Qatia

2-11:Depending on myself -自分次第-

『呪われてるとか、誰かを呪ってころしたとか、別にいーじゃん。死人に謝れるわけでもねーんだしさ?』


 目を閉じていても、頭の中にランセの声が何回も響く。

 呪いが俺の体を侵食することは多分、もうない。だとしても、俺がして来たことは、無益な殺生だったかも知れない。俺の心が強ければ、なかったかもしれない犠牲だった。そんなこと、簡単に割り切れない。

 死者に謝って済むわけでもない。勘違いだったから、俺がアルカたちを殺したことがなかったことにできないのも、十分わかっている。

 もう新しく箱たち望まぬ相手を呪い殺さなくてすむんだ。それで満足しろよ……ともう一人の自分が語りかけてくる気がして、それを振り切るために更に目を強く閉じた。


(大丈夫ですか? 私、ちょっと外を見てきますね)


「ああ、頼む。ちょっと一人で考えてるだけだから、心配しなくていい」


 金もある。魔法も人並み以上に使える。腕力だって剣の腕だってそれなりに鍛えてきた。それに、要領の良さや見目の良さだって、悪くはないという自負はある。

 でも、それでも、物心ついたときから、俺の心には、ずっとずっと埋められない穴が空いているような感覚があった。

 俺が与えられていたのは、偽りの称号と立場。それだけだ。

 アルパガスを倒して英雄だと言われても、俺は孤独だった。周りのやつらはすぐに死んでしまっても、セルセラや、知り合った良き隣人妖精たちとの親交はあった。だが、俺にはランセのように心の底から笑い合える同族もいなければ、家族もいない。

 数え切れないくらいの長い時間、俺は偽りの立場にしがみついていたんだ。

 せっかく俺を信じてくれた仲間も、イガーサが死んでからは関われなくなった。まともにあいつらと話さないまま、俺は大英雄にされたし、あいつらが俺を見てどう思うかを考えないようにしながら、英雄の真似事をしてきた。会いに行けたっていうのに、イガーサを殺したことを責められるのが怖くて逃げていただけだ。


 孤独を紛らわせたかった俺は、イガーサを蘇らせることは無理だとしても、せめてもう一度会って、謝りたくて色々なことを試した。

 きっと、謝りなんてしなくても俺のことをイガーサは許してくれるんだろうって、長すぎる時を生きた今ならわかる。多分、イガーサは過去に呪い殺したやつらのことだって、気にしないでいいと言ってくれる。

 ジュジとセルセラも、俺が過去のことを「仕方の無いことだった」と言わなくても、優しい言葉で慰めてくれるってわかっている。

 だからこそ、それに甘えて罪と向き合わないのは非常に不誠実だと思った。俺がそんなガラじゃないのもわかっている。


「……落ち着いて考えを整理するか」


 声に出して、自分に言い聞かせる。

 あのデカい亀は言っていた。呪いを他人に移すことは、因果の書き換えが必要になるから神にすら難しいことだと……。結局どういうことなのか、わからない。これだから、神の類いや常若の国あっちの世界にいるようなやつらの話を聞くのは嫌なんだ。


「……ったく。考えることが多すぎる」


 俺の親父について……今考えるべきではないかもしれない。

 だが、聞いたからには無視出来ない。俺も一応ヒト族とはいえ、なんだか自分がヒトから生まれたという自覚は無かった。妖精たちのように、そこらへんから湧き出たと言われた方がまだ納得がいくってのに……まさか親のことを知っているやつが今更出てくるなんてな。

 何故俺は、魔法院で育てられた?

 俺は両親から捨てられたのか?

 両親は不死ではないのか?


 あまりの情報の多さに思わず思考を止めたくなる。

 あのデカイ亀が言っていた「呪いは自然に消える」ってのが事実なら俺は……数えきれない程のアルカたちを殺さずに生きられたってことか……?

 でも事実として俺の体は呪われているし、アルカを使わなければ呪いは俺の体をどんどん蝕んでいった。

 獣の呪いに呑まれてしまえば、俺は自我のない獣に成り果てて、きっと更にたくさんの人間を殺していたはずだ。

 誰の言っていることを信じればいいのかもわからなくなってくる。

 考えてもわからない。頭がパンクしそうだ。

 頭の中のゴチャゴチャも一緒に出てしまわないかと、体中の息を吐く勢いで溜息を吐いても、湧き上がってくる疑問やモヤモヤとした気持ちは消えてくれなかった。


(カティーア……少しはすっきりしました?)


 頭を抱えてしゃがみこんでいる俺の頬にヒヤッとしたものがそっと触れる。ジュジだ。鼻先を俺の頬へ押し付けてい彼女をそっと抱き寄せた。


「心配いらない。少し考えることが多いだけさ」


 俺の生い立ちや、やってしまったことの後悔はとりあえず置いておこう。今はジュジとセルセラをなんとかするほうが先決だ。

 ランセのことで話は途切れたし、亀はいつの間にか寝ていて、目を覚まそうと炎の球を打ち込んでみたけど、全然ビクともしない。もっと威力の高い魔法でも使ってみるかと少し悩んだが、この山が吹き飛んでしまっては元も子もない。

 まあ、明日の朝になれば目を覚ますだろう。

 諦めて、俺は鶴革の袋コルボルドから簡単な寝具を出して寝転がった。


「おいで」


 声をかけると、ジュジは寝転んでいる俺の横で背を丸くする。柔らかな黒い毛皮を撫でながら目を閉じた。

 ああ、いくらタイミングが最悪だったとはいえ、ランセには大人げないことを言っちまったな。あとで謝っておくか。ガキにガキという事実を伝えたところで、八つ当たりをしたことに代わりはない。

 

 前向きに考えよう。

 父親の話を聞けるのは悪い話じゃ無い。しかも、元々この不死の呪いは親父のものだったって話だ。


「あの亀の力……俺の魔法でも傷一つつかない頑丈な体から考えてみても、神獣ってのは本当なんだろうな」


(すごい勢いで色々な魔法を叩き付けてましたもんね)


「……手加減していたんだぞ?」


(それはわかりますけど……。本気でやったら、本当に山が吹き飛んでしまいますし)


 もし、あのデカい亀の力を借りて、二人の呪いを解くことが出来ると言われたら、どんな条件でも飲み込もう。

 それが、例え俺に負担のかかる方法だとしても迷ったりしない。 


 そこまで考えて、頭の中に嫌な考えがよぎる。

 ジュジとセルセラどちらかを犠牲にしなければならないとしたら、俺はどうすればいいんだろう……と。

 迷っていても止まる訳にはいかない。

 クソみてえな世界はなかなか変わらないし、俺がしたことも消えない。でも生きていくしかない。出来ることをするしかない。

 だから……ふたりとも失うことにだけは絶対にしない。そう決意を固くする。


(カティーア……私は別にこのままの姿でも……)


「大丈夫だ。絶対になんとかしてみせる」


 ジュジの柔らかい声を聞いていると、全部を投げ出して甘えて逃げ出してしまいそうになる。このままでもいいなんて、こいつらがよくても俺が自分を許せない。

 ジュジは組んだ前足の上に顎を乗せて静かに目を閉じる。

 人間の姿だったときよりも僅かに高い体温を感じながら、山の麓に見える海の方へ目を向けた。

 この島では霧が黒く見えるのか、岩壁のせいで黒く見えるのか、水平線から黒い靄に似たゆらめきが立ち上っているのが見える。まさか、魔物ではないだろう。あそこまで大きい群れは滅多にない。

 とにかく着かれた。目を閉じて、明日のことを考えているうちに俺の意識はスッとまどろみに飲み込まれた。


※※※


「起きろよ! 爺さんが呼んでるからさー」


 ランセの声で目を覚ます。毛布代わりに抱きしめていたジュジをゆすって起こすと、彼女は体を伸ばして牙の並ぶ口を大きく明けて欠伸をした。


「あのさ、カティーアちゃん……。昨日は無神経なこと言ってごめん。オレやっぱガキだわ」


 寝具をしまい、マントを羽織っていると、そう声をかけられて少し驚く。

 振り向いてみると、ランセが鼻の頭をかきながら叱られた子供みたいな表情を浮かべて俯いていた。


 正直、あの一瞬カッとなっただけで気にしていなかった。事情も知らないランセがそう思うのも無理はない。

 だから謝られるなんて微塵も思っていなかったんだが……。

 

 驚きすぎて言葉を返せないでいると、ランセは不安そうな表情を更に曇らせて顔を上げた。さすがに若者ガキをしつこくいじめる趣味はない。

 返事をする代わりにランセの肩を平手で軽く叩いて笑いかけてやると、ランセはホッと息を吐いてやっと笑顔を見せた。

 

「オレ、気がついたんだ。退屈なオレの世界を変えるには、誰かがなにかをくれるのを待ってたらダメだって」


 昨日の場所にいるという亀の元まで行く途中で、ランセが独り言のようにそうつぶやいた。


「世界はなかなか変わらないけど、自分を変えることは出来る……ってな」


 イガーサが言っていたことだ。なんとなく発した俺の言葉を、ランセはしっかりと聞いていたらしい。少し驚いた表情を浮かべてあいつはこっちを見た。


「カティーアちゃん、カッコイイこと言うじゃん」


 ニッと歯を見せながら無邪気に笑いかけられて、なんだか悪い気はしなかった。


「昔、大切な人に教わった言葉なんだ。俺は守れなかったけど」


「何いってんだよ? カティーアちゃんは呪いをなんとかしたいんだろ? それって変わろうとしてるってことなんじゃねーの?」


 変わろうとしている……。なんだかその言葉に少しだけ救われた気がして、体が少し軽くなった気がする。


「……そうだな。ありがとう」


 キョトンとしているランセを置いてジュジと歩き出し「置いてくなよ」と少し拗ねたような声で駆け寄ってきた。

 そのまま三人で、亀の元まで歩いていく。


「よお、昨日の続きをはじめようか」


 太陽の光を浴びてのんびりと大木の葉を齧っていた亀は、俺たちが来たことがわかったのか、声を掛ける前に乳白色の甲羅を揺らしながらゆっくりとこちらに振り向いた。


「かまわないよ」


「俺の呪いについてだ。俺は、確かに呪いを誰かに移していたと思っているが、それが勘違いだっていうのか? それと……俺の使い魔たちファミリアの呪いを今すぐ解けるのなら解きたい。方法を知ってるなら教えてくれ」


「そうだねぇ、君がこのまま健やかで在り続けるのなら、呪いはそのうち消え去るだろう。でも、君の精神が恒常的に弱まることがあれば……残念ながら呪いは永遠にこのままだ」


「俺次第?」


「そうだよ。呪いは明日にでも解けるかも知れないし、十年先かもしれない。それか……永遠に来ないかもしれない」


 もったいぶった言い方に少しイラつく。もっとはっきりきっぱり言ったらどうなんだという気持ちを見透かすかのように、ゆっくりとした口調で亀は話を続ける。


「今すぐ何とかする方法ってのはなんだ」


「私が力を貸そう。私の力に耐えられるのは、真実に耐えられる心の持ち主だけなんだ。……少々つらい試練を課してしまうけれど、それでいいのなら」


 亀の瞳の奥がギラリと光を帯びた気がして、背筋に寒気が走る。

 神獣と言われる存在も長く生きているので刺激に飢えているだけなのだろうか……それともなにかの企みがあるのかはわからない。

 っていうか、こういう神の名を冠するやつらは大体、人を試すだとかそういうことが好きすぎる。人間には試練を与えろみたいな協定でもあるのかよ。

 断りたい気持ちが込み上げてくるが、今は選択できる立場でもない。

 俺は俺に出来る最良の選択をするしかない……。 


「で、なにをすればいいんだ?」


「なに、少し催しに付き合ってくれるだけでいいんだ」

 

 感情をなるべく隠す。神や精霊と名の付く者共こういうやつらは人が慌てふためいたり、取り乱すのを見るのが好きだと相場が決まってる。

 なるべく落ち着いて冷静に……と思っていたところで、自分の足元が揺らめいた。嫌な気配がして、咄嗟に後ろに跳ね、嫌な気配から距離を取る。

 違和感を覚えたのは正解だったらしい。

 俺の影は、俺自身が動いたにも拘わらずその場から動かないで静止している。

 自分の影が足下からなくなるというのは妙な感覚だ。

 俺が首を傾げると、離れた場所で影も同じように首を傾げた。


「自分と向き合うことは、呪いを解く上で大切なことだからね」


 亀がそういうと同時に俺の影は地面からムクムクと飛び出して立ち上がる。黒く塗りつぶされた自分の分身を見ているみたいで少しだけ気分が悪い。


「それでは私も……少しだけ力をこっちに回すことにしようかね」


 亀がズシンと足を甲羅の中にしまい込んで地面に腹を付けると、俺の影はピョンピョンと軽く跳んでみたり、屈伸をしたり、手を頭の上で組んで背筋を伸ばし始めた。


(……黒いカティーア? 動きがそっくりですね)


 ジュジのつぶやきに頷く。俺の動き、俺の見た目……どうやったのかはわからないが、あの亀は俺と影を戦わせるつもりなんだろう。

 

「なるほどね? 悪趣味いいしゅみしてんなあんた」


 亀はすました顔をしてこちらを見ている。ランセは楽しそうな顔をして亀の頭の上に座っていた。

 はしゃいだ孫と爺さんみたいだな……と妙に気が抜けてしまうので、催しとやらに集中するために影の方を見て深呼吸をした。


 影は、俺から距離を取るためにスッと後ろに跳んだ。影の背後に紫の魔法陣が見える。


「無詠唱魔法まで再現するなんてなぁ」


 魔法陣からは真っ黒な杭が何本も射出される。これに当った人間は体が痺れて、数日間は悪夢にうなされて寝込んでしまう。

 拷問によく使われる魔法で、一般的な人間が食らえば精神的にも肉体的にもかなりキツイものだ。

 腕を魔法で強化して、ジュジの前に立つ。きっちり弱点を狙うなんて人格面の模倣も出来てるのかよ……と苦笑いを浮かべ、まっすぐにジュジを狙って飛んで来た杭をすべて叩き落とした。杭は、地面に乾いた音を立てて落ちて杭は、粉になって消えていく。


『そんな足手まといがいないほうが楽になると思わないか? 早く元の生活に戻ろう。俺はあの場所でアルカを喰らってしか生きられない化け物だ。わかってるだろ?』


「俺が化け物だってことにゃあ同意だが……足手まといなんて連れた覚えはないねぇ」


 自分自身の声が頭の中に響いてくる。

 自分自身と向き合えってのはこういうことかよ……。全く思っていないことじゃないのが本当に最悪だ。足手まといかもしれないと、考えたことは確かにある。だが、今は違うと言い切れる。あいつは俺の大切な存在だ。

 影は、執拗にジュジばかりを狙って杭の魔法を放つ。

 俺が考えないようにしてることを捲し立て、俺がされたくないことを的確にしてくる影に対して、めちゃくちゃ腹が立つ。


『強がりは止せよ。他人のせいにして言いなりになって英雄ヒーローのふりをしてチヤホヤされるのはそれなりに楽しかったはずだぜ?』

 

 俺は大切なヒトを守れない苦しみを知っている。それと同時に守るものがない生活でもそれなりに楽だということも知っている。

 魔法院のせいにして、アルカを殺さなきゃ生きていけないから仕方ないと自分に言い訳をして、泣きわめく人間を狂った獣にして殺すことだって、殺すことに向き合えずに使と自分に言い聞かせて、目を背けていた。


「チヤホヤされるよりも楽しいことが……見つかったんだよっ」


 杭を何度も叩き落とす。落とし損ねた杭が腕に食い込むが、ジュジに刺さるよりはマシだ。判断ミスをして、右足に杭が刺さって動きが鈍る。追い打ちを掛けるように、滴った血で足を滑らせた。

 杭に当たったところで、ジュジは死なない。俺が動けなくなっていたぶられるよりは、一度だけ耐えてもらって攻撃に転じた方が得策なのかもしれない。だが……イガーサの傷痕を思い出すと勝手に体が動く。今度こそ、俺は……俺は……大切な人を守るんだ。


『なぁ……そのアルカを囮にすれば俺を殺せるぞ?』


「うるせえ」


 俺が考えたことをわざわざ言ってくることに本当に腹が立つ。流石、神獣が作り出した影だ。

 最悪なことに俺を模倣した影は有能で……嫌な部分を遠慮無く狙ってくる。戦い慣れていないジュジの逃げ方は読みやすい。だから、そこを突いて逃げ場を徐々に狭めていく。


『イガーサの代わりが痛い目に遭うのが怖いか? あの時の罪滅ぼしになんてならないぜ? お前がイガーサを殺したし、こいつのこともいつか殺す』


「イガーサの代わりなんかじゃないし、ジュジを殺すことになるくらいなら」


 ジュジが俺の背後に隠れる。


「俺が死んでやるさ」


 チャンスだ。地面を蹴って素早く影の懐に潜り込む。そのまま至近距離で拳を振り抜いたが、影は拳と同じ方向へ跳んで威力を減衰させた。

 風切り音が聞こえたので、体をよじらせて背後を確認すると、俺の横腹を掠めた黒い杭が、走って逃げるジュジを追いかけるのが見える。

 杭を右手から放った炎球で弾いて軌道を逸し、まだ着地していない影の手足を杭の魔法で撃ち抜いた。

 だが、影はすぐに失った手足を再生させる。


「そんなところまで俺と同じなのかよ……」


 俺の舌打ちを聞いて、影は笑い声を含んだ声で更に語りかけてくる。


『今ならまだ魔法院ヘマムに頭を下げれば元に戻れるんじゃないか? そいつを俺が殺してやるよ。魔法院あそこが俺がいるべき場所だ』


 思ってないとは言い切れない。一瞬だけ頭を過った最悪な考えを俺に投げかけてくる。

 もうどれくらい戦っているんだろう。

 逃げ惑うジュジを狙って魔法を放ち続ける影と、反撃をしながらも被弾覚悟で接近しようとする俺の攻防は随分長い間続いている。


『愛用のアルカを使った胸の痛みなんて、千年もすればまた麻痺するさ。イガーサを食い殺した時のことだってジュジに会うまで忘れたフリ出来てただろう?』


「忘れたふりは出来ても、忘れることは出来なかった。お前が俺なら、よくわかってるはずだぜ?」


 炎の球で影の自分の腹と手足を同時に打ち抜く。相手の体はすぐに再生するので、きりが無いのはわかってる。

 すぐに体を修復した影から、次の魔法が放たれた。咄嗟に出した俺の腕を防御魔法もろとも吹き飛ばされ、舌打ちをする。


「……クソが」


 落としきれない魔法がまだジュジを狙っているのが見えた。

 そのまま右足を軸にして体を回転させ、自分の体を盾にして魔法を全部受け止める。すぐに傷跡を塞ぎ、体勢を立て直したところで右腕が再生された。

 痛みを遮断させて戦うと防御が雑になるな……。だが、痛みで一瞬思考が飛ぶ方がジュジの危険は高まる。


アルカを使ったのは必要だったからだ。それが勘違いだったとしても、だ。血と呪いで汚れた俺の手は、決してきれいにならない』


「それでもいいって……これから変わっていけるって、イガーサにも、ジュジにも言われたのを忘れたわけじゃねえだろ?」


 流石にこれだけ戦い続けていれば、少しだけ息が上がってくる。俺同士の戦いなら生身の体のほうが多分不利だ。

 それに、いくらセルセラと融合して魔力で体を強化しているといっても、元々戦闘になんて慣れていないジュジが逃げ続けるにも限界がある。


『今からでも変われるってか? おめでたいねぇ。善人にでもなって罪滅ぼしが出来るとは思ってねえだろ?』


「おう。善人になろうだなんて思ってねえよ。でも罪を抱えながらでも……変わっていくって決めたからなぁ」


 影を殴り飛ばす。そのまま自分の頭を目掛けて撃たれた魔法を、障壁を張った足で蹴り飛ばした。

 ジュジに放たれた魔法も撃ち落とそう……と着地をしながら思っていたら、嫌な感触がして、慌てて足元へ目を向ける。自分の流した血に足を取られて、体のバランスが崩れる。

 不様に倒れちまった。慌てて立ちあがってジュジの元へ走る。でも、あと一歩足りない……クソ……。

 俺の指先を掠めた真っ黒な杭がジュジの方へ向かっていく。

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