0‐5: Squad goals-仲間たち-

「オレがここを食い止める! イガーサ行け!」


 大柄で筋骨隆々という言葉が似合う、褐色の肌をした男が吼えるように叫ぶ。燃えるような赤髪を逆立てているホグームは獅子という魔獣を思わせる男だった。


「アルコ! 援護をお願い」


 濡れた鴉のように黒く、艶やかな髪を後頭部の高い位置に一つに括っている細身の女――イガーサが、魔物の懐に潜り込み、拳に魔法を纏わせたまま赤銅色の細腕を振り抜く。琥珀色の彼女の瞳は、凜としていて、野にいる気高い獣を思わせる。


「言われなくてもしてるヨ」


 紅茶のような毛の色をした猫のような見た目の小柄な青年、アルコは金色の目の真ん中にある針みたいに細い瞳孔をギラつかせて後方から弓を放つ。

 その中で俺は、更に離れた場所からただ三人を眺めているだけだった。


 魔法院が襲撃を受け、少数精鋭部隊の一人として俺の名が呼ばれてからしばらくが経った。

 少々の行き違いやトラブルはあったものの、俺たちは無事に共同訓練を終えて旅立つこととなった。

 魔法院の切り札、奇跡の子、耳長族よりも強力な魔法を扱える唯一のヒト族……そう言われていた俺は、とある事情から戦闘の前線からは外されていた。

 何もすることがないわけではない。耳長族の茶ローブ一般的な魔法使い同様、前線で戦っているホグームやイガーサの鎧を強化する魔法や、草や蔓を伸ばして魔物や敵兵の動きを封じるなどの地味な魔法を任されていた。これらの魔法は、妖精の力を借りればいいだけで、俺の呪いへの負担はないも同然だ。


 俺がこんな地味な仕事をする羽目になった原因は、一つではない。

 魔法陣と詠唱を用いる魔法は、目立ちすぎる上に、起動から発動までに時間がかかる。そして、魔法陣が光るので夜襲や奇襲には向いていないこと。

 そして、魔力を大きく消費する魔法を使うと俺の体を獣の呪いが蝕んでいく。

 その回復でヒト型の道具を使うということに、女魔法使いのイガーサと、ガタイのいい大男のホグームが難色を示したのだ。


 イガーサは、突如魔法の力に目覚めたということだった。俺以外では初めての魔法を使える耳長族以外の存在だ。

 彼女は、魔法院の役に立つために自ら戦士になると志願してきたらしい。

 同胞が目の前で使というのは、確かに良い気分では無い……ということはわかるが……。

 それならば、俺と行動を共にさせるなよと思ったが、この裁定は前のふくよかな男が考えたものらしい。死んでくれて助かったと内心毒づきながら、俺はじろりとイガーサを睨んだのを覚えている。

 ホグームもイガーサも魔法院で長く過ごしたわけではないため、ホムンクルスを人として扱う癖がある。

 育ちの違いというやつだろう。

 この二人は訓練をしている時から、俺が獣の呪いを軽減させるためにホムンクルスを殺すことが好ましくないと言っていた。

 アレらを使うことは、俺にとっては食事と変わらないようなものだとわかってはいても……だ。

 獣人のアルコも魔法院に長くいるわけではなく、東の大陸からこちらへ来た外の人間だった。しかし、彼だけは俺がヒト型の道具を使うことを気にしない。


 問題が起きたのは、訓練の初日だった。

 選ばれた精鋭とやらに、女が一人いたのは演説の時から知っていた。まあ、足手まといにならないのなら性別は気にしない。そんなことを思いながらいつも通りに詠唱をして、いつも通りに魔法を使い、いつも通りに素材ルトゥムを一体使った。

 それを見たホグームが、俺の胸ぐらを掴んだのが始まりだった。

 揉めそうになった俺たちを見て、衛兵達が止めに入り、別々に応接室へ連れて行かれた。

 そこで、最高責任者だったふくよかな男が死んだことと、新しい責任者がプネブマという女に変わったということ、そしてイガーサが素材ルトゥムだということを聞かされた。

 いざというときに使ためかと思ったが、そうではないらしい。

 俺以外の三人と、プネブマが協議を重ねた結果、俺の魔法は極力使わないこと……という馬鹿馬鹿しい制約が設けられた。


「ヒト型の道具のために不便を選ぶなんで物好きなもんだな」


 俺がふと漏らした言葉に、その場にいたアルコは目を細めて、口元の小さな牙を見せながらニッと笑った。


「ワタシはどっちでもいいヨ。任務をこなせて金貰えるならどっちも一緒ネ」


 独特の訛りがある話し方でそう言うと、彼は長い尾を揺らしながら遠くに居るホグームとイガーサの方へ歩いて行く。


『あなたっていう切り札の存在も隠せるし、魔法を控えることは、そこまで悪い話じゃないわ。実際、あなたは実戦経験が浅いのだし、彼らを見て学ぶことも大切だと思うわ』


 舌打ちをした俺を見て、セルセラは慰めのつもりなのかそんな言葉をかけてくることが多かった。

 何も言わない俺の神をそっと撫でられるのは、子供扱いされているようで少しムッとしたが、嫌というよりは本心を見抜かれて気まずいという気持ちが強かったのを覚えている。


 これからしばらく一緒に過ごすのだ。拗ねてばかりも居られない。

 そう思って、俺は少しだけあいつらに歩み寄ることにした。


「結局アルパガスを倒しても、平和なんて来ないのはわかってるだろ? お前らは、何が目的で戦ってるんだ?」


 野営の準備中だった。塩漬けの野兎を切って鍋に入れ、煮込むまでの時間、みんなで火を囲んでいた。ちょうど良い機会だと思って、俺は三人に話しかける。


「家族の弔いのためネ。ワタシは平和に興味ないヨ」


 アルコは毛皮をなめした寝具に体をくるみながら、そう答える。


「平和より、言葉、大きく違うノ大変ヨ。ワタシ、苦労した」


 特定の魔石を持っていれば、声に出す言葉は翻訳される。しかし、この時代は獣人の言葉を翻訳する魔石も、魔法も存在しなかった。

 アルコは苦労をしてこの言葉を覚えたと、愚痴を続けた。


「オレは大英雄になって故郷の平和を守りたくて魔法院に来たんだ」


 まだ続きそうな愚痴を遮り、今度は剣の手入れをしていたホグームがバカでかい声で話し始める。


「うまいことアルパガスを倒せば、そんな大英雄がいる村を襲おうと思う賊なんていなくなるだろうしな」


「オマエみたいナ巨漢いる村、襲おう思わないネ」


 ホグームはガハハと豪快に笑って、手入れの終わった剣を大きな鞘に入れて横に立てかけた。

 なるほど……こいつらは別に正義感に踊らされた平和馬鹿ってわけでもないらしい。

 煮えてきた鍋をかき混ぜながら、俺はみんなの木の椀にスープを注いで手渡していく。

 自分から話さないのなら、聞かない方がいいだろう。そう思って話を振らないでいたイガーサが、俺の手から器を受け取った。


「あたしは……同胞を……ううん……弟を助けるため」


 スープが入ったお椀を見つめながらイガーサは思い詰めた顔で言葉を漏らす。

 聞いていた話と違う……と、狼狽えた俺は、自分の椀を落としそうになりながら、彼女の顔を見つめた。

 プネブマから聞かされていた話は嘘だとわかっていた。でも、それは自分が助かりたいからとか、同胞を助けたいからみたいな自己犠牲のようなものだと思っていたので意外だった。

 手から落としそうになった椀をうまくキャッチして、弟……というイガーサの言葉を思い出す。


 イガーサの弟は、俺に使んだよな。

 魔法を使わないようにいったのは、見ず知らずの同胞のためでは無くて、弟のためなのか。

 穏やかな物言いで、ヒトを殺すことにも躊躇していたイガーサのことを、俺は勝手に「常に誰かのことを考えてます」というような女だと勘違いしていた。

 それがなんだか苦手で、自分のために彼女の同胞を使平気な顔をしている自分が、とても自分勝手な存在に思えていた。だから、彼女が利己的な願いでここにいることに、少しだけ安心して、少しだけ親しみを感じてしまっていた。

 でも、それではダメだと思い直す。

 だって、俺は素材イガーサから見たら、自分たちを食べる化物のようなものだろうから。


「そういえば……お前はなんのために戦うんだ?」


「……特にないんだよな。とりあえずさ、冷めないうちに食べようぜ」


 ホグームの言葉で我に返る。

 慌てて顔に笑顔を張り付けて、その場を誤魔化した。

 こいつらみたいに、命を賭けて戦う理由なんて無い。そもそも俺は、死ぬこともないらしい。

 俺は居場所を守るために、恵まれた生活を失わないために戦っているだけだ。

 セルセラが何か言いたげに、俺の視界でをちょこまかと飛び回っている。それを無視しながら、食事を喉の奥へ流し込んだ。

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