5-24:Shapeshifter Liquidー変異の秘薬ー

 中庭は、塔を出ると薔薇の庭園が広がっている。生垣を挟んで向こう側には、人が集まる広場のような部分になっている。

 広場には、半円状の舞台のようなものがあって、その奥からは別の建物に続いていた。

 奥にある建物には兵士の宿舎だったり、訓練場があるとカティーアが教えてくれた。


「ここも戦争後に取り壊して、今の場所……ここから海がある西側。あそこに今の白い塔を建て直したんだ」


「綺麗なのに勿体ないですね……」


「少し不便だからな。周りは森に囲まれているし、すぐ近くには毒の沼地がある」


 太陽は空高く昇っているのに、なんだか日差しがやわらかい。色とりどりの花を、スカートのように腰に纏わせた花の妖精たちが、歌いながら辺りを跳ね廻っている。

 そんな穏やかな光景が目の前にあるせいか、私が今いる時代が、アルパガスと戦争中なんて少しだけ信じられないでいる。

 確かに、この間もカティーアと二人でアルパガス兵の一団を鎮圧した。彼らはお揃いの真っ黒な鎧を身に纏って、空を飛ばない小型の竜に乗っている耳長族だった。

 それに、竜がいるから、それを模倣した魔物も多い。ちょっとだけ倒すのが大変だけど……魔力がありあまっている感じがするから怖く感じることは少ない。

 魔法院の近くにも、青黒い竜の群れが彷徨うろついていた。でも、魔法院を見つけられる前にカティーアや他の魔法使いたちがうまく追い払ってしまう。


 でも、やっぱり魔法院から少しだけ離れている国や都市は被害がすごいらしくて、毎日のように怪我をした人たちが門の内側へ運び込まれてる。

 それに、人間よりもホムンクルスの比率が魔法院の中に増えた気がする。怪我をして動けない人が増えているから、その代わりなのだと聞いた。

 ホムンクルスの見た目は、何パターンかに分かれている。真っ黒な髪をした中肉中背のホムンクルスが今は一番魔法あんな多い。

 これら黒髪のホムンクルスは、私たちが提供した魔力を糧にして増産されたものなのだという。

 彼らは両手首に、二本の赤線を刻まれて稼働する。二本の赤線は、ホムンクルスの証らしい。

 今は、黒髪のものを含めたものの他に、金髪や栗毛色の髪をしたホムンクルスがいるらしい。今は、彼らが魔法院の雑務をほとんど担っている。


「赤の魔法使い殿、出発の準備が出来ました」


 ホムンクルスではなく、褐色のローブを着た魔法使いが私たちを呼びに来た。

 彼らに案内された私たちは、魔法使い達が並んでいる広場の舞台前で足を止める。

 舞台の上にいる十数名の魔法使いの内、半分くらいの人は、額から綺麗な一本角を生やしていた。

 転移用の魔法陣へ魔力を提供するときに何度も見ているけれど、私は転移魔法を使う光景が好きだ。毎回ちょっとだけわくわくしてしまう。


 ずっと夢見ていた……何度も頭で想像した英雄カティーアの物語。

 その世界に自分がいるのだから、わくわくしないのは無理だと思う。


 銀色に輝く真っ白なローブを身に纏ったプネブマさんが、一列に並んだ魔法使いたちの中央まで歩いて行ってから、ゆっくりと目を閉じる。

 彼女が手にしているのは、鹿の角みたいに枝分かれをしている白い杖だ。

 呪文を口にすると、その杖の白い部分が徐々に透明になっていった。

 それに呼応するように、彼女が身に付けている銀色のブーツの先から、紅く光る幾何学模様の魔方陣がゆっくりと白い石の上に描かれていく。


 黒くて艶のある革袋を、ホムンクルスがカティーアに差し出してくる。

 中身は多分、アルカが幾つか入っているはず。それをカティーアは、私と繋いでいない方の手で受け取った。


 加工をされたアルカの構造は、カティーアの家にいたときに本で見た。外郭には、アルカの中身だった人の骨が使われていて、内側にも外側にも特別な薬を混ぜた塗料が塗ってあるらしい。

 人の内臓や骨を使用しているので、それなりに重さがあると思っていたけど、実物を見てそうではないと分かった。

 多分、持ち運びをしやすいように重さを軽減する魔法をかけてあるんだと思う。


「おいで」


 カティーアが、紅く光る魔法陣の中は足を踏み入れる。私も、魔法陣の中から差し伸べてくれた彼の手を取って円の中へ入った。

 私たちが魔法陣の中心に立つと、静かに目を開いたプネブマさんが、持っていた杖を掲げて詠唱の続きを唱え始めた。

 悲しい歌でも奏でているような、抑揚のある声に呼応するように、魔法陣の光はゆっくりと明滅する。

 カンッと鋭い音と共に、プネブマさんが掲げた杖先を地面に叩き付けた。

 魔法陣から放たれるまばゆい光に包まれて、私たちの目の前は真っ白になる。


※※※


「ここは……」


 目を開くと、うっそうとした森の中に私たちは立っていた。

 黒に近い木々の枝葉に覆われて空は見えない。


「人目に付かないところとはいえ……」


 カティーアが右手を前にかざす。ジュッと拳大はある炎の球が音もなく飛んでいく。

 彼が放った炎の球は、すぐ近くを呑気に歩いていた、黒鱗の小さな竜に着弾して弾けた。

 上に乗っていた騎手ごと竜を焼き尽くしたカティーアの炎を見て、残りの竜騎兵たちが慌てたように槍を構えながらこちらへ向かってくる。


「アルパガス軍が彷徨いてる森に転移させるとはなぁ」


 太い木の幹を蹴って、カティーアが跳ぶ。風みたいに木々の間を縫って移動した彼は、竜騎兵たちの頭上へ向かった。

 身体を捻りながら、軽やかに空中へ跳んだカティーアが、下方にいる彼らに向かって手をかざした。


 カティーアの手から、真っ黒で鋭い杭の雨が放たれて、下にいる彼らに降り注ぐ。魔法で作り出された杭は、鍛造された鎧も、硬い竜の鱗を易々と切り裂いて肉まで貫いていく。

 僅かな悲鳴が響いて、十数人はいたアルパガス兵たちは沈黙した。


『無事に転移出来たのかしら』


 凜とした声が突然聞こえてきて驚いていると、カティーアが腰に下げていた魔石を手にする。

 鮮やかな緑色に光っているその魔石から、声は聞こえているみたいだった。


「ああ。アルパガス兵と鉢合わせたから、今処理をしたところだ」


『それはなによりね。その位置から北東へ、丸一日ほど進んだところに大きな都市があるわ』


 カティーアの皮肉なんて聞いていないみたいに、冷静なプネブマさんの声が聞こえてくる。彼女の声に合わせて、緑色の光が瞬いて綺麗。蛍みたいだなと呑気なことを思いながら、二人のやりとりを辺りに耳を傾ける。


「受け渡し方法は?」


『私が指示したタイミングで、目的地の都市から少し外れた森に向かってちょうだい。そこにヘニオが現れるはずよ』


「……変異薬の効果は何日だ?」


『三日……と言いたいところだけど、貴方の場合はおそらく半日も持てばいい方ね』


「……了解」


 緑色の光が完全に消えて、仄かに照らされていた辺りが暗くなる。

 カティーアは、腰のベルトに魔石を括り付け直した。

 それから、さっき倒したアルパガス兵の方を見て「一匹くらい竜を残しておけば良かった」とぼやいて頭を掻いた。


 目立たないように移動しなければならないみたいから、竜を移動手段にしようとしていたみたい。

 私の魔法を使って、森の上に茨の道を通しながら目的地へ向かおうとしていたけれど、やめた方がいいと言われて、肩を落とす。


「少し刺激的な散歩だと思えば悪くない」


「竜、少し乗ってみたかったです」


 面倒だけど、森の中を歩くことにした私たちは、危険がないように周囲に茨のツルを張り巡らせて、手当たり次第に魔物を討伐していく。


「そういえば……変異薬ってなんなんですか?」


「ああ、これか?」


 カティーアは懐から小瓶を取り出して見せてくれた。

 金色の光を放っているどろどろとした液体は、小瓶を傾けると、低い方へゆっくりと流れていく。


「名前の通り、姿を一時的に変える薬だ。千変万化狸シェイプシフターという魔獣は知ってるか?」


「ああ……あの、姿を自在に変化させる魔獣で、獲物の心を読んで相手が一番恐怖する生き物の姿になるんですよね?本で読んだことがあります」


 伝説の魔獣とか、とても貴重な存在と読んだ本には書いてあったと思う。物語にもたまに出てくるけれど、実際に見たことは多分ないはずだ。


「その魔獣の身体の一部を加工したものだ。こいつを飲むと、一時的に自分が思い描いた生き物に姿を変えることが出来る。混ぜ物をすれば、相手を必ず女にしたり、男にするって芸当も可能だ」


「そ、そんなもの、飲んで平気なんですか?」


 カティーアの言葉にぎょっとして、つい大きな声が出てしまう。思わず両手で口を押さえた私を見て、彼は顔をグッとこちらに近づけてきた。


「……変異した部分が戻らずに壊死して切り離すことになったとか、変異薬を飲みすぎて姿が戻らなくなったみたいな話は聞くぞ」


「危険すぎませんか……」


 声を潜めて怖がらせるような物言いに、真顔になる私を見て、彼はクククッと肩を揺らして笑った。


「怖がらせすぎたか?悪い悪い」


 私の頭をそっと撫でたカティーアは、小瓶をピンっと指で弾いて揺らして見せると、優しい表情になる。 


千変万化狸シェイプシフターも希少性が上がったし、乱用して大変なことになったからな。元の世界では取引どころか製造すら禁止されている」


 ホッとすると同時に、だから見たことも聞いたこともないのかと納得する。

 見た目はすごく綺麗なのに……。


 そんなことを話しながら歩いていると、森を抜けていた。

 小高い丘まで歩くと、少し遠くに街のものらしき光が見える。

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