0-9:Bear the guilt ofー罪を背負うー

「俺の呪いは気にしなくて良い」


 敵兵の渦中へ飛び降りた俺は、手近にいた黒い鎧の兵士に手を伸ばした。

 聞き慣れた人間が壊れる音を耳にする。肌がぞわぞわとして、目で確かめなくても自分の肌を覆っていた金の毛皮呪いが。

 味方が異常な死に方をしたのだと気が付いた敵兵たちが、武器を振り上げて俺に飛びかかってくる。


「願ったり叶ったりってやつだな」


 近くにきた敵兵の腕や足や頭を掴んで、ひたすら呪いを移していく。

 ヘニオがした提案は、結果からいうと大正解だった。

 魔法院の中でも俺がホムンクルスや素材ルトゥム以外を使って呪いを軽減することは反対をする連中もいたらしい。だが、ホムンクルスや素材ルトゥムを送る手間や金がかからないことや、敵に痛手をより多く与えられることがわかると、すぐに賛同しはじめたとセルセラがこっそり教えてくれた。

 あいつ以外に使い魔ファミリアを作ったことも、使い魔ファミリアを持つ他の魔法使いとも親しくなったことがないからわからないが、どうやらセルセラはそういう情報収集に特化していたみたいだった。ちょっと姿を見せない間に、遠くの物事もまるで見てきたかのように教えてくれる。

 どうやら、魔法院ではへニオが西の大陸の地形や魔物の情報を記録して定期的に通信で送り返していることも高く評価されているようだった。


「ヘニオはすっかり俺たちの頼りになる指揮官って感じだな」


「やめてください! 最年少の私がそんな……」


 俺たちが褒めると、ヘニオは長い耳の先まで真っ赤に染めながら、否定をする。

 けれど、俺たちの誰もが彼女を有能だと認めていた。

 だから、彼女が魔法院から正式に俺たちの上官に昇進したと聞かされたときも嫌な気分はしなかった。

 俺たちが失敗することで、彼女に責任が追及されないかだけが不安だと、こっそりとアルコとホグームと話すことはあったが……。

 とにかく、俺たち全員にとって喜ばしいことだった。

 それに、廃墟になっていない街に辿り着けたのも久し振りで、なんだか少しだけ浮かれていた。

 俺たちはヘニオの昇格を祝うために、酒場の一角で細やかな宴を開いた。

 戦禍の中でもこの町は非常に賑わっていた。わいわいという久々に聞く傭兵や街の人々のざわめきを聞きながら杯を交わし、食事を摂り、路銀に少し余裕もあったので宿に部屋を借りた。

 頭を掠める嫌な予感を振り払うように、ヘニオに甘味を勧め、酔いがすぐ覚めることはわかっているのに酒を呷った。


 酔って何を話しているのかわからないホグームに肩を貸し、アルコとイガーサが食べ物を取りに行くために席を外したのを見計らったかのようにヘニオが目配せをしてくる。

 内容までは察知できないが、とにかく嫌な予感が当たったことだけはわかってしまった。

 彼女は俺の耳に顔を近付けると「みなさんが寝静まった頃、村はずれの森へ来て下さい」と告げて、サッと俺から離れた。

 何も無かったように振る舞いながら、宴を楽しむふりをして、俺は酔い潰れたホグームを部屋に詰め込んで自室へ向かう。


 少し間が空いているのが嫌だった。

 なんとか時間を潰したくて自室の窓辺へ寄りかかる。今夜は個室の為、誰の寝息も聞こえてこないのが少しだけ寂しい。

 こんなことを思うようになるとはな……と苦笑いを浮かべていると、セルセラが近付いて来た。どうやら、ヘニオは部屋を抜け出したようだ。

 みんなが寝ているとセルセラから告げられた俺も、ローブを羽織って部屋を出る。


 街から少し離れた森は静かな場所だった。近くに魔物の気配も感じない。

 魔素が豊かな森なのか、やけに妖精たちが多いように思える。

 暗闇に浮かぶのは、妖精達のばらまく鱗粉の光。まるで雨みたいに光の粉が降る中、約束の場所までゆっくりと歩を進めた。


『あら……ねえ、わたしは、月光を浴びてくるわね。こんなに素敵な森なんだもの』


 何かを見つけたのか、セルセラが奥の茂みへ飛んでいく。

 危険なものがあるようには見えないので、頷いてやると彼女は鱗粉の軌道をきらきらとさせながら、ゆっくり遠ざかっていった。

 先にヘニオがいるはずだが……と辺りを見回そうとすると、背後から足音が近付いてくる。

 

「ヘニオ……どうした?」


 こちらへ向かってくるヘニオは、遠くからでもわかるほど思い詰めた顔をしている。

 いつもと同じ大きめの黒いローブを身に纏い、手に大きな革袋を携えた彼女は、俯きながら俺の前に立った。


「言い難い話か?」


 俯いたまま黙っているヘニオに声をかける。

 顔を上げたはいいが、目を泳がせたまま迷ったような表情を浮かべている彼女を見て、抱いていた嫌な予感が強くなる。

 

「私が学生時代に立ち上げた仮説を元に……魔法院は素材ルトゥムを更に改良していたのですが」


 言葉を選んでいるように、ゆっくりとヘニオは話し始めた。握り込んだ拳を自分の目の前で重ねながら話す彼女の声は、少しだけ震えている。


「新種は悪霊や魔物類を惹きつける特性を強くし、更に魔力の内蔵量を増やすことに成功しました……」


 家畜の話をするような言葉を使う度に、彼女は眉間に皺を寄せる。俺の顔を上目遣いに見て、それから視線を落として、言葉を続けていく。

 気にしないでもいいのに。俺はお前を蔑む資格なんてないのだから……というのを口に出来ずに、俺は黙ったまま耳を傾ける。


「この種を新たにアルカと名付けました。彼らは素材ルトゥムの数十倍も魔力の蓄積量も多く、個体数を増やすことが出来れば将来的には貴方の呪いを完全に解くことも可能かもしれません」


 最悪な部類の話だが、ヘニオがここまで悲痛そうな表情をしている理由がわからない。

 少しだけ表情を和らげて、彼女を労おうと一歩近寄った。しかし、ヘニオは握りしめていた片手を開いて、拒絶の意思を示すように俺の前へ突き出した。

 予想外の行動に驚いて立ち止まると、彼女はその手を引っ込めて、申し訳なさそうな表情で言葉を続ける。


「まだ話は続くのです。アルカは骨格に多くの魔素を含むので、今までのヒト型素材と違った運用も可能となりました。その……こちらをカティーアさんにお渡ししておきます……」


 震える手で、ヘニオが持っていた革袋の中に手を入れる。

 出てきたのは、厚めの薬学書ほどある黒塗りの小箱だった。俺の掌から少しはみ出す程度の大きさのそれは、四隅に開けられた穴に通された革紐で四つほど吊されている。

 なるほど……俺以外の前では言い難い話なわけだ……とヘニオの態度に納得しながら、悍ましい道具を受け取った。

 手の上に載せられた箱はほんのりと温かい。


「なるほど……それでこのネーミングか。最悪ないい趣味してるねぇ……」


 この箱はまだ生きていると、言われなくても感じることが出来た。

 生きたまま人間を切り刻み、骨と皮を使ってこの中に詰めているのだ。俺の言葉を聞いたヘニオの肩がビクンと小さく跳ねた。それから、彼女は表情を曇らせながら顔を上げる。

 

「はい。アルカという品種の……脳や心臓などの幾つかの内容物を彼らの骨とホムンクルスの皮を利用して閉じ込めた道具です。生きた道具ですので……七日ほどで効果が発動しなく……」


「死ぬってことだな……。この詰められた中身が」


「は、はい」


「わかった」


 皮肉を、ヘニオにぶつけても仕方ないと思って口を閉じた。それから、他の人からこの悍ましい道具が見えないように、ベルトの背中側へ箱を括り付ける。

 今にも泣き出しそうな表情をしているヘニオは、その間中じっと俺を見つめていた。


「私たちは、これから一気にアルパガス城の近辺まで侵攻します。あなたを失うわけにはいかないとの……プネブマ様からの命令です」


 震える声でそう告げる彼女へ一歩近付く。

 腕を伸ばして、彼女の髪に触れた。今度は止められない。そっと彼女の後頭部に手を添えて、自分の方へ引き寄せた。


「こんなもの……本当に作るとは思わなくて、私……イガーサさんになんて……」


 ヘニオは俺の胸元に顔を押しつけて、くぐもった声をあげた。

 頭をぽんぽんと撫でながら、俺は彼女が動揺している理由を考える。

 仲間への密告を恐れている……わけではない。ただ、彼女は気が付いてしまったのだろう。素材ルトゥムも自分たちと同じような人間だということに。


「魔法院からの指示だろ。お前に罪があるわけでもない」


 震える手先に、そっと触れる。

 血の気を失って真っ青な顔で、彼女は俺を見上げた。


「俺は他人を犠牲にしてもなんとも思わない。生きたヒトを喰らわなければ生きられない醜い化け物だ」


 冷え切った指を絡めて、目を合わせながら言い聞かせる。

 全部俺のせいにすればいいと思った。

 彼女の涙で濡れた頬を指で拭って、頬に触れる。


「……世界が平和になるように、お前は出来ることをしただけだ」


 口元に力を入れる。意識をして、目を柔らかく細める。

 声が震えないように喉に意識を込めて、優しい声を出す。


「だから、お前は悪くないし、イガーサにも、みんなにも何も言わなくて良い。化け物は俺だけで十分だ」


「でも……カティーアさん、あなただってイガーサさんのこと……」


 かぶりを振って、俺の肩に両手を伸ばす彼女の手をそっと押さえて、優しく自分の手で包む。


「……俺は自分のために人間をたくさん殺して生きてきたんだ。今更、こんなどうぐを使ったところで何も変わらない」


 うまく笑えているかわからなかった。

 じっとこちらを見ているヘニオに動揺したことを悟られたくなくて、俺は彼女を送ることをせずに背を向けて歩き出す。

 

 街も近い。魔除けの呪いも施しているだろうし、魔物や悪霊も襲ってはこないはずだ。ヘニオを一人にしても大丈夫だろうと自分にいいきかせた俺は、その場に思わず蹲る。さっき手の上に乗せたアルカの温かさが蘇ってきて、腹の底からさっき食べたものが逆流してきそうになる。

 しばらくその場で自分を落ち着かせてから、俺は宿へ戻ることにした。

 静まりかえった宿屋に辿り着いて、よろよろと自室の扉を開く。

 そのままベッドに倒れこみたくて、少し手触りの悪いシーツを乱暴に捲った。

 シーツを捲るために後ろに振り上げた手に、誰かの手が触れた。油断していた……と慌てて振り向くと、そこにはイガーサが佇んでいた。


「……イガーサ」


 琥珀色の瞳が、窓から差し込む月光に照らされて静かに輝く。

 何も言わずに俺を抱きすくめるイガーサは、そのまま俺とベッドへとなだれ込んだ。

 張りつめた気持ちが緩んで、涙が出そうになった俺は、顔を見られないように彼女の背中に手を回して、胸に顔を埋める。


 薔薇とは違う、どこか異国の花のように濃厚で甘い香りが鼻の奥をくすぐる。これは彼女の故郷に咲く花の香りだろうか。

 なにを言うでもなく、優しく俺の頭を撫でるイガーサに、泣きたくなるような、甘えたくなるような、そんな衝動が湧き上がってきた。なんとかその衝動を抑えつけて、俺は口を開いた。


「この戦いが終わったら……休みを取って小さな島でも貸し切りして馬鹿騒ぎしよう。みんなで……イガ-サの弟も一緒に……。その時に……全部話すから……」


「大丈夫。ちゃんと一緒にいるわ。一緒に休暇を取って……みんなでね?」


 抱き合ったままイガーサと見つめ合い、どちらからともなく唇を重ね合った。

 怖いことから逃げるようにイガ-サのぬくもりに溺れた夜だった。

 微睡んでいるときに、彼女の少し掠れた甘い声が耳元で響く。


「もし私が死んでも……弟だけは……よろしくね」


「ん……」

 

 耳がチクッと痛んだ気がして、手を当てる。

 なにか硬いものが耳にある。金属のような……。イガーサの方へ目をやると、彼女は自分の耳を指さしていた。


「約束、守れるようにおまじない」


 彼女が付けていた蝶の耳飾り……その片割れが俺の左耳に付けられたのだと寝ぼけ眼の俺がようやく理解すると、彼女は微笑んで俺の額に口付けを落とす。

 どうしようもなかった気持ちはすっかり落ち着いて、心地よい微睡みが体を埋めていく。

 闇の中で、琥珀色の瞳を優しく揺らす彼女を抱きしめる。

 甘い花の香りに包まれた俺は、久しぶりにゆっくりと眠れた気がした。

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