不死の呪いと魔法使い

小紫-こむらさきー

Chapter1:Unbreakable

Jiuji

1-1:Wanna Know a Secret?-俺の秘密を知りたいか?-

「俺の秘密を知りたいか? 知りたいよな?」


 右肩から先が吹き飛ばされているにもかかわらず、カティーアは苦悶とはほど遠い表情を浮かべている。

 彼は、低く嘲るような言い方で私に話しかけてきた。


「いい子のお前ジュジには」


 まるで、わざと怖がらせようとしてるみたい。薄い唇の両端は持ち上がっているけれど、彼の目は全然笑っていない。

 細い顎を持ち上げて半分開かれた口からは、牙のように細い上下の犬歯が見える。

 口元だけ笑みを浮かべた彼は、私を見て目を細めた。


「特別に教えてあげよう」


 風がどうと吹いて森の木々がざわざわと音を立てると、外側に跳ねる癖のついた金色の短い髪が揺れる。

 月の光を背中から受けて、彼が着ている真っ白なローブが闇の中でぼんやりと光って見えた。

 尻餅をついたままの私は、彼を見上げることしか出来ない。


 自分の赤銅色の肌とはちがう、作り物みたいに美しい彼の白い肌は先程飛び散った自らの鮮血で彩られている。

 血に塗れた右半身をそのままに、彼は真紅の瞳で私を見た。普段は丸い瞳孔が、針みたいに細くなっている。


「……なんでこんな」


 思わず漏らしてしまった私の言葉を聞いて、カティーアはフンと鼻を鳴らしてまた笑った。でも、その笑みはいつもの温かい微笑みではなく、とても冷たいものだった。

 一緒に暮らしていて、私は勘違いしてしまっていたんだと実感する。

 たった数時間前、いえ、数分前までの私は、少なからず彼に大切にしてもらえているんだと思っていた。

 でも、今は、針の様に細い彼の瞳に睨まれているだけで、歯をかみ合わせるのに苦労するほど震えてしまうくらいに恐ろしい。これが、殺気というものなのだろうか。


「なんでだろうねぇ」


 いじわるそうに唇の片側を持ち上げて、彼はそう告げた。

 カティーア、世界を救った伝説の英雄の名前を継ぐ者。

 魔法使いたちの中から選ばれた一人の天才だけが名乗れる特別な名前。

 世界で唯一、神獣の毛で織られた白いローブを着ることが出来る人。

 めんどくさがりで、ちょっと胡散臭いけど、でも私には優しい人。

 でも、急に彼は得体の知れない化け物に変わってしまった。


 肌を刺すような敵意が彼の目から放たれている。気圧された私は、生唾を飲んで後退りをした。

 ゆっくりとした足取りで、こちらへやってきた彼が、私と目を合わせるために膝を折ってしゃがみこむ。

 ぐいっと、鼻と鼻を突き合わせるように顔を近付けた彼からは、燻した香草ホワイトセージの香りがする。


「あ……う……」

 

 言葉がうまく出てこない。誤解されてるなら何か言わなきゃ。

 でも、彼は何かを教えてくれるんだっけ?

 思考ばかりが焦る。熱くもないのに背中にも掌にも汗が噴き出てくる。

 近付いて来た彼が左耳からぶら下げている金で出来た蝶の耳飾りが揺れた。


「なぁ、ジュジ」

 

 薔薇色の鱗粉がチカチカと光って、カティーアの周りを飛んでいる。

 彼の使い魔ファミリア、小妖精のセルセラだ。

 妖精が、積極的に他人を助けてくれるはずはない。


「俺は死ねないし、老いることもない」


 彼の言葉がやけに遠くに聞こえる。

 私は、どうしてこうなったんだろう。

 少しだけ、少しだけでいいから、考えを整理させて欲しい。


「獣の呪いと、不死の呪い、二つの呪いのお陰で、俺は魔法を使えるんだ」


 彼の声は聞こえても、言葉の意味まではうまく飲み込めない。

 私の頭の中では、魔法院に引き取られるまでのことが次々と浮かんでくる。死後に妖精が見せる夢走馬灯に意識が引きずられていく。

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