2-6:Boredom kills me-退屈に殺されちまう-

 海から昇ってきた月が山の頂に差し掛かるころ、夕食を終えたオレは親に内緒で家を抜け出し、山道を歩く。光虫を入れた丸籠が揺れて足元を照らす光はチカチカと明滅を繰り返している。


 岩山を上ってツンバオ爺さんの元へと向かった。

 月明かりに照らされる大きな甲羅に向かって「出ていくからな。岩の壁は開けてくれなくてもよじ登って乗り越える」と言った。

 緊張で喉が乾く。甲羅の中に頭と手足をしまいこんでいた爺さんは、オレの声を聞くとゆっくりと甲羅から鱗の生えた頭だけを出してこちらへ顔を向ける。


「どうせお前のことだ。言っても聞く耳なんて持たないだろう。やんちゃな鬼の子よ、せめてもの選別だ。これを持って行くといい」


 目を細めた爺さんは、そう言い終わると顎先でオレのを隣にある岩を指した。前からあったオレの背丈くらいある大きな岩はよく見ると下にちょっと動かしたような痕がある。

 不思議に思って押してみると、ズズズと、大きな音を立てて岩が動く。

 岩があった場所には小さな穴が開いていた。しゃがんで中を見てみると、そこには艶のある塗料で塗り固められた葛篭が置いてある。


「あけてごらん」


 驚いているオレは、爺さんに促されて箱を開いてみる。

 中には、藍色に染められた鈍く光る藍色の兜と藍色の胸当てと、海獣の皮を鞣してなめ作られた袋が入っていた。袋の中には銀色の丸くて薄い物がぎっしりと詰まっている。それと、額当てが一枚。


「いつでも帰ってきなさい。言わなくてもわかっているだろうが古いしきたりを破ったからと言って、帰ってきた同胞を殺すほど、此の島の鬼たちは残酷ではないからね……」


 爺さんは、そう言うと大きな欠伸をして、甲羅の中へと頭を引っ込めた。

 手に取ってみた兜は陶器のようにツルッとした手触りなのに木のように軽い。かぶろうとして、ちょうど角の位置に小さな穴が空いていることに気が付いた。

 そういえば、商団のやつらもそういえばこんな兜つけてたな……と思い出しながら頭に被ってみる。うん、悪くない。

 これで退屈な日々にさよならだ! と浮かれた気持ちになると同時にふと、ディアンとリユセの顔が頭に浮かんだ。

 島を出る前に、さよならの一言くらいは言ったほうがいいか? でも、あいつらに何か言ってもめんどくさいことになるよなー絶対。よし。だまっていこう。

 一生の別れになるとは思ってない。退屈がなんとかなったらすぐに戻ってくるつもりだし。

 特にディアンは、オレが出て行くーって言ったら泣きそうだし、このまま出ていったほうが楽だろうな。

 上機嫌のまま山を降りて、海に停めてある船を一隻拝借する。

 一番小さな船に乗り込んで、動力源として舵に嵌め込まれている水晶に手をかざすと、水晶が仄かに赤く光った。

 光が強まると同時に、小さくて粗末な木船はゆっくりと海を進み始めた。

 水晶に貯めた魔力で動く船も、大陸では失われた技術らしいって前に誰かが言ってた気がするけど……まあ、進めればなんでもいいや。

 この船はめちゃくちゃ便利だって話に聞いていたけど本当だな。

 角なしはほとんど魔力を持たないし、自分で自由に使えないらしい。それに、この船の操舵の仕方もわからないんだって商団のやつらに聞いたことがある。

 確か……操作に使う水晶さえ外しておけば、船を盗まれる心配もなくて便利なんだそうだ。


「あーばよー」


 海に船を漕ぎ出してからしばらくして、大きな声を出した。声はどこにも響かずに、真っ黒な海の水面にオレの声が吸い込まれていく。

 ゆっくりと生まれ故郷が遠のいて行き、次第に島を囲んでいる巨大な岩の壁が近付いてきた。

 爺さんは気を利かせて通り道を作ってくれたみたいだ。岩に船の先端がこつんと音を立てて当たると、ぼろぼろと岩が崩れ始めて、いつもは閉じている岩の壁に船一隻が通れそうなくらいの穴が開いた。


「ひゅー! すっげえ」


 開いた未知の海に向かって進むために、水晶に手を翳して「進め」と念じると、洞窟のようになった岩の穴を船はぐんぐんと進んでいく。船尾が通り過ぎると、開いていた隙間はガタゴトと小さな岩が積まれて帰り道を塞いだ。

 これも爺さんがしてるんだと思うと、みんながなんでツンバオ爺さんをすごいと言っているのか少しだけわかったような気持ちになった。

 そういえば、外の世界にはこの魔法ってやつを使える耳長族ってのもいるらしいんだよな。火を出すとか風を出す魔法……一回でいいから見てみたいな……。


「それにしても……腹へったなー。何日ありゃ大陸に着くんだっけ」


 食料を持ってき忘れたので、持っていた銛や小刀で魚を捕りつつのんびりと船の中で数日過ごす。

 普通の船よりも、これは速度が出るらしいから、角なし共はオレたちが住む島にはなかなか辿り着けないんだろうけど。

 海しか見えない景色に少しだけ飽きてきたところで、やっと陸地らしきものが見えてきた。

 初めて見る故郷以外の大地に胸が躍る。

 水晶だけを外して腰に付けている袋にしっかりとしまってから、適当な岩場につけた船を乗り捨てる。

 それから、わくわくとした気持ちで第一歩を踏み出した。


 けど、思っていたのと違った。しばらくは楽しかったけれど、結局、オレを待っていたのは、島と変わらない退屈だ。


 新たな生活も最初の数日、いや数週間くらいは楽しいものだった。

 知らなかったもの全部が新鮮で、ここならオレが欲しい物もそのうち見つかる……そう思ってたが、そうではなかったことに少しだけヘコむ。

 街に来てから数日して、ツンバオ爺さんがくれたものの中にあったものは銀貨と呼ばれるものだったと知った。これと引き換えに食料や服が交換出来ると聞いて、多少服やらなんやら買ってはみたが、よくわからないままつかったせいですぐに金は尽きた。

 あとからわかったが、それなりに使えば季節が一周するくらいの間は働かずに生活出来る程度の価値があったらしい。

 とりあえず、生活をしていくためは仕事をしなければならない。酒場で愚痴っていたら、魔物ってやつを倒す兵士としての仕事を紹介されたのでやってみることにした。

 危険だと言われていた割には、簡単な仕事だった。

 山犬程度の大きさはある魔物のことを最初は警戒していたが、思っていたよりも楽に倒せるし、寝るところも食べ物も職場が用意しているので傭兵ってやつをやっている間は困らない。

 指定された地域から魔物がいなくなったら、それなりにまとまった金をもらえるので稼いだ金で博打をしたり遊んで、金がなくなったらまた魔物がいるところに出向いて仕事を探すことの繰り返しの日々を繰り返していた。

 でも、気が付いちまった。結局オレがしてることって退屈じゃなねえか? って。


 でも、こんなためにわざわざ故郷を出てきたわけじゃ無い。おもしろいことを諦めきれなくて、でも生活はしなきゃならん。妥協の結果、面倒に巻き込まれない程度に手抜きをして働くってことだけ覚えた。

 周りに合わせて適当に仕事して、たまに憂さ晴らしに宿舎を抜け出して危なそうな魔物と戦って……。


 退屈。退屈。退屈。退屈な日々に忙殺される。


 ああ今日もつまらない仕事が始まっちまう。溜息が自然に漏れる。

 結局オレが欲しい物なんて壁の外にもなかったのかもしれない。

 まだ水晶には帰りの動力くらいは残ってる。適当な船に取りつければ故郷には帰れると思う。

 でも、帰ってどうする?

 オレはなにがしたい? 

 強くなりたいのか?

 結局オレはなにがほしい?


 ……わからねえ。空っぽだ。


 そんなことを考えながら、肩を落としたオレはやる気なく適当に黒いブヨブヨとした魔物を小刀で切り付ける。

 派手な鎧を身に着けている同僚が、横で腰を抜かして座り込んだ。まだ魔物退治に慣れてないらしい。

 角なしってやつはオレたち鬼に比べて体力もないし、殴ればすぐ内臓がつぶれるし骨も折れる。まともに喧嘩も出来やしない。

 前線にいるやつがこうだから、後衛で魔法なんかを使ってるやつらはもっと弱かった。

 あいつらは戦うことよりも、魔物の牙や爪はヒトの体に当たっても貫かないようにしたり、岩や地面に思い切り叩きつけられても体が破裂しない程度に体を丈夫にすることが仕事だ。だから、体力がないのも仕方ないと言えば仕方ない。

 魔法で強くしたところで、角なしは魔物に体当たりをされれば骨も折れるし、爪で切り裂かれれば血が出て、腕や足はなくなるってことに変わりない。

 何回か魔物退治の募集を見て参加をしてみているけど、戦慣れをしてないやつが山ほどいた。まさか、アレが角なしのなかでも強い奴らだとはあまり思いたくないけど、一応、魔物と戦うことを選ぶくらいだからそこそこ強い部類には入るのかもしれないな。

 こっちの世界で退屈を止めてくれるなにかを探してたのに……何のために故郷を飛び出してきたんだよ……と気持ちが暗くなってくる。


 魔物討伐の部隊に参加してすぐの頃は、倒した数だけ金が貰えるって聞いて、魔物をとにかく倒せるだけ倒していた。

 でも、それは良くなかったらしい。派手に動いていたオレは、ある日なにやら偉い人に呼び出されて話を聞かれることになった。

 他の家よりも一回り大きくて立派な屋敷へ呼び出されたオレを待っていたのは、白く輝く鎧を身に纏った貫禄のある逞しい男性だた。そいつから、魔法院というところの正規兵として働かないかと誘われた。

 やっと退屈な日々が終わる……ってワクワクしたけど、白い鎧の男から生まれ故郷を聞かれたり、兜について聞かれたり、角を触られそうになって、身元がバレるとヤバいと気がついたオレは、部屋の窓から勢いよく飛び出して逃げることにした。

 窓から飛び出して、そのまま全力で走って山を三つくらい越えた先にあった村で息を顰めていたが、特にその後声をかけられることはない。

 あのまま勧誘されていればよかったかなという未練はまだある。

 でも、頭に角があることがバレるのは島のみんなの迷惑になるし、そこまでして退屈を終わらせる何かが手に入るかもわからない。

 結局あそこで逃げたのは正解だと無理やり考え直して、未練を振り切るように頭を横に振った。

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