5-15:Be burnt outー焼かれた魔法院ー

 魔法院での生活にも少しずつ慣れてきた。

 農作業や、洗濯、家畜の世話のない日々なんて初めてなので、まだ少し落ち着かないけど。

 毎朝、無愛想な人が朝食を置いていく。食べ終わった頃に角がない耳長族があたしを迎えに来る。

 ホグーム達と一緒の時もあれば別の時もあった。彼らはいろいろな言葉や、魔法を教えてくれる。でも、あたしは風を手足に纏わせる以外の魔法は使えなかった。


 芽吹きの季節から実りの季節へと変わっても、それは変わらないままだった。

 魔法を教えられる時間が減って焦らないわけがない。必死になって、教えられることは全部覚えようとした。

 魔法は風をまとえる時間が伸びたことくらいしか上達していない。でも、その代わりに月牙という綺麗な武器を使いこなせるようにはなってきた……と思う。

 三日月状の刀身を二つ重ねたようなこの武器は、三日月の弓なりになった頂点が重なる部分に握り手がある。

 あたしたちの村にあった舞いに使う道具にそっくりだ。突き出た部分の切っ先を鋭利にしただけのものが、こんなに鋭くなにかを切れるとは思わなかった。


 魔法の訓練、武術、魔物についての座学が一通り終わった後、あたしは両手に一つずつ月牙を握り、舞の練習を一人で行っていた。

 このまま何も結果を出せないんじゃないか。またあの白い壁に覆われた場所へ戻されてしまうのではないかと不安になりつつあった頃、魔法の訓練中にふらりと角が生えてる耳長族――多分あたしに小瓶を渡した彼――が現れた。

 身体を竦ませたあたしの顔を見て、彼はへらっと力の抜けた笑い方をして近付いてくる。


「様子を見に来たんだが……随分と成長したねえ。顔色は少々悪いようだけれど」


「いつまでも魔法を覚えられないから、あたしを回収しにきたの?」


 引きずるほど長いローブを脱いで、床へ落とした耳長族の男は、へらっと笑ったまま首を横に振った。


「ボクたちも一つの魔法しか使えないなんてことは珍しくないからね。回収される心配はしなくてもいい。それよりも」


 男のか細い身体が、ふわりと浮いた。

 目で男の身体を追う。笑ったまま彼が身体を捻ったのが見える。彼が伸ばした脚衣の長い裾の端から脛が覗く。あたしの顔をめがけて足を振り抜くつもりだというのがすぐにわかった。


 咄嗟に両手をクロスさせて彼の蹴りを受け止める。体重の割に重い蹴り。後ろに吹き飛ばないように咄嗟に両足に風を纏わせた。

 そのまま床を蹴って、宙返りをしながら耳長族の男を飛び越えたあたしは、着地と同時に足を高く上げて、腰を捻る。


「まるで舞いだね。すごいよ」


 あたしが振り下ろした踵を紙一重でよけた耳長族の男は、へらっと笑った顔を崩さないまま拍手をした。

 足下を見る。あたしの踵は綺麗に磨かれた石の床を粉々に砕いていた。

 いつもあたしに魔法を教えている青いローブの耳長族が真っ青な顔をしながら、こちらを見ている。

 

「じゃあ、がんばってね」


 灰色のローブを、青いローブ耳長族に着せられながら角付きの彼は去って行った。


 この一件以来、魔法の訓練はグッと減らされた。代わりに、ホグームとアルコと一緒に魔法院の外にいる魔物を倒す実地訓練が増えた。

 多分だけど、角付きの彼が何か偉い人に言ったんだと思う。


 魔物を倒すのは簡単だった。アルコが遠くから弓を撃って魔物の注意を引きつける。突進してきた魔物の攻撃をホグームが盾で防いで、横からの不意打ちであたしがトドメを刺す。

 もし、あたしの攻撃で魔物が仕留められなくても、ホグームとアルコが加勢してくれれば勝てないことはなかった。

 この三人ならやっていける。そう思えたし、怖いものなんて無かった。


 そんな順調な日々の中、いつも通り食事を取って休んでいると大きな破裂音が聞こえてくる。

 破裂音が続いて、それから何か大きくて堅い物が砕ける音が続く。

 あたしたちが慌てて扉の外に出ると、けたたましい鐘の音が鳴り響き始めた。


「敵襲だ」


 どうっと熱風と一緒にたくさんの人達が悲鳴と怒号をあげている。

 呆然と立ち尽くしているあたしたちの目の前に、魔法院の紋章が書いてある馬車が止まった。

 黒い上着を着た無愛想な人が「乗ってください」と抑揚のない声で話す。


 わけもわからないまま馬車に乗り込むと、馬車はすぐに走り出した。

 客車の窓は塞がれていて、外の様子がわからない。

 時々激しく揺れたり、崖崩れみたいな音が聞こえてくるけど、止まることなく馬車は走り続けた。


 どのくらい経ったのかわからない。いつのまにか眠っていたみたいだった。


「止まったみたいヨ」


 馬車の中で寝ていたところをアルコに起こされた。

 開かれた客車の扉を潜ると、まぶしい光に目がくらむ。


「ここは……」


 降りた場所は、見たことがない場所だった。

 そのまま馬車を走らせていた人があたしたちを、白い建物へ案内する。

 建物の中は、壁も床も白くて、つるつるに磨かれているからか、湖の水面みたいに輝いている。

 ここにいるようにと言われて、入った小さな部屋は、チェストや椅子も真っ白な色で統一されていた。

 ふかふかした夜空色の絨毯の上で、あたしたちはやたら上等な服を手渡された。

 青いローブを着た耳長族たちから、手早く着替えるようにと伝えられ、あたしたちは別々に更に小さな、人一人分の大きさしかなさそうな隙間に押し込められた。


 少しそわそわする。隙間に入ると、目の前に自分の姿が映る板があった。

 あっという間に背後から手を伸ばした耳長族の女性によって、あたしの髪の毛は結い上げられる。


「これは父からの形見なの」


 取られそうになったプルメリアの飾りに手を伸ばされたけど、あたしの言葉を聞いた耳長族の女性は頷いて、手を引いてくれた。

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