4-12:A Beloved Pupil‐あなたの自慢の弟子‐

「嘘も方便ってやつだな」


 蛇型魔物の首を次々と切り落としていたジェミトは、背中合わせになったカティーアのほうをみて口笛を吹いて見せる。


「なんのことだ?」


「耳長の旦那!頼むぜ」


「ククク……あっちが勝手に誤解してくれただけだ。さぁ、まだまだ魔物は来るから耐えてくれよ?」


 ジェミトの言葉に肩を揺らしていたずらが成功した子供みたいな表情で笑ったカティーアは、そのまま周りの蛇を両手から放った炎で焼きながら地面を蹴って高く跳んだ。

 崩れかけた家の屋根に飛び乗ったカティーアが走りながらさらに大通りでひしめきあっている蛇たちに炎球を撃ち込んでいく。


「頼りにしてるからな」


 ジェミトが刈り逃した蛇型魔物の首を撃ちぬいていくシャンテの後ろを通ったカティーアはそう声をかけてそのまま屋根の上を走っていく。

 私も必死ではぐれないようにそのあとに続く。 


 カティーアは屋根の上を走りながら、ところどころに炎を柱みたいに出現させていた。


「外壁が壊れたところから距離があるからな。こうして侵入経路を絞った方が防衛がしやすい」


 なるほど……と感心していると、カティーアの手が前に出た。

 慌てて静止して、建物の陰に身をひそめる。

 

「……死んでいないか心配して損したな」


 呆れと驚きの中間というような漏れ出た声を聴きながら彼が差した方向を見てみると、先程から頭をぶんぶん振っている大蛇の額に懸命に張り付いているファミンの姿が見えた。

 黒い大蛇に突き刺した剣をうまく足場にして鱗に手をかけてしがみついているファミンは、どうやら例の宝石に呼びかけているみたいだった。

 なにを言っているかまでは聞き取れない。でも、額に玉のような汗を浮かべているファミンの口が大きく動いていることだけはわかる。


「あぶな……」


 イライラが最高潮に達したのか、大蛇はついに自分の頭を崩れかけた外壁にぶつけた。

 ファミンは大きく崩したバランスをなんとかしようとしたのか足をわずかに動かす。でも、さっきまであった足場にしていた剣は、外壁に当たったせいで大きく折れ曲がっていて彼女の足は思い切りなにもない空間を踏み抜いた。


 あ……という大きな声が聞こえそうなくらい口を開いたファミンの体が揺れる。

 髪が上に靡き、そのまま落下していく……。

 枯れ枝のように放り出された彼女の体を受け止めるためのツルのクッションを作ろうと構えた。けれど、それは杞憂に終わった。

 落下の止まった彼女の身体はカエルの舌が落ちる獲物を捕まえた時のように上下に大きく揺れている。

 そして、揺れが収まった……と安心しそうになって、彼女が止まった場所が大蛇の口元辺りだということに気がついた。助けなきゃ……でもどうやって……?

 カティーアの顔を見たけど、彼は興味深そうに大蛇とファミンを物陰から見守っている。


「カティーア?助けなきゃ」


 私はあわててカティーアのローブの裾を引っ張った。

 いつ大蛇に彼女が呑み込まれるかわからないのになんでのんびり観察をしてるの?


「あ、ああ。ちょっとあいつの姉さんがどう動くのか気になって」


 カティーアは弁解をしながら鼻の頭をポリポリと掻いて見せた。彼は私以外にかなり冷たいところがある。いやではないけど……ファミンは私のはじめての同性の友達なのでもっと優しくしてあげてほしいし、出来るなら助けたい。


「しゃがめ」


 シャンテの声で私とカティーアはとっさに身をかがめると、頭上すれすれを何かが掠った。

 頭上を通ったものを目で追うために進行方向に目を向けると、黒い大蛇が口を大きく開いてファミンを呑み込もうとしているではないか。


―キンッ


 軽くて硬いものが何かを弾くような澄んだ音がして、彼女の身体が左右に大きく揺れる。

 大蛇は口を閉じたけれど、ファミンの体はもうそこにはないお陰で丸のみも、体が食いちぎられることも避けられた。

 風切り音がいくつも私たちの近くを通り過ぎ、大蛇の鼻先や目元に矢が当たる。シャンテが私たちの後ろから弓を放っているとやっと気が付いた。

 さっき私の頭を掠めていってファミンに当たったものは、シャンテが放った矢だということにやっと気が付いた。

 矢が不快なのか空気を勢いよく喉から漏らして威嚇音を出しながら身を捩る大蛇を見てカティーアは肩を竦めて少し離れた場所にいるシャンテをちらっと見て再び前を向く。


「……これも銀貨二枚のうちか」

 

 腕を伸ばしたカティーアの手から拳大の炎球がいくつか放たれて、大蛇の額にある黄褐色の宝石目掛けて飛んでいった。

 宝石にすべての魔法が命中した……ように見えた。でも、宝石はまるでなにもなかったみたいに表面をきらっと光らせている。


「カティーアの魔法が……効かない……?」


 あまりのショックに、自分の口を両手で覆いながらそんな言葉が漏れる。

 でも、カティーアは焦った様子どころか口元に笑みを浮かべながら私の頭を撫でて物陰から大蛇の前に身を晒してこう言った。


「想定内だからそんなにへこんでくれるなよ。ひとまず、あのこそ泥娘の自暴自棄をお前のツルで助けてくれるか?」


「はい」


 自暴自棄?と首をかしげてからファミンを見る。

 彼女はあの場所から動いていなかった。まるで大蛇が再び自分を殺しに来るのを待っているみたいに見えて自暴自棄というカティーアの言葉にうなずく。

 シャンテとカティーアが大蛇の気を引いてくれている。私はツルを建物の影から伸ばしてこっそりとファミンを絡めとると、そのまま彼女を包む籠を編んで一気にこちらに引き寄せた。

 いきなり出来たツルの籠に気が付いた大蛇が大きな口を再び開いたのを見たカティーアが、拳よりも二回りほど大きな炎球を大蛇の鼻先に向かって投げつける。

 両目の間に炎球が当たった蛇は悲鳴のような細く高い鳴き声を発しながら後ろに仰け反り、森の木を薙ぎ倒した。

 両目を焼かれた大蛇は、外壁や大きな木に当たりながら不安定にうろうろと頭を動かし、まるで虚勢を張るように大きく開いた口から威嚇音を放っている。


「おれは一回ジェムのほうに戻る!」


 シャンテは、ファミンがツルの籠のなかに入ってこちらに来るのを確認すると、そう言って街の中へ戻っていった。

 それと入れ替わるようなタイミングでツルの籠は目の前に到着して動きを止める。

 中で暴れているのか、引きずるのをやめてもツルの籠はゆらゆらと左右に揺れている。


「邪魔すんな!」


 硬化させたツルの球を開くと、勢いよくファミンが飛び出してきた。

 飛び出してきたファミンの拳が自分に届かないうちにうまく抱きとめたカティーアは、ファミンをその場に下ろた。

 そして、彼女の両肩に手を置くと静かな声で一言だけ「聞け」と言う。


「うるせえ」


「あの蛇にお前が食われたところでなんの罪滅ぼしにもならねーぞ」


 振りほどかれた手を再び彼女の両肩に置いたカティーアは、溜息を付きながら彼女の顔を再び見つめた。

 舌打ちをしながらも何も言い返さないファミンを見て、カティーアは言葉を続ける。

 

「お前が姉さんを解放するなら協力する。死にたいだけなら俺はこのまま大蛇ごとお前の姉さんを殺す」


「……かい……ほう」


「うまくいけば、蛇と宝石を引きはがせる。ただ……それだけじゃお前の姉さんを呪われる前の姿に戻すことは出来ないが」


「それでもいい」


 やっと明確な答えを出したファミンの顔を見て、さっきまでしかめっ面だったカティーアの顔が少し和らぐ。


「いいか……お前の身体にくっついてるそれを剣の形にして、氷の封印を壊す」


「さっきもアレは叩いてみた。でも、びくともしなかった」


 カティーアは、なるべく簡単な言葉を使いながら身振り手振りを使って説明をする。

 それに対してファミンも彼女なりに理解しようとしているみたいで、真面目な顔で彼の一挙手一投足に意識を向けているみたいだった。

 

「俺の炎をお前の剣に乗せる。だからお前は俺が示した場所を思いっきり貫け」


「……わかった。それで姉さんは止められるんだな」


「俺たちが力を貸してやるんだ。当たり前だろ?」


 ファミンが戸惑うような顔で私とカティーアを交互に見て不安そうに瞳を揺らす。

 そのまま彼女は街の中で今も蛇型の魔物の群れと戦っているジェミトと、高台で矢を放っているシャンテに目を向ける。

 何かを言おうと血色の悪い唇と開こうとした彼女の口がキュッと結ばれた。


「やってやる」


 頭上に影が差して見上げると、潰れていた目が直ったらしい黒い大蛇が、黄褐色の眼で私達を睨みつけていた。


「じゃあ、行こうか」


 カティーアは大蛇を挑発するように唇の片側を持ち上げて笑う。

 彼が視線を落とした先を見てみると、ファミンの枯れ枝の先についたような頼りない手の中に薄っすら黄色味を帯びたほぼ透明の剣が握られたのが私にも見えた。


「ジュジ、囮役をしてほしい。俺とこいつが宝石を割るまで耐えられるか?」


 一瞬不安そうな表情を見せたカティーアに、私は笑ってみせる。

 私をきちんと戦力として見てくれるのが素直にうれしい。私はお姫様でもなければ、子供でもない。

 守られてばかりじゃいられない。

 彼が言ってくれた言葉を思い出す。私はカティーアを助けることに関しては天才なんだって。

 だから、私は胸を張ってこう応えた。


「まかせてください。私は、貴方の自慢の弟子ですよ?」

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