1-9:Disposable Girl-消耗品の私-
カティーアは何も話してくれない。
でも、このまま大人しくしているのも、彼が言ったことを認めたみたいで悔しい。
なにかしたいけど、私にできることは限られている。
外に出るのは無理。庭から出た瞬間に、多分群がってきた魔物に私は殺される。
じゃあ何ができるんだろうって考える。
カティーアの留守中に考え事をしながら、広間にある本棚に目を向ける。乱雑に積み上げられた本が目に留まった。
「改めて見ると、本当にすごいものばかりだなぁ……」
さすが魔法使いの家……と、少し憂鬱だった気持ちも忘れて本を手に取る。
箱庭に持ってこられた簡素な装丁の写本ではない。厚い木の板の表紙は金で縁取られている。
立体感のある草花が彫られていて、小さな宝石がちりばめられている美しい本、鞣されたドラゴンの革で加工された表紙の魔法書……。
掃除をそこそこなまま放置して、本を捲る。
最近、ここに置く本を増やしたのかな?
見たことがない本や、読めない文字がたくさん描かれた本もたくさん積み上げられている。
あれこれ一人で考えるよりも、本を読んだ方がマシかもしれない。
最近のカティーアは、私が魔法について質問したり、話題にすることに対して余りいい顔をしない。
だから、彼の目を避けるようにして、気になる本を幾つか私室へ持って行った。
彼が留守の間や、家事の合間を縫いながら本を少しずつ読み進めていく。
魔法について書かれた本よりも、呪いとか伝説について調べたほうがいいのかな?
呪いがなくなれば、彼は「偽りの天才を演じる」ということから解放されるのでは?
そんなことを考える。
私は、カティーアが天才だと証明するのではなく、彼の呪いがなんとかならないか考えるようになっていることに気が付いた。
「んー」
太陽の光が窓から差し込み始めた。夜通し本を読んでしまった。
火を焚いていたけれどまだ少し肌寒い。上着を羽織りながら、朝食を用意するために部屋を出てから、ついでに、新しい本を見繕って来よう……と調理場へ行く前に本棚へ目を向けた。
その時、視界の隅で薔薇色の粒が仄かに光ったのが目に入る。
驚いて、思わず息を止めた私は、息を潜めてゆっくりと動きながら、光が見えた方へ足を進めた。
「あれは」
柱の
彼女は、小さな体で懸命に分厚い本を運んでいる。床の上に積み上がっている本の上に一冊落として、もう一度階段を上ると、新たにもう一冊本を落とした。
「あの……おはよ」
隠れるのをやめて、セルセラの前に姿を現わす。
彼女は、細い両腕で抱えていた三冊目の本を落としながら丸く目を見開いて私を見つめた。
それから、気を取り直したようにふるふると首を左右に振って、人差し指を小さな唇に当てて「しぃー」と息を漏らして微笑む。
彼女が通っていた場所を考えてみるに、この本たちは二階にあるカティーアの部屋から持ってきたものみたい。
どうりで難しい内容の物が混ざっていると思った……一応たくさんの本を読んでいたのにわからないのは、内容が高度なだからか……とホッとする。
「もしかして、私に協力してくれてる?」
私の言葉に対して、セルセラは何度も首を縦に振って頷いてくれた。
考えてもみなかった。でも、よく考えれば当たり前のなのかもかもしれない。
私が妖精の言葉がわからないだけで、セルセラに言葉は通じているんだ……。
そういえばカティーアも、セルセラへの指示は私にもわかる言葉で伝えていることが多い。
私たちヒトは、普段意識していないと当たり前のことでも見逃してしまう……。
ぼうっと立ち尽くしていると、腕に重みを感じて驚く。我に返って慌てて視線を腕に向けた。腕の違和感は、セルセラが私の腕に本を置いたからだった。
渡された本をしっかりと持つ。お礼を言おうとしたら、彼女は腰に逆さまに咲いている薔薇の花から茨の蔓を数本伸ばした。更に何冊かの本を持ち上げて、私の胸元にグイグイと押し付ける。
「この本を全部読めばいいの?」
頷きながら、彼女は蔓を薔薇の花に収めた。それから腰に両手を当てて胸を張る。
得意げな表情の彼女が可愛らしくて笑いながらお礼を言う。
でも、この本たち……すごく分厚い。しばらく持っていたら腕がしびれてしまいそう。
「ありがとう。部屋にしまってくるね」
私の言葉を聞いたセルセラは、薔薇色に光る鱗粉を振りまいて窓の外へと飛んでいった。
彼女の背中を見届けてから、私は私室に本を置きに一度戻る。
それから、少しだけすっきりとした気持ちになりながら、朝食の準備に取り掛かることにした。
調理場へ渡り廊下を歩いて向かう。
竈の上に置いてある鍋には、昨日作った芋のポタージュが残っている。
食料庫に入っている魚の塩漬けを鍋の中へ入れて、もう一つの小さな鍋で煮詰めていた
調理器具を洗い、一人で食事を済ませる。カティーアが起きるのは昼過ぎかな……。
本当は、一日何食も食べるなんて慣れなくて、出来るなら夕飯だけでもいいのだけれど、彼は私が食事を抜くと驚くくらい口うるさく注意をしてくる。
どうせ私を使うのに、何故そんなことを気にするんだろうと思うけど、なんだか少しだけ嬉しいと思う自分もいる。
彼にとっては、たくさんいるうちの一人だったとしても、こうして気遣われるのはいいなと思った。
両親も、村の人たちも私のことをこんなふうに心配してくれなかったから。
ひととおり家事を終えて、ひとまず部屋に戻った。
彼の足音が聞こえないのを確認して、さっきセルセラから渡された本たちを机の上に並べる。
この家にある本は写本ではないので、表紙か背表紙をみれば、どんな本かわかるのがすごく便利。
初等教育用覚書 魔法と呪いの基本、魔法院ホムンクルス大量生産化までの歩み、
私の目に入れたくなくて、彼が部屋にしまっていたものなのかな……と考えを巡らせる。
私は暴れたり、逃げ出したりしないんだから、気を使わなくてもいいのに。
思ったよりも彼は心配性だ。
溜息を吐いて、一番上に置いた
本を読むと、
体に魔力を溜め込むけれどそれを自分の力で操作できないようになっているらしい。異界からの侵略者を倒すために大量に使用された歴史が書いてある。
ここまで読んでも、嫌悪感は感じない。
世界を守るためには……一人の天才を失わないための犠牲なら、仕方がなかったと思えてしまう。それは、きっと彼的に言えば「物分かりがよすぎる」のだろう。
ああでも、彼に出会う前なら酷いと思ったのかもしれない。だって試験の時に、家に来た魔法使いは私を物のように雑に扱った。
アレは多分、特に変な対応ではないのだろう。すぐに死ぬ家畜を丁重に持てなすわけがない。
他の
箱庭は故郷よりも恵まれた環境だった。
好きな本を見ることが出来て、そして、ずっと憧れだった存在と共に過ごせている。
私は、死ぬことが決まっているけど幸せだ。だから、使われることにも抵抗がないし、かつて彼がたくさんの同族を殺していても平気なのかもしれない。
洗脳をされている可能性や、
「問題ではないんだけど……さ」
セルセラが運んできた本の数々は、私にとってかなり難しい内容だった。
頭の中がこんがらがる。それでも必死に本を読む。
カティーアの呪いをなんとかしたい。彼が一瞬だけ浮かべた暗い表情を思い出すと胸が痛くなる。
寝る間も惜しんで、私は本を読み解くことに全力を尽くした。
仕事の日。
最初の頃は月が満月から新月になるまでの間に、二回ほどの頻度だった気がする。
でも、最近は忙しいみたい。毎日のように仕事が舞い込んでいる。
カティーアと一緒に外に出ることは、少し嬉しいけれど、呪いが深まっていないか心配でもある。
枯れていた木々は、いつのまにか新芽を開かせ、森にも色とりどりの花が咲き始めている。
「いい子にしてろよ?」
「はい」
魔物相手に私ができることはない。
だから、心苦しく思いながらも、私はいつも通り安全な場所でじっとして、彼を待つ。
今日こそ私は使われるのかな……。呪いの手掛かりを掴めるまでは、私が使われませんようにと祈りながら。
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