3-34: Serpent causing disasterー黒い大蛇ー

「英雄カティーア……」


 その言い方に背中にゾワリと寒気が走り、冷たい汗が額を伝う。

 バレたか?焦っても仕方ない。別にバレたところでもうなんの問題もない。


「お前もカティーアに憧れているのか?いやしかしカティーアの戦い方を……ただ英雄に憧れている一般人おまえが模倣できるわけない……兄弟……親族……」


 なにかをブツブツと、そこそこ大きな声で呟きながら俺を見つめているセーロスの瞳孔がキュッと小さくなる瞬間がわかった気がした。


「歴代のカティーアの戦い方……俺は残されている記録は全て読んだ」


 だらり……と力を抜いて、構えていた剣を持っていた手を下ろしたセーロスは、瞳孔が開いた瞳で俺を見つめながら、抑揚のない話し方をし始める。


「英雄カティーアになる者は皆、魔法院の上層部からとある格闘術と、魔法を学び、英雄の動きを完全に模倣できる者だけが黒いガントレットと白いローブを授かってから、英雄の名を受け継ぐ……」


 ああ……そんな設定あったな……。

 戦い方が同じなのは不自然ではないか?と文句を言われたので、なんとかそれっぽい理屈をつけただけで、本来は全員俺なんだから戦い方が同じなのは当たり前なんだよな。

 自分の適当な理屈を信じているヒトが魔法院の中にもちゃんといるんだな……と少しだけ緊張感を忘れて自画自賛していた。


「おまえはだれだ」


 目に追えない速さだった。油断していたとはいえ、一瞬で俺の目の前に現れたセーロスに思わず息を呑む。

 何をするというわけではなく俺の顔を両手で掴んで額と額がくっつくほどの近さで瞳孔を開いた目で凝視をしているだけという異常性に思わず思考も行動も凍りつく。そんな俺を助けたのは一筋の炎だった。

 炎を纏った逞しい褐色の腕がセーロスの肩を掴み、そのまま力任せに横に腕を薙ぐと、目の前の異常者はなんなく横に倒れる。

 甘美な時間を邪魔されたセーロスはぬるりと不気味な動きをして、俺から視線をいっときも離さないまま立ち上がった。

 

 こちらから視線を外さないセーロスに対してジェミトは追い打ちをしようと駆けだそうとする。

 それを止めるために、俺はジェミトの進行方向を邪魔するように腕を前に出した。


「ジェミト!待て……」


 咄嗟に立ち止まったジェミトの目の前に、地面から急に生えた巨大なつららがそびえ立つ。

 あのまま進んでいたらそのつららはジェミトの体を貫いていただろう。


「あっぶねぇ。サンキュ」


 額を拭う仕草をしたジェミトに返事をする代わりに手を挙げて答える。

 あのつららを出す時もセーロスは例の水晶のようなものを砕いていた。アレがなければ魔法は出せないということか……。


「カティーア、どうする?」


 戦斧を構え直して軽く飛び跳ねるジェミトに指示を仰がれたので、水晶一個でどのくらいの魔法が放てるのか確かめたいと言おうとしたとき、セーロスからなにやら禍々しい気配が放たれるのを感じた。

 

―カティーア?


 声にならない声……念話に近い声が頭に叩き込まれ、意識が強制的にそちらへ持って行かれる。

 セーロスの首から下げられていた水晶は、彼を侵食するかのように身体に触れている部分を松脂のようなものに変化させて彼の身体を覆い始めている。

 自分の鎧の変化にも、回りを漂い始めた魔物が纏うような黒い靄にも怒りで我を忘れているから気が付かないようだ。

 瞳孔の開ききったセーロスは獲物を横から奪われた狼のような顔をして俺のことを見つめている。

 

――カティーアは院長ヘニオ様を魔物から守って死んだ


 脳に直接叩きこまれるような声が続く。


――同名なだけではない。炎を纏い、舞うカティーア……それは紛い物だ


 その声はセーロスの憎悪の感情を一切減衰させないまま乗せてきたかのような妙な迫力で、俺の体を嫌な汗が伝って落ちていく。


――偽物の英雄は正当な次期カティーアの為にオレが排除しなければならない


 セーロスの水晶に侵食された鎧が徐々に靄に同化して大きく膨らむと、どこからともなくパキパキと奇妙な乾いた音が聞こえてきた。

 異常を察したらしいジュジとシャンテが立ち上がって隣に来て息を呑んで変異しているセーロスの姿を見ている。

 パキパキというのは鎧だったものが変化して鱗のようなものを形成している音だと気がついたときには、セーロスだったものは巨大な黒い蛇の姿へと変身を完了するころだった。

 黒い大蛇は鎌首をもたげて舌をチロチロと出してこちらを威嚇するような仕草を見せた後、悲鳴のような声を上げながら大きな口を開く。

 蛇の大きく開いた口からは氷の刃が大量に射出され、畑も、村の柵も、近くの岩壁にも深く突き刺さる。

 咄嗟にジェミトが巡らせた炎の壁と、俺の展開した障壁魔法で身を守ったが流石に想定外の範囲過ぎる攻撃に俺たちは唖然とした。


「……これは流石に予想できなかったな」


 苦笑いを浮かべたジェミトは戦斧をしっかりと握って大蛇を見据えながらそういった。


「まぁ、親父にも言われたことだし、番犬クーストースとしての最後の仕事だ。やるしかねぇ」


 自分に言い聞かせるような調子でそういったあと、ジェミトは勢いよく走りだした。

 自分に向かって進んでくるジェミトに気がついた大蛇は、その大きな口を開いたかと思うと、氷の刃を幾つも吐き出した。

 氷の刃は勢いよく地面や村の建物に突き刺さり冷気を発していく。走り回るジェミトを守るなら障壁よりもこっちのほうが手早い。それに故郷を壊されるのはなんだか気分が悪い。

 大蛇が息を深く吸い込み、再び口を開いて放った氷の刃を片っ端から火球で撃ち落としていると、そっと隣によりそうような気配が合った。ふっと香る花のような甘い匂いでだれだかわかる。ジュジだ。


「手伝います」


 小さな声でそういったジュジの小さな手が俺の手に重なる。

 俺の力を借りて魔力の流れを安定させたジュジの足元からは、茨のツルが壁のように広がっていく。

 

「村の建物を守るなんて珍しいですね……」


「故郷らしいんだ。俺の。後でちゃんと話すから」


 ジュジは一瞬目を見開いたが、素直にうなずくと大蛇の方を見つめて、手に力を込めた。

 彼女の足元から広がる茨の壁は、一部を伸縮させて飛んでくる氷の刃を叩き落としたり、刃によって穿たれた穴を覆うために蠢いている。

 俺の補助があるとはいえ、こんな大規模な魔法を操れるようになっていることに驚きつつ、尾を振ってどうにか自分に近づいてくるジェミトを叩き潰そうとしている大蛇へと再び目を向けた。


 ジェミトは器用に大蛇からの攻撃をよけ、隙を見つけて戦斧の切刃を大蛇へと叩きつける。切りつけられた大蛇の傷跡からは、紫色の粘着質な液体が飛び散っているのが見える。

 

「セーロスが変形したものだと思っていたが……あの粘液の色……魔物と同じだな」


「人が変形したものと、魔物なにかちがうんですか?」


「魔物と同じなら……姿を維持するための核を破壊すれば無力化出来るかも知れない」


 飛んでくる氷の刃を防ぐために茨の壁を操りながらも、俺の独り言を聞いて質問をしてきたジュジは小さく首をかしげる。

 またわかりにくい話をしてしまった……と火球を放って氷刃を相殺しながら少しだけわかりやすい表現を考える。


「つまり……そうだな。魔物退治のほうが簡単ってことだ」


 ジュジが「なるほど」と元気よく返事をするのと同時に、狭い場所を勢いよく空気が通り抜けるのに似た高い音が聞こえた。それと共に大きな振動が響き、大蛇がのたうち回る。

 目を凝らしてみると、大蛇の頭にいるジェミトが見える。ジェミトが、真っ赤な大蛇の右目に斧を突き立てたことが原因で大蛇が暴れまわっているようだ。

 しばらくは突き立てた斧にしがみついていたジェミトだったが、大蛇が痛みで暴れ、左右の大きく頭を上下左右に振り回したおかげで振り落とされ、勢いよく抜けた斧ごと岩壁に叩きつけられる。


「しまった」


 ジェミトが落ちた辺りの岩壁に大蛇が尾を叩きつけた衝撃で岩壁が崩れ落ちる。慌てて魔法を放ち岩の礫を破壊する。

 助け出すために走り出そうと構える前に、俺の横を小さな影が風のように通り過ぎる。それは、シャンテと呼ばれていた少年だった。

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