Chapter2 Epilogue: "Do me come with?"-一緒に…-

 島への侵入者を倒した祝宴は夜通し行われた。

 翌朝、ジュジと海を眺めていると、背の高い鬼の集団がこちらへ近付いて来た。


「角無しの方々、息子が世話になったね。礼を言わせて欲しい」


 どうやら、こいつがランセの父親らしい。そして、後ろにいるのは正体を隠して取引を行い、大陸からこの島へ色々なものを運んでくる役目を持っている面々とのことだった。

 深々と頭を下げたランセの父親は、あいつによく似た海色の瞳を細めてこちらを見る。


「やはり……貴方達はこの島から出てしまうのだな」


「……まぁな。まだ、やることもある」


「図々しくて申し訳ないのだが、一つ頼まれてくれ」


 神妙な顔つきをしながら、ランセの父親は言葉を続ける。


「どうか……ランセを貴方達と一緒に外の世界へ連れて行っていただきたい」


 頭を下げてそう頼むランセの父親の肩に手を当てて、頭をあげてくれるように頼んだ。

 顔をまじまじと見ると、なんとなく年を重ねたあいつは、こうなるんだろうなということが読み取れる。

 コロコロ表情が変わるところはランセに受け継がれているな……と内心思いながら決めていた答えを口にした。


「あいつが来たいって言うなら、俺は断らないさ」


 俺が両手を広げて肩をすくめると、ランセの父親は目元を細めて笑う。笑い方までそっくりだ。

 あいつの親のことだから、ここで決闘でも申し込んでくることも予測していたが、流石に違ったらしい。

 

「もう一つだけ要件がある。こいつらの話を聞いてやって欲しい」


 そういながら、ランセの父親が屈強そうな体格の良い鬼を俺に紹介してきた。

 一歩前に進み出てきた男の鬼が、グイッと前のめりに体を倒したので、驚いて、体をのけぞらせる。

 喧嘩でも始める気か? と訝しんだ俺を見た鬼は、ランセの父親以上に頭を下げて、申し訳なさそうな声で話しかけてきた。


「ランセから、あなたが手を翳して魔力を注ぐと船が疾風魚イルカのように速く進むと聞いて……どうにか他の船にも手を翳してくださらないかと思いまして……。もちろんただでとはいいません……この動力水晶を一つお譲りしますし、出発の際は近隣の港まで我々が船を出します」


「お安い御用さ!」


 体格の良い鬼が差し出してきた手のひら大の水晶を、彼の言葉が終わると同時に奪うように手に握りしめてしまった。

 元気よく快諾する俺の隣では、ジュジが少し呆れたように溜息を付いている。


「もう……。先に村で寝てますね」


「すぐ終わらせてくる」


 アクビをしながら、女の鬼たちに連れられて客人用の寝床に向かうジュジを見送ると、俺は駆け足気味で他の鬼たちと船着き場へと向かった。

 船着き場には、俺ですら資料でしか見たことのない魔力駆動式帆船がいくつも並んでいる。叫びたいくらいにうれしい。っていうか叫んだ。


「まだ動く魔力駆動式帆船がこんなに……は? 動力源の魔石はどうなってるんだ? もう修理できる職人が消えて数百年、いや、数千年は経っているはずだが」


 ぱっと見は普通の船と変わらないが、よく見ると右舷にある舵の部分と、櫂を通す16対の穴に合わせて4つおきに装飾品のようにキラキラとした石があしらわれている。これが魔力を注ぐとほんのりと赤く輝いて推進力となるのだ。

 すごい。俺でも見たことがないような古代の失われた技術。これが目の前にあるなんて……。

 感動をしていて気付くのが遅れる。

 ……え……これ全部に魔力を注ぐのか……?

 安請け合いしたことを少し後悔しながら後ろを振り向く。

 俺の背後には屈強な鬼の男たちがキラキラとした目で俺を見ている。断れそうにないけど、一応確認だけしておくか。


「ここにある全ての船に魔力を注げばいいんだな!?」


「ええ? 全部ですか!? 一隻か二隻で限界か聞こうとしていたんですが、さすが次期頭領が連れてきたお方だ……」


 しまった墓穴をほった……と思ったときには手遅れで、俺は結局断れずに船全部に魔力を注ぎ込み続けた。

 その頼まれごとが終わる頃には月はもうとっくに山の麓に影を潜め、変わりに太陽の眩しい光が海面をキラキラと輝かせている。

 魔力を限界まで使った気がするのに、体が獣の呪いに蝕まれない感覚に違和感と、安心感を覚えたまま俺は気絶するように意識を手放した。


 俺はそのままほぼ一日寝ていたらしく、起きたときにはちょうど太陽が空高く登っている時間だった。

 心配そうな顔で顔を覗き込んできたジュジに謝りながら体を起こす。


「おはようございます。船、出してくれるみたいですよ。港に向かいましょう」


 俺たちはランセの父親が用意してくれた船に乗り込むために港に向かった。

 荷物はジュジに任せて、俺は港の入り口辺りに戻ると辺りを見回してみる。ランセが俺の見送りに来ないわけはない……と思ったが見当たらない。

 もしかして既に船の中に忍び込んでいるのか……?

 そんなことを考えている中、気配を感じて顔をフッと右にずらすと、風切り音と共にさっきまで俺の顔があったところを見覚えのある拳が横切った。

 

「カティーアちゃんさ、帰っちゃう前に頼まれてくれない?」


「別れの言葉は拳でってやつか?」


 振り向いた俺に、ピョンピョンとリズムよく跳びながらそういったランセは、俺が話し終わる前にサッと距離を詰めてくる。

 迷いのないランセの蹴りが、守りのため咄嗟に前に出した右腕に響く。痛覚遮断をしていないだけあって振動としびれるような痛みに意識が持っていかれる。

 一瞬気を抜くと目の前からランセが消える。

 しまった……と咄嗟に軽く跳んで、丁度俺の足を掬おうと繰り出されたであろうランセの蹴りを避ける。そのまま体を前に倒し、逆立ちをするように地面に手をついて体を振り回し、ランセの顔目掛けて蹴りを放つ。

 ランセは俺の足を取って投げようとしたが、俺はそのまま足に体重を乗せて振り抜いたためランセは俺の足を取れず、そのまま態勢を崩したランセの背中を踏み台にして跳ねた俺は距離を取った。


 向き合う形になった俺の正面に、突っ込んで最後の決着をつけようと、まっすぐ俺に向かってくるランセを、横にあった木を踏み台にして除け、そのまま木の側面を蹴って足を振り抜く。その蹴りはこちらに愚直なほど真っ直ぐに向かってくるランセの頭の側面を捉えた。

 俺の蹴りをもろに喰らったランセはそのまま勢いよく横に倒れると地面に伏せたまま動きを止める。

 少し見ていても動く気配のないランセに、さすがに当たりどころが悪かったか?と慌てて駆け寄ると、ランセはやっと仰向けになって笑い出した。


「あー。やっぱまだ勝てねーか」


 その言葉には悔しさも感じられたが、楽しそうな、なにかが吹っ切れたようなそんな響きがこもっていた気がした。


「一緒に来るか?」


 差し出した手を掴んで立ち上がりながらそういったランセに声を掛ける。


「今はまだやめとく。オレもちゃんとケジメつけてからにするわ」


 ランセは首を横に振りながら、相変わらず間延びした言い方でそういった。

 だが、その声には出会った時と違ってなにか信念のようなものを感じる。


「でも、困ったときにはいつでもカティーアちゃんのところにいくよ。オレたち…もう友達ってやつだろ?」


 拳を突き出してそう言ったランセに、返事をする代わりに拳を付き合わせ俺は頷いた。

 簡単な別れの言葉を交わして、俺はジュジと商団の船員たちが乗り込んでいる帆船に乗り込む。

 初めてのちゃんとした魔力駆動形帆船の乗り心地に胸を躍らせながらジュジと船尾の高いところに立っているとランセと、駆けつけてきた二人の鬼が俺たちのことを見上げているのが見える。


「……これやるよ」


 俺は、渡しそびれていたものがあったことを思い出して、ランセに船上から小さな虫の繭のようなものを投げた。

 ランセの父親から渡された文喰虫ふみくいむしという虫の巣だそうで、空いている小さな繭の中に丸めた羊皮紙を入れると、対になっている繭の中にそれが届くという珍しい品らしい。

 ランセが「今はいけない」と言ったら渡してくれと言われていたのをすっかり忘れていた。


「居場所、ちゃんと教えてくれよなー! カティーアちゃんのこと追いかけるからさ」


 ランセは、そう言いながらうっすら虹色に光る白い繭を握りしめて大きく手を振って嬉しそうな顔をしている。

 何か言おうと思ったが、大きな貝で作った笛の音が響き、商団の隊長である男の大きな声とともにゆっくりと帆船は進み始めた。

 優しく頬を撫でる海風の少しべたつく感じが何故か心地よい。

 たまには転移魔法じゃなくてこういう海の旅もいいなと、隣で黒い髪を靡かせて目を細めているジュジを見て思う。


「左手の呪いは解けないんですね……」


 ジュジは、俺の左手を手袋越しに撫でながら少し寂しそうに言うと俺の胸に寄りかかった。

 温かな彼女の体温を感じながら、俺はジュジの肩を抱き寄せる


「まだ……左手これはこのままでいい。俺がしてきたことを忘れないためにも……」


 罪は消えない。俺の影が言ったことは俺が見ない振りをしてきたこと。影の自分を倒したからと言ってそれが解決したわけでもないし、完全に割り切れたわけでもない。

 きっとこの先も、俺は色々なことを見ない振りをして怖がって生きていくんだろうし、見ない振りをしていることは急に牙を向いて何かの形で俺を突き刺してくるだろうけど…もうひとりで抱え込んで逃げずに立ち向かえることも増えるのかもしれない。

 俺は、ジュジの肩を掴んでいる手に少し力を込めた。なにか気がついた様子の彼女が新緑色の瞳に俺を写す。


「これからどうするんですか?」


 風になびく髪を抑えながら微笑む彼女の頬を撫でて俺は空を見上げた。

 

「そうだな……行きたい場所が見つかったんだ。付いてきてくれるか?」


「もちろん」


 頷く彼女をそっと抱きしめると、俺は彼女にあの巨大な亀から貰った小さな宝石を見せた。

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