3-4:To The Frozen Worldー雪と氷の世界
カティーアに後ろから抱きしめられたまま動けずに目を閉じている。一瞬うとうとして、はっとして目を開けるとカーテンの隙間から見える空は白んできていた。
彼が眠れていたのかどうかはわからない。
そっと寝床から抜け出そうとすると、私のお腹あたりを抱きしめていたカティーアの腕が
起きてた? それとも起こしてしまったのかな?
どう声をかけていいのかわからない私は、気まずい空気の中のろのろと寝床から抜け出した。
身支度をするために歩き出そうとすると、まだ横になっているカティーアに服の裾をクイッと引っ張られて足を止める。
「荷物の準備は俺がしておくから……先に湯を浴びておいてくれ。俺はお前の後で入るから」
先に口を開いたのはカティーアだった。
まるで私の顔を見ないように、顔を枕に埋めたままそれだけ告げられて、胸の奥がチクンと痛む。
気まずさに耐えられなかった私は、とりあえず言われたまま湯を浴びる準備をする。
衝立の向こうにある浴室に向かう前に、大きな柔らかい布と替えの服を手に取った。
浴室へと向かう途中で、もぞもぞと動き出したカティーアが気になってつい、横目で彼が何をしているのか見てしまう。
昨日たくさん買い込んだ私の服を
あのときイガーサさんが死んでいなければ、私にではなくて彼女にこういうことをしてあげていたのかな……なんてことを勝手に考えて胸が痛んだ。
なんとなく重々しい雰囲気のまま支度は無事に終わらせ、屋台で買った簡単な食事を済ませてから、私達は宿から出た。
そのまま街から少し離れた森の中へと歩いて向かった。
ずっと無言で並んで歩き続けている最中も、彼に何を話せばいいのかわからなくて気ばかりが焦る。
もしかして、嫌われた? 今度こそ、見捨てられてしまうかな?
なんて前を歩くカティーアの背中を見て不安になりながらも、置いていかれるわけにはいかないと懸命に足を動かす。
しばらく歩き続けて、転移魔法を使うのに都合が良さそうな場所に到着した。
森の中にある少し開けた場所だけれど、一応注意をするにこしたことはない。
近くに魔物もヒトもいないことを確認して、誰も来る気配もないし、魔物も近くにはいないことを確認すると、カティーアの方を今日初めてまともに正面から見た。
彼もちょうど私の方を見ていたらしい。ぎこちなく、私と視線を交わしたカティーアは、首を縦に振ると、転移魔法を使うために詠唱を始めた。
「今ここに幽世と今世を繋ぐ綻びを見つけたり 我らは漂流者 我らは善き友人 転移の門を開け放ち 我らが親交の印 今ここに交わらん」
呪文の詠唱が終わると同時に、仄かに赤みを帯びた光を放つ魔法陣が地面に浮かび上がる。
魔法陣の中に先に入ったカティーアは、どうしていいかわからないままぼうっとしていた私に手を伸ばす。
伏せていた目をあげて、彼の表情を伺う。でも、カティーアは怒ってるのか、呆れているのか表情が読めない。機嫌が良くないというか、元気がなさそうだってところはわかるんだけど。
でも、こんな私に手を伸ばしてくれるってことは、まだ私と一緒にいてくれるってことなのかな?
彼が差し出した黒い革手袋越しの手に、そっと自分の手を乗せて一歩踏み出す。
そのまま魔法陣の中に入った私は目を閉じた。
ぐわーんって頭の中身が歪むような感覚がして、閉じていた目を開くと、目の前には一面真っ白な大地と氷で出来た壁みたいな山の斜面が広がっていた。
「……痛っ!? え? なにこれ?」
真っ白な地面が珍しくてポンっとなんの準備をしないまま魔法陣から外に出たら、頬を刺すような感覚が襲ってきて、慌てて両手で頬を抑えた。
何か攻撃? と慌てて自分の頬を触ってみても怪我をした様子はない。
肩から腕にかけて――素肌の部分も頬と同じような刺すような痛みに襲われて、私は慌てて消えかけている魔法陣の中へと戻った。
「この白く見えるものは全部雪だ。滑るから気をつけろよ?」
「寒いっていうよりも……肌が痛いです」
「ああ……そうか。ジュジにとってはここまで寒いのは初めてだよな」
私があまりにも真面目な顔をしていたからか、目を伏せて少し笑ったカティーアを見て少し胸のもやもやが薄れた。
外套に袖を通している隙に、カティーアは太いふさふさした動物の尾があしらわれた帽子を私の頭に乗せる。
外套の襟が頬に空気が触れる面積を減らしているし、帽子が頬と耳を守ってくれているのか身体が一気に暖かくなった。
「ありがとうございます」
気分転換になったお陰で、少しだけ気持ちが紛れた気がする。多分、嫌われてはいないのだろう。それに……代わりなんだとしたらそれはそれでいいのかもしれない。
だって……大切な人の代わり以上になろうだなんて……私なんかが思い上がるべきではないってことにも少し気が付いた。
「俺は寒さも暑さも感じにくいようにはしているが……一応、防寒具は身に付けておくか」
灰色の薄いけれどしっかりした作りの革の手袋を付けた手で髪をかき上げて眩しそうに目を細めているカティーアを見る。
濃い灰色の毛皮の外套は私のものと同じくらいふかふかしてあたたかそうだ。彼の薄い唇から煙のように白い吐息がたなびく。
彼の口元を見て、胸がドキドキする。でも、それと同時に昨日の彼の過去を思い出して体の中がキュッと痛む。
せっかく一緒にいるのなら、このまま妙な空気のままは嫌だし、私に向かって笑ってくれたってことは嫌われてはないみたい。
やっぱり…昨日のことは多分私が悪いと思うし…なんとか謝らないと…。
決意を固めて俯いていた顔をあげた。彼の顔を見て話そうとしたけど、カティーアは私からスッと目をそらす。
「転移魔法で来られるのはここまでだ。ここからしばらく歩くことになる。
「あの、カティーア……昨日のことなんですけど……」
「ここらへんには来たことなかったが……魔素が乱れてるな。
露骨に話を遮られる。
こういうのは初めてじゃない。こうして目を合わせないまま話を逸らされるのは、彼の正体を知ってしまった直後によくされてたから覚えてる。
何か話したくないことがあるときに、彼はこうやって話を逸らしたり、私の話を遮ったりする。
でも、ここできちんと話さなかったら、気まずいままな気がする。だから、無理矢理にでも謝ってしまおう。私が色々気にしているのが悪いんだし……。
「カティーア、あの」
私と目を合わせないようにしたまま、背中を向けて歩き出そうとしている彼に「話をしましょう」と言って肩をつかもうとした。その時、地響きがして、大きな音が上から近付いてきた。
山の斜面を見上げてみると、真っ白な塊が私たちに向かって大量に……まるで波みたいに迫ってくるのが見える。
咄嗟に魔法で呼び出したツルをカティーアの体に伸ばそうとするけど、呼び出したはずのツルは思うように伸びてくれずにノロノロと指先にまとわりつくだけだった。
なにもできないまま、私の目の前は迫ってくる白い塊の中に飲み込まれて真っ暗になった。
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