1-2:The Cursed Girlー不幸を呼ぶ子ー

「ハシバミ色の瞳……。不幸を運ぶ忌まわしい子め」


 生まれ故郷で、何度も聞いた言葉。

 私を見かければ眉を顰め、目を逸らす大人たち。


「闇色の髪とハシバミ色の瞳は災いを生む。しかし殺せば魔物除けの茨が枯れると言われている」


「どうすれば良いのだ? このままだと村は滅びるぞ」


「以前忌み子が生まれたのは50年前じゃ。その時は白い塔の魔法使いがなんとかしてくれたが」


 大人たちは、私を殺すことも出来ずによく言い争っていた。

 父も母も、私を庇うどころか……積極的に関わるのを避けていたように思う。

 物心ついたときには、私は自分が疫病神だということをなんとなく理解していた。

 ハシバミ色の瞳を持つ呪われた子供。

 悪霊や不幸を呼ぶ忌まわしい存在。


「曾祖父さんの代に出たから知ってるよ。こりゃ忌み子だ」


「魔物に愛される神の御子……聞いたことはあったが。しかし、殺しても追い出しても魔物除けがなくなるんじゃあな……。塔にいる魔法使い様に来てもらわねばならんぞ」


 そんな不吉な子だから、私は家族から捨てられた。

 正確に言えば、捨てられたというよりは、厄介払いされたという方が正しいのかもしれない。

 でも、幼い私にとっては同じようなものだ。


 最初から、村のみんなが私を不吉な子だと思っていたわけではない。

 箱庭に引き取られた後、ダメ元で魔法院から来た魔法使いに聞いてみた。すると、意外なことに私が生まれてから何が起きたのかを教えてくれた。


 私が生まれたばかりの頃。最初、ハシバミ色の瞳と闇色の髪を怖がるのは老人たちだけだったのだという。

 それを取り合わなかった若い大人たちだったが、その年に疫病が流行った。

 疫病をきっかけに徐々に、小さな不幸と私を結び付け、私が忌み子だという伝承を信じる者が出てきたのだという。

 なんでも私の生まれた村は、不思議な結界が張ってあるらしい。だから、村の中には魔物が入ってくることはない。それでも目に見えて村の周りに魔物が姿を現わすことが増え、村の外では大人たちが魔物に殺される事件も増えた。


「これが書簡に記してあった子供か?」


「へい……。どうもこの娘が生まれてから村には不幸が起こり続けて……。大型の魔物も頻繁に現れては村の周りを荒らし周るのでご覧の有様です」


 私を抱き上げて顔をジロジロと見た魔法使いと、村の大人はそんな会話を交わしていたのを覚えてる。

 強い魔除けの魔法を施した馬車には、木の檻が積まれていた。


「乗り心地は悪いだろうけれど、少し我慢してね」


 魔法使いは、私を檻の中へ入れた。

 そして、私は保護をされて故郷から遠く離れた場所で暮らすことになったのだ。


「この娘は、我ら魔法院で保護をする。危険のある事実を報告した報奨と、大型の魔物による被害への補償がヘニオ様より運び込まれる。有り難く承るように」


 褐色のローブを着た魔法使いがそう言ったのは覚えている。その時、村から歓声があがったのも。多分、私の家族も喜んでいたのだろう。

 檻に入れられた私は、お別れの一言を告げることもないまま村を出た。


「あの村には、古くから伝えられている掟があるのは知っているでしょう?」


 馬車の中で魔法使いと、村の言い伝えについて色々と話もした。


「はい。……ハシバミ色の瞳と、闇色の髪、両方を備える子供を殺してはならない……という掟が」


「アレはね、山の中で魔物に怯えて生きていたあなたのご先祖様たちを助けてくれた神様がほどこした呪いまじないだというの。魔法院でも解析の難しい高度な結界をね……」


 神様は、その言いつけを守るならと魔物除けの呪いまじないを授けてくれたのだという。

 金色の髪と赤い目を持つ神様と、赤土色の肌をした深い緑色の瞳を持つ黒髪の女神様は、二人で村を守る魔法を使って滝の上に枯れることのない茨を作った。

 そして、二人が村に残した子供がハシバミ色の瞳と闇色の髪を持つ少年だったらしい。

 神の子は、人に愛された。でも、それと同じように魔物にも愛された。

 この世界に残された神の子を大切にもてなし、魔物から守るように……と神様は村のみんなに言ったらしいけど……。

 魔物除けの結界が消えるから殺せないだけで、村の人達は私のことを大切になんてしてくれてなかった。

 だからって……村の人達が死んでしまえばいいとは思わない。

 キュッと唇を噛んで、涙が零れるのを防ぐ。すると、お腹がキュウと音を立てた。


「……これを食べるといいわ」


「あ、ありがとうございます」


 くすんだ色のローブを着た魔法使いが差し出してくれた黒パンを、私はお辞儀をしてすぐに口に詰め込んだ。

 こんな風に、優しくされたことはなかったななんて思い出したら、また涙が出そうになったけれど、涙はパンと一緒に飲み込んだ。

 村でも私は常にお腹を空かせていたけれど、疫病神の私はもらっている最低限のもの以上を求めるようなことを出来なかった。だって、ワガママを言えば、我慢の限界を迎えていた大人たちが私を村の外に投げ出さない保証なんてなかったから。

 けれども、村の大人たちは私が思っているよりも少しだけ冷静だったらしい。塔の魔法使い魔法院に疫病神をどうにかしてくれないかと、使いの者を出したのだ。

 けれど、私が生まれた村はとても辺鄙なところにあるお陰で、とても時間がかかってしまった。そのせいで、私は少し言葉が話せるようになるまでは、村に居ざるを得なかったのだけれど。

 結果的に、私が魔法院ここへ来たのは、村にとっても、自分にとってもよかったようにも思う。

 一応、飢えることもないし、似たような生い立ちの子ばかりだから。あの人達のことを恨むどころか、感謝してる部分もある。

 馬車は何日も走り続けて、ぼそぼそしたパンを食べながら檻の中で横になって過ごした。

 やっと檻から出されたとき、最初に目に入ったのは真っ白な石で出来た壁と、大きな石造りの門だ。


「ここは……」


「あなたがこれから成人16歳まで過ごす場所よ。それまでに最低限の読み書きや、様々な仕事を覚えてもらいます」


 壁を見上げたら首が痛くなりそうなくらい高い壁の内側に入ると、小さな村があった。

 そこにいたのは、同じ年の子供たちと、少し大きな少女たち。

 粗末ではないけれど最低限の機能が供えられた簡素な小屋、井戸、小さな畑。それだけだ。魔法使いたちは、この場所を箱庭と呼んでいる。


 箱庭での仕事も慣れてくると、晴れた日に箱庭の広場で行われる勉強会に参加出来るようになった。


「さあ、アルカの子供たち。将来きちんと恩返しをできるようにお勉強をしますよ」


 文字の読み書きは、時折魔法院からやってくる女魔法使いが教えてくれる。彼女たちは縁に金色の布が当てられた黒いローブを身にまとっていた。

 私たちは、大人になったら、魔法院の中心にある白い塔の中や、耳長族の領地にある黒壁門の内側で働いて育ててもらった恩を返す。

 だから、そこで役に立てるように、私たちは読み書き以外にも薬草の見分け方や簡単な薬の調合について学ぶ。

 その他にも、縫い物や、小さな動物の捌き方、魔力を帯びた生物の皮や骨の加工についても学ぶ必要があった。


 多分、貧しい村にいるよりずっといい暮らしをしている。

 でも、私たちは保護された身だ。箱庭を囲う白い壁から、一歩でも外に出れば魔物によって食い殺されたり、悪霊に体を乗っ取られたりしてしまう。

 そのため、当たり前だけど箱庭の外に出ることは禁じられていた。

 箱庭の中に保護されるような子には帰る場所が、あるわけでもない。それでも、好奇心から外に出る子供は少なからず存在した。

 逃げた子たちが、生きて箱庭へ戻ってきたことはないけど、仕方ないと割り切っていた。

 大抵の子は、退屈だけれど飢えて死ぬわけではない。だから箱庭での暮らしに不満はないし、女だけの村だったので大きな争いがも暴力沙汰も起きることは少なかった。


 箱庭の暮らしにも僅かながら娯楽はある。

 その一つが、年に数回、魔法院から許可を得た商人がやってくることだった。

 商人たちは花の種や可愛らしい工芸品、魔法院で使わなくなった古びた本たちを持ってきてくれる。


 数ある娯楽の中で、私は工芸品でもなく、花を育てるでもなく、本を夢中になって読んだ。

 本で知る箱庭の外にある世界は、きらびやかで、危険で、刺激的だった。外の危険性も、私たちがどう扱われるかも知っている。だから実際にここから逃げ出したいなんて思わない。

 ただ、物語の中でなら私は安全に刺激を楽しめる。そんな理由で本を読むことにのめり込んだのだ。

 私は、大英雄カティーアが主人公の神話や伝説が記された物語を好んで読んだ。遥か昔に存在した、強大な力を操る邪悪な王を、英雄カティーアと頼もしい仲間たちが倒すお話は特にお気に入りだ。

 物語の中の英雄カティーアは、単調な生活を送る私の心の支えになっていた。

 彼のことが知りたくて、彼の物語は暗記するくらい読んだ。自分が魔法を使えないにもかかわらず、魔法に関する書物を暇を見つけては読みふけった。


「また、あなたは本を読んでいるの? 縫い物もまだ残っているのでしょう? サボってはいけませんよ」


 空き時間だけでは足りず、仕事をサボって本を読むことも多々あった。

 隠れて本を読んでいるの指導のために箱庭に来た魔法使いに見つかった時には、呆れた顔でそう言われたのを覚えてる。

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