5-14:Far from homeー見たことも無い場所でー

 村の門からは、大きな四角い車を引いた馬車がやってきた。

 四頭の真っ白い馬がいなないてあたしたちの目の前に止まる。

 兵士たちが頭を下げながら扉を開いた。そこからゆったりとした動きで降りてきたのは、三人の耳長族だった。

 灰色のローブを身に纏った耳長族たちの額には、真っ白な一本角が生えている。


「……この素材ルトゥムは、契約タアーコドの谷にいた少数民族か。神の御子の血筋なら魔法を発現させるのも不思議ではないが」

 

「あれだけ実験を繰り返したというのに魔法を発露する個体は出なかった。こんな時になって急に魔法を使う個体が出るとはな。ふるき神の教えが途絶え、魔法を隠す術を失ったのか?なんにせよ興味深いことは確かだ」


 三人の耳長族たちは、みんな揃って銀色の髪をしている。背中の真ん中辺りまで伸ばしっぱなしにされている髪は、不潔どころかまるで氷が溶け出して流れているみたいに綺麗だった。それに、彼らの瞳は冬の空みたいに真っ青な色をしている。

 彼らは、あたしを囲んでいる。けれど、誰もあたしのことを見ていない。

 風がぐるぐると渦巻いている中心にある両腕は、段々と重いものを持っているみたいに疲れてくる。それに、少しだけ息がしにくい。

 かなり長い間、三人はあたしを中心にして、なにか難しいことを話しているみたいだった。ふと、そのうちの一人が急にこちらを見た。

 三人の中でいくらか目が丸いそいつは、目が合うとへらっと力の抜けたように笑いかけてきた。

 少しだけ腰を曲げた丸っこい目の耳長族は、真っ白な革袋から取り出した小瓶をこっちに差し出す。


「これを触ってごらん。落ち着くはずだ」


 その小瓶は、ひんやりして気持ちがよかった。

 両手で握ると、六角形で木の欠片で蓋をされているはずの小瓶の中に真っ白な花びらが湧き出してくる。

 みるみるうちに、小瓶の中はプルメリアに似た花びらで満たされた。

 それに腕の怠さが減っている。さっきまでは、全力で走った後みたいに息が吸えなかったのに……。急に楽になって驚いていると、丸い目をした耳長族が顔を覗き込んできた。


「ね、落ち着いただろう?とりあえず君は今から魔法院へ移動してもらうからね」


 彼が言った通り、あたしの両腕からはいつのまにか風が消えていた。

 少しだけ耳飾りが熱い気がする。魔法を使ったから?

 首を傾げているあたしは、耳長族の男から黒いローブを肩にかけられる。そして、軽く背中を押されて、三人と共に馬車へ向かって歩かされる。


「あの……弟はどうなるんですか?」


「大丈夫。ボクが村の皆にきちんと世話をしておくように頼んでおこう。なに、魔法を使いこなせば君と家族くらいは特別ににえとなる掟から除外されるかもしれない。がんばってくれたまえ」


 そっと耳打ちをされて、胸がドキドキと早く鳴った。あの兵士が言っていたことは本当だった。

 女神の奇跡で手に入れた魔法を使いこなせば……あたしは、弟の運命くらいなら変えられるかもしれない。


 耳長族の男が言ったことに小さく頷いて、彼らと共に大きな馬車へ乗り込んだ。

 父が殺されるあの時は目隠しをされて見ることが出来なかった村の外は、思っていた以上になにもない。

 馬車は走り続けている。

 あたしが生まれ育った場所……真っ白な壁に囲われた村はすぐに森の木々に隠されて見えなくなった。

 誰も話さない馬車の中でお尻は段々と痛くなってくるし、慣れない魔法を使ったからなのかわからないけどすごく眠い。

 あたしに小瓶を握らせてくれた耳長族がそっと毛皮の掛け布団を手渡してくれたのでありがたくいただいて眠ることにした。


 ゴトリ、と大きな音がして馬車が大きく揺れて目を覚ます。

 そっと薄い板を組み合わせて作られた日除けをこじ開けて外を見てみた。


「ひゃ」


 月光に照らされて真っ白に輝く白い塔は、大地に生えた角みたいで圧倒される。

 ゆっくりと開かれた馬車の扉から、あたしは恐る恐る降りた。

 辺りを見回して、見たことも無いし、想像もできなかった景色に驚いて言葉を失う。


 銀色の粉をまぶしたみたいに仄かに輝く石畳、周りに植えられた低木の薔薇。

 てっぺんまで見ていたら、すぐに首が痛くなりそうな高い塔。

 大きくて頑丈な門からは、たくさんの馬車や飛脚鳥ヴァーハナが出入りしている。

 それに、そこら中を歩いている兵士たちは、村にいた人達みたいな革の鎧を着ていない。同じ白い鎧でも、硬くてツヤツヤした白い鱗を使った硬そうな鎧を身につけている。


「じゃあ、がんばってね」


 あたしに小瓶を渡してくれた耳長族が声をかけてきた。

 彼は、へらっと笑ってこちらに手を振る。

 それから、スタスタと先を歩いている二人の耳長族たちの後を追うようにして、門の横にある扉を潜っていった。

 あの扉からは、普通の人は入れないみたいで、耳長族の中でも特別な人達だということがわかった。


 消耗品ルトゥムの民であるあたしは、両脇を兵士に固められながら門の横にある小さな建物へ連れて行かれた。

 建物に開いている窓から、角のない青ローブを着た耳長族に話しかけられる。


「第13管理区、消耗品の民ルトゥム第四世代、個体識別名はイガーサ……間違いないですね」


「はい」


 あたしが、名前を呼ばれて返事をすると、小さな建物から出てきた別の耳長族が、あたしを案内すると言ってきた。

 左右にいた兵士達は、その言葉を聞いてさっとどこかへ散っていく。

 黙って頷いて、あたしを案内してくれる少し小柄な耳長族の後を追う。

 門の手前に待たせてあった小さな馬車に、耳長族と一緒に乗り込んだ。白い塔の中を通りすぎて、更にしばらく走った先にあったのは納屋みたいに簡素な建物だ。

 

「こちらで、明日まで待機をお願いします」


 あたしを案内した耳長族は、有無を言わさずといった感じで淡々と指示をした。

 建物の中へ押し込むみたいに背中を押されて、一方的に扉を閉められてしまう。

 勢いよく背中を押されたものだから、躓きそうになった。でも、あたしの肩はふわふわした何かに支えられて止まる。

 お陰で転ばずにすんだと、助けてくれた親切な相手にお礼をするために顔を上げた。そして、言葉を放つ前に、あたしは思わず横に飛び退いた。


「だははは!やっぱり驚くよなぁ」


「ヒト族、ちょっと毛があるくらいで大袈裟ネ」


 豪快な笑い声が壁際から聞こえた。そこにはあたしよりも少し赤みの強い赤銅色の肌と炎みたいに真っ赤な髪をした男がどっしりと座っている。

 その声に独特な訛りがある言葉で返したのは、あたしの肩を支えてくれたふわっとした何かの持ち主だった。

 まるで猫が二足歩行をしているみたいな彼……は獣人という種族なのだそうだ。


「ご、ごめんなさい。驚いちゃって……。肩を貸してくれたのはあなただよね?ありがとう」


 あたしがお礼を言うと、獣人は耳を動かして表情を和らげた……ように見えた。

 話を聞くと、どうやら二人は、数日前からここに滞在しているらしい。


「オレはホグーム。なんでもこの盾がってものらしくてな。こいつを振り回して魔物を退治していたら、世界を救う英雄にならないかと誘われたのさ」


 ホグームは、あたしの太腿よりひとまわりくらい太い腕で、盾を持ち上げて見せてくれた。その真っ赤な盾は、金色で太陽みたいな模様が描いてあって、彼の大きな身体を覆ってしまいそうなほど大きくて、分厚い。


 短毛で黄色みがかった明るい茶色をした毛皮は柔らかで手触りが良さそう。金色の瞳に浮かぶ瞳孔を月のようにまん丸にしながら、獣人の彼は軽く頭を下げる。


「ワタシはアルコっていうネ。故郷はほろんだヨ。アルパガスのせい。ムカついたからアルパガスの兵隊たくさん撃ち抜いたネ。それデ剥いだ身ぐるみ売って歩いてたら灰色のやつらガここ教えてくれたヨ」


 頭を上げたアルコが、壁に立てかけてある弓を指す。

 毛皮に覆われてはいるものの、手はヒト族とあまり変わらないみたいで不思議。鋭い爪先を覆うためにつけている骨の指飾りには見たことがない幾何学カクカクした模様が彫られている。


 昨日まではもう少し大勢がこの小屋にいたらしい。

 でも、訓練が終わったという理由で、みんな旅立っていったと話してくれた。


「あたしはイガーサ。その……魔法院が管理してる村で育ったの。急に魔法が使えるようになったから」


「今まで魔法が使えるってやつはいなかったな。もしかして、オレたちがアルパガスを倒しちまったりしてな。ははは」


「こいつはヒトの中でも特別楽観的ヨ」


 魔法が使えることで怖がられたりしないかな……と不安だったけど、二人はすんなり受け入れてくれた。

 それから、やけに無愛想な魔法院の職員が持ってきてくれた食事を食べて、部屋の中でそれぞれ離れて横になる。

 真っ暗闇の中で、大きなホグームのいびきが響く中、あたしは胸に手を当てて深く息を吸い込む。


 父さんが来られなかった村の外に、あたしは来ることが出来た。

 だから、大丈夫。

 奇跡が起きてあたしが変わったから、あたしの生きる世界が少しだけ変わった。

 あたしがもっと変われば、もっと世界が変わるかもしれない。


 だから、がんばろう。


 目を閉じて息を深く吸う。

 頭の中には悲しそうにしていたタフリールが浮かんできた。そのまま、懐かしい村での日々の夢に変わる。

 ああ、愛しいタフリール……どうか何事もなく大人になれますように。


 幸せな夢の中で、あたしは眠気に身を任せた。

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