Gemito
3-10: Lady of fairy in the forest -森の貴婦人-
「ジェミト、お前が新たなの
父親の静かな声が小さな儀式用の部屋の中に響く。
みんなが雪のように白い肌を持つこの村で、父親の血を継ぐ男だけが太陽に愛された赤銅色の肌に染まる。それが
その中でも一番能力が優れているものが
父親は、乾燥させた
嫌だなんて言えなかった。なんでだよ……って誰にも聞こえないように心の中で叫ぶ。
オレよりも、兄貴の方が絶対に
すげえ昔にいた炎狼の神さまは、一度滅びかけた村を守ったらしい。そして、自分は厳しい自然からこれからも村を守る為に命と引き換えに大地に埋まり、村を守る為、力の一部を領主に授けたのだと言い伝えられている。
その村を守る為の力を得たのが、オレの子孫、コダルト・ジョミンコだった。
炎狼の力を得たオレたち一族は、みんな他のヤツらよりも頑丈だし、力も強い。それに……どうやら炎に対して特別な耐性みたいなものを得ているらしい。火傷をしにくいし、火傷をしたとしても痕にならずにすぐに治っちまう。
そんな特別な一族の中でも、神様は贔屓をするらしい。その中から一番能力が秀でている者に、神様が残した遺物を使う力を与えたり、村に危険が迫ると刻まれた痣のような模様から力が湧き出てくるのだと効いていた。
オレの父親はもちろん先代の
ほとんどは長男が選ばれると聞いていた。一番先に生まれた子は神様に愛されやすいのだと。だから、オレも、家族もそう信じて疑わなかった。
オレは父親からずっと兄を支えてやれと言い聞かされていたし、兄貴のディレットが十七の誕生日を迎えたときにうっすらと胸元に浮かび上がった黒い模様を見て、オレも下の兄弟たちも両親も、兄貴が
「やっと兄貴も一人前ってことだな」
「まだ試練の夜があるから、わからないけどな。俺がダメだったときはジェミトがみんなを守ってくれよ」
紋様が本格的に体へ浮き出る前日、神宿りの試練というものが訪れる。神様が体に紋様を刻みに来るから、体が燃えるように熱くなるのだという。
その言い伝えの通り、ディレットは高熱を出して倒れるように寝込んでしまった。それとほぼ同時に、何故かオレも高熱を出して寝込んだ。
ただの風邪だと思っていたけど、最悪なことに神様はオレを選んじまったらしい。
熱と悪夢から開放された朝、オレの左胸に炎のような真っ黒な模様が浮かび上がっていた。目を覚まして自室を出たオレを見て、家族がどんな顔をしてたのかは覚えてない。
あの日の絶望を思い出しながら、オレは父親が続ける宣誓の儀式が終わるのを待つ。
「ジョミンコ一家の次兄、ジェミト……新たな
オレじゃないはずだ。この役割はディレットのはずだった。
だってそのためにディレットは鍛錬もして、オレと違って熱心に読み書きの勉強もして……。
オレが選ばれるべきではなかった。オレがディレットの夢を……将来を奪った。
「こんな立派な弟の兄なんて鼻が高いよ」
儀式用の部屋から出た俺にそんなことを言ってきた兄貴に曖昧に笑い返しながら、そうじゃないだろって心の中で呟く。
兄貴はいつでもオレなんかよりがんばってたじゃねーか……そう思ってた。
オレの前に引かれてしまった最初の踏み越えてはいけない
だからオレはこの
兄貴にこの立場を譲りたいのなら、たかが一歩この一線を踏み越えればいい。でもそれは…一族の伝統や村のみんなの命や気持ちを踏みにじることになると知っているオレにはあまりにも重すぎるたった一歩だった。
儀式から数年。その間ずっとディレットは、今までと変わらずにオレを可愛い弟として見てくれているみたいだった。少なくともオレはそう信じてる。
酒の勢いで「オレが憎くないのか?」なんて聞いてみたけれど相変わらず柔らかく笑いながら「俺は……戦うのに向いてないって神様にバレてしまったんじゃないかな」なんて言って頭を優しく撫でるだけで、だからオレも自分の気持に蓋をして、力の抜けるように柔らかく笑うディレットと拳を合わせる。
オレは
それは、オレが十七になった年だった。鮮明に覚えてる。忘れるはずがない。
たまにやってくる
恋に落ちたんだ。
魂が焼けてしまうような強烈な恋をした。
短い夏。雪から少しだけ大地が顔を覗かせる季節になると、麗しい彼女はどこからともなく現れる。
岩山から落ちて怪我をしたオレの傷に手を当てて彼女が歌うと、痛みは吹き飛び、緑の光に包まれた傷はまるで最初からなかったみたいに消え去った。
オレを救ってくれたその女は、ヒトなんかじゃない。見た瞬間に理解した。
若葉のような優しく明るい緑色の髪は太陽の光に透かされて神々しさすら感じるし、新雪のようにやわらかで真っ白な肌は村にいる女の誰よりも美しくなめらかで、その深い緑の瞳で見つめられながら、薄紅色の花弁のような唇から発せられる小鳥のさえずりのような愛らしい声は脳を揺さぶり、胸の奥が熱くなった。
大きく背中の開いた透けるように白い布で作られた貫頭衣はドレスという種類の服なのだと、その女はオレに教えてくれた。それは、濃い甘い香りを放ってオレの頭の中をかき混ぜて溶かしてしまうんじゃないかってくらい最高の服だった。
決して結ばれてはいけない相手に恋をしたってことはわかってた。
彼女……カンターレはこの森に昔から現れる
『人ならざるものと一線を越えてはいけない。 心を狂わされ、彼女たちの魅力に呑まれれば、争いが村を飲み込んでしまう……』
それがオヤジの口癖だったし、
実際に人ならざるものに愛されて姿を消したものや、愛されたが故に獣に姿を変えられてしまったという人間も見てきた。
それでもオレは……オレは彼女の美しさにも、自分の中から湧き上がる衝動にも抗えずに、彼女の体に、顔に、唇から紡がれる言葉に溺れていった。
一線を超えなければいい。恋はしても、深追いさえしなければ、バレなければ大丈夫なはずだ……そう自分に言い聞かせて、時間が許す限り、オレは愛しの森の貴婦人と呼ばれている
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