2ー7:A wizard with a dogー犬と魔法使いー
そのまま最初の仕事場から逃げ出したオレは、離れた街で再び魔物退治の部隊に参加したり、別の町へと行くついでに商隊の用心棒をしたり、点々としながら港町の近場で暮らしていた。
「やっぱりもったいないことしちゃったかなー。くっそー」
逃げ出した部隊のやつから見た目を覚えられていなかったのか、仲がよかったやつがいなかったからなのか、角なしが他人に関心が薄いのかはわからない。
幸いなことに、アレから他の村や街で傭兵として志願しても誰かになにかを聞かれたり、警戒されることはなかった。
魔物討伐も手抜きを覚えて楽に過ごしているうちに月日が過ぎていた。オレが島を出てきたときに咲いていた黄色い太陽のような花が再び咲き始めた。
そろそろ手持ちの金も乏しくなってきたことだし……とぶらぶらしていたら、近くの街で魔物が発生したという話が聞こえてきた。
噂の魔物が発生した街では、それなりに切羽詰まった状況らしい。なくなりつつあるやる気を出して、志願者が入るための粗末な小屋の中へ続く列に加わった。
「本当に自分たちで倒せるんですか?」
「援軍は……」
不穏な声が聞こえてくるのを聞かない振りをして手続きをする。ただ名前を伝えて宿舎を宛がわれるだけの簡単なものだ。
本当に状況は悪いらしい。新人は初日くらいはのんびりできるもんだが、今回は初日からいきなり魔物討伐に駆り出された。
到着して、魔物を探そうとしている最中だった。芋虫みたいな形の魔物が木の作をなぎ倒しながらこちらへなだれ込んでいく。
見た目よりも動きが早くて油断していた。俺の横を人間の大人ほどの大きさはある芋虫型の魔物の触手が通り抜け、同僚たちはパニック状態になって駆けまわってる。
「たす……け」
「逃げろ!」「魔法使いたちはなにしてるんだ」
逃げ遅れた何人かは、小さな魔物に捕まって頭や腕を噛みちぎられていた。
武器を投げ捨ててとにかく全力で安全な位置に走ってにげるやつらもいる中、数人はなんとか前線を維持しようと戦ってる。けれど、戦線はめちゃくちゃだ。
指揮官はなにしてるんだよと見渡してみると、ちょうど魔物に体を掴まれて体を綺麗に二つに折りされているところだった。
ここで部隊が全滅したらめんどくさいな。下手したら働いた分の報酬もなしになるかもしれない。それは困る。
今なら混乱もしてるし、あのくらいの魔物なら一人でもやれるだろ…と少し本気を出して走ることにした。
あっという間に後衛部隊が魔法の詠唱をしている場所まで辿り着く。魔物はかなり早くここに到着していたみたいで、オレが到着した時には魔法使いたちがパニックになりながら散り散りになって逃げ惑っていた。
「まさに最悪な光景ってやつだなー。すげー」
魔法使いたちは近接戦闘に慣れていない。走るのが遅いやつや腰を抜かして泣きわめいているやつを、魔物は容赦なく殺して暴れまくっている。
どうしよっかなーと考えていると、犬が吠えている声が聞こえた。
「なんで犬?」
ちょうど魔物が犬に向かって針みたいな触手を伸ばしている。
誰かのペットかな……っていうか、魔物と戦う場所にペットを連れてくるか?
でも犬可愛いし、多分あのままだと食われちゃうのかなー。
犬なら誰かにオレの正体をバラさないだろうし、一応助けておくか…。
地面を蹴って魔物に向かって走り出した。その瞬間、犬に伸びている魔物の触手を素手で引きちぎるやつがいたのが見えた。
「あいつは……」
見覚えがある。オレはその男に目を凝らす。
やけに派手な格好をしてる小柄な金髪の男……。確か……討伐隊の受付にいたやつだ。
マントのせいで体のラインがわかりにくいけど、アレは絶対鍛えてるし、しっかり筋肉がついている……友達になりたいなーって思ってたから覚えてる。
魔物を討伐している間、探してみても見当たらないから不思議に思ってたけど、魔法使いだったのか。嘘だろアレで魔法使いなのかよ筋肉の無駄遣いだろ。確かにぱっと見は細いけど。
派手なマントのあいつも走り出した。けど、俺のほうが少し速い。
――ドン と、衝撃が頭に走る。
男に気を取られ過ぎて油断していた。
頭が魔物に当たったみたいで、魔物はすごい勢いで吹き飛んで大木にぶつかると、そのままドロドロと液状になって動きを止めた。
「いってー」
予想外の衝撃に思わず声が漏れる。それと同時に二つの殺気がこっちに向けられる。
もしかしてオレすっごい怪しまれてる? どうしよう。
話しかけようとした時、後方で更に大きな音が鳴り響いた。
そういえば後ろにも何匹か大きい魔物が残ってたな……。後ろを見て助けに行くか迷っている間に、一人と一匹の背中は遠ざかってしまった。
あの派手なマントのやつ……オレと同じくらい強くて、それを隠してるな? なんとなくそう思ったオレは、全力を出さない程度に戦った。
魔物の数が減ったので、逃げてきた他の兵士たちとちょっとしたバリケードを作って、いざという時に使うようにと言われていたものを懐から取り出す。
なんだか嫌な気配がする包み紙を破くと、手のひらより少し大きいくらいの真っ黒な小箱が出てきた。なんとなく人肌くらいに温かいこれを、指示されていた通りに森の中に放り投げた。
黒い小箱はアルカって言われる不思議な道具らしくて、これを投げると、そっちに魔物が引き寄せられて人のことを追わなくなる。
初めて使ったけど、効果は抜群みたいだ。さっきまでバリケードに体当りしていた魔物たちは、小箱を投げると森の奥に去っていった。
同僚たちと一緒にオレは後方の拠点に引き上げる。小屋の中にいた恰幅のいい軍人に魔物が強くて前線が崩壊したので撤退したことと、犠牲者が出たことを伝えてオレ宿舎へと戻った。
「夕飯行ってくるー」
ぐったりとして宿舎でうなだれている生き残りの同僚達にそう言い残して、オレは宿舎を出た。
夕飯っていうのは嘘だ。人目を避けながら町の外れに向かっていく。魔物避けのために設けられた高い塀を乗り越えて、オレは昼間の森に向かう。
魔物が即席の討伐隊の手に負えないとわかると、討伐隊は解散されて魔法院から正規の軍が派遣されてくる。
そうなるとオレたちの手取りが減るので、強めの魔物が出たときは毎回こうやって一人でやばそうな奴らを掃除しておくことにしてる。普段は力を抑えて戦っているせいで、こういう運動はいい憂さ晴らしにもなる。
あの派手なマントのやつもこっそりこういうことしてるかも。運がよければ手合わせとかできるかもなー。それなら話すのに邪魔なやつはさっさと片付けてしまおう。
ポジティブに考えながらバリケードを幾つも飛び越えて走る。
夜の闇に紛れて黒いブヨブヨが蠢くのが見える。昼間の場所はどうやらここらへんっぽい。
強そうな魔物は二匹……これなら余裕だな。他の魔物や肉食獣の気配は感じない。
音を消して走りながら、オレは熊くらいはありそうな魔物に小刀で切りかかる。他の芋虫の魔物より大きい分力も強いから、こいつらがいないだけで明日の仕事はかなり楽になるはずだ。
魔物は昼間に見たように触手を針のように尖らせてこっちを突き刺そうとしてくるけど、爺さんからもらった胸当てと兜はそれを弾き返す。
体を捻らせながら一気に近付いて一匹目の魔物を突き刺し、そのまま木を蹴って方向転換する。
着地した先にいた別の魔物がオレに気が付く前にさっと頭のてっぺんに小刀を突き刺すと、キュウウウウという鳴き声を上げて魔物はドロドロに溶けていった。
魔物は体のどこかにある核と呼ばれる弱点を壊すだけで体が壊れるので楽だ。多分、故郷に出る体が岩のように固い熊とか、氷の塊を口から吐き出す海象の方がめんどうなんじゃないかと思う。
とりあえず、邪魔者も無事になんとか出来たし、一応あの魔法使いが来るのを待ってみますか……と大きく体を伸ばしてから腰を下ろす。
ふっとなにかの気配を感じて視線を向けるとフワッと仄かに赤い光が灯った気がした。
あっという間に消えたので気のせいかも知れない……と息を潜めて様子を伺う。足音と話し声が聞こえるから、誰かが来たのは間違いない。
声が近付いてきたのでこっそりと茂みの間から覗いてみると、やっぱりあの派手なマントの男だった。あと黒い大きい犬。
ふかふかの毛皮がやけにきれいで、顔を埋めたら良い匂いがしそうだなと思った。
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