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6-15:I'M IN LOVEー恋をしたらしいー
「ジェミト……」
小さく声をあげると、手を握り返される。でも、体には触ってもらえない。
最初に失敗したからダメなんだ。
でも、どうしたらよかったかなんて、あの時はわからなかった。だってあたしはああいう方法しか母さんから教わらなかった。
あたしが男の人に出来ることは、体を好きに触らせて、股を開いて熱と金を吐き出させることだって、それ以外に能が無いんだって言われてた。
隣で寝息を立てているジェミトの顔を見る。
弓なりの眉毛と、しっかりとした鼻筋。この時間になって顎に触れると、髭が伸びているので実はちょっとチクチクするってのは、今はあたしだけの秘密だし、この花の種みたいな形をした大きい目は開くと綺麗な金色をしている。
あたしとちがってゴツゴツしている大きな手は
灰色がかっている紫色の髪は、
あたしが大人だったらよかったのか?
大人になったら、こいつはあたしのことを見てくれるのか?
時々寝言で名前を言うカンターレって誰だろう。すごく優しい声で呼ばれる誰かがうらやましくてたまらない。
一度、ジェミトの体に跨がってそういうことをしようとしたら、珍しく乱暴に肩を掴まれてそのまま体を退かされた。
自分を大切にしろとか、好きな人としろと言われて、首を傾げていたらジェミトは自分の
「あたしは、あんたのことが好きだ。だから、礼としてあんたに出来ることをしたい。股を開いて好きにさせれば男は喜ぶ。あたしだってそれくらいは知ってる」
そういったときの、ジェミトは見たことも無いくらい難しい顔をしていた。
眉を寄せて、眉間に深いしわを作ったジェミトは、あたしの両肩に手を置いて、穴が空いちまうんじゃないかってくらいまじまじと顔を見てきた。
しばらく黙って見つめられて、どうしていいのかわからなくて目を泳がせた。あたしの体なんてお礼にも何もならないって怒って殴られるだろうかと不安になった。
ジェミトは力も強いから、骨が折れないと良いな……なんて考えていたのを思い出す。
「……お前は」
右手をジェミトが持ち上げたのを見た、あの時のあたしは痛みに備えて体に力を入れるけど、でも、ジェミトは怒ったり殴ったりしなかったので驚いた。
じっとしていたら、そうっと頭に触れて、そのままゆっくりと頬におりてきた。
「そんなことをしなくても、オレも、シャンテも、みんなお前のそばにいる。家族みたいなもんだろ」
なんでシャンテのことを言ったのかわからなくて、首を捻る。あたしが好きなのはあんただけなのに。
ジュジに感謝もしてる。だけどこの「好き」とは違う。
「そうじゃなくて」
「うなされてキツいなら一緒に寝てやる。でも、こういうことをするなら、添い寝はしない。ガキには手を出さないのがオレの信条だからな」
鋭い目付きで睨まれて何も言えなくなる。怖いからじゃない。
ただ、一緒に眠れなくなるのは嫌だったから。
だから、あたしはとりあえず「ごめんなさい」と口にして、ジェミトの隣に寝転がった。
険しい顔のままだったけど、ジェミトは何も言わないでそのままあたしの横に寝転がってくれる。
手だけ差し出されて、そっと握った。
ゴツゴツとした指の間に、自分の細い指を絡ませる。ジェミトの高い体温が心地よくて、あたしはその日少し不満ながらもそのまま寝た。
船に乗ってからも、ちょくちょく部屋を抜け出してあたしはジェミトの部屋へ行った。
同じ部屋で寝ることが多かったジュジには「どこへいってたの?」と聞かれていたけれど「眠れなくてシャンテとジェミトと遊んでいた」と答えると嬉しそうに笑ってくれた。嘘を吐くなんて平気だと思っていたけれど、ジュジを騙すのは少しだけ胸がギュッと痛くなるので嫌いだ。
冷たい風が肌に触れて目を開くと、黒いローブを身に纏ったジェミトが、薄めた蜜蝋と泥を混ぜたものを手に馴染ませていた。それから、桶に貯めた水に自分を映して前髪をかきあげる。髪に付けている蜜蝋は花を混ぜてあるからか、良い匂いがして好きだなって思うけど、それと同時にもう朝かーって残念な気持ちになる。
「そういう格好、似合わねーよな」
あたしは、旅をしていたときみたいな派手で目立つ格好の方が好きなんだけどなって言おうとしたら、ジェミトがこっちを見て、目を少しだけ細めてふっと短く笑った。
ローブの下に着ている白い上着の紐を結び直しながらこっちに来ると、あたしの隣に腰掛ける。
「まあ、こういう格好はオレも好きじゃねーけどさ」
そんな風に言いながら、ジェミトがローブの内側に手を入れた。なんだろうと体を乗り出して覗き込むあたしの目の前に差し出されたのは、草を編んで作った小さな袋だ。
鳥の赤ちゃんみたいな色をした綺麗な袋を受け取ると、ふわりとジュジの匂いが漂ってきた。
「なにこれ」
「無くさないように持っててくれ。頭で思い浮かべれば、離れていてもオレやカティーアと話が出来る石が入ってる」
「ふうん」
「魔物に襲われたとか、怪しいヤツを見かけた時に使うように。普段は人に見せないこと」
寂しいとき、あんたを呼んだらいけないのか……と聞こうとしたのを先手を取って封じられた気がする。
大人しく、姉さんを入れている小さな鞄の中に、ジュジの匂いがする袋を入れた。これなら無くさないはずだ。
ちょっとだけ不満で唇を尖らせてジェミトを見上げた。
「お前がうざったくなったとかじゃねーからさ、そんな拗ねるなよ」
眉尻を下げて呆れたような顔をしたジェミトは、寝癖のついているあたしの髪をわしわしと犬みたいに撫でてから、背中をポンと叩く。
「ほら、そろそろお前も部屋に戻れよ。
ぐしゃぐしゃになった髪を、ジェミトに手櫛で整えられながら、あたしは同室になったあのやたら世話好きの女を思い浮かべた。
「アメリアが心配を……ねえ」
「とにかく、さっさと戻れ。オレももうすぐしたら部屋を出る」
心配の必要はないんじゃないかな……と思いながらも、言葉にはしない。本当はあいつが協力してくれたなんて言ったら多分ジェミトはお説教をしてきそうだ。
窓の外を見た。太陽がまだ登り切っていなくて少し肌寒い。これから人目も増えてきて色々めんどくさそうだなと思ったので、大人しくジェミトの言うことに従うことにした。
「ありがと」
それだけいって、窓から飛び降りる。姉さんを足下に纏えば高いところから降りても足を痛めない。
普段はベルトにぶらさげているポーチの中でぐっすりと眠ってもらっている姉さんにも心の中でお礼を言って、職員寮の裏庭を走って通り過ぎる。
大通りを横断して、寮のある場所へ戻る。大通りを前にして
頭の横が幅広で頭巾を被っている蛇――
大きな寮章が飾ってある正門を無視して、あたしは窓からシーツを縛って紐状にしたものを垂らしている部屋を目指す。夜中にあたしが抜け出すと知った同室の
世話好きの彼女は、あたしが戻ってきても平気なように一晩中、シーツを外に垂らしてくれていたのだろうか? だったら危ないからやめとけって言った方がいいかな。まあ、学生寮に忍び込むようなやつ、滅多にいないと思うけど。
そんなことを考えながら、あたしは壁から垂らされているシーツを手に取って壁を登り始めた。
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