Juiji
7-9:Benefactorー友人を見舞うー
「ごめんなさい……。私のせいで、こんなことになってしまって」
ヘニオさんに先ほどの事態の報告へ向かったカティーアが帰ってきてからにしようと提案してくれたジェミトをなんとか説得して、私は一人でセーロスの様子を見に来ていた。
寝具の横に置いてある椅子に腰掛けて、私は彼に向かって頭を下げる。
「元々あった古傷が開いただけだ。君のせいではない」
顔を上げると、青ざめた顔色のまま上半身を寝具から起こしたセーロスは、薄い唇の両端を持ち上げて私を見ていた。
初めて出会ったときに、整った顔立ちや線の細さから彼を女性と見間違えたことを思い出しながら、改めて目の前にいるセーロスと見つめる。
彼がゆっくりと目を伏せると、長い銀色の睫毛が頬に濃い影を落とした。
この人が、
最初に見た彼は氷のように冷たく恐ろしい人だと思ったけれど、こうして関わってみると、とても優しくて責任感が強い人だわかった。
だから、友人として、私はセーロスが心配だったし、迷惑をかけてしまったことを謝りに足を運んだ。
「私がちゃんと……
「研究者である君に戦闘での期待はしていない。
愁眉を顰めた彼は、眉尻を下げたままゆっくりと首を左右に振った。
あの時、ためらわずに魔法を使えていればよかったのに……という言葉を呑み込んで、私はセーロスの言葉に頷いて、そのまま俯く。
彼は私を普通の人だと思っているからこその言葉なのはわかってる。でも、力が足りなかったのもそうだし、彼の指示を仰ぐなり、もっと良い方法があるのに一人で突っ走って失敗をしたことが辛かった。
「足手まといになってしまって……本当にごめんなさい」
そう言葉を漏らす。謝罪なんて求めていないと知っている。だから、これは私の八つ当たりのようなものだ。
次に言うべき言葉が浮かばなくて、顔を上げられないでいると、手の甲にひんやりと冷たい何かが触れる。目を開くと、彼の細くて真っ白な指が私の手に重なっていた。
「あの時、君がタイミヤ先生と突き飛ばさなければもっと大勢に被害が出ていた。だから、足手まといなどではない。それに……」
顔を上げると、セーロスがゆっくりと目を細めて微笑んだ。
「君が無事でよかった。服を
僅かに眉尻を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべた彼は、重ねていた手をそっと離すと、私の
「そんな……。気にしないでください」
そういえば、意識を失う前にセーロスがそんなことを呟いていた気がする。改めて自分の胸元を見てみると、確かに肩から胸にかけてべったりと赤黒い血で付着していた。
こんなに汚れていたのに気が付かないなんて……。
彼に服の心配をさせてしまうのなら、着替えてくればよかった。
「黄緑みを帯びた薄い灰色、その色は君によく似合っているように思う。似たものを、贈らせてくれ」
自分が動転していたことに気が付いて驚いている私に、彼はそう申し出てくれた。
折角の申し出だけど、私に隠し事があったせいで彼を怪我させたのだから、私がお詫びをあげたいくらいなのに……。
いっそのこと、お互いに服を贈り合うと提案したらどうだろう……。でも、カティーアになんとなく言いにくい気がする。
ああでもないこうでもないと悩んでいると、背後から扉の開く音がした。
「よぉ。さっきはどうも。また生き残っちまったのか」
カティーアの声が聞こえて、振り返る。
「
カティーア……と名前を呼び掛けて、慌ててと呼び直してから、彼の言葉の意味を図りかねて首を傾げた。
さっき?
でも、カティーアが関わったことは、私たちとヘニオさんしか知らないはずで、セーロスには話してはいけないと言われたけれど……。
「……カティーア」
「あの時の言葉、思い出したか?」
セーロスが小さな声で英雄の名を呼ぶ。
カティーアは、彼に名前を呼ばれたけれど慌てた様子はない。
喉を鳴らすように「ククク」と声を漏らした彼は、ニッと鋭い犬歯を見せて笑った。
まるで名前を呼ばれることを知っていたみたい……。私は、そう言いそうになるのを我慢しながら二人の表情を交互に見た。
「……お前は、誰だ」
「お前の命の恩人。大英雄カティーア様だ」
やっぱり、さっきのことじゃないみたい。
じゃあ、あの時の言葉ってなんだろう?
二人で一緒に任務に赴いていたときのことかな?
「……」
無言のままカティーアを鋭い目付きで睨み付けているセーロスを見て、疑問が深まる。
なのに、なんで急に?
そこまで考えて、一つの結論が頭に浮かんできた。
もしかして、私が、あの時
自分のせいで、大切な人の負担を増やしてしまったのではないかという不安が胸から込み上げてくる。
震えそうになった指先を隠したくて、思わず膝の上にかかるローブをぎゅっと握りしめた。
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