3-9:"Together as my our family"-家族の一員-
「この子はジュジ。旅の途中で雪崩に巻き込まれて師匠と離れ離れらしい」
「あ、はい。ジェミトには困ってるところを助けて貰って……」
ジェミトが紹介をしてくれたので、私は目の前にいる美少年に頭を軽く下げる。
「こっちはシャンテ。オレの家族の一人だ。って言っても血の繋がりはないけどな」
「よろしくなジュジ」
差し出してくれた手はすごく華奢だったけれど、手の皮は厚くて少し骨張っていて「本当に男の子なんだなー」って内心思いながら、そっと手を握り返した。
「手が空いたから鹿共を連れて
私とジェミトを交互に見ながら、シャンテは眉を寄せてジェミトにそう訪ねた。
どうして? といおうとする前に、シャンテが言葉を続ける。
「ジェムが、この子とお楽しみの最中だったらどうしようって今更心配になったわ」
「まあ、ある意味ではお楽しみだったが……。なあ、ジュジ」
「そ、そういうのはないから! バカ!」
クククッと笑いながら私の肩を肘で小突いてきたジェミトの肩を叩く。耳が熱いからきっと顔が赤くなってるんだろうなって恥ずかしくなる。
本当にそう思われちゃうじゃない!
「へえ、珍しい。あんたは美人だから手を出されてると思ったんだけど」
「オマエと同じでまだお子様だからなぁ、ジュジは」
「なんだよ! おれだってもう
シャンテが私の言葉を信じてくれたみたいでホッとしていると、二人は仲良く言い争いを始めた。
シャンテは少しだけ年下だけど、ほぼ同世代みたい。身長も同じくらいだし、なんとなく、もう少し幼いと思っていたけれど……。
「そういえば、血の繋がらない家族ってどういうことなのか聞いてもいい?」
仲良く言い合いをしながら、鍋を片付けたり、荷物をまとめている二人にそんなことを聞いて見た。
「ああ、ここは辺鄙な場所だろ? だから、商隊のやつらが子供を捨てたり、獣に襲われたり、雪崩で親を亡くす子供が結構いてな」
「それをおじさ……領主殿が引き取って育ててくれてるってわけ」
「野垂れ死ぬよりは家族として迎えた方が、村も助かるしな」
私が暮らしていた箱庭のようなものに近い気がするけれど、あそこは、みんなのことを家族だって言わなかったし、思わなかった。それは、私が家族というものに良い思い出がないからかもしれないけれど……。
だから、温かいものとか親しみを込めて、余所者を家族と呼ぶ風習には馴染みがなくて新鮮に思う。
「じゃあ、ジェムに片付けは任せてジュジはこっちに来いよ」
そう言われて、私は帽子を深めに被り、外套のボタンを留めてシャンテの後を追った。
頬をチクチクと刺すような冷たい空気と、太陽に照らされた白銀の世界を改めて見て、本当に知らない場所なんだなって強く思う。カティーアは今、何をしてるんだろう……って考えて落ち込みそうになったけれど、そんな憂鬱な気持ちはシャンテが少し遠くから連れてきた大きな生き物たちを見て吹き飛んだ。
「きゃ」
驚いた私が悲鳴を上げながら体を仰け反らせたのを見て笑ったシャンテは、三匹の大きな生き物の鼻先に繋がっている手綱を離して、こちらに近付いて来た。
「これ、あげてみろよ」
シャンテに渡された干し草を雪の上に置くと、毛の長い鹿に似た三匹の生き物は、驚いている私を気にすること無く、干し草を食べ始めた。
枝みたいに広がった角と、長い睫毛、それに温かそうな長い灰褐色の毛皮……。体は牛みたいに大きいけれど、とっても大人しいみたい。
「かわいいだろ?
後ろから来たジェミトはそう言って
「最初はビックリしたけど、よく見るとかわいいかも。大人しいし……」
ジェミトが
「車輪がないのね。この船みたいな形をした板だけでいいの?」
「雪が溶けてたら車輪を使うが、今ならこれで十分だ。ソリは初めて見るのか?」
「うん。雪もこんなに積もってるのは初めて見たから」
「へえ! 遠くから来たんだな」
無邪気に笑いながら、シャンテはソリの前に備え付けてある椅子みたいなところへ座った。
箱庭を出てからは、ほとんど同世代の人と話してこなかったから、少しだけ緊張しながら言葉を交わす。無邪気に笑うシャンテと雪のことや、
「準備出来たぜ」
「おう!
シャンテが手綱を強く引きながら大きな声を上げると、
よく聞き取れない言葉でシャンテが号令を出すと、
ビュンビュンと風を切るような速さと、頬に当たる雪が冷たくて私は外套の襟に顔を埋めながら、板についている取手のようなものをしっかりと握りしめた。
「これで今日中に村に帰れそうだな」
私のお腹あたりに腕を回しながら、顔を近付けてきたジェミトはそういうと真っ直ぐ前を向く。
ジェミトは、確か村までは歩いて三日って言ってたけど、カティーアは私と別れた場所でずっと探してくれてたりするのかな? なにか書き置きでも残せばよかった……と段々心配になってくる。
なにか手がかりを見つけてくれたらいいんだけど……。それとも私のことは足手まといが消えたくらいに思っていたりして?
意外と村に真っ直ぐ向かうのかもしれない。だって、永く生きている彼は、一緒にいた人が先に死ぬということには慣れているはずだから……諦めも切り替えも早いのかもしれない。
ついネガティブなことを考えてしまったのが顔に出ていたのか、気がつくとジェミトが私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「もし、お前の師匠が村にたどり着けなくても、その時はオレたちの家族として村の一員になればいい」
額がくっつきそうな距離で思いもよらない優しい言葉を言ってきたジェミトに驚いて、思わず体を仰け反らせてしまう。一瞬、掴んでいた手すりから手が離れて、体が浮いた。
冷たい汗が背中を伝ったけれど、私の体はすぐにジェミトがぐいっと抱き寄せられた。腰に回した腕は私の体をしっかりと支えてくれている。
「っぶねーな。しばらくこれで我慢してろよ」
そのまま、彼は私を板の中央に抱き寄せて戻すと、頭をいつもみたいに優しく撫でた。そして、目尻を下げた優しい表情でしばらく私の瞳を見つめたあと、とても柔らかく笑う。
家族というものに良い思い出はあまりないけれど、そう言って受け入れてくれることがなんとなく嬉しくて私は小さく頷いた。
それを見てホッとしたような顔をしたジェミトは、時折分厚い雲の間から覗く太陽の光と冷たい風を心地ようさそうに浴びながら再びまっすぐ前を向いた。
「そろそろ村が近いぞ」
寒さからか、すっかり鼻先を赤くしたシャンテが白い息を弾ませて教えてくれる。
似たようなひたすら真っ白な空間に時々見たことのない黒っぽい針のような葉の付いている木が点在している風景は終わり、雪が積み上げられている場所が増えてきた。
開けた場所にある村のすぐ近くには深そうな森が広がっていて、森の方からは穏やかな川が流れているようだ。
川の近くには、広くはないけれど耕作地らしい平野が広がっている。でも雪があるから今は使われていないのか一面真っ白だった。
「今は畑が使われてないの?」
「いいや、ちがう。
ジェミトにそう言われて、畑によく目をこらしてみる。
どんどん村が近付いて来ると、彼の言葉の意味が少し分かった気がした。耕作地はよくみると、ところどころに雪がまったく積もっていない小さな区域がある。
「気が付いたか?」
「雪が積もってないところがある?」
まだ揺れる鹿たちの引く板の上で、私が落ちないようにと腰を抱いたままのジェミトは、私の肩に顎を乗せるようにしながら、雪の積もっていない地点を指さして頷いた。
「あの場所はどんな大雪が降っても雪が積もらない。オレたちは聖なる狼の加護って呼んでる」
「なんで狼なの?」
昔の神話が改変されずに「狼」の要素を保ち続けた理由が気になったので、なんとなく疑問を口にする。
神話は大体、色々な尾ひれや人の希望を受け止めて事実とは大きく違ってくるものがほとんどだっていうことを知っている。
だって私は、カティーアの英雄伝が好きな自分の記憶と、魔王を倒したときのセルセラの記憶、両方を持っているから。
「昨日の夜に見ただろ? オレの体に浮かんでる模様」
「うん。見たけど」
「アレは神さまが昔選んだ一族の中で、オレが一番強いって証なんだ」
昨晩見たジェミトの露わになった上半身を思い出す。左胸の燃える炎に似た模様と、右肩にある炎を纏った狼を模した絵を……。
「オレの一族はさ、代々一番強いって神様が選んだ息子の体にこの絵が浮かぶらしい。狼の絵が浮かぶから神さまは狼ってことだろうって親父は言ってたけど」
「そういうことなんだ。ジェミト、実はすごい人だった?」
「くくく……辺鄙な村の領主でしかねえよ」
ジェミトの言葉に驚きながら、そういえばセルセラは長く生きていたのだから、狼や雪の世界に関する記憶はあったりするかも……と目を閉じて考えてみる。でも、思い当たることはない。
そもそも、自分のものになったとはいえ彼女の記憶は膨大で、果てしない。それに、妖精だった彼女は人間が使う魔法に対して、具体的な手法や技術論というものを持っていないから、今の私が魔法を上手く使えない理由も、よくわからないのだけれど。
そんなセルセラが必死にヒトの書いた本を調べて、カティーアを秘密裏に救おうとしたのはどんな気持ちだったんだろう。でも、彼女が何を考えていたのか記憶は答えてくれない。本当に自分がセルセラの代わりになるのかな……。あの時、自分が消えていたほうがよかったんじゃないかな……と暗い気持ちがふつふつと浮かび上がってくる。
「二、三日もすればきっと師匠とやらと会えるさ」
そんな言葉と共に、私の額にジェミトの指が触れた。眉間のシワを伸ばすようにぐいっと眉と眉を伸ばされて、急なことに驚きながら彼を見上げた。
「ジュジと会った場所は開けてるだろ? 足跡くらいは残ってるだろうから、その場から離れたことくらいすぐわかるさ」
優しい笑顔を浮かべているジェミトが、私を慰めてくれようとしてくれることはわかった。
でも、さっきまで落ち込んでいてどんな意図で慰めてくれているのかわからない私は、曖昧に微笑みながら彼の言葉の続きを待つ。
「心配なのはわかるけどよぉ、師匠が来るまではのんびりしてればいいんじゃねーか?」
ここまで聞いて、私が不安そうにしていた理由をジェミトは
「本来なら夏も始まって、こんな場所でも雪も溶けて、花も咲くし商隊のやつらがいたりして、少しは賑やかなんだけどな……。タイミングが悪かったみたいでそこはしかたねーけどさ……」
そこまで言ったジェミトは、急に私のほっぺを軽く摘まんで引っ張った。痛くはないけれど、驚いて「わ」と小さく悲鳴を漏らすと彼は悪戯が成功した子供みたいに無邪気に笑った。
「ほら、行くぞ」
そう言ったジェミトは、荷物を幾つか背負うと減速をはじめたソリの上から飛び降りた。うまく衝撃を逃して綺麗に着地をした彼は、軽い足取りで木で作られた大きな門を跳び越えて村の中へと入っていった。
「ジュジはあいつのマネすんなよ! ちゃんと止まってやるからさ」
驚いている私を見て、慌てながらシャンテはそう言ってくれたので私は大人しくその場で腰を下ろしてしっかりと手すりに掴まった。
ゆっくりと減速しながら、ソリは村の門の前で停まると、閉じていた門の両扉が開かれた。
一足先に下りていたジェミトは、村の人たちと笑顔で言葉を交わしたり、高い場所に上げた両手を「パチン」と音を立てるような勢いで合わせている。
「すごい」
「ん? どうした? 行こうぜ」
ジェミトが老若問わず女の人からハグをされたり軽く頬にキスをされているのを見て立ち止まった私を、シャンテは不思議そうに見てから手招きしてくれる。
こういうコミュニケーション方法が日常的に行われているのなら、昨日からのジェミトの一連の行動は特別な意味なんてなかったのかもしれない。
やっとジェミトの行動の理由が腑に落ちて、ホッとしていると前を歩いているシャンテが立ち止まった。
「じゃあ、おれは
それだけ言って、彼は私の背中をグイッと押してからどこかへ走って行ってしまった。
まだ他の村人たちと談笑しているジェミトを見て、どうしていいのかわからないでいると、こちらに気が付いた彼がこっちを見て大きく手を振った。
「ジュジ、みんなに紹介するから来いよ」
大股でこちらに近付いて来たジェミトは私の手首をそっと掴むと、元いた村人たちが集まっている輪の中へと戻っていく。
「道に迷っていたところを助けたんだ。この子はジュジ。旅をしていてツレと離れたらしい。仲良くしてやってくれ」
ジェミトはそう言って村のみんなに私を紹介してくれた。村の人たちが、じっと私のことを見ているのがわかる。
人が大勢いて、自分が注目されていると箱庭に行く前のことを思い出してしまう。緊張と不安で体を強ばらせていると、誰かの柔らかい手がそっと肩に触れた。その手は、私の背中にゆっくりと回される。
「よろしくね、太陽に愛された肌の方」
優しい言葉だった。驚いて自分を抱き寄せた相手を見てみると、それは背の高い白い肌をした白金の髪の女の人だった。女の人は私を見て微笑むと「ジェミトと似た肌の色なんて素敵ね。ようこそ」と言って微笑んでくれた。
ランセの村でも歓迎はされたけれど、それは問題を解決して仲間だと認めて貰ってからだった。だから、こうして来たばかりの余所者である私が、次々と歓迎の言葉で出迎えらることに驚いてしまう。
女の人の次は、穏やかな表情をしたおばあさん、それに小さな子供達……。たくさんの歓迎の言葉を投げかけられ、ハグや握手を求められて、私が立ち往生をしていると、ジェミトがこちらを振り向いてくれた。
差し出してくれた大きな手を取ると、ジェミトが白い歯を見せながら無邪気に笑いかけてくれる。
「行こうぜ」
そう言って私の手を引いた彼の後を追うと、開けた場所に出る。
雪にところどころ埋もれているけれど、整えられた石畳の道や、煉瓦で作られた大きな家、透明で薄い窓の貼られた辺鄙な田舎とは思えない美しい建造物に思わず息を飲む。
これが、カティーアのお父さんがいた村……。
「改めて……ようこそ、
温かい言葉と共に、私は知らない街に、独りで迎え入れられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます