0-4:Feign the truthー天才を演じるー

 学院カレッジにも、どんどん人が増え始めた。

 たくさんの人間を、効率よく操るために、俺も魔法の実験以外の役割が与えられる。

 それは、魔法院の教育によって生み出された「魔法を使う天才のヒト族」を演じろという命令だった。

 言われたとおりにするしかない。だから俺は、学院カレッジで模倣生として、耳長族に交じって魔法を披露したり、魔物や魔獣を大勢の前で倒して見せたりした。

 俺が活躍すれば、貴族や豪商たちが喜んで魔法院に金を落とす。

 打倒アルパガス! 異界からの侵入者を倒せ! と魔物やアルパガスの放った兵に襲われた街の人々は、俺の活躍を見て希望の声を上げた。


「君がで得た力は、民草に希望を与えている。うまく彼らを騙して、魔法院うちに金と人材を落としてもらわないとね」


 何度も言われた言葉を、今でも思い出すことがある。

 俺が感謝されているわけでも、俺がすごいワケでもない。

 すごいのはこの俺の体を蝕む獣化と不死の呪い、二つの呪いのお陰で得た莫大な魔力だ……と若かった俺は自分に言い聞かせていた。

 だから、事情を知らない学院カレッジの生徒たちが俺を褒めても、尊敬すると言ってきてもどこか他人事だと感じていた。

 笑顔で応じて、呪いのことは話すなと教えられていたので、自分の功績を称えられる度に俺はただただ作業として唇の両端を僅かに持ち上げて目を細めて応える。


 忌々しい呪いに感謝しろと言われ続け、模範生でいなければならない日々だったが、良いこともなくはなかった。

 異世界から持ち込まれた遺物がいくつか修理されたからだ。それに、他の世界から流れ着いた被造物から、新しい技術テクノロジーが育まれた。

 かつての遺物を改良した自立式の機械人形、魔石や魔素駆動機構を活かした設備も日ごとに増えていく。

 離れた場所でも会話ができる魔石や、魔力を魔石に溜め込んで推進力に変換する船、冷たさや熱さを保てる保存庫や食器……魔石を使った道具は魔法院や貴族の家々だけでなく、豪商や庶民たちにも広まった。

 俺の住む家にも、もちろん魔石を利用した家具や、魔素駆動機構を組み込んだ装置は導入されたが、使うのはホムンクルスだったので、特に恩恵は感じなかった。

 それでも、暑い夏に氷菓子が食べられるのは良いことだなと思ったりした。

 

 魔法院は、どんどん力を蓄えていった。

 西の大陸の北部に攻め入り、順調に領地を取り戻していく報せが耳に入ってくる。


「なあ、俺はまだ使われないのか?」


奇跡の子カティーア、君は私たちの切り札だ。まだ出すわけにはいかないよ」


 どうやら、俺は使い捨てにされるようなものではないらしいと、薄ら寒い笑顔を向けてきた大人の言葉から察する。

 今のところ……というだけで、いつそれが変わるかはわからなかったが。

 すぐには殺される心配もないし、生活に必要な物も足りている。食事も……学院カレッジの生徒や職員のものをみた限り、彼らよりもよっぽど良い物を食べている。

 俺は恵まれている。たまたま運良く呪いに選ばれた孤児が、高望みをしすぎるなと自分に言い聞かせる。息を吸って自分を落ち着かせようとしている時には、セルセラが来てそっと頬を撫でてくれていた。

 もうひとりではない。だから、大丈夫だと思えた。


 全てが順調だった。だが、戦禍はいつでもそんな順調な日々を壊してしまう。

 あの夜の俺は、狂ったように響く金属音で目を覚ました。

 緊急時に慣らされる鐘の音だとセルセラに言われて、窓を開いて魔法院の方を確認する。

 離れているはずの魔法院や塔の麓にある集落は煌々と燃えさかり、人々の悲鳴がここにまで届いてきた。

 上空には中型の飛龍が無数に舞い、白い塔や高い建物を爪で抉っている。


「アルパガスの軍による攻撃です! カティーア様は早く馬車へ」


 大きな足音を立てながら、俺の屋敷へ入ってきた兵士が息を切らせながら大声を出す。


「ちょうど本部の移設をしようと、主要な設備は別の場所へ移動し終わっていたのです。このまま本棟は捨て、戦術的撤退をしろとのことです」


 黒い馬が引く馬車に客車は無い。幌のついた荷台に乗るように言われ、それから最低限の魔術書や服などを詰め込まれる。

 この家にはもう居られないらしい。

 セルセラと出会った思い出の薔薇園は見られなくなるということだけが、少しだけ寂しかった。

 だが、また薔薇園なんていくらでも作れるだろうと、目の前の汗だくな兵士を見ながら思う。こいつはここで死ぬのだろうな……と思いながら、走り出した馬車の荷台から今まで過ごした白い邸宅を見続けていた。

 馬車が森へ入ったところで、家が在った方に大きな火柱が上がったのを目にして「ああ」と小さな声を漏らす。

 そのまま俺は荷台の中で、木箱に寄りかかりながら目を閉じた。


 恐る恐る声をかけてきた青鎧新米の兵士に案内されて、俺は朝陽が照らす中を歩く。

 よく磨かれて氷のように滑らかな壁と床。

 暗い青の上に光る金糸を誂えた夜空の様な絨毯が敷き詰められた廊下を歩き、俺は小さな部屋へ通された。

 そこでローブを羽織るように言われてから、俺は外へ出た。


「異界からの侵略者がこの地へきて500年。未だ世界は蹂躙され、我らは新しい同胞である耳長族を邪悪な支配者から救い出せずにいる」


 赤い薔薇が咲き乱れる広い円形の庭園、中央には白い円錐型の慰霊碑が建てられている。

 石碑を囲むようにして半円の舞台があり、その袖は後ろの建物と渡り廊下で繋がっているようだった、

 ひしめきあっている疲れた顔の人々を前にして、小太りの老人が声を張り上げている。


「此の度のアルパガスが操る飛竜による攻撃を受け、魔法管理高等議院マギカ=マギステルは、甚大なる被害を受けた。今日、この日より魔法管理高等議院マギカ=マギステルは、魔王アルパガス討伐へと本格的に動き出す。多くの犠牲を忘れるな。王族や貴族はあてにならない。これより魔法院直属精鋭部隊を作り、あの忌々しい黒壁の中へと侵入し、そこから一気に転移魔法で大軍を送り込む」


 地面と空気を揺らすような歓声、怒号、そして泣き声。

 昨日の炎は夢ではなかったのだな……と思いながら、顎に手を当てた。

 ふくよかな男の後ろにある慰霊碑へ目を向ける。何人か見たことのある名前が刻まれている気がするが、顔までは覚えていない。首を傾げながら、俺は背後に立っている灰色のローブを着た魔法使い達へ視線を送る。

 しかし、彼らは何も答えようとしなかった。

 壇上にいる見知らぬ人間の名を、ふくよかな男が呼び、その度に庭園に集まった人々が大きな声を上げる。

 どうせ俺には関係の無いことだ。そう思って、踵を返そうとした。


「……そして、我が魔法院きっての天才カティーア」


 自分の名前を急に呼ばれ眠気が一気に醒める。

 庭園中の人々が一斉に振り向き、俺がいることを認識する。

 人の海が、俺を中心にして左右に割れて、道が出来た。


 なるほど。戦争をしているというのはどうやら本当で、しかもかなり大変な状況らしい。ようやく実感できてきた状況を頭の隅に置いて、俺は求められている仮面を顔に張り付ける。


「以上4名を一次精鋭部隊として訓練後、現地に投入する。邪悪な異界からの侵略者を打倒し、我らに平和を!」


 話を聞いていなかったため、俺はよくわからないまま壇上へ上り、頭を下げた。そして、横に並んでいる三人へ目を向ける。

 一人は勇ましい体格の良い男、これはわかる。だが、一人は女で、もう一人は小柄な獣人だ。本当にこんなメンバーで大丈夫なのか? と少しだけ思いながらも、俺は黙って笑顔を浮かべ続ける。


「魔法院……本当に切羽詰まってきたんだな」


 壇上から解放され、柱の陰でそう漏らすと先ほどまで、俺の影の中に潜んでいたセルセラが飛び出してきた。

 鱗粉をキラキラと瞬かせながら、腕にまとわりついてくると、彼女は下から俺の顔を覗き込む。


『他人事すぎないかしら……? あなた自身が選ばれたのよ?』

 

「俺じゃなくて、呪いが生んだ魔力が選ばれたってだけだろ。他人事さ」


 セルセラが一瞬哀しそうな顔をしたのが見えたが、それには気付かない振りをする。いつだってそうだ。

 俺は、自分からもセルセラからも、肝心なところで目をそらす。

 この時の俺は、そうでもしないと生きていけなかった。

 俺が求められているのは呪われているお陰だと心の底から信じていたから。


「さて、お仕事しますか……」


 神獣の毛で織られた白いローブを羽織直して、フードを深く被る。

 溜息を吐きながら、新しい家へ向かうための馬車へ足を向けた。

 俺はきっちり演じなければならない。

 使を演じなければ、俺に居場所はないのだから。

 若かった頃の俺は、本気でそう思っていた。

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