Lanse

2-5:A world that does not change-世界は変わらない-

「鬼退治、はじめますか。って言っても殺しはダメだからな―! そこんとこよろしくなカティーアちゃん」


 久しぶりの故郷に降り立ったオレは、カティーアにそう声をかける。

 黄色い毛皮の全体に斑点が描かれている派手なマントを靡かせてカティーアはこっちを振り向かずに片手をあげて歩いていった。

 真っ黒な長い毛の犬は、とても慣れているのかカティーアの隣にぴったりと寄り添うように歩いている。

 振り向くくらいはしろよーそういうところだぞと思いながらも、ワクワクする気持ちを抑えきれずに、見晴らしもよくて姿も隠せそうな岩場に身を隠して様子を伺う。


 侵入者に気がついたオレの仲間―鬼たちは、ざわめき始めた。

 カンカンと鐘を鳴らして女子供を避難させ、男たちや一部の血気盛んな女たちは島への侵入者に手荒い歓迎をしてやろうという感じで村の入口にどんどん集まってくるのが見える。

 悪いことをしてるって気持ちは不思議なことに微塵もなう。

 殺すなって言ってあるし、元々オレたちは喧嘩や戦いが娯楽の一族だ。手強い侵入者っていうとっておきのお祭りを提供できたくらいに思ってる。


 別に地元を痛めつけたいとか、故郷に恨みがあるわけじゃない。ただオレは退屈を壊したかったんだ。

 この派手なマントの魔法使いなら、息が詰まりそうな平凡で退屈なオレの人生に風穴の一つでも開けてくれる。そうと思った。



※※※



 毎日毎日毎日毎日変わらない顔ぶれ。

 変わらない日常。変わらない世界。

 息苦しくて仕方ない。オレはなんのために生きている?

 オレは本当にこのままでいいのか?

 頭の中でぐるぐると回る思考。溜息しか出ない。


 太陽も高くなってきた。

 この島を守ってるっていう神獣―ツンバオ爺さんの世話も次期頭領の役目ってやつだ。

 ツンバオ爺さんは獣というよりは、しゃべる大きな陸亀。眠って甲羅の中に手足を引っ込めていると大きな岩にしか見えない。

 毎日の日課であるツンバオ爺さんの甲羅磨きを終えて、トゲネズミのトゲで作られた特別製のブラシを担いだまま山から下りる。

 まだチビだった頃は半日もかかってたこの山登りも、十年以上続けていれば、朝飯を食べる時間の方が長いんじゃないかってくらい簡単に行き来できる。

 このちっぽけな島の中で十八年生きているオレの生活はこんな感じだった。

 ツンバオ爺さんの乳白色に輝く甲羅をブラシで磨いて、山から降りたら仲間と喧嘩をしたり魚を獲って、たまに酒を飲んでたまーーに事故でこの島に辿り着いちまう角無しを捕まえて術を使って記憶を消して外の世界へ送り出す。その繰り返しだ。


「ランセー! でかい魚が来たぞ!」


「ランセ! 行こうぜー!」


 山から下りて、道具を片付けているオレに声を掛けてくるのはディアンとリユセ。こいつらは小さな頃から一緒にいる幼馴染だ。

 二人とも山の岩から削り出した棍棒を担いでいる。背が高くて鋭い目のリユセと頭髪を丸めたディアンとは毎日のように遊んでいる大切な友達だ。でもオレたちが戦うのは魚か海獣ばっかり。つまんねーなー。

 大きなため息を吐いてもなにもオレの日々は変わらない。なにもしないよりはマシかもしれないけど。


「しかたねーなー! 行くぞてめえら!」


 ブラシをしまわずに適当に放り投げて、勢いよく高台から飛び降りた。

 ディアンの頭をぺチンと勢いよく平手で叩き、海辺の砂浜を目指し二人を置いて走り出す。


 でも、いくら海獣を狩ってもオレの頭に根を張った退屈の芽は消えることなんてない。

 退屈。退屈。退屈。退屈がオレを押しつぶしてく。


 月が、島をぐるりと囲む岩壁の中に沈んで、岩壁の向こうから太陽が昇って、またオレは仕事かーと溜息を吐きながらブラシを担いで山へ登る。


「はーあ。爺さんも寝てばっかりじゃなくてなんかしてくれよ。なんか地面を割るとか、島を囲ってる壁をたまには消してみるとかさぁ?」


「あの壁が壊れたら魔物がうようよ入ってくるぞ?」


「いいじゃん! おもしろそう」


「まったく……老体に無理をさせようとするでない」


 背中で好き放題言うオレに、呆れたようなのんびりとした爺さんの声が返ってくる。

 何度考えても、今目の前でのんびりと草を喰んでいる巨大な図体の亀が、すっげえ昔に異世界から来たっていうやばい神様相手に戦った神聖な獣だってのが信じられない。

 確かにツンバオ爺さんの甲羅は全力で殴ってもびくともしないし、オレが全力で殴ったことにも気が付かないで寝ているくらいだから、めちゃくちゃすごいことはわかってる。

 けどなんとなく、戦いだとか神獣って響きとツンバオ爺さんが結びつかなくて信じきれていない。


「ランセ……お前には仲間もいる。将来は父上殿の跡を継いで鬼の一族を束ねる。なにが不満なんだ」


「なにもねー島の一族を率いてもなー」


 爺さんは、そんなオレの言葉を聞くと、ゆっくりと背中を揺すりながら、呆れたように溜息を漏らす。

 結局、そのまま爺さんは寝ちまって、オレは家へ帰った。


「ランセー! 商団の連中が帰ってきたぞー」


 退屈な毎日の中での数少ない楽しみ、それは岩壁の外へ行くことを許されている一族の商団の帰還だ。あいつらの土産話を聞くのはすごくたのしい。


 オレは頭領の息子だから、決まりで外の世界には出られない。

 決まりだとかしきたりってのはどうしてこうめんどくさいんだ。

 外の世界に出ればきっとオレのもやもやは晴れるはず。オレにないもの、オレが欲しいものがきっとあるはずなんだ。

 だから、決めた。ここから絶対に出て行ってやるんだって。

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