3-26:Awkwardnessーぎこちないままでー

「ジュジ」


 村長に言われてジェミトとシャンテの軟禁されている牢に向かう途中、彼女の名前を呼んだ。

 久しぶりに名前を口にした気がして心臓がやけに早く脈打つ。

 手を掴まれた彼女は振り返って立ち止まると、少しよそよそしさの残った瞳で俺を見つめた。

 あの日、正体を明かしたときすら見せなかったようなその冷たい光を放つ瞳に胸を痛めつつも、今はそれどころではないと自分に言い聞かせて平静を装う。

 何も答えない彼女を抱き寄せた俺は、なるべくジュジの顔をみないように努めながら魔力を彼女に流し込んだ。


「魔法……使えるようになったはずだ。試してみてくれないか?」


 ジュジが瞳を閉じて小さな胸を上下させて呼吸を整えているのがわかる。

 ゆっくりと手を前にかざすと、ジュジの足元がほんのりと緑色の光を放ち、トゲの生えた茨がニョロニョロと数本うねりながら生えてくる。

 俺に肩を叩かれて目を開いたジュジは、自分の魔法が成功したことに驚いたようで小さな口から感嘆の声を漏らした。


「ジュジの中にある魔素は、俺と違って妖精のものに近いんだ。お前の中にある魔素はセルセラと同じ花に由来するものだから寒さに弱い。だからここみたいに寒い場所だと魔法が使いにくくなるんだ……と思う」


 腕の中にいる彼女の顔を窺いながら話をする。いつも俺は話をしすぎて彼女を置いてきぼりにすることが多かったから……。

 彼女が俺には言わずに抱えている不満に気がついているけど直せない自分に苦々しい気持ちになる。

 わからないときは眉を顰めて唇を軽く尖らせる癖があるジュジも、今は目を丸くして俺の顔を見ている。多分説明が通じているな……ということがわかって胸をなでおろしながら説明の続きを話す。


「精霊や妖精は、耳長族やヒト族と違って環境と魔力の相性が存在するらしい。セルセラも寒い場所では魔法を使うのも姿を外に現すのも嫌がっていたから、ジュジも魔法が使いにくくなるんじゃないかということを言う前に……雪崩ではぐれてしまって……」


「私……セルセラと記憶も知識も共有しているはずなのに知らなかった」


 ポツリと漏らすように呟いたジュジの真剣な声が耳に入って話を止める。

 胸元に手を当てながら俯く彼女の髪の毛にそっと触れて撫でた。


「多分なんだが……なんとなく寒いのは苦手だとか嫌だって意識があるだけで理屈としてははっきり知らなかったんだろう。妖精の類は魔法も感覚だけで使うから……。だからジュジが魔法に関しての知識がなくても無理はない」


 知識や体系的なものなら俺がいくらでも教えてやる……と喉元まで出かかって言葉を飲み込む。

 ジュジがずっと一緒とは限らない。それどころか彼女の心は既にこの雪国の若者に向いているのかもしれない。


「そういえば……。そっか……」


「俺がこうして魔力を流し込んで調整をすれば問題なくジュジにも魔法が使えるんじゃないかと思って試してみたけど、正解だったな。このまま練習がてらジェミトがいるってところまで茨で足場を作りながら進んでくれ」


「はい」


 少しだけ晴れやかな顔になったジュジを見てホッとしつつも胸の奥がズキンと痛む。

 なるべく笑顔を作って、本心を隠して彼女の頭をいつものように撫でて、俺は彼女の腰に手を回して体を密着させた。

 ジュジはツルを操るコツをすっかり思い出したようで、俺の魔力の供給を得ると風を切るような速さで駆けていく。足場の悪い岩場も軽々と飛び越え続け、半日もかからない内に森の奥にある眠りの石台牢とやらにたどり着いた。

 もう日が落ちていて視界は悪いが、建物の類は一つしかないので間違えようもない。建物の目の前まで歩みを進めると違和感が脳を掠める。


「これ……畑にある雪のない場所と似た雰囲気がしますね」


 牢というにはやけにしっかりとした民家のような小屋を見ていると、ジュジが声を上げた。

 建物の隣にある小さな火が灯っている石台と小屋の周りには雪かきをしたわけではなく、そこだけ雪が熱で溶けてしまったかのように見える。


「違和感の正体は雪のなさか。一体どういうことなんだ……」


 長方形に切りそろえられた石のブロックが積み上げられたそれほど大きくない小屋を見上げる。村にあるものと同じようにこの建物も非常に頑丈に作られているようだった。

 暗くてよく見えないが、窓にはステンドグラスで赤銅色の狼が炎の中にいるような絵が描かれている。


「中の様子……わかるか?」


「ダメです。見ようと思っても何かに邪魔されるみたいで何も見えない」


 ジュジは早速中の様子を探ろうとツルを伸ばし、そこから窓を覗き込もうとしていたらしい。

 しかし、建物になにか魔法が施してあるのかなんなのか、中は外側からは覗けないようになっているようで返ってきた返事は奮わないものだった。

 牢にしては異質な作りの建物の扉を見てみる。美しい百合の花と草のツルの彫刻があしらわれている扉は、狼の頭がリングを加えている銀のドアノッカーがつけられている。後からつけられたような浮いたデザインの木のかんぬき錠はなるべく扉の彫刻を傷つけないためか扉の下部につけられていた。


「それにしても……牢屋にしては綺麗すぎるな」


「そうなんですよね。めったに使わない割には綺麗すぎる気もしますし……」


 ジュジの言ったことに頷く。

 ここまで普通の人間の足なら半日以上はかかるはずの不便な位置にもかかわらず、錆もなく美しく磨かれた扉……そしてジュジの魔法でも覗けない妨害魔法。

 村の長を疑うわけではないが、何が起こるかわからない。

 ジュジに周りの警戒を頼んで、扉についている鍵を破壊した。


「は?」


 感嘆の声だとか非難めいた声ではなく、純粋に驚いたような声が聞こえて部屋の中を見てみると、口をあんぐりと開けた様子のジェミトとシャンテと言われていた小柄で線の細い少年ちと目が合った。


「これは……」


 部屋の中はしっかりとしたベッドが2つと、暖かそうな長毛鹿トナカイの毛皮で作られた敷物が敷いてある。

 部屋の中央にある暖炉の前には磨かれた木目が美しいテーブルが置かれていて、脚に彫刻を施された椅子が2つしまわれている。

 最低限のものとはいえ、手が込んだ作りの家具……おそらくは自分が生まれる前くらいの文明水準のものが置かれている家の中は防寒性には優れているらしく、扉を開いた俺を暖かな空気が包み込む。


「ど……どうしたんです?」


 部屋の中に敷き詰められている絨毯には美しい模様が金糸で編み込まれている。

 そんな上等の宿屋でも滅多に見ない高待遇の寝床の上で緊張感のかけらもなく寝転んでいる二人。

 どこをどう見てもここが牢屋だとは信じがたい。

 立ち尽くしている俺の様子に気がついて慌てて駆けつけてきたジュジも、俺の肩越しに部屋の中を見て言葉を失う。


「わざわざ助けに来てくれたってわけか?期待に沿えないくらいくつろいでいてなんか申し訳ねーな」


「村の奴ら、普通に飯と酒までおいていってくれたもんな。親父さんに内緒なのかもしれないけど」


 ジェミトとシャンテは顔を見合わたあと、呆気にとられている俺たちを見て笑った。

 村の危機を自分を犠牲にして救ったにもかかわらず、掟を破ったことで牢へ入れられた悲劇の英雄……とは程遠い極限までくつろいだ様子につい肩の力が抜けてしまう。


「部屋が冷えるから、二人共とりあえず入れよ」


 ジェミトはチーズを乗せて炙ったパンを齧りながら俺を部屋の中へ招き入れた。カジュアルに組まれた肩に少し驚きながらも拒否するのもおかしいか……とされるがまま部屋の中へと進んでいく。

 ジュジも呆れているのかホッとしているのか「わぁ……」と小さくため息を漏らした後言葉もないまま俺に続いた。


「そうだ。あんたの父親からこれを渡せと言われたんだ」


 忘れないうちに……と、俺は村長から託された戦斧を手を添える。

 ベルトにぶら下げていた戦斧を見せるとジェミトは齧っていたパンを急いで飲み込み、手からパンくずを払って手を差し出してくる。

 俺よりも一回り大きな手に、斧の持ち手部分を手渡す。


「親父がこれを?どうい……うおお」


 首を傾げながらも俺が差し出した戦斧をジェミトが手に取った瞬間、目も開けていられないほどの眩しい光が手元から放たれた。

 それは戦斧から出ているのは明らかで、反射で防御魔法を展開した。にも関わらず、自分の体がなにかにものすごい勢いで引っ張られていくような感覚に襲われる。

 為す術なく宙に浮いた俺の体は、足元がなにかに咥えられたような生暖かい感覚に包まれる。


「ジュジ……」


 伸ばした手は虚しく空を切り、眩しさで真っ白だったはずの視界は急に真っ暗になった。

 体の感覚から前後左右上下というものが消える。

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