2ー10:”Others' toys look better than their own”-「他人のオモチャは良く見える」-
爺さんが発した「父親」という言葉に、カティーアは目を見開いて動きを止めた。
少し丸みを帯びていた瞳孔がスッと針のように細くなり、眉間に皺が寄る。
「俺の……父親が神獣だって?」
聞いたことも無いくらい低い声だった。普段は飄々としてなにを考えているのかよくわからないけど、あいつがここまで不機嫌になるなんて……。オレは思わず息を呑んで爺さんと向き合っているカティーアを黙って見つめた。
「……神獣ってのはともかく、俺の呪いと父親に関係があるって言いたいのか?」
「そうだね、まずは君の体と魂について話さないといけないね」
カティーアとは対照的に、爺さんは穏やかな口調で話し始める。
「魔法使いさん、君はどんなに体を切り裂かれようと、どんな病に侵されようと、体は時間の干渉さえ拒み、最善を保ち続けようと再生をする……そうだね」
「ああ、間違っていない」
「ああ、やはりそうか。強固な祈りによる守護が、君の魂と肉体を護っているんだ。私たちの故郷……
「……祈りによる、加護、だと」
顔を顰めたまま、金色の毛皮に覆われた両腕にカティーアは目を落とした。
手袋をしていた時は気が付かなかったけど、よく見るとあいつの両手には黒くて鋭い爪が生えている。
急に黙りこくった主人が心配なのか、静かに佇んでいた黒犬はカティーアの手の甲へ自分の頭を擦り付けて、鼻からか細い鳴き声を漏らした。
そんな一人と一匹を、爺さんは慈しむような、同情するようなそんな目で見つめている。
「本来ならどんな呪いだろうが、時間さえあれば体から追い出してしまえるほどに、その護りは強い」
「だったらなんで……俺は他人に呪いを移さなきゃまともに魔法も使えなかったんだよ……」
すごい真剣なやり取りが続いてるけど、なんか、オレ一人だけ場違いじゃね?
でも、今さらちょっと時間を潰してくるなんて言えない空気なので、ただ爺さんとカティーアの話を黙って聞いている。
親が神様とか神獣って多分なんかとにかくすげー存在なのはわかる。
カティーアは、そのすげー父親からなんかわからないけど力を貰って、それで病気にもならないし、死なないらしい。あいつは真剣っていうか、すごく不機嫌そうにしてるけど、死なないし病気もしないってのは、いいことじゃねーの? って思った。
だから、カティーアがなんでそんなにしかめっつらをしているのか全然わからない。
なんでも持っていて、なんでも出来るやつが何を悩んでるのかわからないことに、なんとなく腹立たしいような、もやもやするような、そんな気持ちになってくる。
「本来なら……と言っただろう? 君の体を蝕んでいる獣の呪いは、加護の力が追いつかない速度で新たに生まれているんだ」
「新たに生まれている呪い? どういうことだ?」
「君が、自分で自分を呪っているんだよ」
言葉を失ったカティーアが、小さく「は?」と声を漏らす。
爺さんはそんなことに気が付いていないように、のんびりとした口調のまま話し続けた。
「呪いを他の生き物に移すということは、因果を書き換える必要があることなんだ。それは、呪いを与えた神だとしても難しい」
「でも……実際に俺は、呪いを他人に移してきた」
「では、少しだけ話を変えてみよう。……一度その
「それは……試していないが」
「よく考えてごらん。君は魔法を使ってここまで来たのだろう? 両腕の呪いは進行したかな?」
「それは」
頭がこんがらがってくる。
オレの知らない話、オレの知らない悩み……。
怒ったようなやるせないような、複雑そうな表情をしているオレの憧れの……オレの退屈を砕いてくれるはずの無敵の存在の理想が崩れていく。
そんな顔をしないでくれよ。余裕たっぷりのあんただけをオレは見ていたいのに。
「呪いと祝福は一対になる。魔法使いくん、君にかけられている呪いは二つある。整理して教えてあげれば答えは見えてくるはずだ」
カティーアなわかってるんだかわかってないんだかわからないような唸り声をあげた。
「一つ目の呪いは狂気の獣になる呪い……獣の姿を得て獣の力を振るう祝福と対になっている」
オレはまったくわからないので、ぼうっと爺さんとカティーアのやりとりを聞いているだけしかできない。
「二つ目の呪いは不死の呪い。どんな傷も病も直し、魂を決して離さない強固な護りの祝福を得る代わりに、君の体は時間から置き去りにされる」
「俺は……ずっと不死の獣に変化する呪いに掛けられたおかげで魔力を得たのだと……言われていたが」
「誰かを新たに呪うことは容易いが、自分の呪いを他者に移すことは難しい……」
「……呪いが他人に移せないとして……それなら俺は……どうやって
「それは」
「呪われてるとか、誰かを呪ってころしたとか、別にいーじゃん。死人に謝れるわけでもねーんだしさ? 強くて金があって、しかも不死身ってめっちゃうらやましいよオレ」
あ。これは言ったらダメなやつだった…と口に出してから後悔する。
姿勢はほぼ変えないまま首だけをこっちに向けてきたカティーアは、口元には笑みを浮かべてるけど、瞳孔を針みたいに細めたままだ。握りしめた拳には炎がまとわりついている。
謝ろう……頭を下げようとしたときだった。
「……ガキには隣の玩具が良く見えるってやつか?」
「あ? 誰がガキだって?」
吐き捨てるように言われたカティーアの言葉にムッとして、謝るどころかカティーアの胸倉をつかんで額をゴツンとぶつける。
「二人とも、落ち着きなさい」
額を少しずらしてこいつの頭にオレの角を刺してやろうかと思っていた矢先、ゴウッと突風のような爺さんの溜息が当たってオレは我に返った。
そうだ、元はといえばオレが先にいらないことを言ったんだった。
「……頭を冷やしてくる。ツンバオも、話の続きはまた後にしてくれ」
手を放したオレが謝るより早く、クルリと背中を向けてカティーアは犬と一緒に森の奥へ歩いていく。
後を追おうとしたけど、「ひとりにしてくれ」と言われてその場で何も出来ずに立ち尽くす。
気まずくなって、爺さんの顔もろくに見ないまま山を降りた。
オレは「今はこうするしかない」と自分に言い訳をしながら村へと向かう。
トボトボと歩いて山を降りると、ふもとでディアンとリユセが待っていた。
「あの角無しはどうしたんだ?」
「あー……。なんか……ちょっと一人にしてほしいって言われてさ」
「またお前が余計なことを言ったんだろ」
拗ねたように唇を尖らせたオレの肩をリユセはバシンと叩くと、呆れた表情を浮かべながら笑った。
ディアンはさっきから捨てられた子犬みたいな顔をしてオレの周りをウロウロしてる。ムキムキの筋肉をつけた丸坊主にそんな顔をされてもなぁ…。
「外の世界……どうだったんすか」
「なにもなかった。いやあったけど……まぁさ、結局はここと変わらねーんだなって思った。つまらねーよ」
海に向かって歩きながら話す。外の世界のこと。結局なにもオレは見つけられなかったこと。
海際の大きな岩の上についた。昔みたいにオレを真ん中にして三人並ぶ。ガキの頃はよく三人でこうしていたずらとか考えてたっけ。
海にはディアンの頭みたいにまん丸な月が浮かんでいる。今日は湿気があるのか黒っぽい靄のせいで岩壁は霞んで見える。
「カティーアちゃんが持っててオレが持ってないもの……なんなんだろうな。なんだよ隣の玩具はよく見えるって。オレはあいつに比べたら何も持ってねーじゃねーか」
「カティーアってあの角無しか」
「そうそう。なんでもできて、神様かなんかが父親で……たかが呪いくらいでなんであんなにへこむかねぇ……わからねえよ。人を殺したってさ、それはまあ知らなくてやったなら仕方ないことだと思うしさー」
寝転んだ俺の顔を覗き込むリユセに思わず愚痴る。
いつもどおり適当に同意してくれるだろうって思ってたけど、リユセは眉間に皺を寄せて真剣な表情になる。
「難しいことはわからねーけどさ、オレもランセに対してわからねえよって思うぜ?」
「は?」
「お前はオレたちの頭領になる男で、ツンバオ様とも直接話せて、喧嘩も強い。それなのにお前は毎日が退屈でつまらないっていうだろ? なにがつまらないんだかオレたちにはわからねえよ」
「おれたちランセに比べたら弱いし親も単なる漁師だからな! 島で誰もお前に勝てないくらいなのに、なにが不満なのか全然わかんねーよ」
「いや、オレは……」
二人からそう言われて、頭の中にかかってた透明な膜みたいなものが破れたような感じがした。
オレは他のみんなが頭領になるための修行とか訓練とか、ツンバオ爺さんの世話がないから毎日楽しいんだと思ってた。それに、オレ以外のみんなにはある程度強ければ島の外に出られる可能性もある。オレだけが決まったことをさせられていて、オレだけがこの島に縛られることが確定してると思っていた。
でも、こいつらは、オレの強さとか爺さんと関わること、島で頭領として生きるってことが羨ましい。
「ないものねだりってやつかー」
大きな声を出しながら寝転がる。
そんなオレの隣に、リユセとディアンが同じように寝転がった。二人の顔を見ると満面の笑みを浮かべてる。なんだよオレ以外はわかってたのかよ。
「くっそーーーだっせーー」
「しなきゃいけないこと、もうわかるみたいだな」
大きな声で空に向かって叫ぶ。
ガキのわがままと八つ当たりを最悪なタイミングでかティーアにしたことがわかって恥ずかしくなる。
リユセと優しく笑いながら、上体を起こしてそういった。ディアンもニコニコ笑いながらこっちを見てる。
「朝になったら謝ってくる」
三人で立ち上がる。仲間がいるって羨ましそうに言ったカティーアにイライラしたけど、ひとりじゃないっていうのはこういうことなんだな…とやっとわかった。
あいつは一人だから…こういうときに頼れたり、何かを教えてくれる相手もいないのか…と考えると八つ当たりをしてしまったことがますます申し訳なくなる。
「自分の欲しいものを他人に頼って手に入れようとしてたんだな……。ったくさー結局オレの欲しいもんはオレがなんとかするしかねーってことか」
二人の肩を抱き寄せたオレが笑うと、二人は頷いた。
スッキリしたのが心地よくて、オレは走り出す。オレに続いて二人も走り出した。
夜の海を思いっきり走って声を上げて、気持ちを切り替える。
オレが欲しいものはオレが見つけないといけないし、自分の世界を変えたいならまず自分が変わるしかない。
いきなりやってきた誰かが突然オレの世界をオレの望むように変えてくれるなんてそんなの待ってたら、オレの世界の殻は壊れない。
よく眠って迎えた朝。
カティーアに謝るために、オレは山の上へと走り出した。
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