2-13:Chain Breaker -繋がりを砕く者-

 歌に合わせて現れた緑色の幻想的な光の粉が宙を舞い、俺とセルセラの間に現れた透き通った鎖が砕け散って空に溶けていく。

 俺とセルセラとの間にあった使い魔ファミリアの結びが解けた証だった。


 俺とジュジがこのまま使い魔ファミリアでいても支障はない……が、きっとセルセラなりのケジメなんだろうと、なんとなくわかった。

 だから俺も同意をしたんだが……なんとなく寂しさも覚える。

 美しい光の粉が空へ全て消えていくと、一度閉じられた深緑の瞳がゆっくりと開いていく。


「ジュジ」


「カティーア」


 お互いに名前を呼び合った。彼女の肉声。少し緊張した面持ちの少女は、俺を涙ぐんだ目で見上げた。

 

「なにか話したか?」


「はい。セルセラと……さよならをして。記憶も……全部もらって……それで……その」


 頭を撫でて、そっと抱き寄せると、彼女は俺の胸に顔を埋めてうなずいた。今度は俺が親みたいだ……なんて思いながら、綺麗な黒髪に指を通す。


「無理に言葉にしなくてもいい。大丈夫。魂はまた巡る。きっと、また会えるから……しばしの別れってやつだきっと」


 自分にも言い聞かせるように、セルセラからの言葉を繰り返す。


「そうですね……」


 一度伏せた目線を再び上げて、ジュジは寂しげに笑った。二人で額を合わせて感傷に浸っていると、少し遠くから爆発音が聞こえてくる。

 台無しだ。

 音が聞こえてきたのは、恐らく里の方だ。見晴らしのいい高台へ上ると、ランセが一足早くそこに立っていた。

 山の麓にある里へ目を向けると、一筋の真っ青な煙が立ち上っている。更に、里を飲み込もうとしている真っ黒な靄のようなものが海岸から迫ってきていた。


「おやおや、珍しいお客さんが来たようだ」


 大きな亀は、さほど焦った様子もなくそう呟いた。俺に影をけしかけた時に、力を回すって言ってたのは、そういうことだったのか?

 まあ、今そんなことを聞いても仕方ない。折角だ。ジュジとセルセラのために力添えをしてくれた借りを返してやるとしよう。


「あんたに貰った魔力のお陰で力も有り余ってることだし、借りをさっさと返すことにしよう」


 亀は甲羅をゆするとゆっくりと目を閉じて頷いた。


「魔物狩りのスペシャリストが手を貸してやるんだ。ゆっくり昼寝でもしてれくれ」


 走り出す前に、俺は腰にぶら下げていた鶴革の袋コルボルドを掴んでジュジに手渡す。

 俺の隠し倉庫に繋がっているこの革袋は、倉庫にあるものを思い浮かべればそれがすぐ手元に来るという常若の国妖精の世界から贈られた愛用品だ。

 

「そうだぜ。爺さんはのんびりしてろよ。オレがぶっつぶしてきてやるから」


 里が襲われているというのに、やけに冷静な口調に驚いて、俺は隣に立っているランセに目を向けた。

 だが、開ききった瞳孔を見てすぐに、落ち着いているのは口調だけだとわかる。


「おいランセ、あの青い煙はなんだ」


「緊急時の狼煙。村が襲われたときにあがる」


「今、視てました。特に大きい魔物が二匹と……小さいのは……とにかくたくさん、東の港から村に押し寄せたみたいですね」


 ジュジは、村の近くにある花や妖精たちから情報をすぐに探ったみたいだった。村に何が起きてるのか分かれば話は早い。

 セルセラの記憶が継承されてすぐに、能力を使いこなすジュジの成長に思わず感心してしまう。

 それと、ジュジがマントにしっかりと身を包んでいることを確認した俺は、もう一度ランセに目を向けた。あいつははジュジの言葉を聞くなり何も言わずに疾風のように走り出す。


「待ちなさい。これを……父親のことが気になるのなら役にやつはずだ」


 大きな亀はそう言って、甲羅に頭を引っ込めるとくちばしの先にキラキラとした小さな宝石を咥えて再び頭を出した。

 俺もランセの後を追おうとして、ジュジの様子を見るために足を止める。鶴革の袋コルボルドの中から着替えを取り出して着てくれと頼もうとしていたのを思い出した。

 彼女に声を掛けようと目を向けると、ジュジは若草色の丈長の上着サーコートと、白い脚衣を身に着け、腰にはしっかりとベルトを巻き付けていたところだった。

 さっきまでおろしていた髪は、以前のように後頭部の少し高い位置で一つにまとめられている。よく手入れされた馬の尾みたいだ。


「俺たちも行こうか」


 貸したマントを俺に手渡してきたジュジを抱き上げて、俺は山を下るために走り出した。


 麓までたどり着いて視界が開けると、小さな蟹の形をした子犬ほどの大きさの魔物たちが村に大量に押し寄せているのが見えた。

 鬼たちが棍棒や銛を手に必死で立ち向かっている。

 一足先に辿り着いていたランセと二人で岩の上に立ってあたりを見回していると、鬼の中でもやけに背が高い鬼と、頭髪を綺麗に剃り上げている鬼がこっちに近寄ってきた。


「ランセ! 気がついてくれたか! 変な生き物がいきなり押し寄せて来たんだ」


「老人と女子供は奥の社に全員避難させたぞ!」


 島に魔物は来たことがないとランセも言っていたとおり、鬼たちは初めての魔物に手をこまねいていたらしい。

 体を切っても叩いても怯んだりせず、小さな損傷なら再生をしてしまう魔物は、対処法がわからないと、どんなに身体能力に優れていても苦戦する。


「とにかく、まずは数を少し減らしてから大物をしとめるとするか」


 ジュジの手を軽く引く。しかし、彼女は立ち止まったまま動かない。

 破壊された家屋やめちゃくちゃにされた船を見ながら、ジュジは表情を曇らせていた。


「もしかして……魔物は私におびき寄せられてきた?」


「関係ねーよ。ワンちゃんがいてもいなくてもいつかこうなってた」


 ランセは、俺がなにか言うよりも早くジュジの肩をポンと叩いて、ニカっと笑ってみせる。


「俺があの神獣に力を割かせたせいだ。鬼の連中あいつらも気にしていないことだし、まずは目の前にいる魔物の群れに集中するぞ」


「はい」


 ランセの一言のお陰で、ジュジの表情も少し柔らいだ。

 これだけの群れを相手にするのは初めてだからか、ジュジは少し緊張した面持ちを浮かべている。

 だが、先ほどのような思い詰めた様子は消えているので内心ホッとしながら、彼女の手を引いて魔物の群れへ向かって駆けだした。


「よーし! お前らこの変な蟹の倒し方をいうからよく聞けよー」


 そして、高台から飛び降りた俺たちの背後で、ランセが大きな声を張り上げているのが聞こえる。

 肩越しに振り返ってランセを見て見ると、戦えない同胞たちの安全は確保されていることがわかったからか、あいつの表情も怒りではなく、どこかワクワクしたような表情だった。

 軽傷を負った鬼たちは、さっきまで戸惑いの声を漏らしていたが、ランセの声が聞こえると「おおお」と一斉に大きな地鳴りに似た歓声をあげる。

 故郷があって、仲間がいて、危険に対して堂々と立ち振る舞える度胸がある。素直にランセがうらやましく思える。


「てめーら、気合いれろ! 頭を潰せばこいつらはボロボロに崩れるぞー! 手足をもいでも再生するから、頭を狙えー」


「ランセ……こいつの頭ってどこだ?」


「うるせーな! 、 いいからそれっぽいところ殴れ」


 軽口を叩き合っているなら安心だな……と思っていると、背後からすごい勢いで駆けてきたランセが俺たちを追い越しながら魔物の核を次々と殴って壊していく。

 興味を引かれて鬼達の様子を見てみると、ノッポの鬼の方は仲間へ大声で指示をして避難所へ続いている道にバリケードを造らせていた。

 猪突猛進なタイプのリーダーと、その補助をする仲間といい組み合わせだなと昔の旅を思い出しながら懐かしくなる。


「俺たちも行くか」


 ジュジが頷くのを確認して、俺たちも喧騒の中へ身を投じた。

 ランセは「あんなのうようよいるぞ」なんて言ってたが、小さいのはともかく。大暴れしている蟹の魔物は特級と呼ばれるそれなりに危険な大きさだ。

 本来なら、魔法院の正規軍が出てくるような手強い相手なのだが……まあ、今は士気を高めるために方便を使うのも有効だろう。

 

 最近雑魚が相手ばかりだったから、いい運動になるかもな。


「行ってくる。ジュジは補助を頼む」


 ジュジに障壁を張りながら髪を撫でる。頷いた彼女の頭を撫でてから、俺は痛覚遮断の魔法を自分に施し、ひときわ大きい魔物に向かった。

 大きな船くらいはありそうな大型の魔物は蟹を模して変質しているみたいだった。左右に生えているハサミを振り回して、木も家も叩き潰して暴れている。

 近付こうとする俺に気がついた蟹の魔物は、六本の足を巧みに使いこなして、僅かな時間差を作ってこちらに突き出してくる。除けにくいが、この程度なら楽勝だ。

 差し出される足を体を捻って避けながら、踏み台にして上っていく。


「……遊びすぎたな」


 引っ張られるような感覚で足が一本持っていかれたのに気付く。痛みを遮断してるとやっぱり動きが雑になるな……なんて思いながらちぎれた足を再生させ、目の前に近付いてきた鋏にぶら下がった。

 カニの魔物は鋏を触られたのが気に入らないのか、鋏を激しく振り回して暴れまわる。

 家や木に体を叩きつけられながら、鋏にぶら下がり続けながら考えを巡らせる。なんとか頭の上に登れると楽なんだが……。

 そんなことを考えているうちに、巨大な影が視界の隅を横切った。

 もう一匹の大物も近くに来ていたのか……と目を向けると、巨大なサソリの魔物と、先端に針が着いている尾にぶら下がっているランセが目に入る。


「カティーアちゃん! 魔物を暴れさせすぎだろ!」


「お前の方も大暴れじゃねぇか」


 ガンガン家に当たる魔物の尾に必死に捕まっているランセに思わず悪態を吐きながら笑ってしまう。

 こうして誰かと軽口を叩きながら戦うなんてどのくらいぶりなんだろうな……。

 バキバキと建物や木が壊しまくられ、そろそろどうにかしないと不味いなと周囲を見回すと、近くの家の屋根に立つジュジが目に入った。


「今二匹とも動きを封じます!」


 ジュジの声と共に、地面や木々からツルが伸びてきた。まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされたツルは、二体の魔物の足や体にも絡みつき始める。

 動きが鈍くなった魔物達は、網から逃れようと体を無理矢理動かそうと力を込める。ギチギチと音を立てながら動く魔物の力は強く、少しずつ伸びたツルは、ブチブチと小さな音を立ててちぎれていく。


「ワンちゃん、さんきゅー。助かるわ」


 絡まり合ったツルの反動を利用して高く飛ぶランセを横目に、俺もカニの魔物の目と目の間へと同じようにツルの反動を利用して勢いをつけて向かう。

 下から体を伸ばして体を掴もうとしてくる小さな魔物たちの触手をすり抜け、炎を纏わせた拳を思い切りカニの魔物の目と目の間の部分へ向かって振りぬいた。


 鎧を砕いた手応えの後からブチブチという音がして、最後に拳が硬い石のようなものに当たる。

 ガチンという金属が砕ける時と似た音が聞こえたのと同時に、とカニの形を保っていた化け物は紫色の液体を流しながら小さくなり、いくつかの黒いブヨブヨとした肉片になって動かなくなった。ドサリという重い音と共に魔物の体を覆っていた甲殻が落ちて、魔物は完全に沈黙した。


 地面に着地すると同時に、ランセも丁度サソリの魔物を倒したらしい。少し離れた場所には、黒いブヨブヨに囲まれた場所に立っているあいつが見えた。

 こっちに気が付いたランセが手をおおきく振りながら、こちらに走ってこようとしたが、背後から勢いよく走ってきた仲間の鬼に激しく体当たりをされてよろける。

 更に、その後ろから来たノッポの鬼に肩を支えられて立ち上がると、ランセは周りにいる鬼たちの方を叩いて激励をしているようだった。


「てめえら終わったぞー」


 拳を掲げながらランセがひときわ大きな声を響かせ、続いて鬼たちの歓声が島中に響いた。

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