Chapter6 Epilog:TAKE ME HIGHー追いつきたい背中ー

「あたしたち、けがしたかもー」


「ジェミト先生せんせー! おれたち、医務室にいってきまーす」


「……ったく。次の授業には出ろよ?」


 ジェミトが、数や実力で勝る相手に囲まれたときの避難方法を教室ですることになったのに、体調が悪いとバレバレの嘘を吐いて教室を出てきた。

 苦笑いしているジェミトの顔を見て「はーい」と気のない返事をしたあたしとシャンテは、空き教室のバルコニーの縁に身を乗り出しながら並ぶ。

 少し遠くに白い塔が見える。それからいつもよりも白鎧の出入りが多い大通りに目を向ける。いつもは荷台を引く馬車なんて碌に調べないけど、青鎧の兵隊たちが荷台を数人がかりで調べたり、文句を言ったりざわざわして落ち着かない。

 ぼうっとそれを見ながら、少し冷たい風を浴びる。久々に思い切り動いたから、まだ体が熱い。


「強くなりたいな」


「なんだよいきなり」


 ぽつりと、シャンテがそう呟いた。

 確かに、さっきの魔物との戦いは自分の力不足を感じた。いつもは姉さんと大人たちに頼っているから魔物と渡り合えているんだってことを理解してしまった。


「まあ、白髪に褒められたけど……今はあいつらに勝てないってことはわかってる」


 あたしたちは、魔物が戦う間に姿を変えるというのを知っていたはずだ。けど、それを活かして戦うことは出来ない。それがわかったのは……確かに悔しかった。

 それに、セーロスが助けてくれなかったらあたしたちはあのままクラゲ型の魔物にやられて大怪我をしていたかもしれない。

 追いつけない背中を見せられた。そんな感じがした。


「これから強くなればいい……ってのは、わかってるけどさ」


「すぐに追いつけると思ったんだけどな」


 顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。あっちも似たようなことを考えているみたいだった。


「なんか、ジェミトたちの強さは空の上って感じだよな。セーロスあの白髪の剣士も」


 空を見上げる。昼下がりの太陽は眩しくて、少し高くなった空には雲一つ無い。

 手を空へ伸ばして、何かを掴む仕草をしたシャンテは小さな溜息を吐いた。


「でもさ」


 どこか元気のないシャンテの手にあたしは自分の手を重ねる。


「あたしたちは、まだまだ強くなるって。だから、大丈夫」


 ぎゅっと握って、隣にいるシャンテの顔をみた。

 緑がかった金色の髪がサラサラと風に吹かれてなびく。


「だな」


 最初は嫌で仕方なかった。学院カレッジで何もかも持っていたやつと一緒にあたしが何かを学ぶなんて。

 姉さんに申し訳なかった。

 それに、色々言葉にすることを覚えたら、あたしは今までたくさんのものを踏みにじってきたことも知った。

 それでも。


「ありがとう」


 何も持っていなかったあたしだけど、こいつが手を差し伸べてくれたお陰でここにいる。

 それは、あの時に母様たちと死ぬよりもよかったことなんだと思う。

 新しい名前をくれた姉さんのためにも……出来ることは全部やろう。それが魔法も使わずに空を飛ばなきゃいけないみたいな無理に思えることでも。


「お前があの時、助けてくれたからあたしはここにいる」


 シャンテの目をまっすぐに見つめると、照れたようにあいつは笑った。

 そっと腕を伸ばされて、肩を抱き寄せられる。

 額と額を合わせると、じわりとシャンテの体温が伝わってくる。

 

「あの」


「フィル、こんなところにいたのね! 中庭の件、聞いたわよ!」


 シャンテが口を開いて何かを言おうとしたけれど、それはアメリアのやかましい声でかき消された。

 どこから声が聞こえるのかと思って辺りを見回すと、下の方から水滴が跳んできてあたしの顎を僅かに濡らす。


「こっちよ」


 バルコニーの手すりから身を乗り出して下を見ると、そこには両手を腰に当てて得意げな表情をしているアメリアが立っていた。

 アメリアは、あたしの横から顔を出したシャンテを見ると、目を丸くして、それからあたしとシャンテの顔を見比べる。


「あ……邪魔しちゃったかしら?」


 あたしがバルコニーから飛び降りると、アメリアが急に申し訳なさそうに上に残っているシャンテに謝罪の言葉を投げる。


「気にしなくていい。ちょうど部屋に戻るところだったから」


 そう言ってシャンテは部屋の方へ引っ込んでいった。

 珍しく眉尻を下げて困ったような顔をしていたアメリアだったがあたしが「実戦の反省会をしてただけだよ」と言うとほっとしたように胸をなで下ろす。


「さて、じゃあ、恋の相談に備えて色々話そうか」


 アメリアの小さな手を取って、片膝立ちに跪く。

 お伽噺に出てくる貴族の男を真似するとアメリアは喜ぶからだ。


「あら? フィルから恋の話をしてくるなんて珍しいわね。やっぱりなにかあった?」


 伏せていた顔を上げると、目を輝かせながら微笑むアメリアの顔が目に入る。


「そうだな……色々あったからゆっくり話そうか」


 うきうきと弾んだ声で話すアメリアの隣に立って、あたしは彼女と手を繋いだまま歩き出した。

 ジュジとアメリアとどんな話をしよう。

 恋愛だ人間関係だと、そんな話はあたしには関係ないし面倒だとしか思っていなかった。でも、友達が恋をして目をキラキラさせていたり、小さなことで動揺するのはおもしろい。

 人を好きになるとか、好きな人と一緒にいられるというのはどんな感じなんだろう。ジュジに聞くのも悪くないな……。

 隣で鼻歌を歌い出しそうなアメリアを見て、そんなことを思える自分をなんとなく嫌じゃないと思えた。

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