2ー9:Triumphant return to My island-ただいま-


 翌朝、部屋の扉が乱暴に叩かれる音で目が覚めた。

 扉を開くと、にこにこしたカティーアがろくに事情も話さずオレの手を掴んで宿から連れ出して歩いていく。

 すぐに着いた小さな船乗場で、カティーアは、小さいけれどそれなりに丈夫そうな船を指差した。


「これでいいな?」


「うわ……マジで持ってきた」


「言い値で買うと言ったら二つ返事で譲ってくれてな」


 カティーアからは水晶を使わせろという無言の圧が伝わってくる。

 いくら珍しい水晶を使いたいんだとしても、船なんてものはいくら小さくたって金貨を数枚出したどころでは買えないってのはオレでもわかる。

 それをたった一晩で用意してくるなんて……。傭兵は食うには困らないがふらふらしているやつなんてまとまった金がないと思ってた。だから、勝手にこいつもそうだと勝手に思い込んでいた。

 まあ、でもこいつが面白そうなことには変わりない。

 港に停まっている小さな船に乗り込んでから、オレは水晶をカティーアに手渡した。


「よし。さっさとこれを試すぞ」


 嬉々として船首に向かったカティーアは、キョロキョロと周りを見て「台座がないな」小さな声でつぶやいた。

 せめて確認してから買えばよかったんじゃねーの? と口を出そうとしたけれど怒られそうなのでオレは口を噤む。


「船の切っ先に当ててみてもダメか……」


「どうすんのカティーアちゃん。職人に改造頼む?」


「いや……大丈夫だ」


 腕組みをしたカティーアは、首を横に振るとニッと唇の片側を上げて笑う。それから、自分の横にピッタリとくっ付いていた黒犬の頭をそっと撫でた。


「ジュジ、頼む」


「は? やば」


 犬が、小さく吠えるとニョキニョキと船の切っ先からは棘の生えたツルが伸びてくる。これも魔法か? 島の外では動物もこうやって魔法を使うもんなのか?

 色々聞こうと思っている間に、船首に根を張ったツルの先端が膨らんでくる。

 みるみる大きくなった蕾は、もう一度犬が鳴くとみるみる大きくて赤い花を咲かせた。


「さすがジュジ」


 犬の鼻先をくすぐるように撫でたカティーアは、水晶を蕾の上にそっと置いた。


「これが魔法? すげー」


「クク……今から、もっとすごい魔法を見せてやろう」


 カティーアが手を翳した水晶は、見たことも無いくらい眩い光を発し始めた。

 こんなの見たことが無くて、しばらく使ってない間にぶっ壊れちまったのかって焦るくらいの光量だったけど、それは気のせいだとすぐにわかった。

 潮風が頬を撫でていることに気が付いて、視線を持ち上げるとグングンと周りの景色が流れていって、後ろを振り返ったら港があっと言う間に遠ざかっていた。


「見ろ。舵が勝手に動いてる。魔力を注ぐだけでお前の故郷に向かってくれるみたいだぞ」


「いや、それよりもめっちゃ船が速くてオレはびっくりしてるんだけど。角無しは魔力が弱いって聞いてたけど嘘だったのかよ」


「嘘じゃ無い。俺が少し変わっているだけだ」


 肩を少し揺らして笑うカティーアのゆるく波打つ髪が風で靡く。少し目を細めながら前方を見るこいつはすごく機嫌が良さそうだった。

 それにしても、疾風魚イルカよりも速いんじゃないか?

 故郷から出てきた時に、オレを悠々と追い抜いていった疾風魚イルカを思い出しながらついそんなことを思った。

 何日もかけて大陸にまでやってきたが、この調子だと故郷まで半日くらいで辿り着いちまうな。


「あの岩壁が、島の入り口だ」


 そう言って船の速度を落としてくれと頼もうとした。が、船の速度は思っているよりも速くてあっと言う間に船の先端が壁に当たりそうになる。


 ぶつかる……と思わず目を閉じたが、来るはずの衝撃が来ない。

 代わりに大きな爆発音と共にオレの頬を熱風が撫でた。驚いて目を開けると、小さな頃いくら叩いても壊せなかった岩壁が破壊されている。

 船が通れそうなくらいの穴が空いた岩壁を、小舟は素早く通り過ぎた。

 爆発させた岩壁はオレたちが間を通り抜けると、海底から生き物のように這い上がってきた岩が積み上って穴を塞いでいく。

 

「まあ、ここでなら派手な音がしても島には聞こえねーだろうけどさあ」


「壊せないかと思ったが……いけたな」


 カティーアも少し驚いていたのにちょっと笑った。

 ツンバオ爺さんが何かに勘付いて壁に細工でもしたんだろうか?

 まあ、でも今はそんなことはどうでもいいか。


「こっちの岩場なら、見つかりにくい」


 商団が船を停めている港を避けて、村から少し離れたところにある岩場に船を誘導した。

 ここで村のヤツらに気付かれるのはつまらない。

 到着する頃は夜になっているかもしれないと、船に乗ったときは思っていたけど、太陽はまだ空高くあがっている。


「鬼退治、はじめますか。って言っても殺しはダメだからな―! そこんとこよろしくなカティーアちゃん」


 カティーアにそう告げながら、オレは村の入り口近くの岩陰に身を隠した。

 見慣れない人影に気が付いた村のやつらが数人、警戒をしながら近付いてくるのがよく見える。

 自分よりも頭二つ分は大きい鬼の大人達を見たカティーアは、犬を伴いながら気だるそうに肩を回しながら前へ進んでいく。

 角無しが一人だということに気が付いた村のヤツらが僅かにざわついた。まあ、島に同胞以外が来るとしても、嵐の夜などで海を彷徨って困っているやつらか、どうにか岩壁を乗り越えてきた荒くれ者たちの集団がほとんどで単身乗り込んできたやつってのはオレは見たことが無い。

 さて、どうするんだろうな。ワクワクしながら、オレは誰がカティーアとやり合うのか目を凝らしてみる。


 鬼の中では問答無用でオレが一番強かった。次に強いのがリユセ、そしてディアン……そのあとはまあみんな似たようなもんだと思う。

 オレたちは角無し相手に戦争とかはしたこともないし、魔物も島に来たことがないから比較が出来ないっていうのもある。

 でもまあ島に来た角無しのやつらは全員弱かったし、大陸で見た感じも大体の角無しより、オレは圧倒的に力も強いし体も丈夫だと思う。

 そのオレを倒したカティーアが、他の鬼たちがどれくらいやりあえるのか気になって、オレは適当に「神獣に会うにはオレの一族を倒して認められないと会う資格がもらえない」なんて船の中で言ってみた。

 疑われると思ったが、あっさり信じてくれた。

 まあ神獣に会うための資格云々は嘘だけど、どっちみち爺さんに部外者が会うってなったら揉めるだろうし、どうせ殴り合いになるだろう。

 ガキの頃から世話係になっていたオレにはよくわからないけど、やっぱり神獣ってやつはみんなにとっては大切なものみたいだ。

 だから部外者にはもちろん、一族でもオレみたいな頭領の血筋とか商団長みたいなそれなりの腕力があるとか、頭がいいとか特別なやつが会った方がいいみたいなことを思っているらしい。

 特別ってやつなんだろう。でも、オレはなんでそういうみんなが望むような立場なのに満足したりうれしいと思えないんだろう。

 次期頭領であるオレは、特に何もなくても爺さんと直接会えるから、ありがたみがわからないのか’?

 みんなと同じ位置から、同じものを見れていれば、この島での暮らしも退屈だと思わなかったかもしれねえ。でも、わからねぇ。

 

 とにかく、強くなりたい。あと、退屈な毎日を終わらせるなにかが欲しい。それだけなんだ。


 考え事をやめて、カティーアの方を見る。

 腕を一振りするだけで周りの鬼を何人か吹き飛ばす。ジュジと呼ばれてる犬は、地面から生やしたツルで地面に伏せっているやつらを片っ端から拘束していた。多分、立ち上がって襲ってこないようにだと思う。

 どうやらいつもの角無しと違うぞと感じ取ったリユセがなにか大声で仲間に指示を出してるのが見える。ディアンはなにしてるんだ? ……ああ、もうあそこで伸びてるのか。あいつはもう……仕方ないやつだなー。


 圧倒的な力は正直うらやましい。そこを通り過ぎるだけで屍の山(死んでないけど)が出来る。

 まるで災害でも来たみたいに一瞬でオレの仲間たちを殺さない程度にぶちのめしていくカティーアの姿は、すごく羨ましく思う。

 アレだけの力があれば、オレみたいに退屈な毎日なんて送らなくて住んでるんだろうなとか、世界を冒険してるあいつとオレの持ってるもののちがいみたいを考えていたら、少しだけ胸のあたりが苦しくなった。

 船の中で身の上を話されたとき、カティーアが自分は呪われているって言ってたけど呪いがあれば、オレも強くなれるのか?

 そんな簡単な話じゃないってわかってる。わかってるから本人には直接言ってないんだけどさ。


「お前らさー、さすがによわすぎんだよ」


 リユセが、カティーアから鳩尾に食らった一撃で膝をついたのが見えた。そろそろ止めないとなーと頭の後ろに手を組んで歩いていく。

 手を止めたカティーアは、息が乱れた様子もない。オレと戦った時よりも余裕そうじゃん……どういうことだよって思ったけどそれは置いておくことにする。


「ディアンは早々にぶっ倒れてるしよぉ」


 ペチンと勢いよく倒れているディアンのつるつるの頭を叩いて、肩を貸しながら起こす。


「ランセぇ……戻ってきたのかよぉ」


 子犬みたいな顔をして名前を呼んでくるのは無視した。弱くはないんだけど後先考えないで突撃していって真っ先に玉砕するタイプだよなこいつ。


「カティーアちゃんがさ、ツンバオ爺さんに会いたいっていうから、お前ら絶対に反対するだろうし、拳で黙らせてもらった」 


 オレたちは単純だ。もめ事は拳で解決する。

 もちろん、それだけじゃなくて寄合とかもあるけど。そういうのはまだ親父たちにまかせればいい。

 犬が出していたツルがなくなって拘束をされてたやつらも次々とこっちに来たから、オレたちの周りにはすごい人だかりが出来ている。


「ランセ」


 オレたちを取り巻いているみんなの中から親父がぬっと現れた。頬が少し腫れてる。あんたもちゃっかり喧嘩に混ざってたのか。


「親父じゃん。誰か反対するやついるー? 話は聞くよ」


 一応聞いてみたけど特にいないみたいだった。みんなお祭りが終わったときみたいに楽しそうな溜息とか雑談をしながら日常に戻っていく。

 親父も「次期頭領はお前だ。好きにしなさい」と大人ぶって肩を叩いて網の手入れに戻っていった。


「……いい故郷だな」


 小さく呟かれたその言葉を、オレは聞かない振りをする。

 なんとなく、心の奥でモヤモヤというかイライラが湧き上がる。すごい魔法の力も、船をぽんと買えるだけの金も持っていて、一人で世界中を旅して……なんでも持ってるカティーアが、故郷や仲間なんてものを羨ましがる意味が全然わからねえ。

 オレの機嫌が悪いことに気がついたのか、カティーアはそれから何も話しかけてこなかったので黙々と山を登る。ちょうどいいか。オレも少しだけ頭を冷やせるし……。


 山の頂上近くの広場に向かうと、ツンバオ爺さんがアクビをしながら日光浴をしているところだった。

 爺さんのことを見たカティーアは小さな声で「でけぇ……」と漏らしたのが聞こえた。

 知らないものなんてなさそうな顔をしていたやつが驚くのを見るのは少しおもしろい。


「おかえりランセ。そして……いらっしゃい角なしの魔法使いと……きみの使い魔ファミリアたち……かな。呪いを解く方法を探してるってのは小さなお隣さん妖精たちから聞かせてもらったよ」


 爺さんはなんでもお見通しのようで、ゆっくり振り返りながら、山を登ってきたオレたちを出迎えてくれた。


「え……この犬妖精なの? マジで?」


 妖精……こんなくっきり見えるものなの?

 思わず驚いたオレに対してカティーアと爺さんはやけに生温かい視線を送ってくる。いや、オレ、妖精とか見たことないからわかるわけないでしょ。


「すまないが、動くのが億劫でね。魔法使いさんの両腕と……その使い魔ファミリアたちを見せてくれないか…」


 頭を伸ばした爺さんにカティーアと黒犬は近付いていくと、鼻先あたりに手袋を外した腕を差し出した。

 爺さんは綺麗な黄金色の毛皮に覆われているカティーアの両腕をじっと見たり、匂いを嗅いで、更に自分に近づいてきた黒犬も同じようにしてみせた。

 それから、しばらくカティーアと犬を見比べてなにか考えているようにゆっくりとしたまばたきを数回繰り返す。


「呪いの話の前に魔法使いさん、君のお父上の話をしなければいけないようだね」


「父親? 俺の?」


「……そうか。両親を知らないのか。君が両親の顔を知らないことの事情までは知らないが、君の父親とワシは知り合いだよ。君の父親……彼の名はヤフタレク……火を司る狼の姿をした勇敢な神獣だった」

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