1-10:Even the Obviousー掴んだ手掛かりー

「そういえば……私たちアルカはなんで人ではないもの……妖精とか魔物を惹き寄せるんですか?」


「んー。……繋がりやすいから?」


 今日も使われなかった。だから、気が緩んでそんな質問をしてしまった。

 しまった……と思ったけど、今日のカティーアは機嫌がいいみたい。あっさりと答えてくれた。

 私が彼に初めての反抗の意を示した夜から、魔法や呪いに関する話をすると眉を顰められて、曖昧な返事で流されてしまうことが多かった。

 そのせいか、質問をしたときは、またはぐらかされちゃうんだろうなーって思っていた。だから、彼の言葉に少しだけ驚いて言葉に詰まりそうになる。


「つながりやすい……というのは魂が……ですか? ええと、例えば……私が魔物に取り込まれる……のは困るか。うーん……私がセルセラと融合して強くなるとかっていうのも出来るんですか?」


 話を途切れさせたくなくて、私は必死に言葉を続ける。

 数歩前を歩いているカティーアが、私の顔を見て、口角を少しだけ持ち上げた。


「まあ、ヒトと妖精の融合は出来なくもないって話は聞いたことがあるが……お互いの望みが一致していないとひどい状況になることが多い。納得出来ないまま取り込まれた妖精が人間を殺して自分だけ元の姿に戻ったりとかな」


「お互いの……望み……」


 いつのまにかカティーアの隣にいたセルセラが、私のすぐ横を飛んでいる。

 思わず、私と彼女は顔を見合わせた。


「あのな……魔法が使いたいからって絶対に魔物や妖精を取り込もうなんて思うなよ?」


 そんな私たちを見たカティーアは、いたずらっぽく笑って冗談めかしながらそう言った。

 それから、近くに実っている小さな木の実をもぎ取って口に放り込む。


「そうだな……」


 柔らかい表情で微笑む彼の横顔を見上げた。

 夜風が頬を優しく撫でる。こういう話を仕事の合間に交わすのは楽しい。魔物も今日は少ないし、良い日だなって思う。

 なにか考えているように腕を組んだカティーアは、わずかに眉を寄せて立ち止まる。その場を少し行ったり来たりしながら目を閉じていた彼が「あ……」と小さく声を出した。

 それから、ぱあっと明るい表情に変えて、私とセルセラを見る。


アルカは、肉の殻を持たない存在……つまり魔物や妖精が好む魂の形をしているんだ。これなら通じるだろ? 妖精や魔物が好きそうな匂いを放ちながらピカピカ雷みたいに派手に光って飛ぶ耀虫ホタルみたいなものだな」


 早口になりながら一息で話すティーアは、少年みたいに無邪気な表情で笑う。

 この説明は、本人的にはわかりやすくしたつもりらしい。得意気に両手を腰に当てて胸を張っている。


「ピカピカ雷みたいに派手に光る耀虫ホタルって……例えが酷い……ふふ」


 そんな彼が、とても可愛らしく思えてつい吹き出してしまう。例えがちょっと酷いことも相まって、口元を手で隠したけれど、笑いは止まらない。

 

「……良くも悪くも、そういうやつらに好かれやすいし、干渉されやすいってことだ。おジュジに渡したネックレスもそういうやつらがするのを防止する加護がついてる」


 笑われると思わなかったところで笑われたのが気恥ずかしかったのか、カティーアはコホンと咳ばらいをして視線を逸らす。

 小さく「そうなんだ」と言ったのを聞き逃さなかったのか、私の顔を覗き込むように屈んだ。うれしかったのか、カティーアの口の端が持ち上がって、小さな犬歯が見える。


 これは、思い上がりなのかもしれない。

 でも、今の彼の表情がとても温かで優しくて、胸のあたりがぎゅって苦しくなってしまう。


「今まで通り、寝てるときも絶対それを外すなよ。寝ている間に魔物に操られている場合、宿主ごと殺さないといけなくなるからな」


 ネックレスに手を添えた私を彼は見逃さなかった。

 冗談めかしつつも、少し声のトーンを落としてそう付け加えた言葉にギョッとして、慌ててネックレスから手を離す。


「は、はい……。気をつけます」


 彼の手がスッと伸びてくる。


「……いい子だ」


 大きな手は私の頭に軽く触れ、細い指に髪を絡める。

 それから、黒髪の間を梳くようにそっと指を通した後、彼の手が離れた。

 歩けないときに抱き上げられたりは何回かあった。けれど、こんな風に触れられるのは初めて。

 驚いて、彼の顔をじっと見る。耳も頬もなんだか熱くて、驚きすぎたのか呼吸が速く浅くなってる気がする。


 カティーアは、なにごともなかったみたいにくるりと私に背を向けた。

 そして、いつものようにゆらゆらとやる気が感じられない歩き方をしながら、結界の端まで歩いていく。

 私も慌てて彼の後を追いかけた。その時、突風が吹いてカティーアのローブがふわっと浮き上がる。

 ローブの隙間からチラリと見えたのは、肩の上まで覆っている金の毛皮……獣の呪いは彼の左半身を全て蝕んでいる。

 もうすぐ私も使んだろうな……と思うとさっきとは違う理由で胸のあたりが痛くなる。

 私が使われた後も、セルセラは彼の呪いを解くためにがんばるのかな。

 次に来るアルカは……彼の呪いを解こうとしてくれるのかな……。でも、なんとなくそれは嫌だと思ってしまう。

 誰かが彼の呪いを解いてくれればいいんじゃなくて、私が解きたいんだ。

 それに……あなたは偽物の天才なんかじゃないって、誰でもない私が証明したいんだ。

 湧き上がってきた気持ちを確かめるように、胸元に手を当てる。

 そして、再び集まってきた魔物を倒すために、結界の外へ出ていくカティーアの後ろ姿を見送った。


 きっと私に残された時間は少ない。

 今日もなんとか無事に仕事を終えて、私達は家へ戻った。

 明日にでも使われるかもしれない。だから帰ってすぐに寝るなんて出来なくて……。

 呪いを解けなくても、せめて彼に偽物の天才なんかじゃないってことは伝えたい。

 だから、私は今までより必死に本を読む。呪いについても、力を入れて調べるようになった。


 出来るなら……私が彼の救いになりたい。その想いは日に日に強くなっていく。

 でも、時々我に返って考える。彼は長い時間を生きている中で、きっと呪いを解こうとしたこともあったはずだ。様々な魔法や呪術に精通している彼がわからないことを、私が解明出来るのかな?


「呪いと祝福は対になる……そんな基礎を調べても、なんにもわからないんじゃないかなー」


 煮詰まった私は、つい独り言を漏らしながら、この前、彼と話した内容を思い出していた。

 悪霊や妖精と繋がりやすい性質……。


とひどい状態になることが多いから』


 私とセルセラは、カティーアの呪いを解くという望みが一致している。つまり、彼女となら、私は融合できるのだろうか……。

 だけど、融合したとして、結局、移された呪いに耐えきれずに死んじゃったら意味がない。


 使い魔ファミリアが呪われた場合、その主はどう影響が出るんだろう……。

 セルセラは、カティーアの呪いが進行しても、影響を受けているように見えない。

 少なくとも外見上は、カティーアがどんなに体を蝕まれていても変わらず可憐な少女のままだ。

 魔力の源が呪いであるなら、魔力を共有できる使い魔ファミリアの体も、同じように呪いに浸食されるはずだけど……。


 私なんかが考えてもダメかな……と気が重くなる。

 呪いがもたらした祝福で英雄になった彼はどんな気持ちで生き続け、他のアルカたちを使ったのだろう。


 考えても仕方ない……もう夜も遅いし今日は寝よう。

 そう思って思い切り腰を伸ばす。

 それとほぼ同時に、私の近くで何かがものすごい速さで落下していくのが見えた。

 パッと足を引く。ドンッという重い物を落とした時みたいな音が響く。

 ぞっとしながら足元を見ると、音の主は分厚い本だった。

 もう少しで足に当たってた……と、咄嗟に足を引いたことを幸運に思いながら本を拾う。

 見覚えのない本だけど……これは……。

 気配を感じて視線を上に上げると、光る鱗粉を辺りに舞わせながら、セルセラが浮いていた。

 彼女は申し訳無さそうな顔をして、目の前にゆっくりと下りてくる。


「大丈夫。それで……この本がどうかしたの?」


 セルセラは、私の言葉を聞いて大きく頷くと、重そうに本の表紙を持ち上げる。

 それから数枚ずつページを捲って、とあるページで手を止めた。

 彼女は腕を大きく振って、もう片方の手で、本の一部分を指差す。

 この本は……子供向けに書かれた呪いと祝福の解説書。

 彼女が指差している部分を、声に出して読む。


「呪いと祝福は対になる……ってそんな基本的なこと。そのくらい私だって……あ」


 言葉にして読み上げた私が言葉に詰まって顔を上げる。セルセラの嬉しそうな表情が見えた。

 頭の中にあったモヤモヤが消えていく。

 意識をしていないと、当たり前のことすら見逃してしまう……。それは、どんなにすごい魔法使いでも同じかもしれない。


「当たり前のことも……思い込むと……見逃してしまう」


 セルセラが顔をほころばせて拍手をする。

 顔が熱い。嬉しくて胸が五月蠅いくらいに高鳴る。目を閉じて、息を深く吸った。

 もしかして、これが正しければ、彼の呪いを解けるかもしれない……。

 ありがとう……そう言おうとして、目を開く。でも、セルセラはもう姿を消していた。

 彼女がいたのは幻覚ではないという証拠に、薔薇色に光る鱗粉が微かに扉の方に続いている。

 多分、カティーアの部屋へ戻ったんだと思う。

 夜明けも近い。私も、少しだけでも寝た方がいいかな?

 本を閉じて、やわらかなベッドに潜り込む。キルトの掛け布団を胸までかけて天井を見上げた。

 先日、私室に取り付けられた光る魚を閉じ込めた角燈ランプが、ゆっくりと明滅を繰り返している。

 セルセラは、なんで私を助けてくれるんだろう。カティーアに内緒にしてまで、私に力を貸すのは一体……。

 カティーアに直接話さないのは、彼が信じようとしないから?

 それに、急いでいたのは私が使までに、時間が無いから?

 一生懸命考えようとしたけれど、強烈な眠気に襲われてまぶたが重くなる。まるで、夢の世界に強い力で引っ張られているみたい。

 最近寝てなかったからか、それとも希望が見えてきて緊張の糸が緩んだからか……。眠気に負けて、瞼を閉じた。


「神様……どうか私が使われる日がまだ先でありますように……」


 普段信じてもいない神様に祈りながら、私はそのまま微睡みに身を委ねた。

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