4-3:Thief extermination‐野盗退治‐

「マジで誰ともすれ違わないな……」


「野盗の噂を聞いて、商人たちはこの街道を迂回して港に向かってるとさ」


 御者席に陣取っているおれは、馬車をひく馬たちの背を見ながら隣で手綱を握っているジェムと言葉をかわす。

 村を出るときに宿屋のおばさんが言っていたことは本当のみたいで、大きな街道を通っているけど全く他の馬車とも人ともすれ違わない。

 まだ朝早いってこともあるのかもしれないな……なんて思いながら、頭の後ろで腕を組んで背もたれに体重を預けた。


――ヒヒーン


 馬がいなないて急に止まった。馬車が揺れて御者席から放り出されそうになったおれは慌てて椅子を掴んで踏みとどまった。

 馬をなだめるのはジェムに任せることにしたおれは、何が起きたのか確かめるために、背後のフックにかけていた弓を手に馬車から飛び降りた。


「た……たす……」


 馬が驚いたのは、この血塗れの男が茂みから転がり出してきたからだろう。

 倒れながらも、こっちをみている男は、体中あちこちに切り傷を付けて真っ青な顔をしていた。

 男が這い出してきたらしい茂みを見てみると、別の男が血だまりの中に倒れている。こっちの男は死んでいるみたいだった。

 死体の横には森の奥の方まで続く轍が残っている。まだ草の根は折れたばかりみたいだ。


「追ってみる」


「カティーアを待てって!」


 ジェムの言葉を聞かないふりをして、おれは轍の行方を追うために走る。

 おれにだって野盗退治くらいできる!そう思っていたけど、木と土の匂いに混じって徐々に濃くなってくる血の香りに気が付いて足を止めた。

 息をひそめながら、馬車がめちゃくちゃに走った痕跡を追って進んでいく。

 派手に傷つけられてえぐれた低木を飛び越えてどんどん進んでいくと、少し開けた場所にたどり着いた。


「湖か……。馬車はっと……」


 湖畔にはガタイの良い男たちが数人うめき声をあげながら倒れている。

 荷物を馬車ごと奪うためなのか、四頭の馬は無残に首を切り落されて絶命している。

 そして、少し太い木にぶつかって横たわっているのは大きな荷運び用の幌のついている荷台だ。


「っ……」


 開けた場所へ足を踏み入れた瞬間、風切り音が聞こえてとっさに横っ飛びをしてなにかを避ける。

 頬の皮をなにかに引っ張られた感覚がして、熱を帯びた場所を手で撫でるとぬるっと嫌な感触が伝わってきた。

 血を拭うとすぐに止まったけれど、ヒリヒリと傷口が痛む。


 矢は……飛んできていない。剣を振り回すような相手を間合いに入れて気が付かないほど間抜けでもない……はず。

 痛みと焦りがじわじわと自分の中に広がっていく中、おれはとりあえず木の陰に身を隠した。


「あれは……」


 倒れた荷台の中からゆらっと人影が現れる。

 弓にしては近すぎるけど、剣を使うには遠すぎる。少し浮かれていたとはいえ、きちんと不意打ちをされないようにはしていたはずなのに……。

 そんなことを考えながら、鼠色のボロ布で全身を包み、フードを深くかぶっていて顔が見えない野盗を木陰からしっかりとこの目で確かめる。


 うまくおれを見失ってくれてるといいんだけど……と、あたりを見回すようなそぶりをしている野盗を観察する。

 しかし、何か気配を感じさせてしまったのか、そいつの顔がおれのほうを見て止まった。


「ぅわっ」


 再びヒュッと聞こえた風切り音に合わせておれはとっさに地面に座り込む。

 

「うわ……」


 ズゥンという音と共に、おれの真横に倒れた木を見て血の気が引く。あのまま立っていたらおれもへそのあたりから上下まっぷたつにされていたかもしれない。

 地面を転がるようにして移動しながら、切り株を見ると、それは研ぎたての斧で切ったときのような滑らかな切り口をしている。


「くっそ……剣先もなにもみえなかった……」


 昨日話していた『見えない剣』の話を思い出していた。

 

 どうせ居場所はバレているんだ。それなら、逃げられないようになんとか足止めだけでもしておきたい。

 走りながら弓を撃ち、また移動する。

 高台からじっくりと狙いたいところだけど、木を軽々切り倒すような相手だ。下手にじっとしてるのは良くない気がする。


 ヒュッと矢を放つと、カキンカキンとやけに澄んだ音が聞こえた。剣で矢を弾いたんじゃなくて、乾かした木とか骨に矢が弾かれたような音に近い。

 なにをしたんだ?と野盗の方を見ていると、特になにか撃ち落としたわけではなく、ただ自分に当たり地面に落ちた矢を見て首をかしげているだけのように見える。


「嘘だろ……?」


 颯爽と野盗をやっつけて、カティーアやジェムにおれを子供扱いするなっていってやろうと思ったのにな。

 後悔しながら再び身を隠す場所を探そうと野盗の方を見ると、あちこちの木を手当たり次第伐採しているようだった。

 ひとまず退くか?危険を感じて走り出したのと同時に、さっきと同じ風切り音が聞こえた。咄嗟に地面に身体を伏せると頭のすぐ上になにかが通ったような感触がして周りの木々が派手に倒れた。


 見つかった……。

 地面に伏せたまま後ろを振り向くと、おれを見つけた灰色のローブの野盗が剣を構えて振り下ろそうとしていた。


「ったく。人狼ワーウルフの子は好奇心で死ぬってよく言うだろ? って、西の大陸の言葉だからわからないか」


 気怠そうな声が聞こえた。

 野盗の動きが止まったのを見て、おれも声がした方を見る。

 藪の中から、金色の癖っ毛を掻きながら歩いてきたカティーアが、ゆっくりとおれに向かって近づいてくる。

 慌てて後ろにいる野盗へ視線を戻す。そいつは剣を構えておれからカティーアへ狙いを変えていた。

 

「逃げ……」


 おれの言葉が言い終わる前に、カティーアの白い肌と毛皮のマントが真っ赤に染まり、肘から先がボトンと重みのある音を立てて目の前に落ちた。


「……なるほど」


 深く切り裂かれたように見える胴体に手を当ててうなずいたカティーアは、そのままなんともないような顔をしておれの目の前にある落ちた自分の腕を拾い上げた。


「う……うで……」


「ああ、これか? 大したことじゃない」


 驚いているおれの顔を見て、薄く整った唇の片側を吊り上げたカティーアは、拾った腕をそのまま傷口に当てがった。

 一瞬傷口が赤く光ったと思ったら、腕はすっかり元通りにくっついているし、胴体の傷も治っている。真っ赤に染まったマントと、きれいな一筋の切れ目が残るサーコートを少し残念そうに見てから、カティーアはおれに手を差し伸べて立ち上がらせてくれた。

 今まで、カティーアが不老不死だって半信半疑だったけど本当だったんだな……。


「さて……気になる気配もすることだし、その襤褸切ぼろきれを引っ剥がして話でもしようか」


 立ち尽くして動きを止めていた野盗は、カティーアの声に反応してビクッと体を竦ませた。

 カティーアの言葉になにも応えないまま、野盗は腰を落とし、半身を後ろに下げて剣を再び構える。


「あいつ、矢を弾くんだ……」


 おれの言葉を聞いたカティーアは、殺気を放っている野盗とは対照的に緊張感がない鼻歌を歌ってある。数歩無防備に歩き、適当に落ちていた剣を拾ったカティーアは、真正面でこちらの出方を伺っている野盗に向かっておもむろに剣を投げつけた。

 

「……っ!」


 野盗の反応するより早く剣は心臓を貫く……と思ったけど、剣はまたカキンという奇妙な音と共に弾かれて地面に落とされた。

 強盗が持っている剣で跳ね返したわけじゃなくて、体の周りにある見えない壁がなにかに当たったみたいな変な動きだ。


「軽い防御魔法くらいなら切り裂ける威力だったんだがな。じゃあこれはどうだ?」


 距離を詰めてくるカティーアに対して勝てないと理解したのか、野盗は剣を捨て、踵を返して森の中へ逃げていく。


「追いかけっこでもしようってか?」


 まるで獲物を狙うヤマネコのような目をして楽しそうに唇の両端を釣り上げて走り出そうとしたカティーアは、勢いよく前につんのめり、地面に顔から突っ込むようにして倒れた。


「カティーア、大丈夫か? やっぱりさっきの傷が?」


 心配したけど、カティーアは上体を起こして「ちがうちがう」と言いながら自分の足に絡みついた茨のツルをみせてきた。

 ジュジが出したツルだとわかってほっとする。


「……もう少し色々試したかったんだがなぁ」


 小さな声で呟いたカティーアは、いつものヘラヘラした表情に戻ると、足首に巻き付いたツルをそのままにして近づいてくる二つの足音がする方へ目を向けた。

 

「野盗を追いかけるより、生きてる人の手当が先です!」


 ジェムと一緒に駆けてきたジュジは、おれたち軽く睨むと両手を腰に当てて頬を膨らませながらそういった。

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