5-16:Resolve a rallyー決意の声ー
「これで着替えは終わりよ」
そう言われて、隙間みたいな場所からやっと解放される。
新しく身に付けた革の鎧は驚くほど軽くて、今まで着ていた布の上着の方が重く感じるくらい。
最後にコルセットの編み上げを少しキツく締め直されて、耳長族の女性から背中を軽く叩かれる。
「こちらも終わりました」
別の女性の声が聞こえたので、そちらへ目を向ける。革の胸当てを身に付けて、背中には矢筒を背負っているアルコが不快そうに耳を寝かせていた。
少し遅れて、狭そうな隙間から抜け出してきたホグームはというと、髪の色と同じような鮮やかな赤い鎧を身につけている。
「……良い装備、綺麗な部屋……怪しい気配感じるネ」
アルコが、ピンと立てた耳を小刻みに動かして周囲を見回した。
ホグームも難しそうな顔をして顎をさすって頷く。
青みがかった灰色のローブを着た女性が「こちらへ」と言ってあたしたちを手招きした。
真っ白な壁と床が続く先には明るい光が見える。
「異界からの侵略者がこの地へきて五百年。未だ世界は蹂躙され、我らは新しい同胞である耳長族を邪悪な支配者から救い出せずにいる」
綺麗な赤い薔薇が咲き乱れる広い庭園が目の前に広がった。
庭園の真ん中には大きな石碑があり、たくさんの人があたしたちがいる舞台を取り囲むように集まっている。
「此の度、アルパガスの操る竜による攻撃を受けた。やられてばかりではいられない。これより
さっきから大きな声で話している背が低い老人は、たぶん魔法院の一番偉い人みたい。
顎に生えた白い髭を揺らして、老人は熱っぽく語る。それに共鳴するみたいに周りにいる人達は大きな声で怒ったり泣いたり拳を突き上げているのが見える。
「煽動上手なトップは有事に役立つが……すぐお役御免になりそうネ」
鼻の横に生えたヒゲをピクッと動かしたアルコは、どこどなく冷めたような、つまらなそうな顔をしている。でも、そんな彼の声も周りの人々の熱狂に呑まれてすぐに聞こえなくなる。
「多くの犠牲を忘れるな。王族や貴族はあてにならない。予てより秘密裏に訓練を行っていた精鋭部隊を放つときが来た」
老人が、あたしたちの方を見る。周りの人達も一斉にこちらを見たので、あたしは思わず背中をピンと伸ばして気をつけをした。
「精鋭部隊があの忌々しい黒壁の中へと侵入し、魔方陣を設置する。そこから一気に転移魔法で大軍を送り込み、アルパガス城を制圧するのだ」
耳に痛いほどの歓声。
冷めた目をしているアルコの横で、ホグームはうれしそうな顔をして大きく腕を降っている。
周りを見渡して、なんだか急に不安になってきた。
あたしが……
「この地を去った神が残した宝……炎壁の盾を受け継いだ男ホグーム」
ホグームは自分の名を呼ばれてまんざらでもない顔をする。
彼がたくましい腕で盾を持ち上げると、耳が痛くなるくらいの歓声が沸き上がる。
庭園にいる人達は、大きな声でホグームの名を何度も叫ぶ。
「東の大陸でアルパガス軍相手に孤軍奮闘をしていた獣人アルコ。彼の放つ弓は空を舞う竜の両眼すら軽く撃ち抜くだろう」
アルコは相変わらず冷めた目のままだ。名前を呼ばれて一歩前に出ると軽く頭を下げた。
大勢の人達は、そんなアルコの態度には気が付かない。熱狂したまま新しく紹介されたその名を叫んで手を叩く。
あたしの番だ……と緊張して生唾を飲み込む。
「大英雄カティーアと同じく奇跡に愛されたヒト族。風魔法使いのイガーサ」
頭を下げる。土砂降りみたいに歓声が降り注ぐ。
なんとか身体を動かして深く一礼をして頭をあげると、目の前に居るたくさんの人達があたしの名前も呼んでくれている。
変な高揚感、そして恐怖。あたしたちの仲間を喰らうことで生きている英雄と同じくと紹介されたことへのちょっとした忌避感。
「……そして、我が魔法院きっての天才、大英雄になることを約束された奇跡の大魔法使いカティーア」
より一層大きな声援が庭園を包む。
空気が震えて、熱気が伝わってくる。
人々は両腕をあげ、大きな声を上げて盛り上がっている。
気が付くと、庭園いっぱいにいる人達が後ろの方から少しずつ左右に分かれていくのが見える。
左右に分かれた道の中心には、彼が立っている。彼だけの道がどんどん拓けていく。
その通り道を「自分のために人が退くことは当然だ」と言いたげに堂々と歩いてくる一人の男がいた。
昔見た時の面影があるからわかる。いや、なくてもわかったと思う。
不健康そうな青白い肌。纏った真っ白なローブから覗いている折れてしまいそうなほど細い手首。
耳を隠すくらいの長さに整えられた金色の髪は少し波打っている。
カティーアは、空気がはじけてしまいそうなほどに大きな大勢の人達からの声も、刺さるような期待を込めた視線も、そんなのなんとも思ってないみたいだった。無表情のままあたしたちがいる舞台に上る彼が見える。
血のように暗い赤色の眼には生気がない。
壇上に上った彼は、一呼吸をして足下を見る。
それから、スッと顔に笑顔を浮かべて前を向く。
それは、完璧な笑顔に思えた。けど、なんだか不自然に感じて心がざわざわした。
ホグームが眉間に皺を寄せる。あたしの隣でアルコが、「あいつ、性格が捻れてておもしろいネ」と囁いたのが聞こえる。
「以上4名を一次精鋭部隊として訓練後、現地に投入する。解散。邪悪な異界からの侵略者を打倒し我らに平和を!」
ふくよかな老人が解散を命じる。でも庭園に集まった大勢の人達はカティーアの名前をしばらく叫び続けていた。
しばらくその熱狂に身を任せていたけど、ローブ姿の女性に声をかけられて、やっと我に返る。
辺りを見回してみたけど、カティーアはとっくに壇上から去ったみたいで姿が見えない。
「あんな野郎とうまくやっていけるのかね……」
「ワタシは問題ないヨ。おもしろそうなやつネ」
最初に通された部屋に戻ってすぐにホグームはそう呟いた。思わず頷いたあたしを見てアルコが「シシシ」と声を出さずに笑う。
戦って死ぬかもしれないと思ってた。ちゃんと覚悟を決めていた。
でも、まさかカティーアと一緒に任務に就くなんて……。
胸がやけにドキドキして、舞台に向かって歩いてきたカティーアの顔が頭に浮かぶ。
天才と称えられ、名誉も力もある。そんな彼の表情から見えたもの、それは、絶望と孤独だった。
光のない血の色をした瞳は、自分を称える誰のことも見ていない。浮かべた笑顔は必要だから付けた仮面のように見える。
「怖い」
思わずそうつぶやいたあたしの肩を、ホグームの温かくて大きな手が叩く。
震えている手にアルコの柔らかい毛皮が触れる。
二人とも何も言わずに前に歩き出す。あたしもそれについていく。
とにかくやるしかない。そうすれば、あの角が生えているへらへらした耳長族の言うとおりになるかもしれない。
そのために奇跡を願ったんだ。
「ありがとう。大丈夫」
そう言ってあたしは足下を見ながら歩くのをやめて、前を向いた。
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