2-8:"Seriously?"-「え、マジ?」-
「よお」
声を掛けるながら立ち上がると、派手なマントの男は振り返った。
「もう全部片付いてるぜ。それよりっ」
駆け出してから「オレと遊べよ」と拳を当てて言おうと思ってた。
けどオレの拳はなんの手応えもないまま空を切る。
さっきまで男の顔があった場所からあったはずの顔がなくなり混乱した――瞬間に鳩尾を的確に狙って入る相手の拳。
跳んでいたせいもあって全くふんばれず、体はさっきとは逆の方向へ飛んでいく。いってえ……。
受け身すら取れずにそのままオレの体は地面に落ちる。痛い。息がうまく出来ない代わりに咳が口から零れる。
面白い。鳩尾に手を当てながら立ち上がると、ちょうど男が腰を下ろそうとしているところだった。
口角が勝手に持ち上がるのがわかる。俺が探してたのはこれだよこれ。こういう意味がわからない強いやつと会ってみたかった。
「まだ俺は寝てなんかねーぞ」
力の限り拳を振りぬくが空振する。
オレはどんな対応でも出来るように軽く跳ねながら男の様子をうかがう。
「楽しませてくれよ?」
ニヤリと口元だけ笑みを浮かばせてそう言った男は、つま先に引っ掛けるように履いていた靴に踵を入れると、頭の位置を低くしてオレに向かってきた。
「っ……!」
圧倒的な強さだった。風のように動く癖にその体から繰り出される拳や蹴りは巨大な岩を振り回してぶつけられるくらいの重さだった。
「お前本当に魔法使いかよ……そんな動き反則だろぉが……」
思い切り殴られて吹っ飛ばされたオレは、相手が差し出してきた手を取ってフラフラになりながらやっと立ち上がる。
差し出された、黒い手袋に覆われた手を掴んで力を込めた瞬間、急に懐かしさを伴う感覚が体中にビビビッと走った。
それは、ツンバオ爺さんにとてもよく似ているような気がして、でも、それよりも荒々しいようなちょっと違う気配だった。思わず首をかしげて、目の前にいる男を見る。
もしかして、同郷の民だったりするから、似た気配がしたのか? いや、故郷のやつらからこんな気配を感じたことは無い。
「カティーアだ。こっちはジュジ。……俺のパートナーだ」
カティーアと名乗った男の顔をしげしげと見つめる。どう見ても角無しの男だよな。
鋭い眼光を放つ赤い瞳、ふわふわとした癖っ毛の金髪……年はオレより少し上くらい。
カティーアの横に佇む黒い犬を見る。こいつが特別なのか?
「オレはランセ。よろしくな」
なんとなくさっき感じた気配は気になったけど、それよりも疲れすぎた。もう考えることもめんどうだ。
カティーアに蹴られた衝撃で飛んでいった兜に気が付いて、更に面倒になる。
「まぁ、そっちも隠し事はあるみたいだし、お互いさまってことで。じゃあまたなカティーアちゃん」
多分、角のことは他の人に話さないと思ったので軽い口止めだけして、兜を拾ってその場を去ることにした。向こうもわけありっぽかったし大丈夫だろ。
勝てなかったことの悔しさよりも、オレが全力を出しても勝てない相手がここにいたということが嬉しくて、オレの世界の殻をぶっこわしてくれる。
こいつならオレをどこか理想郷に連れてってくれる。きっとそうだ。そう思った。と同時にあの望めばなんでも手に入りそうな強さをすごく羨ましく思った。
深夜にオレたちが暴れたからか、翌朝から急に暇になった。ウサギくらいの大きさしかない小型の魔物を何匹か倒して、後は森をうろつくだけの平和な任務が数日続いた。
もう、わざわざ部隊を組んで討伐しないといけないような大型の魔物はいないらしい。オレたちみたいな雇われ兵士達が用済みになったみたいだ。
この前会ったカティーアも多分オレと同じく一時的に雇われただけの魔法使いだろう。
まだこの街を出ていないはずだ。そう思ってあちこちの酒場や食事処を歩き回ってみると、予想通り黒い大きな犬とのんびり食事をしているカティーアを見つけた。
「あ! いたいた、カティーアちゃん。探してたんだぜ?」
声を気軽にかけて大きな犬の頭を撫でるためにしゃがんだ。刺すような視線を感じて見上げると、カティーアはめちゃくちゃ不機嫌そうにこっちを睨んでいる。
思わず手を犬の頭から離すと、カティーアの後ろに隠れられてしまった。
ここで話が終わったら台無しだなー仲良くなりたいのになー。だから、なんとなく手を握られた気配のことをはったりでチラつかせてみた。
「人がいるから話せなかったけどさー、カティーアちゃんの手、なんかあるっしょ」
「あ? 今更脅しか?」
「ちがうって! そんな怖い顔すんなよ」
怒らせたか? と思ったけどそうじゃないらしい。なんとか話を聞いて貰えそうだったから、オレは近くに取っていた宿の部屋に一人と一匹を招くことにした。
そこで角を見せて身の上話をすると、カティーアも少しだけ警戒を説いてくれたのかニヤリと笑いながら身を乗り出してこういった。
「で、俺になにをしてほしいんだ?」
「鬼退治……かな」
それを聞いたカティーアが笑いながら差し出してきた拳に、オレは自分の拳を合わせる。
「で、どうすればそこにいけるんだ?」
コツンと拳同士を突き合わせてから元の位置に戻ったカティーアは、小さな入れ物に入っている飲み物を口に流し込んで頬杖をついた。
あー。そういえば、なにも考えてなかったなそれ。
「一応隠れ里? だから定期船みたいなのはないんだけど、オレはこれを船に嵌めてこっちの国まで来たんだよね。ここはオレが付いた港町から結構離れてるけど……まぁなんとかなると思う」
まぁ角のこともバレてるし、いまさら隠しても仕方ないよなと思って懐から出した水晶をテーブルの上に転がす。
それを見たカティーアは目を見開いて止まった。
「……これ……触ってもいいか?」
オレが頷くと同時に、カティーアはすごい勢いでテーブルの上の水晶を手にとって目の前でくるくる回しながら見始めた。見るだけじゃなくて、窓から入る光に翳してみたり、指で軽く弾いたりしてる。
「……魔力駆動型船舶の動力源じゃねーか! 本物だ!」
オレはよくわからないけど、カティーアの勢いに押されて頷く。船についてるし、これに手をかざすと動くので間違ってないと思うし。
「うっわぁ……懐かしい。これ便利なんだよな……職人が五百年くらい前に疫病で死んでから、見ることもなくなっていたが……まだあったとはな」
ちょっと早口でこの水晶のすごさについて更に語り続けるカティーアの声を、右から左に受け流しながらオレはなんとか話を進めようと努力する。
カティーアは転移魔法ってやつを使えるらしいけど、全く知らない場所へは行けないらしい。
「まあ、転移魔法を使われたことはないし、確か爺さんがそういうのを防ぐ術を使ってるって言ってた気がするなぁ」
「島に行く方法は、海路だけ、か」
水晶を手で撫でながら、カティーアは犬にそっと寄りかかる。犬も、まるでオレたちの会話がわかっているかのように小さく「くぅん」と鼻を鳴らしながら首を縦に振った。
「まあ、これを取り付けるための船がねえんだけどさ。乗ってきた船はどこかに置いてきちまったし」
「この水晶を使わせてくれるなら俺が船を買ってもいい。金ならある」
「え? まじ? 全然いいぜ」
二つ返事で了承すると「また明日な」と言い残して、カティーアは犬と共に部屋を出ていった。
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