炎を纏わせたままの両腕に目を落とした。


「ごめんね。避けられてる気がして、どうしても話すきっかけが欲しくて」


 ふと間が空き、イガーサがぽつりと言葉を漏らす。心の中を読まれたのか? そう思って顔を上げると、イガーサは眉尻を下げて、困ったように笑っていた。

 何故、そんな風に笑うのかわからなくて、首を傾げた。謝るのは、俺の方だ。

 一歩、俺に近寄ってきた彼女の手が、俺の閉じた手の上に重ねられる。ずっと、触れないようにしていた。怖がらせないように……と。でも、彼女は怯えた素振りも見せないので、俺は手を振り払えずに固まる。


「あなたのこと、今は憎んだりしてない。同族ルトゥムを使うのも……こんな時だし……こういう犠牲が出るのも仕方ないとは思ってる」


「……てっきり、嫌われてるかと思ってた」


「最初はね。でも、ホムンクルスを使うことも、あたしたちルトゥムを使うこともあなたにとっては仕方ないことだから……ってわかったの」


 微笑んだまま、彼女はそう言った。琥珀色の瞳の中に、酷い顔をした自分が映っている。


「同族っていっても全員を知ってるわけじゃない。それに……あなたがいなかったら結局、魔物やアルパガスの配下にもっとたくさんの人が殺されているもの……」


 少し目を伏せて、それから再び俺の顔を見た彼女は、そう付け加えた。

 なにを言っていいのかわからない。ただ、俺は彼女の琥珀色の瞳を見つめ返しながら、握っていた拳を開いた。

 イガーサが逃げたり、嫌がる素振りを見せないのを確認してから、俺は開いた指を彼女の温かくて滑らかな指にそっと絡みつける。


「世界はなかなか変わらないけど、自分を変えることは出来る……。お父さんがそう言っていたからあたしは戦う道を選んだ。弟を運命から解放するためにはこうするしかなかった……」


 朝陽の中で俺を真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳は、太陽みたいに綺麗だった。

 俺には、彼女みたいな信念も、決意も無い。少しだけ気まずくなる。それから、もう一度彼女の目をみる。

 もしかしたら、俺も彼女みたいになれるのかもしれない。呪われていて、俺自身には何の価値も中身もない俺だけど。


「……俺も変われるのか……な。呪いがなくなれば……もう……」


 気が付いたら、そんな言葉を口にしていた。

 もう、イガーサの同族を使わないで済む。これが終わったらでいい。生きるためにヒトを殺さないで済むようになりたい。

 このまま魔法院のために生きていくこと以外の世界が見えた気がしたんだ。

 そんな気持ちがわき上がってくると共に、頭の中で「今までたくさんのヒトを殺したことは、消えたりしない」ともう一人の自分が冷たい目をして告げてくる。

 頭を左右に振って、溜息を吐く。


「いや……忘れてくれ。変わったところで俺が自分のために、たくさんの人を殺したことは変わらない。それに……魔法を使えない俺には何の価値もない……だから俺は」


 自分がしたことをなかったことには出来ないし、俺は呪いが解けるなんて望んではいけない。魔法を使えない孤児に居場所などないのだから……と当時は本気で思っていた。

 彼女の手が俺の手から離れる。フッと我に返ってイガーサを見ると、彼女の両手が俺の両肩を掴んで軽く引き寄せられた。


「あなたの呪いが解けても、あたしが一緒にいるって言ったら……変わる気になる?」


「は?」


 驚いて固まっている俺の唇に、イガーサの柔らかい唇が触れる。

 たった一つの行動で、魔法院に抱いていた恐怖心は軽くなった気がした。


 こんな風に扱われたのが初めてだったからかもしれない。俺は兵器だから、俺は化物だから、与えられた役割を演じなければ捨てられると思っていた。

 でも、罪を背負ったままで良い。どう贖えるかわからないけれど……それでも俺が人間として生きていくことを許してくれるやつらがいるのなら、変わるのも悪くないかもしれないという希望が見えた気がした。

 この呪いも、アルパガスを倒した後に解いて、魔法院を出て暮らすのもいいな……と少しだけ思えて、顔を上げる。

 近くを飛んでいるセルセラが、やけにニコニコしていて気恥ずしかったけれど、嬉しかった。


 イガーサと二人で過ごすことになった休日は、胸からぶら下げていた通信用の魔石が緑色に光が灯ったことで終わりを告げる。


「了解した。イガ-サと俺で魔法陣安定の補助をする」


 プネブマからの要請だった。溜息を吐きながら立ち上がって、隣に座っているイガーサへ手を差し伸べる。

 彼女は、俺の手を取って微笑んで、それから腰を上げた。彼女が触れても、もう、そこまで怖くない。

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