6-14:Misunderstanding.ー勘違いだー
静まりかえった部屋で、一人寝具の上に寝転がる。
カティーアとジュジ、二人と食事をしたのはなんだか久し振りで、にぎやかで楽しかった。
天井を見ながら、シャンテとフィルはうまくやっているだろうか……と考える。新しい生活がはじまったばかりなのはオレも同じだが……。
あいつらが同世代の子供たちとうまくやっていけることは喜ばしいことだ。
夕食を食べているときに、シャンテとフィルの心配を口にしたら「過保護すぎる」とカティーアに笑われたのを思い出す。なんとも言えないそわそわした気持ちを誤魔化すように、羽毛を詰めた毛皮のマットで体を包んで寝返りを打った。
雨除けを外している格子窓からは、心地よい冷たさの風が吹き込んでくる。
酒でほてった体にはちょうど良い。
外の世界に出て、故郷の夏なんて比べものにならないくらいの暑さを味わった。もう季節は秋だ。葉の色づき方も、咲く花も、騒ぐ獣も全く違う。でも、冬の訪れを知らせる風の香りは少し似ている気がして、窓から流れてくる風を寝転んだまま胸いっぱいに吸い込んだ。
酔いも回って、自分で思っていたよりもオレはずっと機嫌がいいみたいだ。
「なあ、カンターレ」
声は、ただ闇に吸い込まれる。
彼女はもうこの世界にいない。この声がどこかにいる彼女へ届くとも思っていない。
カティーアに聞いたが、妖精や精霊は姿が消えたり、死んだように見えたりしても、こことは離れた世界で、新たな体を得ている場合もあるらしい。
「お前に、とても似ている子がいたんだ。瞳の色と、夏の森みたいな良い匂いがして……お前と同じ位可愛く笑うんだ」
ジュジのことを思い浮かべる。彼女にはカティーアがいる。それに、この気持ちはきっと勘違いだ。
「妹みたいなもんなんだ。それに……シャンテは無事に大きくなったし、新しい友達も出来たんだ」
半ば自分に言い聞かせるように、もういないはずのカンターレに向かって話す。
「兄貴とそっちで仲良くしてくれてたらいいが……お前は恋の多い女だからな」
昔は……カンターレのことを思い出すと、兄貴の死に際まで思い出してしまって辛かった。
それなのに、カティーアたちと旅をするようになって、兄貴の死に際を少しずつ忘れている自分に気が付いた。
悪いことでは無いのかもしれない。それでも、兄貴の最期はオレしか知らないから、忘れたくはない。
こうやってカンターレのことを思い出す度に、わざと兄貴のことを考える。
自傷行為に近いのかもしれないが、酒で浮かれすぎた自分にはこのくらいした方がちょうど良い。
微睡みに身を任せて目を閉じた。頬を冷たい風が撫でて、髪を揺らす。
微かに、扉が音を立てた。
閉じた目を開くのも、毛皮のマットから出るのもおっくうだった。
おおかた、誰かが部屋でも間違えたのだろう。
しばらく目を閉じていると、ズズっと何かが引きずられる音がした。この部屋か?
ああ、面倒だ。気のせいであってくれ。
部屋に人の気配がする。敵意はない。
そろりそろりと近付いてくる人の気配は、どうやら勘違いじゃないらしい。
「……夜中に他人の部屋へ忍び込めと教えた覚えは無いぞ?」
仕方が無いので上半身を起こして、扉の方を見る。
小さく息を飲んだ音がして、近付いて来た気配がその場で止まった。
「せめて声をかけろ」
「だって、あんたが寝てたから」
「寝てたと思ったんなら、また明日に出直してこい。話があるなら時間を作ってやるから」
「だって……だって……今、あたしはあんたに会いたかったんだ」
駄々を捏ねるように、かぶりを振ると金色の艶やかな髪が揺れる。
ふわりと漂ってくる
最初に見た頃はボロボロのヤマネコみたいだった少女は、今清潔な衣服を身につけ、髪や肌の手入れも不慣れながら行える余裕がある。
オレのことだって「シャンテの兄貴」としか読んでいなかったのに、いつの間にか名を呼ぶようになっていた。
子供の世話を弟たちで慣れているから平気だろうと思っていたのが、少しだけ間違ったのかもしれないが。
「同室の奴はどうした? 二人部屋なんだろ?」
「ちゃんと寝たのを確かめて出てきたよ」
そういうことを言いたいんじゃないと、口を開こうとしたが思いとどまる。
これがこいつに出来る精一杯か……。甘やかすのは良くないが……。
言葉を漏らす代わりに、オレが溜息を吐いて視線を外すとフィルはオレの隣へストンと腰を下ろす。
弟たちや男の孤児の世話はオレがしていたけれど、女の孤児は母さんや村の娘たちがしていた。今になってみて、ダメだと言われていた理由がよくわかる。
動物と同じだ。世話をしてくれた人間にこいつらは懐きやすい。そして……年頃になれば恩人としての感情を、異性相手の恋心ってやつだと錯覚する。
距離を保って、世話はジュジに任せておけばよかった……。
やけに後ろを着いてくるようになったり、うなされて一緒に寝てくれと部屋に来た時点で少し距離を置けばよかった。
「慣れなくて……またうなされそうだから……頼むよ」
上目遣いで見つめられると、何も言えなくなる。
光の加減で青にも緑にも見える不思議な色合いの瞳が、潤んで揺れる。
うなされそうで怖いというのが、嘘ではないというのもわかる。こいつは、ずっと夜になると昔のことを思い出して小さな子供みたいにすすり泣くことも知っている。
そのときは、背中を擦ってやって、抱きしめてやる。子供にするみたいに。
「……おいで」
諦めて、マットを捲るとフィルは温かさに飢えた猫みたいに、滑らかな動きで中へ潜り込む。
嬉しそうに頬を緩めた彼女の隣に横たわると、頭までマットの中に入れていたフィルがぴょこんと頭を外に出した。
それから、手を差し出して目を細めてきれいに笑う。
「手、繋いでてくれよ。妙なことはしないからさ」
「本来はオレがいう台詞だっての……。ほら、これでいいだろ?」
細くて、折れてしまいそうな指を、自分の節くれ立った指と絡める。
ぎゅっと込められた力を軽く握り返して、オレは目を閉じた。
隣から聞こえ始めた寝息に耳を傾けながら、兄貴のことを思い浮かべる。
なあ、オレがカンターレを好きだともっと早くに知っていたら……あんたはどうしたんだ?
返ってこない問いを闇夜に投げかけて、オレは再び微睡みに身を任せた。
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